21. 化学 元亀2年1月(1571年)
連合総会が続いています。
「次に内務方より報告いたします。
昨年はここ、武蔵府中への本部移転、武蔵一之宮様の移転、さらに学校建設と大工事が3つ進行しました。昨年の予算を少々超えておりますことをお詫びいたします」
「その点については総長権限で承認した。皆には事後報告になるが、許されよ」
父上が頭を下げる。一同も納得しているようだ。
「それでは財務方より昨年の収支報告を行います」
昨年の収入と支出が報告される。なかなか厳しい数字だ。まだ中央集権体制にはなっていない。領内全域四公六民だが、その四公のうち6割が地元領主、4割が連合への上納金になっている。つまり、収穫の1割6分が連合の収入だ。越後から相模まで、領地が広い割には連合自体の予算は少ない。
逆に言うと、各領主には自分の領地の収穫のうち2割4分しか入らない。連合結成前に比べて収穫量が2倍になっているので、昔と変わらない収入があるということで我慢しているが、割合の数値だけ見ると損をしているように見える。潜在的な不満はあるだろうな。要注意だ。
それとは別に、滅んだり、逃亡した領主から取り上げた土地は誰にも与えず連合の直轄地になっている。そこから上がった税収は各領主の役割に応じた給金や、一時的な貢献に対するボーナスとして支給されている。
さらに、石けんは連合の専売なので、その売り上げが大きいようだ。
どこからいくら入ってどこにどれだけ流れているか、すべて白日の下に晒している。誰かが不満を漏らしても公平であることが明らかなので同調する者がいない。
しかしながら、やはり全部自分でやりたいという領主はいる。一昨年に脱退した安房里見がその代表だ。
昨年の決算が承認された。次は今年の予算だ。
「昨年、くう姫のご神託により沃度の採取を始めました。既に領内には配布と販売を行っておりますので皆様もお使いになっていることと存じます」
「うがい薬のおかげでこの冬は例年に比べて流行病にかかる者が少ない」
「まったくありがたいことじゃ」
「先月より沃度チンキと沃度うがい薬として諸国に販売を開始いたしましたが、石けんと合わせて大変な人気でございます。来年の収入は大幅に増える見込みでございます」
「「「おー! 有り難や、有り難や」」」
沃度も連合の専売だ。私のアイディアだからな。儲かった銭で道路を作ったり堤防を作ったり、用水路を通すなど、各領主にも還元されるだろう。給金も増えるから反対意見は無いようだ。今のところは。
それとな、感心するのは良いが、私を見て拝まないでくれ。私は神ではない。ちょっとズルしているので心苦しい。
「また、後ほど農林水産方から報告がありますが、綿の栽培に成功しました。当面は領内でのみ流通させますが、こちらにかける税も少なからず上がる見込みです」
え!? 綿の栽培? 聞いてないよ。手広くやってんなぁ、父上。早く綿入れが着たいよ。
「また今年より国道なる大通りを整備することとなりました。連合内を網の目のように通すことになるでしょう。大軍の移動、年貢の運搬、諸国産物の輸送などが楽になります。まずはじめに相模の鶴岡八幡宮と越後の弥彦神社を結びます。詳しい計画はこれからくう姫がご神託を受けて策定されるとのことにございます。今年の後半には着工予定でございます」
「道を広げたら敵が入ってきてしまうではないか!」
「いやいや、攻めるのも早くなる。受けて立つにもすぐに兵が集まるようになるぞ」
「そもそも敵を領内に入れなければ済むことだ」
幹部達が口々に意見を言う。やはり戦が絡むと黙っていられないようだ。
父上が締める。
「概ね賛成のようだな。まず計画を具体化させ、皆に周知しよう。異論があればそのときに聞こう」
「本年の予算は以上の通りです。ご承認頂ける方は挙手をお願い致します」
全会一致で承認された。良いのかな? 全会一致は否決、っていうルールがどこか外国にあったな。反対者がいないのは真面目に考えていない証拠だとか。そういう視点で一同を見回すと、根回しされているようにも見えるな。ウーン。将来の課題にしよう。
「続いて農林水産方から」
