109. 雪国の春 天正13年4月(1585年)
# 109. 雪国の春 天正13年4月(1585年)
冬は辛かったが、新築の鉄筋コンクリート外断熱の家は暖かかった。トラブルと言えば、家の中を這わせた煙突からの煙漏れぐらいか。
ある夜、なんだか頭が重いなぁ、と思っていたら、他の使用人達も動きが鈍い・・・
いかん! 酸欠か一酸化炭素中毒かもしれん!
慌てて窓を開けて換気。秘書、執事、女中、下僕一人一人に声を掛けて換気を指示するが通じない。この寒いのになぜ窓を開ける必要が? って、隙間風だらけの家にしか住んだことがない彼らには窒息とか換気という概念がない。
寒がる者達を叱咤して、煙が漏れているらしい場所を探す。床板を剥がして漏れている箇所を探し、穴というか、接合不十分な箇所を塞いでなんとかなった。
普通、こういった作業は下僕とか下働きの人が行うのだが、彼らには新しい家の知識がない。知識と設計、危険性を知っているのは私だけ。結果、私が修理作業を行う羽目に・・・
昼間だったら1階の内装工事で職人が来ていたのにな。彼らの中には床下の構造もある程度知っている者がいるから作業してもらえただろうに。
他に漏れている場所はないと確信するまで眠れなかった。眠ったらそのまま目覚めないかもって。
まあ、これを教訓として高気密性住宅を発展させていこう。
それ以外には大きな問題はなかった。
問題ではないが、外の移動、奉行所、研究所は寒かったな。どこに行ってもストーブの側に貼り付いて仕事していた。私がストーブを占拠していたから、他の人達は寒かったろうな。皆、遠慮して近くに来ないから。
一番辛かったのは空の色だな。毎日グレーというか、鉛色というか・・・ お天道様をあまり見ない。冬は多くの日が晴れる武蔵から来ると気が滅入る。越後や出羽から来た人は札幌の方がマシだと言う人も居るが。
前世で、『自衛隊は雪まつりのために駐屯してるんでしょ』っていう冗談を言う札幌人が居た。あまりにも気が滅入るし、気分転換の余興がないんで、その冗談を採用。
陸軍に命じて雪まつりを開催した。雪を掘って雪洞やカマクラを作る訓練を兼ねてのことだ。雪像作りがどう訓練になるのかよくわからんが・・・ 指揮命令権を委譲されているから良いのだ!
できたカマクラで露店を開き、見物客相手に商売をする。なかなかの好評だった。
新開発の雪掘り道具を展示して試用させると大好評だ。まだ量産できていないのだが、商人などの購買力のある人々が早速購入予約していた。
海軍にも参加させて、特別にカレーライスを激安で販売させた。海軍カレーだ。
スパイスが高額なので通常なら庶民は食べられないのだが、海軍では7日に1回カレーが出て将士の区別なく全員が食べられる。父上のこだわりだ。
お祭りだから助成金を出して激安で札幌市民にも食べさせてあげた。もちろん甘口だ。子供も喜んで食べていた。
「「「海軍に入るとカレーが食べられるのですか?」」」
大勢の人に聞かれたからそうだと答えると、カマクラで作った海軍の臨時募集事務所に行列ができた。危険な任務がたくさんあるんだが、本当に良いのか? アイヌの人もたくさん並んでいたな。陸軍の兵士まで並んでいたが、上官に連れ戻されていたなぁ。
総会の報告が届いた。計画通り来年からグレゴリオ暦の採用が決定した。今年は11月12日で終わり。翌日から『1586年1月1日月曜日、天正13年11月13日』といった感じの並記になる。
既に新聞でも報道されている。報告の方が後追いになってしまった。
文書に日付を記載するときは、年だけでなく月日も並記しなきゃならないから前世よりかなり面倒だ。カレンダーが手放せない。
祭りや節句などの行事は旧暦でやる。正月行事も旧暦なので、前世のお隣さん達みたいに春節とか変なときに休みを取ることになるな。
自分で仕組んでおいてなんだが、とにかく面倒なことになった。いずれ太陽暦に完全移行しようという意見が強くなるだろう。それまでの辛抱だ。とりあえず、西日本併合までは陰陽併用だな。
グレゴリオ暦採用に合わせて≪年齢の唱え方に関する法律≫が採用された。太陽暦で満年齢で数えるのだ。歳を取るとどうでも良くなるが、若い頃、特に少年時代は1歳の差が大きい。学校教育に支障が出ているということにして切り替えた。
何しろ年末に産まれた子は年が明けたら2歳だからな。9月入学だと5歳と10ヶ月ぐらい。前世の早生まれの人達よりさらに厳しい。しかし、ちょっと強引だったかな。まあ、いつものことか。
昨年の内にすべての県が活動を開始したとの報告もあった。県長は領主クラスの連合幹部が就任したが、権威主義者は最初から対象外だ。そして任地は元の領地ではない。元々の領地で県長になると戦国大名に戻ってしまう危険性があるからな。
元家臣ではない連合職員と、新たに現地で採用した職員で県役所を立ち上げている。現地採用の職員は国衆や下級武士が多いようだ。
