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4. 侍女の一時帰省 永禄12年6月(1569年)

 春がやってきた。冬は辛かった。死ぬかと思うほど寒かった。

 本当に転生者が居るのなら、住宅環境とか衣類の改善こそ真っ先に取り組むべきだと思うのだが。この時代の乳幼児や老人が簡単に凍死することを知らんのか?


 私は立ち上がって少し歩けるようになった。

 だが移動はハイハイにしている。ハイハイは体力促進の全身運動としてとても良いのだ。

 それにフローリング、いや板張りの床は転倒すると危険だ。私の他に転生者が居るとしても、まともな医療は期待できない。安全に体力を付けるにはハイハイが最適だ。

 ただ、歩けるところも見せておかないと周囲の人が心配するからな。乳母や母上が見ているときにつかまり立ちをして慎重に歩いている。いろいろと気を遣っている数え2歳児であった。


 正月の宴の後、日常生活の中で家族の様子がわかるようになってきた。よくよく思い返すと、昨年から何度も顔を見ていたようだ。

 ただ、視力が弱くて判別ができなかった。それにおっぱい飲んでねんねを繰り返す生活では夢とうつつの区別もつかず、覚えられなかったのだ。

 宴席で母上の近くに座っていた中年女性は、やはり私の祖母だった。父上の母だ。

「殿の幼い頃によく似ている」

 私を抱っこするたびにそう言うのだ。


 姉のリクはおませだ。私に対していつも姉面をする。こちらが乳児だから聞き流しているが、私が会話できるようになったら面倒なことになりそうだ。はー。

 兄のカイタロウは威勢のいいことを言っているが、どうも引っ込み思案のようだ。武家の男の子として頑張らなければならないという自覚はあるが、根は大人しい子なのだろう。うまく育てなければならないって、私の孫じゃなかったな。

 母上はまだ若い。どうやら里見一族らしい。里見は小さな家だったが、父上が急速に大きくしたようだ。一族も母上も急速に身分が高まったようで、しきりと堅苦しくて肩が凝るとか、以前は気楽だったのに、などとぼやいている。そんなにぼやいてばかりいると早く老けるぞ。




 先日、侍女が何人か実家に一時帰省した。たまたま私が母上の部屋に居るときに挨拶に来たのだが、田植えの手伝いだそうだ。

 そのときに昔話が出たのだが、どうやら20年前から正条植えを行うようになって米の収穫が増えたらしい。それ以前は種籾を適当に蒔いていただけだったのでそれほど手間はかからなかったが、正条植えでは人手が足りずに奉公に上がっている者も一時帰省して手伝わなければならないという。

 若い侍女は最初から田植えを手伝うものだと思っているので当たり前のことと受け止めているようだが


「ほんに昔は田植えなんて仕事はなかったのに面倒なことでございます」


 とぼやくベテラン侍女がいる。すかさず


「何をおっしゃいますか。田植えをするようになったお陰で以前とは比べものにならないほど収穫が増えたではありませんか。これもすべてお殿様のお陰でございます」


 と別のベテラン侍女が母上に向かって平伏する。そう言われてはぼやいていた侍女も合わせるしかない。

 お殿様のお陰? 正条植えを広めたのは父上なのか? 父上が考案したのか? 別の誰かが父上に提言したのか? その提言した人物が転生者か?


「それにお殿様の代になってから年貢は四公六民にして頂きました。暮らしが楽になったと年寄りどもがいつも申しております。お殿様に御礼を申し上げるようにと」


 と先ほどの侍女。そうか。収穫を増やした上に税率を下げたのか。これもラノベでよくやるパターンのやつだな。


「そうそう。戦に行くことも減ったし、たまに招集がかかっても食い扶持も武具も全部用意して頂けるので手ぶらで行けるし、給金も頂けるから戦に行きたがる人も居るそうです」

「そうですね。うちの村では先年の戦で大けがをして野良仕事ができなくなった人がいるんですが、恩給を頂けているので働けなくてもなんとかやって行けているそうです」

「適当に怪我をして恩給で楽をしようなどと考える不届き者も居るようですよ」

「死んだら元も子もないのにねぇ」

「でも死んだら遺族に恩給が頂けるので、家族は安心ですけどね」

「不届き者は仕方が無いですけど、まっとうな民は皆、お殿様に感謝しております。ありがとうございまする」


 ひとしきり言いたいことを言った侍女達をベテランが上手くまとめていたっけ。




 あの会話を横で聞いていて得た情報は、父上が民衆の心をがっつり掴んでいるってことだ。その方法はラノベの定番だ。転生者はラノベ読者で、ラノベで得た知識を父上に提言して居る。そんなところか・・・

 しかし、改革は20年前からのようだな。父上の歳は何歳だろうか? まだ20代前半に見える。改革を始めたときは幼児だったのではないだろうか?

 私は生まれてまもなく意識を持ったが、そのときは前世の続きだと考えていた。父上も同様にこの世界に生まれたときから前世から続く意識を持ち続けていたのだろうか? そうであれば幼児のうちに改革を始めることは可能だ。周囲が従うとは思えないが・・・

 しかし、父上はいつからこの家の当主になったのだろうか? 正月の宴席でも、季節ごとの行事でも、父方の祖父らしき人物は見ていない。仕事の関係で別居しているのか? 出家した? 何らかの事情で父上が若くして家督を継いだのか?

 とすると、当初は後見人が居たはずだ。その後見人か、さらにその親しい人が転生者で、幼くてなにもできない父上を使って改革を行った可能性もあるな。

 わからん! もっと情報を集めなければ。




 ところでだ。転生者を見つけることができたとして、問題は、その転生者が私をどう思うかだ。私が転生者だと知ったとき、未来とラノベの知識を独占したいと考えているとしたら・・・ 殺されるかも知れないな。

 協力しようと言ってくれればやりようはあるが、迂闊にこちらの正体を明かすことは避けた方が良いかもしれない。

 まず転生者を見つける。そしてその人物を見極める。接触するか、傍観するか、その人物次第だな。


 私は最近話せるようになったが、年相応に片言にしておいた方が良いな。知能が高いと知られたら転生者と疑われる危険がある。


「まんま」


 頭を使うと腹が減る。とりあえず腹ごしらえして昼寝しよう。


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