41. 研究 元亀4年1月(1573年)
「さて諸君。未来を語ろう!」
この時代には年度という考え方はない。だから1月入学で12月卒業として学校を始めた。
ところがだ。旧暦1月は新暦1月下旬から2月上旬ぐらいだ。越後とか上野、下野の北部とか山沿いは一番積雪が多い時期だ。そんな時期に武蔵の南の方にある一之宮まで来いとか、家に帰れとか、厳しすぎるっていう意見が出た。
もっともだ。
そういうわけで、完全に雪が溶けてから移動できるように、3期生から入学を旧暦4月とした。
一方で2期生は無駄に休ませるわけにはいかないので、第2学年の授業を行う。1期生が卒業した分、学校は少し空いている。
グレゴリオ暦に移行したら4月が半月から1ヶ月ぐらい前倒しになるわけだが、年によっては雪が残ったりして、長距離移動は大変かもしれないな。早く地方ごとに学校作らないとな。
やることいっぱい。過労死しそう。まだ満5歳なのに。
関東学校第1期卒業生のうち研究職に就いた者10名と教員に採用した者16名、さらに以前からの教員、用務員を集めて研修会だ。
「私がやりたいことはこれだけある」
あらかじめ紙に書いておいたものを配る。
一つ、電気の研究
一つ、測量
一つ、水車の改良
一つ、工作機械の開発
一つ、天気、天文、地震の観測
一つ、石油、瓦斯の研究
「電気は知っておるな? 昨年柚子に銅と倭鉛を挿して方位磁針が向きを変えた現象じゃ。あれは磁石だけでなく、いろいろ使えると神のお告げがあった。
既に教員2名に研究してもらっているが、さらに推進して自在に使えるようにしたい」
全員納得している。神のお告げってところにも引っかからないのか? ある意味不安だが、研究成果を既成事実化してしまえばきっかけなんて何でも良いか。
「測量とは土地を測ることじゃ。土地を測って製図する。田畑の広さを調べたり、川の流れを調べて絵図面にすることで状況を正しく把握する。さらに、川の流れを変えたり、土地を平らにならしたり、水路を作ったり、そういった大きな普請の計画を立てて実行するときにも役立つ。
戦にも役立つことは言わずもがなだな」
最後の一言で引き締まった。学校に来るんだからここにいる人達は全員文官なのだが、結局、武士なんだな。
「水車だがな。今の水車は重くて動きが悪い。せっかくの水の力を水車自体が無駄にして、臼や杵が十分に動いていない。これを改良したい」
「それほど無駄でしょうか?」
「うむ。木材では重過ぎる。むしろ鉄で作った方が頑丈だから、その分小さくて軽いものができよう。鉄ならば形も変えやすい。素案はあるので作って試してみたい」
「それはやってみとうございます」
用務員が手を上げた。
「誰に何をやってもらうかは後で決める。まずは話を聞いてくれ」
「はい、済みません」
「よいよい。やる気があることはよいことじゃ」
実際、全員前のめりになって話を聞いてくれるから楽しくなっちゃうよ。
「工作機械というのはな、木や金属を切ったり、削ったりするからくりじゃ。水車で大きな力が得られるようになったら、その力で鋸やノミや鉋を動かすのじゃ。さすればもっと早く、たくさんのものを作れるようになる。
脱穀や精米もやりたいのう」
「そのようなことをしたら、また大工や職人達が仕事がなくなると騒ぎ出すのでは・・・?」
「心配するな。逆に水車小屋をたくさん建てたり、工作機械を作ったり直したり、仕事が増えるわ」
「そういうものでしょうか・・・?」
「そういうものじゃ」
「天気、天文、地震じゃがな。なかなか難しい」
見回すと皆頷いている。
「天気はな、いずれは明日の天気が手に取るように分かるようになりたい。
そのために日々の天気を観測する。どういうときに天気がどう変わっていくかという経験則を集めることから始める。
まずはここ、学校の一角で観測を始めるが、遠からず連合の領内の各地で観測する。
故に、観測道具の開発、観測方法の確立、観測員の育成を行う。大きな組織を作る故、その統率もやってもらわなければならん。大任である」
あんまり野心が強い奴にはやらせられないんだよな。適任者居るかなぁ。
