102. スンダランド 天正12年4月(1584年)
まだイソンノアシ氏と対談しています。
実際には通訳を介していますが、直接会話しているような表現にさせて頂いております。
地球儀を回してアフリカを指す。
「およそ200万年前、人はこの地で生まれました。はじめの180万年程は猿と変わらぬ暮らし方だったようです」
『サル?』
「あぁ。この地には猿がいませんでしたな。
猿とは姿が我らと似ている獣です。全身が毛で覆われ、群れを作って子供を育て、手が器用で道具として石や木を使ったり、温泉に入るものもいます。
ですが、そこまでです。言葉は話せませんし、道具も作れません。二本足でも歩けますが、四つ足で歩くことが多いです」
「へぇー」
「そうなのか」
後ろから感嘆の声が。見たことはあっても生態までは知らんよな。
「人の先祖は毛が少なく、動物の皮などで服を作っていたと思われます。石や木を加工して簡単な道具を作っていたようです。言葉も使えたようです。
人は数が増え、この広い土地に広がって生きました。そして、およそ5万年前にこの土地を出てこちらのさらに広い土地に移動したようです」
アラビア半島からユーラシア大陸を指さす。
アイヌの皆さんも後ろの役人の皆さんも興味津々でクビを伸ばしている。
「長殿、礼を失するようだが、連合の役人達も興味があるようです。車座になって皆にも見えるようにしたいと思いますが、よろしいでしょうか?」
『それが良い』
私とイソンノアシ殿を囲むように皆が移動する。
もう一度、アフリカとアラビア半島を指さして皆に分からせる。
「この頃、地球は今よりも寒かったようです。そして、海の水は雪になり、北と南に降り積もって大きな氷となり、川を下って海まで流れなかったのです。今よりもずっと広い範囲が氷で覆われていました。恐らく、今、我らがいるこの地も。
川から水が流れてこないので、海は小さくなりました。今より100杖(m)も低いところに海岸があったようです。
人は比較的温かい真ん中--赤道付近--の海岸線からあまり遠くないところに住み、さらに東へ広がっていったようです。
また、この頃はとても大きな木が無数に生えていて、切り倒してくり抜くだけで海を越えられる大きな船ができたようです。
こうして海沿いに広がった人の一部は5万年程前に、この辺りにあったスンダランドに住み着きました。今は小さな島々ですが、当時は一つの広い陸地でした」
場所はうろ覚えなのだが、マレー半島からインドネシア、フィリピン方面を指さして示す。
皆、黙って聞いている。
「しかし、3万年前に気候が変って暖かくなりました。南北の氷が溶けて海に流れ込み、海岸線が今の位置まで上がってきたのです。スンダランドは半分が海の底になり、残りが今の島々になりました。
住む土地が減った結果、人々は移動を始めました。船に乗り北上したのです。そして日本の西側、九州、四国、近畿に辿り着いた」
誰も声を発しない。無言で話しの先を促している。
「日本は豊かでした。獣や鳥、魚、植物の実りも多く。人々は平穏に暮らすことができました。
しかし、およそ7000年前。この辺りにあった火山が大噴火を起こしました。破局噴火です」
九州南端の海を指さす。海底にある鬼界カルデラだ。皆息を飲んでいる。
「火砕流という恐ろしい噴出物が南九州に住んでいた人々を一瞬で全滅させました」
「「か、禍災龍!・・・」」
若干名誤解している奴がいそうだが、まあ良いか。
誰も声が出せない。火砕流の本当の恐ろしさは誰も理解できないだろうな。前世でも平成3年の雲仙普賢岳の大火砕流を映像で見るまで、一般人は知らなかったからな。
だが、全滅という言葉はやはりインパクトが絶大なようだ。
「火山灰が空高く舞い、広範囲に降り注ぎました。西は朝鮮南部、東は陸奥・出羽の半分にまで及びました。
多くの植物が枯れ、獣も死に、鳥も魚も逃げて少なくなりました。生き残った人々も食糧難に陥ったのです」
完全に私の話に飲み込まれているな。良い感じだ。
「噴火が治まったとき、人々は相談しました。
いずれ植物も獣も回復するだろう。だが、何年かかるか分からない。それまで少ない食料で耐えなければならない。だが人数が多すぎる。
そこで人々は複数に別れました。一部は北へ、一部は大陸の南部へ移住することになったのです。先祖がスンダランドから日本に移住したように」
イソンノアシ殿が私をガン見している。結論が分かったようだ。
「もうお解りですね。北へ移住した方々の子孫があなた方です。そして残ったものの子孫が私達です。あなた方と私達は7000年前に分かれた同族なのです」
長い沈黙。
『だが、我らとそなたらは暮らしぶりが随分と違う』
イソンノアシ殿は頭では理解したが腑に落ちない、といった感じか。
「あなた方はこの豊かな地で昔ながらの暮らしを続けることができました。そのことをカムイに感謝しているのでしょう?
