34. 爆発 元亀3年6月(1572年)
2学期も1ヶ月経過した。
化学と物理学の授業も始めた。どちらも大学で習った--学生運動のせいで大学は休校続き。下宿や公共の図書館での自習ばかりだった--程度のことしか知らないので、ごく基礎的なことしか教えられない。
力学とか熱とか基本的な薬品と化学反応。そんなものだ。
それすら教科書を書くのが大変だったのだが、なんと父上が助けてくれた。昨年、私がぼやいていると手伝ってくれると言ったのだ。化学は得意だという。
「どこで化学を?」
「俺、高校で科学部だったんだよ。知らなかった? あの頃、父さんとあまり話してなかったなぁ」
「ああ、済まん。仕事が忙しかったからな」
「忙しかったんじゃなくて、楽しかったんでしょ?」
「・・・」
図星だ。家族のためと言い訳して仕事を楽しんでいたことは否めない。何も言い返せない。
「でさ、俺、やっちゃったんだよ。母さん学校に呼び出されてひどく叱られたんだ」
「あ、何か呼び出されたって話は母さんがしてたな。今まで忘れてた。何やらかしたんだ?」
「白色火薬作ったんだよ。綿で。見事に爆発して火災報知器は鳴るわ、消防車は来るわで大騒ぎになった」
声が届かない。
オウム事件から数年経っていたとは言え、まだ世の中がテロに敏感だった頃だよな。そうだよ。911の翌年か、その次の年ぐらいだよな。
「警察沙汰にならなかったのか?」
「顧問の先生がかばってくれたからね。火事にはならなかったし。火薬のことは伏せて、実験のミスってことで片付けてくれた。説教もされたけど、化学は慎重にやれって諭されたよ。法律とか制度とかも調べろってね」
そんな経験があったから、綿の生産から白色火薬の開発に着手しているわけだな。
それにしてもそんな大事件を忘れているとは。私は一体・・・
あ、妻が配慮してやんわりと話してくれたのかな。私が仕事に専念できるように。
ありがとう。良い妻だった。冥福を祈るよ・・・ 平行世界の未来のあの世に祈りが届くのかどうか分からんが。
そんなわけで、後日、化学の基本的な資料をまとめて送ってくれた。お陰で体裁を調整するだけで教科書にまとめることができた。教科書があれば授業はできてる。突っ込んだ質問が来ないことを祈りつつ。
休校日。今日は連合の仕事だ。
学校は週休1日制だが、連合はまだ個人ごとに随時休み制だ。盆暮れ正月ぐらいしか公休がない。ブラックだな。早く来い来いグレゴリオ暦・・・
用はないが防衛奉行の執務室に行ってみる。顔ぐらい出しておかないとな。
ちょうど役人が用事を済ませて出て行くところだった。ささっと挨拶だけしていこう。
「父上にはご機嫌麗しく」
「ああ、くうか。よく来たな。済まんが皆、席を外してくれ」
あらあら父上。人払いしたよ。なんか重大な話があるのか?
「最近りくと海太郎が家で変な歌を歌っているんだが、教えたのか?」
「はぁ。変かどうかは知りませんが・・・ 兄弟の仲が疎遠なのでもっと遊んでやれと母上に言いつかりましたので。歌のお陰で最近は仲良くなりましたよ」
「ポンポンボンって歌ってるけど、あれは何の歌だ?」
「Eテレのピタゴラでやってる教育の歌ですよ。ポンポンじゃなくて『ぽん ほん ぼんの歌』です。1本、2本、3本と、単位の活用を教える歌ですよ」
「そんなのがあるのか?」
「『ぴき ひき びきの歌』っていうのもありますよ。アナログの教育テレビは真面目でしたけど、デジタルのEテレになった頃からだんだんおかしくなってます。ピタゴラはその極みですな。まあ、面白いですがね」
「まあ、それは良いとして、ビーバーが見たいとかハキリアリが見たいとも言ってたな。ハキリアリって何?」
「木の葉を切って巣に運んでキノコを栽培するアリですね。葉を食べるのではなく、栽培したキノコを食べるようです。農業をするアリとして有名ですね。
そのハキリアリが行列を作って葉を運ぶ様子が歌になっていて、お笑い芸人が歌ってます。わたし、彼ら好きなんですよ。『カロリー0』とか『ちょっと何言ってるのか分からない』とこが」
「日本にいない動物の歌を歌っちゃダメだろ。あと、トイレットペーパーとかカステラとか」
「ああ。それもお笑い芸人がピタゴラで歌ってる奴です。漫協の会長と副会長でしたな。私、彼らも好きで、引退してから昼間のラジオをよく聴いたんですよ」
「だからさぁ。面白いからってやっちゃダメでしょ。カステラは近々入ってきそうだけど、トイレットペーパーとかスポンジとか相当先だよ。実物ができる前に歌が広まっちゃダメでしょ」
「そんなに社会や歴史に影響がありますかなぁ? まあ、今後は控えます」
このあと『ねじねじ』とか『針金ハンガー』とか『パーツフィーダ』の歌も教えようと思っていたのだがな。工業的には良い教育だと思うのだが、調子に乗るとぶん殴られそうだから止めておくか。
「お奉行」
親子でスキンシップをとっていると、遠くから声がかかった。そろそろ仕事に戻る時間だな。
「入れ」
迷彩服を着た部下が入ってくる。前にも見たことあるなこの人。役人じゃなくて里見の家臣なのかな?
そう言えば、里見の家のこと全然知らないな。今度ゆっくり聞かないと。
「総長がお呼びです。顧問にも来ていただきいとのことです」
父上と顔を見合わせる。はて? 何か起きたかな?
「お呼びだてして申し訳ありませんな。妙な手紙が届きましてな。先代総長のご意見を伺いたいと思いまして」
「拝見します」
父上が手紙を受け取って読む。失笑してる。
「くうも読んでみよ」
手紙を渡されたので開いてみたが・・・ 読めるわけがない。こんな崩した文字。よく読めるよな父上は。相当勉強したんだろうか?
手紙をたたんで総長にお返しした。
「相済みませぬ。わたしには読めません」
「公方様からだ。『信長を討て』とのことだ」
父上が教えてくれた。
「あ、それですか。しかし、連合は先年古河公方を討ち果たしましたよね。幕府は恨んでいないのですか?」
「今は目先のことで精一杯なのだろう。織田が片付けばいろいろ言ってくるだろうが、・・・ 片付かないから大丈夫だ」
まあそうだな。片付くのは足利の方だからな。
「織田家からは珪砂を買っています。沃度をたくさん買ってもらっていますし、これまで通りと致しましょう。
公方様には自重されるように返事を。織田殿には公方様の手紙を添えて今後もよしみをと望みましょう」
「そうですな。両陣営には総長が代わっても連合の考えは変わっておらぬことを伝えましょう。宜しいですな? 顧問殿」
「もちろん。異存ございません」
歴史がちょっと動いた瞬間かな。いや、そうでもないか。
「申し上げます!」
突然、役人が入ってきた。
「何か?」
「ガラス工房で火事が起きました!」
なぁーにーーー! やっちまったなぁ!
何もかもが順調にいくわけはないとは思っていたが、ついに事故が発生してしまったか。
「父上!」
「うん、すぐ行こう!」
歌はネットで検索してぜひお聴きください。
漫才協会のWebも是非ご覧下さい。本稿執筆時点の会長、副会長はナイツのお二人です。読者がお読みになる頃には会長選挙で交代しているかも知れません(^^)。