「何故、天気と天文と地震を一まとめにされるのですか?」
そうだね。天気と地震は気象庁の管轄だから、って説明しても意味ないな。天文は JAXA? 文部科学省か?・・・
「この世の自然を一まとめにしたのだが・・・」
「数学も理科も自然では?」
「まあ、この世の真理ではあるな・・・」
いかん。所詮、前世は一介のエンジニアだからな。科学者とは違う。ボロが出た。
「そうだな。天文と地震は後回しにするつもりであったから別々にしよう。で、最後の石油だが、知っている者はおるか?」
ごまかして話題を変えた。見回すが、誰も頷かない。
「越後と出羽、それと下総には真っ黒な油が出る井戸や池がある。越後では草生水と書いて『くそうず』などと呼ぶようじゃ」
「それは日本書紀にある燃土とか燃水と言うものでしょうか?」
歴史に詳しい教員だ。
「ほう。日本書紀にはそのようなことが書かれておるか? おそらく同じものであろう。それを汲み上げて燃料として使いたい」
誰も意味が分からないようだ。
「今の燃料は薪が中心じゃ。炭も元は薪じゃからな。
薪はせいぜい1時間ぐらいで燃え尽きてしまう。炭にすれば少し長くなるが、その分火力は弱い。
だがな、考えてみてくれ。わずか1時間燃えるだけの薪が育つまで何年かかる?
10年かけて育った木を切って薪にして、何時間燃やせる?
今、野山に木が生えておらん。皆切り倒してしまった。薪を取るためにどんどん山奥に行き、遠くの村の者とかち合って諍いを起こしておるであろう。費用対効果が悪すぎる」
皆うなりだした。
「故に、神が石油を使えとお告げを下さった。薪に変わる燃料となるかどうか石油を試す」
「校長、石油と同列に書かれているものは何でしょうか?」
「ガスと読む。下総で採れる沃度に燃える気が溶け込んでいることは知っているな?」
「もちろんでございます」
留蔵助教が自信たっぷりで答える。そりゃそうだ。君が抽出方法を確立したんだからな。
その一方で初耳って顔している者もいる。卒業生だな。
「その燃える気が瓦斯じゃ。せっかく燃えるのだからな、使わなければ損であろう」
「たしかに」
「ただ、瓦斯は気であるから扱いが難しい。見えない上に閉じ込められているかどうかも分からない。うっかりするとすぐに火事になるであろう。
瓦斯を扱う前に気を扱う技術を産み出さなければならん。今すぐとは言わんが、石油と合わせて取り組みたい」
「これらの技術が互いにどう関係するのか、今ひとつ分からんと思うが・・・それぞれの技術が確立して応用できるようになれば相乗効果で世の中が大きく変わっていく。と、神の、天上春命のご神託じゃ。皆、信じて取り組んでもらいたい」
せっかく論理の積み重ねで教えているのに、根底にはご神託。やっぱりそこに突っ込み入れないのね。
私の教育は間違っているのだろうか・・・?
「「そうじょうこうか?」」
「一つ一つの技術の足し合わせではなく、掛け合わせるように大きな成果を得られるということじゃ」
「そういうわけでな、皆で手分けして研究してもらいたい。
ただし、教員と用務員は教育が主務である。研究員の相談に乗ったり、機器の製作、実験の手伝いにとどめてもらいたい」
何人か不満そうにしている。研究したいのね。
「人が1人でできることは限られておる。故に私は諸君を教育した。仲間を増やした。
だが、まだまだ足りない。もっと多くの仲間が必要だ。故に教職員諸君には学生の教育に力を入れてもらいたい。
卒業生が増えて教職員が増えたとき、希望する者には研究員になってもらおう。良いな?」
表面上は納得してくれたようだ。
「で、誰が何をやる?」
「私は測量を!」
竹林用務員、早いね。元気になって良かったよ。1年前の落ち込みが嘘のようだ。
「某は電気を」
「拙者が石油に取り組みましょう」
次々に名乗り出てチームができた。
「よし、では明日から研究開始じゃ。まずは組ごとに組長と方針を決める故、明日は組ごとに会議を行う。
以上じゃ」
「あの、校長・・・」
「どうした?」
「瓦斯は当用漢字ではありませんが・・・」
「・・・次からはカナで書くことにしよう」
し、締まらなかった・・・ orz




