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49. いく 天正元年12月(1573年)

 南蛮商人が専門書をたくさん取り寄せてくれた。花文字でスペイン語なのかラテン語なのか、さっぱり解らんが何やら図解が書かれている。これだけでもヒントになりそうだ。

 商人にはたっぷり謝礼を払った。また持ってきてくれそうだな。講師も頼むぞ。


 さらに料理人と、その料理人が必要とする日の本にない食材もセットで頼んだ。料理人の報酬も口利き料も弾むよ、ってな。




 2期生の卒業式だ。1期生に比べると直接指導が少なかった。学生の顔もあまり覚えていない。それでも何となく込み上げてくるものがある。


 今回の卒業生の進路は、連合職員60名、研究職20名、教員60名、残りは実家に帰る。


 留学生もそれぞれ実家に帰る。なので、それぞれの家から来賓として名代が卒業式に出席した。


 玄竜は非常に気まずそうだった。いきなり実家が攻め込んできて叔父が戦死した。6,7歳で寺に入れられているのであまり付き合いはなかったと思うが、思うところはあるだろう。

 その反面、名代としてやってきた法善寺とかいう寺の坊主は素知らぬ顔をしていたな。まあ、坊主だから誰も言い掛かりを付けたりしないが。


 留学生3人にはそれぞれ『困ったことがあれば遠慮せずに我らに頼れ』と言い含めた。伊達はともかく、武田と織田はこの後宿命で死ぬかもしれん。せっかくの教え子だ。この後の歴史は教えられないが、歴史を変えてでも生き抜いてほしい。


 とは言え、この前の武田との戦で東西日本の境界線付近の歴史が変わってしまった可能性もある。武田信繁は遅まきながら死んだが、まだ山本勘助が生きていて勝頼を支えているみたいだからな。長篠合戦もどうなるか分からん。


 そんな中、新たに私の家臣になった大蔵長安が玄竜に声を掛けていた。あちらの状況とか、頼れる人間を教えたそうだ。臣下の礼をとって。

 前世で松姫を助けたっていうのは本当のようだな。今世でも松姫が逃げてきたら長安に任せよう。


 それはさておき、卒業はめでたい。来年から教員が総勢100名になる。1校に100人は要らないよな。研究員も合わせて30名だ。いよいよ研究を目的とした学校、大学を作るぞ!




 長安を呼んだ。府中の実家近くに屋敷を作り、長安の家族と配下を住まわせている。長安は私に合わせて府中と一之宮を私とともに行き来している。

 学問に興味があるらしく、いろいろ聞いてくる。会話をしていると、意外な気づきなんかがあって私にもいい刺激になっている。


「長安、ちょっと」

「御前に」


 長安が来た。後ろには配下の者が1人控えている。2人で話そうと思ったが、ま、いっか。


「武蔵は慣れたか?」

「はい。甲斐よりも明るく広々としておりますな」

「山が恋しいか?」

「いささか・・・」


「そろそろ腹を割って話そう。そなた、元々はいわゆる山の民ではないか?」

「・・・」


 当たりか。・・・って、配下から殺気が出てるぞ!


 信玄に取りたてられる前、祖父は猿楽師だったそうだ。芸能と鉱山・・・山の民っていうのは歴史好きには難しくない連想だ。

 そして、山の民のルーツは縄文人。大陸から来た弥生人に圧迫されながらも山間部でしっかり生きてきた。という説を私は推している。


「心配するな。山の民を侮辱したり虐げることはない。彼らにも良い暮らしをさせたいと思っておる」

「はい」


「それで、なぜウチに来た? 他にも頼れる家はあろうに」

「甲斐に限らず、日の本の山師は皆仲間でございます。連合では盛んに取りたてて頂き、また褒美も十分。人使いは荒くなく休みもくださる。病や怪我では薬までくださる。

 さらには木を切って荒らすだけでなく、若木を植えており、山を大切にしていると聞き及び、連合に加わりたいと思いました。

 その上でよく調べると、連合を主導しているのは殿と姫であるとわかり、信玄公の遺言と合わせて御当家に参った次第。あ、信玄公が殿に一目置いていたのは誠でございます」


「相わかった。信じよう。山の民ならば都合が良い。いろいろ頼みたいことがある」

「はっ。・・・その前に無礼ながら某もお聞きしたきことがございます」


「そうじゃな。腹を割って話すと申した。こちらも腹を割ろう」


「・・・姫は何者でございますか?」


 いきなり直球だよ。ホントに遠慮ないよ。今まで周りの人はみんな遠慮して聞いてこなかったのに。どう答えようかな・・・

 後ろの人が気になるな。


「済まん。控えの者、席を外してくれるか?」


 一礼して去って行った。でもな、山の民って一種の忍者だよな。聞こえているかも知れない・・・


「これは父上しか知らん。宮内や他の者にも話しておらん。そなたに初めて話す。心せよ」

「はっ!」


「天井裏とか床下とか襖の陰に誰もおらぬだろうな?」


「・・・散れ!」


 居るのかよ! ホントに居なくなったかなぁ・・・


「さて、輪廻転生は知っておるか?」

「はい」


「それと同じようなものじゃ」

「すると、前世を1度生きられた?」


「そうだ。この世と似て非なる別の世界で88まで生きた。今は通算すると93じゃ」

「なんと!」


 しばらく考える長安。


「すると、お知恵はその前世のものでございますか?」

「そうじゃ。童が知恵を振りかざすわけには行かぬのでな、神のお告げということにしておる。誠、罰当たりなことであるが、宮司殿は融通の利く方じゃ。黙って私に合わせてくれている」