我らの先祖も同じように暮らしたかったと思います。ですが、それができなかった。
大陸から人が来たからです」
中国大陸を指さす。
「この地の南に移住した我らの同族は、アフリカから内陸を通ってやってきた人々と暮らすようになりました。
新しい技術を身につけた彼らの一部は数回に分けて日本に帰ってきました。稲作や仏教、文字などを持って。
さらには西の人々も一緒に」
ちゃんと聞いてくれているな。西の人々の中には大蔵長安の先祖もいるぞ。
「それらの人々が持ち込んだ技術により暮らしが大きく変わりました。豊かにもなりましたし、争いも増えました。カムイの恵みからは少し離れたように思えます。
しかしこれは人という生き物の定めなのです。我らの祖先は猿と変わらぬ暮らしをしていましたが、アイヌの方々も今では衣服や道具を作り、使い、獲物を捕ったり作物を育てる。そのまま食べずに煮炊きする。家も作る。
明らかに進歩、発展しています。
進歩、発展し過ぎだとのお考えもあるかも知れません。ですがどこまでが妥当でどこから過剰なのか決められますか?
人は進歩、発展する生き物なのです。他の獣とは違います。
そして、進歩、発展によって力を得た者達の中には欲望に塗れた者がいます。その者が他の者を征服して搾取し、自分たちだけが豊かな暮らしをするのです」
ちょっと間をおいて考えてもらう。
「それは、欲望に塗れた者とはいったい・・・?」
ん? うちの役人か。見覚えがあるな。卒業生か。
いい質問だぞ。
「西洋人です。
あの者達とはここ、アフリカを出たところで別れました。遙か昔に分かれたので、我らとは考え方だけでなく、容姿まで変わってしまいました。
彼らはここ、地中海沿岸などに住み着いたのですが、この土地はスンダランドや日本に比べれば恵みが少なかった。彼らには奪わなければ生き残れないという過酷な時期が何度も訪れたのでしょう」
荒涼とした貧しい土地での暮らしを想像しているのだろう。実際にはそんなに貧しくはないのだが。
インカからジャガイモが入るまでは慢性的な食糧不足だったとは聞いたことがあるが。
「そして今、恐ろしいことに、彼らは自分達だけが人間で、我らを家畜のように考えています。奪って好きに使って良いと。
今はまだ日本まで来るのがやっとといったところなので温和しいですが、いずれ軍勢を送り込んで我らを征服するつもりです」
驚いているが怒りのような感情は無さそうだ。お腹いっぱい、って顔だな。今日はこの辺で締めるか。
「私は欲望に塗れた者達に対抗します。力を付けるため、仲間を増やすためにこの地に来ました。
アイヌの皆さんにも協力して頂きたい。今すぐ答える必要はありません。ゆっくり考えて下さい。聞きたいことがあれば遠慮なくお尋ねください」
「誠に彼奴らと我らは同族なのですか?」
コタンを離れると奉行殿が痺れを切らして聞いてきた。
「神様がそう申されておりました。間違いありませぬ。いずれ学問が発展すれば証明できるでしょう」
いろんな学説とトンデモ説をミックスして都合が良いところだけ取り出して作ったストーリーだ。まあ、間違っていても証明されるのは数世紀先だ。気にすることはない。
「して、西洋人とは戦になるのですか?」
なんだ、その目は?
「先々は何とも申せませんが、数年内ということは無いでしょう。いざという時に備えて防衛方がしっかり準備しておりますから心配は無用です」
「うぅ~ん・・・」
奉行殿、何か考えてるな。戦国武将だからな。自分が前線に立ちたいとか考えているんだろうか?
行くならちゃんと近代戦術覚えてから行ってくれよ。旧軍みたいに精神論とか出されたら前線の兵も可哀想だし、国家が滅ぶからな。
スンダランド:最終氷期の頃、タイランド湾からスマトラ島、ボルネオ島、ジャワ島を結ぶ大陸棚にあった陸地。モンゴロイドの故郷とする説もあります。フィリピンは繋がっていませんが、ベトナム沖、中国沖も陸地になっており、日本に繋がっていました。氷期が終わる前に日本に人が来ていたかも知れません。
破局噴火:火山の噴火形式の一つ。ウィキペディアによると、≪もともと石黒耀が2002年に発表した小説『死都日本』のために考案した用語≫≪日本国内のみならず海外においても「近代国家が破滅する規模の爆発的巨大噴火」をHakyokuhunkaと呼ぶようになったと設定されている。≫とあります。『死都日本』はすごい作品です。昔読んで感動しました。お勧めします。なお、九州の火山は過去に破局噴火を起こしたものが多いです。西日本にお住まいの方は調べておくことをお勧めします。
鬼界カルデラ:薩摩硫黄島、竹島を北縁とする海底火山のカルデラ。直径20km。およそ7300年前--本話の時代から見ると6800~6900年前ですが、ざっくり7000年前に丸めました--に破局噴火を起こしました。発生した大火砕流は海上を渡って南九州の縄文人を全滅させました。現在も活動中で、また破局噴火が起きると警鐘を鳴らしている人もいます。




