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3. 情報 永禄12年1月(1569年)

 正月の宴もたけなわだ。めいめいが近くの人と話をしながら食事をとっている。笑い声も聞こえる。和やかな雰囲気だ。家中での争いは無さそうで一安心だ。


「カッケイが将軍に就かれましたな」


 父上の斜め前に座っている老人がボソリと言う。席順からすると一族の長老か、あるいは母方の親族だろうか。老人と言ってもこの時代(どの時代だ?)ではだな。ちょっと老けて見えるが、前世なら壮年だろう。

 その老人の一言に座が静まった。皆聞き耳を立てている。


「うむ。美濃を取って間もないオダが上洛した。ミヨシは何もできずに四国に逃げた。カッケイはアシカガヨシアキと名乗って15代になった」


 !!! 父上の説明。周りで女性がフーンって顔して聞いている。社会情勢を説明してあげているんだな。

 やはり戦国時代か。織田信長が上洛して足利義昭が征夷大将軍に任じられたのだな。


「織田殿とはその後も?」

「ああ、文と進物のやり取りはしている。先日受け取った手紙には『年内に京を出て岐阜に帰る』と書いてあった。今頃は岐阜城で正月の宴を行っているであろう。ハッキリとは書いていないが幕府の年末年始の行事が面倒らしい」

「織田殿らしいですな」

「そうそう、椎茸と清酒の礼が書かれていた。もっとくれとも」

「まあ、強欲ですわね」


 母上の突っ込みに笑い声が起こる。


「今年はいよいよ関東統一ですかな?」

「そうも行くまい。連合の中で諍いが起きている。安房の里見が離反したことで後に続くものが出てきそうだ。外に打って出る前に中の締め付けが必要だろう」

「まったく、同族だというのに安房は勝手なことを致しますな」

「父上、めでたい正月にそのようなお話をせずとも良いではありませんか。ささ、もそっとお酒でもお飲みなされませ」

「うむ。そうじゃな。婿殿のお陰で清酒が飲めるようになった。椎茸で出汁を取った料理も美味い。婿殿様々じゃ」


 一同笑い。


「あらあら、クー姫様はお眠のようです。失礼させて頂きます」

「うむ。クーを寝かしつけたら他の侍女に任せて戻ってきなさい。今日はそなたも楽しむと良い」

「はい、殿。ありがとうございます」


 私は乳母に抱っこされていつもの部屋に戻った。

 もっと話を聞きたかった。しかし、ひどく疲れた。魂は89歳の老人だが、脳は数えで2歳の乳児だ。悔しいが疲労困憊で眠くなってしまった。




 一眠りして目を覚ますともう夕方のようだ。部屋の隅ではよく見かける侍女が座ってウトウトと居眠りをしている。乳母は宴に参加しているのだろう。侍女を起こさないようにそっと寝返りを打ってうつ伏せになって考える。


 前世を過ごした世界から少し離れた平行世界。それがこの世界のようだ。

 信長の上洛と足利義昭の将軍就任はたしか1568年の秋だったはずだ。上方が前世と大きく違っていないとすると今年は1569年か。元号は何だったかな? 戦国時代真っ盛りだな。物騒な時代だ。

 戦国史というと信長・秀吉・家康の三英傑が主役だ。地域で言うと東海から近畿だな。脇役としては信玄・謙信、毛利が人気のあるところだな。

 それに対してここは関東か。関東は大半を北条が制していたと思うが、脇役の脇役だ。司馬作品では北条早雲が戦国の始まりだと主張していたがな。無名だった坂本龍馬をスターに押し上げた司馬遼太郎も、北条早雲はそれほどフィーチャーできなかったな。

 話を戻そう。古河公方とか佐竹、那須、宇都宮なんて存在は知っている。鎌倉公方に小弓公方とか堀越公方とか、関東は公方だらけだ。しかし私は興味がなかったから名前しか知らない。詳しいことは解らんな。ああ、戦国最弱の小田氏治っていうのもラノベに居たな。最弱なのに結構生き残ったとか。


 あのじいさんは私にとって母方の祖父のようだな。ひどく老けて見えるが、この時代だ。おそらく私よりも年下だろう。

 そのじいさんの話によると安房の里見と当家は同族らしい。やはり里見なのか。安房里見家の同族が他に居るとは知らなかったな。里見家内で分離したのかな。するとここは上総里見家か? 野望ゲームもやったが、里見家ではプレイしたことがないから全くわからん。

 それと、父上は『連合』と言っていたな。当家が関東を支配しているのではなく、連合の一員として関東を統一しようとしているようだ。この辺り、関東の歴史は前世とは大分違うぞ。


 そして、連合の一員とは言え、父上は織田信長と直接文と進物のやり取りをしているという。ということは連合の中でも上位のポジションに居ると考えて良いか?


 あと、気になることを言っていたな。椎茸? 清酒? 戦国時代の真ん中で? ラノベか?


 私は歳を取ってからラノベにハマった。早世した息子のデジタル遺産の中にあったものを読んだのがきっかけだった。

 若い頃は司馬遼太郎の小説に夢中だった。戦国と幕末の知識の大半はそこで得た。新聞の連載を毎日楽しみにしていたな。あの頃のワクワクと同じものをラノベで感じた。それでハマったんだ。


 最初に読んだ作品が転生ものの秀作だった。実に良く歴史を調べていて、その知識を活かして天下統一を目指していた作品だ。従来の歴史解釈を覆す秀作だったな。あそこからいろいろな作品を読んだ。駄作もあったが秀作も少なくなかった。老後の人生を楽しませてもらったな。

 そんな転生ものラノベで資金調達の定番手段が椎茸と清酒と石けんだ。その椎茸と清酒が既に実用になっている。石けんもあるのか? まさか私より先に転生している人がいるのだろうか?


 そうだ。ズッと気になっていた迷彩服と頭髪。あれも転生者が導入したのかも知れない。すると、関東の歴史が変わっているのは転生者の仕業なのか?


 転生者が居るかも知れない。しかも歴史を変えるほどの影響力を発揮している。連合の中、地位ある人物か、その周囲に居るのだろう。その点を中心に情報を収集しなければならないな。

 普段、私の周りは女性と子供だけだ。私は幼児だし女の子だからな。周囲の人はなかなか社会情勢に関する会話をしてくれない。今日のような機会はこれまでになかった。じれったいな。


 それにしても早く会話ができるようにならないだろうか。

 とにかく早く成長することだ。イッパイおっぱい飲んでハイハイして体力を付けるのだ。

 おっぱいは良いものだ。子供のせいなのか女の子になってしまったからなのか、いやらしい気持ちはない。ただとても気持ちが良くて落ち着くのだ。今の私には唯一の娯楽だ。

 頭を使いすぎたな。腹が減ってきたぞ。おっぱいが恋しい。泣いて侍女を起こして乳母を呼んでもらおう。エーン


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