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天下統一だけじゃない! 近代への永い道 ~父子で開拓! 平和で希望に満ちた明るい未来~  作者: 浅間 数馬


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5. 祖父の話 永禄12年8月(1569年)

「なーに」

「これは花でございます。はーな」

「はな?」


 歯が増えた。ある程度話ができるようになった。

 指をさして聞くと侍女達が言葉を教えてくれる。子供らしくするために当たり前のこともいちいち教えてもらうようにしている。来る日も来る日も幼児の芝居をしている。なかなか大変だ。早く成長したいものだ。

 最近ではハイハイを減らして歩くようにしている。つかまり立ちをするフリをしてスクワットしたりして、筋力アップを行っている。もっと効果的にトレーニングしたいものだが、常に侍女が近くにいて見守ってくれている。幼児の芝居は止められない。

 唯一、寝ているふりをすると油断して目を離してくれるので、そのすきに腕立て伏せと腹筋・背筋をしている。とは言え、幼児の体ではなかなか筋肉にはならないが。

 トレーニングのお陰で腹が減って仕方が無い。侍女も母上もおばば様もよく食べる子だと感心している。




 乳母に抱かれて母上の部屋に行った。部屋の前の廊下で降ろされて座らされた。部屋の中から母上が見ている。


「姫様、ご挨拶を」

「・・・」

「クーにございます、ですよ」


 黙っていると乳母が挨拶をさせようと必死で助け船を出してくる。さっき挨拶の仕方を教わったのだが、いきなり上手くできるのもまずいからな。わけがわからんフリをしているのだ。


「クー」


 乳母が慌て始めたので超略式で名前だけ言ってみた。


「ハッハッハ。面立ちが殿の幼い頃に瓜二つとは言え、中身は普通の子のようじゃな」


 母上の部屋に入ると上座には祖父が居た。普段この屋敷には住んでいない様だから、何かの用事で来たのだろう。そうか、祖父に私の顔を見せるために呼ばれたのか。


「殿は本当にこんな小さな時に?」

「うむ。実際にわしが教えを受けたからな。間違いない」


 母上の問いに祖父が答える。父上の子供の頃の話か!? これだ! これ! この機会を待っていたんだ!!!


「まだお前が産まれる前、天文15年、殿が産まれた直後のことだ。この城は北条に奪われていた。それを取り返そうと山内家、扇谷おうぎがやつ家、古河公方で囲んだのだが、氏康めにまんまとやられてしもうた。扇谷家はご当主の朝定うえすぎとともさだ様がお討ち死。主だった一門の方々も討ち取られてお家は滅亡してしまった」


 おお! それって河越夜戦のことか? 名前だけは知ってるぞ。だとするとここは河越城か?


「山内家の損害はほとんど無かったのじゃがな。分家の扇谷家が滅んでしまって一気に不利になってしもうた。焦ったのだな。なんとか力を付けて挽回しようと、翌年、信濃に兵を出したのじゃ」

「はい」

「だが武田は強かった。小田井原の戦で大負けしてしまった。わしは里見の先代と殿しんがりを仰せつかったが、逃げ切れなかった。甲斐は貧しい国だと聞いていたが、武田の雑兵は飢えた獣のようであった。ただ殺されるのではなく、食い殺されると思ったものじゃ」


 ・・・


「里見の先代は深手を負ってしまってな。一族であるわしに『子を、家を頼む』と託されたのじゃ」


 母上も乳母も侍女達も神妙にしている。祖父についてきた小姓らしき青年も部屋の隅で神妙に聞いている。重い話だ。


「わしはわずかな供回りとなんとか帰ったものの、里見の本領は信濃と接しておる。小田井原から碓氷峠を超えるだけじゃ。武田が攻めてくるかもしれんと慌てたな。竹林の家はヨシアツに任せてわしは当家をまとめに来たのじゃ」


 うんうん、それで?


「奥方様とお子に、今の殿じゃな、先代のご無念を報告して遺髪を渡した。奥方様は泣き崩れてしまわれた」

「無理もございませんね」

「うむ。ところがじゃ。殿は黙って立ち上がって1人で広間を出て行った。まだ2つじゃった。そう、今のクーぐらいであったな。状況が解らんのかと思って気にせずにいたらな、絵図面を持って戻ってきた」

「絵図面でございますか?」

「そうじゃ。里見の領地の絵図面じゃ。それまで見たこともない詳しい絵図面であった。その絵図面を広げてな、『ここに物見を出せ』『こことここに兵を置け』『領民に旗と松明を持たせて偽兵にせよ』と武田に対する処置を指示されたのじゃ」

「なんと!」

「童が何を言うかと思ったがな、実に理に適っておった。わしならばどうするか、と考えたが殿の指示よりも良い策は思いつかなかった。故に殿の指示通りに里見と竹林の兵と領民を動かしたのじゃ。武田の兵は里見領に侵入してきたがな、こちらの様子を見るとすぐに引き返して事なきを得たのじゃ。敵将から見ても殿の指示は完璧だったのであろうな」

「まあ」

「その後じゃ。山内家からはわしに里見を継ぐように言われたのだがな、なんとか山内家を説得してな、わしが後見するという条件で殿に里見の家督を継がせたのじゃ。殿の才能を発揮するにはそれが良いと思ったのじゃ」

「ありがたいことにございます」

「それから殿は様々な指示を出された。石けんと清酒の造り方、椎茸栽培の仕方を教えられた。翌年には田植えの仕方を教えられた。3年で里見は豊かになったな。噂を聞きつけた近隣の国衆がこぞって教えを請いに来たものじゃ。殿は惜しげもなく指導したのでな、国衆は皆心酔したのじゃ。ま、里見は小さいながらもニッタから分かれた清和源氏じゃ。国衆も頼りやすかったのであろう」

「なんとまあ」

「さらにな、北条が上野に侵攻してくると国衆に軍略を伝授されたのじゃ。これが連戦連勝でな、北条は武蔵から出てこられなくなった。それだけでなく、武蔵の国衆や元扇谷家臣まで北条を離れて殿に教えを請うてくるようになった。その結果が今じゃ」

「殿は子供の時から聡明だったのですね?」

「うむ。殿は神仏の生まれ変わりだと皆は思うておる。わしもそう思う。リクが産まれたときも、カイタロウが産まれたときもまた神仏の生まれ変わりではないかと期待したのだがな」

「父上、そのようなことは・・・」

「ああ、済まん。こたびもクーが神仏の生まれ変わりではないかと思ってしまったのじゃ。許せ」


河越夜戦:1546年天文15年4月

この年、織田信長元服、毛利元就が吉川家を乗っ取り隆元に家督を譲る


小田井原合戦:1547年天文16年8月

この年、松平竹千代が織田家の人質に


里見家は新田家から分かれ、現在の群馬県高崎市上里見町・中里見町・下里見町あたりを所領にしていました。主人公はこの一族の本家に生まれたという設定です。この家から安房里美氏が出ています。


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