「えー、一昨年、くう姫のご神託がありまして、昨年、織田家より綿を、南蛮からじゃがいも、唐芋、とまとなる野菜を取り寄せました。河越にて試験栽培いたしまして、関東でも栽培可能であることが解りました。昨年の収穫は種と種芋に回しまして、今年は連合内に広めて参ります。諸侯にあられましては、3月に自国の農業方を河越へ派遣するようにお願い致します」
「これらの芋と野菜は比較的痩せた土地でも育つ。とくに武蔵野は水がないために手つかずだった土地がたくさんある。ここで芋ととまとをたくさん作る。各領主にも種芋を配る。ある程度保存も利くし、飢饉に強いのでしっかり栽培して欲しい」
「「「御意!」」」
父上が補足する。あちこちで喜びの声が上がっている。いつの時代でも食料の安定供給は嬉しいよな。希望が沸くな。
あ、またこっちを拝んでる奴が! 聞いてないよ! 私のご神託で芋ととまとを輸入したことになってんの? 油断も隙もありゃしない。話を合わせるのが大変だよ。
「綿は何のことか分からんかもしれんな。見本を作った。数が少ないので順番に見てほしい」
いくつかの小ぶりな座布団が会場を手渡しで回っていく。綿の実も添えられている。『ほー』とか『ぬぬ』とか反応がある。
「その毛の塊のようなものが綿の実だ。中から種を取り出し。残った毛を布袋に入れた。柔らかいだけでなく、これで身を包めば体が冷えない。まだ量が少ないので小さく作ったが、これを布団にすれば冬、凍えて死ぬことはない。朝起きたら家族が死んでいたということはもう終わりにしたい」
「「「おー!」」」
「赤子や年寄りの着物にもしてやりたい」
「「「御意!」」」
全員、寒さは身に染みているようだ。
「最後に本年の目標発表です。総長、お願い致します」
「関東平定!」
「「「おー!!!」」」
なるほど、安房里見は一気に潰すつもりか。
「しかし、国会審議か株主総会みたいですね。父上がそういった方面の知見があるとは知りませんでした」
総会後、休憩で父上に声を掛ける。休憩のあとは新年会だそうだ。私は参加しないが。
「ああ、これもラノベの知識だよ。あったでしょ、戦国時代に予算審議みたいな会議をやってる作品がさ。あれをパク・・・じゃなくて参考にしたんだよ。連合だからね、上意下達というわけにはいかないし」
なるほどな。ラノベというものは並の読み物よりもよほど参考になるものだな。
「ところでよく綿が手に入りましたね」
「それもラノベだ。三河で自生しているってどこかの作品で読んだんでね、織田殿に頼んで探してもらった」
「へー、よく織田が応じましたね」
「引き換えに椎茸の栽培方法を教えたからね。等価交換だよ。出所の徳川に恩恵があったかどうかは知らないけどね」
「なるほど・・・椎茸の栽培方法を教えてしまっても良かったので?」
「多少値が下がっても財政的には大丈夫。うちにはヨードがあるからね。あれはうちにしかできない」
「それはそうと、父上の本当の狙いは・・・」
「あ、やっぱり気がついた?」
どうやら煙が少ない白色火薬を作るようだな。
ラノベでは硝石を作って黒色火薬を生産するのが定番なんだが、やっぱりプロだな。火縄銃には関心がないみたいだ。元込め銃とかを考えているんじゃないかな。構造とかよく知ってそうだし・・・
そっちは父上に任せておけば良い。取りあえずこの冬さえ乗り切れば、次の冬はもっと楽になりそうだ。
「さすがプロですな。その前に、次の冬は綿入れの布団とちゃんちゃんこをお願い致します」
「ああ、姫のご神託っていう建前だから、お礼に奉納しなきゃね」
「ええ、それと余裕ができたら木綿もお願いします。麻は着心地が悪くていけません」
「同感だ。迷彩服も木綿にしたい。大規模に生産しなければならないな」
絹糸と木綿、綿入れで被服は大幅に改善されそうだ。未来は明るいぞ!
白色火薬:無煙火薬の一種。火縄銃に使われている黒色火薬に比べて煙の量が極めて少ないという特徴があります。
最初に作られた無煙火薬は綿を主原料としています。危ないので本作では詳しく記しませんが、ネットで調べると簡単に分かります。
っていうか、主人公と筆者はあまり化学に詳しくないので・・・