 たっぷり寄進してあるしな。


「姫の前世とはどのような?」

「まあ、話すと長くなるのでおいおいな。一言で言えば科学と技術が発達した世であった。科学とはこの世のことわりを明らかにする学問、技術とは科学で明らかになった理を暮らしに役立てるすべのことである。

 私は一種の職人をしておった」


「なるほど・・・ して、姫はこの世をどうしたいので?」

「うん、それだがな。まず乱世を終わらせたい。そのために父上をお助けしておる」

「はい」


「次にな、日の本に住まう者すべての飢えと寒さと恐れを減らしてやりたい。なくすことは難しいがな、ちょっと頑張れば今より楽にすることはすぐできる」

「ありがたいことでございます」


「そしてな、最後が難しい」

「はい」


「南蛮人を知っておるか?」

「先日、府中の街で見かけました」


「あやつらは武蔵では大人しくしておるが、九州や日の本の外では傍若無人で多くの国が荒らされておる。九州からは民が大勢奴隷として連れ出されているそうじゃ」

「なんと!」


「日の本を統一するとともに力を付けて、南蛮人と渡り合っていく。シャムや天竺を助けたい。連れ去られた日本人を少しでも取り戻したい。

 南蛮を滅ぼす必要はない。大人しくさせるだけでいい。そなたにも手伝ってほしい」

「御意! 及ばずながら」


 山の民がこちらに着いた。大きな力を得たな。そうだ。彼らの文化も守ってやらなければ!


「ところで長安。ソロモンを知っておるか?」

「・・・」


 ビンゴ! 何それ、って聞かないのね。

 先祖はアラブ系じゃなくて、ユダヤの失われた十部族ね。とんでも歴史も好物なんですよ! いやー、大物釣り上げたわ! じっくり料理しよう!


「言わずとも良い。今はな。ただの興味本位だ。奪ったり壊したり、悪いようにはせん。おいおい話してくれ」

「・・・は」




 いよいよ年末。例年通り一之宮で新年を迎える準備をしている。私も間もなく満6歳だ。ある程度は体が動くので掃除などを手伝っている。高いところはまったく手が届かないが、そこは長安がやってくれる。




 晦日に実家から急使が来た。すぐに府中の実家に帰ってこいと言う。


「如何した?」

「不幸がありました」


 詳しくは話さない。親戚の誰かが亡くなったか。順番で言うと竹林のじいさんだろうか? 父上が幼い頃に随分世話になったらしいからな。手厚く贈ってさし上げなければ。


 年末年始の神社の行事はすべて欠席だ。宮司殿に詫びて安中夫婦と長安を連れて--連れられて--府中の実家に向かった。主家の不幸となれば家臣も参列することになるからな。


 府中の街は正月を迎える準備で騒々しかった。だが、実家は静まりかえっていた。

 出迎えた侍女が教えてくれた。


宙二郎そらじろう様が・・・ 皆様は白井長尾家の離れに居られます」


 えっ! 満2歳ぐらいだぞ。体が弱いという話は聞いていない。事故か?

 安中夫婦も驚いている。長安は要領を得ない顔だ。


 家には上がらずに、そのまま白井長尾家に向かった。

 長尾家の家臣に取り次いでもらい、離れに案内してもらう。既に線香の匂いが満ちていた。


 私1人部屋に入る。安中夫婦と長安は、先に来ていた他の家臣達がいる控えの間に入っていった。

 小さな布団を囲んで家族がいた。父上の隣には宙二郎の母がいた。私の母と兄姉は向かい側だ。姉の隣、宙二郎の足側に座った。


 父上が泣いていた。泣きながら叫ぶように言った。


「どうしてソラが死ななければならないんだ!」


 誰も何も言わずにうつむいている・・・。父上がこっちを見ている。私に言っているのか!?




 葬儀は翌日、大晦日に行われた。里見家の正月行事はすべて取りやめ。喪中だ。


 年が明けて3日。ようやく父上と2人で落ち着いて話ができた。


「死因は?」

「わからない。でも、たぶんインフルエンザだ。高熱と咳が出ていたそうだ。侍女や他の者も感染しているようだった。

 特効薬とは言わないが抗生物質あれば・・・ せめて点滴で栄養補給ができれば死ぬことはなかったと思う」

「そうかもしれんな」


 周囲の人に聞くと、ヨードうがい薬の効果で流感は昔よりも減っているようだ。だが完全ではない。連合領内ではマスク代わりに手ぬぐいで鼻と口を覆うように指導しているが、面倒がってやらない者も多い。

 ましてや2歳の幼児だ。うがいは難しい。手ぬぐいも苦しいからとってしまうだろう。感染を防げなかったのだろうな。


「父さん! 工業技術も良いけど、医療を何とかしようよ! 戦で何人も殺してきた俺が言うのも変だけど、家族が病気で死ぬのは辛すぎる! しかも小さな子供が・・・」

「そうだな・・・」


「知ってる? 去年も戦の途中で台風の災害救助をやってるんだよ。せっかく土砂から救い出しても、その後の治療ができなくて亡くなる人が大勢いたんだ。やるせないよ」

「そうか・・・ 気持ちは分かる・・・ とは言えんが・・・ お前が苦しんでいることはよく分かった」


「じゃ、頼んだよ」


 えっ!? なぜ睨みつける?


「医者と薬と病院、早く創ってね」


 なんでそうなる?


抗生物質はウイルスには効果ありません。父上の、世間でよくある誤解です。くうも否定できるほど医療知識はありません。


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