13. 門出 永禄13年3月(1570年)
3月、私は武蔵一之宮に向かって出発した。旧暦3月、新暦で4月なので桜も終わり、すっかり暖かい。幼児が空っ風が吹く中を旅をするわけにはいかないからな。
供は乳母の梅とその一家だ。当主は安中宮内。元は上野の国衆で、里見の南隣の安中を領有していたらしい。父上と年が近く、早いうちに父上に傾倒して家臣になったらしい。この人も練者だ。
この二人には子供がいる。私の乳兄弟(乳姉妹?)になる女の子で辰という。私より1ヶ月早く12月に産まれたので、数えでいうと1歳上になる。もちろん完全な幼児だ。まったく数え年というものは妙なものだ。こういう制度も直した方が良いな。
他に独身侍女が3人と下僕3名、安中家の侍女と下僕が1名ずつ、それに護衛の練者部隊10名だ。護衛は私を送り届けたら河越に戻る。乳母家族と侍女と下僕は一之宮様の近くに住んで私の面倒を見てくれる。
道中、周囲を観察した。父上から話は聞いていたものの、思いのほか樹木が少ない。
武蔵野は川が少ないので農耕に不向きだ。人里から離れたところには雑木林が残っているが、人里近くでは樹木が切り倒されて荒れ野になっている。令和で人工物を取り除いたらこんな風景になるのかもしれない。
化石燃料の普及か。急ぐ必要があるな。それとは別に、武蔵野には玉川上水とか野火止用水とか江戸時代に作られた用水路か、それに代わるものを造らなければ都市化できないな。
さて、平成令和だと埼玉県さいたま市の氷川神社が武蔵一之宮を称しているようだが、この世界では東京都多摩市の小野神社が一之宮、東京都あきる野市に二之宮の小河神社があり、氷川神社は三之宮となっている。四之宮は埼玉県秩父市の秩父神社、五之宮が埼玉県児玉郡市の金鑚神社、六之宮が横浜市緑区の杉山神社となっている。
小野神社が一之宮で一番社格が上のはずなのに、六社を取りまとめるように大國魂神社がある。これは武蔵独特なのか?
小野神社は鎌倉時代末期の有名な分倍河原の合戦の現場から近い。様々な戦乱に巻き込まれたほか、多摩川の氾濫で疲弊していた。おそらく、創建された8世紀には多摩川はもっと北側、南武線の近くを流れていたのだろう。
この時代だ。堤防なんてなくて、大雨が降るとすぐに氾濫するだろう。この辺りは川筋が少しカーブしているんで、だんだん外側の南にずれてしまったのだと思う。
今回、私が巫女として入るに当たり、父上の寄進によって少し南の小高い山の上に一之宮を移転して大きくすることになった。
移転先の小山は、前世で桜ヶ丘住宅街となっている。その一角が有名なキュンキュンする純情アニメの舞台になっていた。多摩市が街興しで中途半端に利用していたが、この世界線ではそれはなさそうだな。いや、境内でキュンキュンするのかも・・・
神社は現在絶賛移築中だ。
懐かしい・・・
前世で人生の半分以上を多摩ニュータウンの団地で暮らした。小野神社にも何度も参拝した。
京王線もないし、神社の他にはみすぼらしい民家が数軒あるだけ。風景はまるで違うが、空の色とか、山の見え方とか、地元感がある。和むな。
「これはこれは姫様、遠いところをよくお越しくださいました。宮司の太田左衛門太郎にございます。以後、よしなに願いまする。お陰様にて当神社はただいま移築中でございまして、騒がしくしておりますがご容赦くださいませ」
「ご丁寧なご挨拶、痛み入ります。くうにございます。こちらこそよしなに願います」
「お父上からお話は伺っておりましたが、確かにご聡明。3歳とはとても思えませねな」
宮司は物珍しそうに私を眺めた。
「お父上からお話は伺っております。産まれながらにご聡明ではあるが、ご神託を受けたという体で万人を納得させたいとのことですな。ご心配には及びませぬ。こういった話はよくあることです。上手くまとめてご覧に入れましょう」
「左様ですか。よしなに願いまする」
戦国時代っていうのは結構現実的で融通が利くもんだな。父上の寄進が効いているんだろうな。
同席している安中宮内も解りきっているようだ。
「さて、その神様ですが、神とはこの世の自然にまつわるものがほとんどでございます。姫様ご要望の智の神は少のうございます。4柱になりますが、この中からお選びくだされば、当神社に勧進いたします」
「わかりました。して、その神とは?」
「まずはオモイカネノカミですな。字は思金神と書きます。またの名を常世思金神。この神は天照大御神が天の岩戸にこもられた際に、どうやって出てきて頂くかという策を考えた神にになります」
「ほー、知略の神ですね?」
「左様です。他に気象を司り、技芸成就、出世開運、家内安全、商売繫盛、木工・金工職人守護のご利益があります。四之宮の秩父神社に祀られておりますのですぐに勧進できます」
「フムフム。興味深いですな。他の神は?」
「はい、ククノチノカミがおります。字は久久能智神ですな。木の精で、木々の揺らぎによって風の神の存在を知らせるものです。ご利益としては国土開発、林業、精力活力向上があります」
「うーん。文字は良いのですが、ご利益やお役目は少し違うように思えます」
「少名毘古那神は如何でしょうか。大国主命とともに国造りを致しました。医薬・温泉・禁厭・穀物・知識・酒造・石の神でもあります」
「ああ、その神は聞いたことがあります。国造りを助けたのですね。父上が新たな国を造り私がそれを助ける。まったく同じですね」
「はい、では少名毘古那神からご神託を受けたことにしますか? 当神社には大己貴大神、すなわち大国主命を祭っておりますので勧進するには都合が良いです」
「うーん」
しばらく考える。私としては理工学を中心に学業を行いたいのだが、ご神託によって公式や法則を得たということにしたいのだ。だが、どの神も少しずれている。
「もう一柱おられます。当神社の主祭神はアメノシタハルノミコトです。天下春命と書きますな。この神の兄にアメノウワハルノミコトがあります。天上春命ですな。こちらの神は開拓、学問、技芸、裁縫、安産、婦女子の守護神でございます。兄弟神なので勧進しやすいですな」
開拓と学問だけでなく、婦女子の守護神なのか。では女性の地位向上の名目にもなるな。
「天上春命にしましょう。よしなに願いまする」
「かしこまりました。聞くところによればくう姫様の御名は空が由来だとか。アメノウエとは相性もよろしいですな」
「ああ、それは考えておりませんでした。なるほど上手くいきそうですね。ホホホ」
「フフフ」
勝手に神の名をかたるなんて罰が当たらないことを願おう。
この時代は毘沙門天の生まれ変わりだの第六天魔王だの、みんな好き勝手やってるし、父上が少ない予算からたっぷり寄進してくれているから大丈夫だとは思うが・・・
早く財政を改善しなければ。
大國魂神社の創建は2世紀、111年だとか。神話の時代!
Wikipediaによると、一之宮云々は新任の国司が拝礼する順番だとか。大國魂神社は国府と一体化していた可能性があるので、零之宮なのかも。そして、小野神社が一之宮で氷川神社が三之宮というのは、国府からの距離の問題かも知れません。
氷川神社は埼玉一之宮なのかもしれません。
神様をお名前を勝手に利用させていただくにあたり、2025年元日夜明け前に小野神社様にお参りしてご報告とお詫びをして参りました。




