31. 学生 元亀2年12月(1571年)
12月。学年末試験も終わった。まもなく終業式だ。
それまでの間試験休みにしても良かったのだが、忘れていた文化祭をやることにした。学生達は書画や短歌などに取り組んでいる。中には趣味で仏像を彫っている学生もいるそうで、展示するように勧めたら仕上げに没頭しているという。
この1年、学生達はよく頑張った。だが、残念ながら留年が2人出ることが内定している。
その2人を呼び出して面談した。
1人は上総武田の三男だった。
面談前に教員に確認したところ、甲斐武田家の分家が古河公方から上総に所領をもらったという。安房里見と同時期だそうだ。
本人から話を聞いたが、ダメだった。お坊ちゃまで何も分かっていない。
信玄も昭和では評価が高かったが、令和ではぼろくそ言われることが多かった。武田という家はどうも粗暴なようだな。
本人はもうやめたいと言っていたが、なんとか説得して留年することになった。
来年は本家から留学生が来るからな。競わせたらなんとかなるかも知れん。
もう1人は竹林秋里・・・ 竹林? 聞いたことがあるな。
「竹林学生は校長のいとこに当たります」
宮内が説明してくれた。
ああ、竹林のじいさんの孫か。もろに身内だ。
会ってみて思いだした。絵が上手い学生だった。花見に行ったときに学生全員に絵を描かせたが、一番上手かった学生だ。
「どうにも数学が解りません。私には向いていないように思えます」
どこが分からないのか細かいところを尋ねてみると、どうやら論理的思考が身についていない。定義があって、仮説を立てて証明したのに、なぜ? って疑問が残ってしまうんだな。
抽象化できないから余計なことを考えてしまうみたいだ。
「左様か。向き不向きは人それぞれじゃ。学問以外でなにか得意なことはあるか?」
「・・・絵が、人より少し上手いかと・・・」
自信なさげに言う。
抽象化が苦手な分、具象は得意なのかもしれん。
「そうじゃな。そなたは絵が描けるな」
身内だからな。甘やかすわけには行かない。落第は落第だ。
「そうじゃ。そなた、退学せよ」
「え! そ、それはご容赦いただけませんでしょうか。家の者に顔向けできません」
4男だというからな。江戸時代なら一生部屋住み。時代劇なら少ない小遣いで酒を飲んでいると悪い奴らに誘われて、悪事を働いて成敗されちゃう哀れな立場だ。
せっかく学校に入ったのに退学になったら恥だと思うよな。下手すると自害するかもしれん。
「学生を辞めて用務員になってはどうかな?」
「用務員でございますか?」
「うむ。2年生には製図の授業がある。用務員として聴講して製図を覚えよ」
「せいず?」
製図についてざっと説明すると、自信なさげな表情がだんだん明るくなってきた。
「これから私は様々なモノを開発する。そなたには、その製図を手伝ってもらいたい。留年すると来年製図の勉強ができないからな。用務員になって聴講すればよい。他の授業は聴講せずに製図に専念してくれ。家の者には私が説明する」
「・・・はい。やってみます」
なんとか納まったか。あとは身内に説明するために手紙を書かねばな。
多摩に来てから竹林のじいさんには会っていないな。元気かな?
この学生の父親って、私の伯父だよな。今年の連合総会でちょっと挨拶したぐらいだ。ほとんど覚えてない。どうしよう。怒りだしたら父上に取りなしてもらわないといかんな。
年の瀬だ。神社は忙しいのだが、私は神事に出席するぐらいで掃除もしなければお札造りなども手伝わない。だって数えで4歳、満年齢で3歳なんだから。
寒くなり出したところで待望の綿入れの袢纏と布団が届いた。これで今年は凍えなくて済む。
と思ったが、足が寒い。毛糸の靴下とか、木綿のタイツとかも要求しておくべきだった。
毛糸か。羊とか畜産も始めたいな。肉も食いたい。ジンギスカンとか、ラムシチューもいいな。
成長期が来る前に始めよう。
新1年生用と2年生用の教科書印刷が間に合わないので、そっちの監督の方が忙しい。
「木版だったら1年生用は去年の版木をそのまま使えたのになぁ」
作業部屋に入ると組み版担当がぼやいていた。
「教科書はどんどん増えるのだぞ。そんな大量の版木をどこに保管するつもりじゃ? 学校が蔵だらけになってしまうわ」
「あ、校長! し、失礼致しました」
「詫びる暇があったら組み版に集中せよ。間違える出ないぞ」
気持ちは分からんでもないがな。まあ、パラダイムシフトって言うのはいつもこんなもんだ。
昔は良かったな、ってみんな言うんだよ。じゃ、どんどん遡って旧石器時代に戻るか? 嫌だろ? 人は前に進むしかないのだ。
方向が間違ってるってことも往々にしてあるけどな。
そんな折り、連合の渉外方が若者を連れてきた。3人の留学生だ。
渉外方が担当しているところが外交っぽいな。
「織田長利でございます。よろしくお願い致します」
「伊達政重でございます。よろしくお導きください」
「玄竜にございます。精進いたします」
違和感あるわ。
「遠路はるばるよく参られた。それぞれお立場があるが、学校では学生は皆平等。特別扱いはしない。身分の低い教職員に対しても敬ってもらわねばならぬ。慣れぬとは思うが諍いを起こすことなく、学問に励んでもらいたい」
「「「御意」」」
既に誰か説明したのかな? すんなり受け入れられたな。
「後ろに控えている従者殿には、入学式前に国元へお帰り頂く。学校では身のまわりのことは自ら行うように」
「「「はい」」」
妙に素直だな。歴史の表舞台に出てこない人達だからな。あまり癖がないのかもしれない。
3人が退出する。
「あ、玄竜。残ってくれ」
1人残されて不安そうだ。
「そなた、本当のところ、年はいくつじゃ?」
「・・・12でございます」
妙に幼い感じがしたんだよ。それにしても多少躊躇はしたが、あっさり白状したな。
子供とはいえ僧侶だからな。根は正直なのかもしれない。
「そうか。信玄公はなかなか無理をなさるな」
「相済みません」
すごく恐縮している。ここで追い返されたら信玄坊主に虐待されるかも、って心配しているのか?
保護が必要だ。
「心配するな。どこにでもある話じゃ。来年15ということで押し通せ」
「はい。ありがとう存じます」
「22歳の織田殿に13歳の武田殿。無理を申されますな」
「まったく。家は大きいのですからな、ちょうど年頃の者もおりますでしょうに」
同席していた教員達の率直な感想だ。
「いや、家臣や遠縁ではなく、実子や弟を送り込んできたことに感心するわ」
「それだけ学校に関心があると?」
「そうじゃな。既に間諜が動いているのであろう」
「宜しいので?」
「良い。いずれ日の本を統一する。留学生達は敵ではなく、彼の地を接収するときに我らの味方となるであろう」
伊達はそのつもりか。他の奥州勢を出し抜いて有利に連合へ参加する方法を探っているかもな。
織田はスパイとして送り込んで来ているかもしれん。年齢的に見ても既に戦にも出てある程度キャリアを積んでいるだろう。十分な観察眼を持っているとみるべきだな。
武田は・・・ 見るからにまだ幼い子供を送り込んできた。信玄が何を考えているのか? さっぱり解らん。怖いな。
玄竜:1560年生まれ説と1563年生まれ説があります。本作では1560年生まれ説を採っています。