各地が連合に参加してからこれまで、少しずつ地方自治のやり方を変えてきている。組織形態が替わってトップが交代したが、言いようによってはただそれだけだ。現地採用の職員達は既に新しい統治方法に慣れているので大きな問題はない。
県には治安と戸籍などの住民管理を委任している。そして、今後各県を発展させるために県内の調査をさせている。治水、道路建設、開墾、植林、産業育成など、今後やるべき仕事は多い。まずはその調査をして、その後計画を立てるのだ。
さらに教育も委任した。中学校は各県に1校以上開校済みだ。この運営を委託する。さらに小学校を建設・運営させて、すべての領民に基礎教育を行えるようにする。
基礎教育の方は加速しそうだ。そろそろ高等教育の拡充を考えなければならない時期だな。
我が北方も石狩県と渡島県の2つの県が設置された。交通も通信もまだまだ不便だ。北海道でまとめてしまうと行政が滞る可能性があるので2つに分けたのだ。
残る地域はアイヌの自治領みたいな感じだ。その地域からも頻りに人が来ているし、鉱山開発や農業指導などで連合からも人が入っている。いずれ各地に街ができて県に発展することだろう。
そして、石狩県の県長には最上義光殿が開拓奉行から昇格した。どうしてそうなったのか分からんが、私が推薦したと当人は思っているようだ。なんだか妙に親しくしてくる。ちょっと鬱陶しいが対立するよりはマシか。
そのほかの話題は、新兵器≪85式掃射砲≫--ガトリング砲--が制式になってお披露目されたらしい。グレゴリオ暦の採用は来年からなのに、名前がフライングしちゃってるよ。長安、止めてくれなかったのか? 止められなかったのか?・・・
幹部達の前で試射はしなかったようだが、自動小銃よりも射程が長くて破壊力が大きいという説明。幹部達には好評らしい。
非常に重たいので馬で引っ張っても長距離の運搬は困難だ。砦に固定して拠点防衛に使ったり、艦船に搭載するそうだ。
琉球との交渉状況の報告もあった。商人を通した非公式な接触が行われ、互いに公式の使節団を交換することになったという。総会でも賛成多数で承認された。今頃は出発している頃だろう。
まだ焦る必要はない。最初は友好な交流にして、西日本の荒れ様を見せて、『この戦乱が収まったら島津は次の目標として琉球に行きますよ』って教えてあげれば良い。
ついでに南方諸島--伊豆・小笠原諸島--を見せて親近感を持ってもらおう。
徐々に心を開いてもらって、納得してもらってから一緒になる・・・ 恋の駆け引きか!?
春爛漫だ。すっかり雪が溶けて野山に一斉に花が咲く。北海道自生種の桜がキレイだ。あっちこっちで花見をしている。連合人とアイヌの皆さんが一緒にやっているところもある。だいぶ打ち解けてきたみたいだ。よしよし。
なんて思っていたら、あっちでは睨み合いをしているじゃないか!
「何事か!?」
首を突っ込むと、些細な慣習の違いから罵り合いに発展し、今まさに取っ組み合いになるところだった。
「自分の常識を相手に当てはめるな。文化、慣習が違うということを腹に収めよ。
不快なことがあれば、事情を説明して『我らの前ではしてくれるな』と頼め。頼まれたら我慢せよ。
我ら兄弟がいがみ合っていては、この先もっと異なる者達と友好関係を築くことはできんぞ!」
このところ、この手の諍いはあまりなかったからもう慣れてくれたのかと思っていたが、冬は活動が鈍くて接触機会が減っていただけだろうか・・・
私が部屋に籠もって見ていなかっただけかも知れん。外は寒いし、我が家は鉄筋コンクリート外断熱でストーブガンガン炊いてると常春だ。出るに出られん。
もっと歩き回らなければならんな。寒さも和らいだし。
「なんだか気味の悪い奇妙な音が聞こえるのですが・・・」
研究所に行くと研究員が困ったような表情で相談してきた。試作させている無線受信機だ。
ホワイトノイズの他にうねりのような音も混じっている。緯度が高めだから北極の方から宇宙線が入ってきているのかも知れん。この時期、太陽は活発だったのだろうか?
研究員達は経験がないから気味が悪いのだろうな。
「やはり電磁波は存在するのだ。自然界には弱い電磁波が漂っていると言うことだろう」
強引に結論づけてしまえ!
「しかし、そんなにたくさん電磁波が漂っているのであれば、人が出した電磁波と混ざってしまうのではないでしょうか?」
「良い質問だ。恐らく混ざるだろうな。だから自然に漂っている電磁波より強い電磁波を出すとか、自然な電磁波を排除する電気回路を作るとか、工夫が必要であろうな」
無線通信はノイズとの戦いだ。Bluetooth が繋がらないとかすぐ切れるとか、文句言っちゃいかんよな。とんでもなく難しい技術なんだから・・・ ほぼほぼ外国製だったな。Bluetooth IC は。トホホ・・・ こっちの世界では頑張らねば。
「ところで無線送信機はどうだ?」
「難航しています。電磁波が出ているのかいないのか・・・」
「方位磁針を空中線--アンテナ--を取り囲むように立体的に複数置いてみよ。電磁波が出れば磁界の変化があるはずだ」
無線通信技術の確立はまだまだ遠いな。




