101. イソンノアシ 天正12年4月(1584年)
まだ札幌に到着した日です。
長い船旅で三半規管が疲弊しているのだが、奉行に会わねばならぬ。
北方開拓奉行所札幌支局に到着すると、わざわざ奉行が玄関で待っていた。
「無事のご到着、祝着至極にございます。奉行の最上義光でございます。
先ほど素通りされましたが、何かお気に召さないことが・・・」
あ、奉行所支局を外からチラッと見たこと、気がついてたんだ。
そりゃそうか。待ち構えていたんだろうな。少人数とは言え、それなりの身なりをした集団が移動していれば目立つし、報告も入るよな。
「副総長の里見くうです。この度新たに創設した北方開拓総監職に就任致しました。お世話になります。
いや。明るいうちに街の様子を見させて頂いたまでのこと。奉行殿がお待ち下さっていたとは気づかず、とんだ失礼を致しました。お詫びいたします」
立位のまま深く頭を下げる。武蔵から私と一緒に来た者達にとってはいつものことだ。私に合わせて一緒に頭を下げる。
すると、奉行以下札幌組は酷く恐縮した。外からも見えるところで自分より上位の者に頭を下げさせたのだ。話しに尾ひれが付いて連合本部に伝わったら大事だ、とでも考えているのだろう。
「あぁ、いや。お、お疲れでございましょう。まずは中へ」
慌てて奉行所内に招き入れられた。
最上義光、38歳。前世ならば出羽やその周辺で暴れまくっている頃だ。6年前に連合に下り、学校とは別の領主向け教育を一通り受けている。その上で、元の身分を考慮して新しい役目に就かせている。
私的な側近としては旧家臣がついていると聞いているが、公的な部下は関東人が多い。権力をかざしたくても部下が法に照らして真っ向から反対してくる。やりにくいだろう。
そこへ頭ごなしに私が来たのだ。不快だろうな。
「早速だが奉行殿。まずは蝦夷の主だった方々にご挨拶をしたい。手はずをお願いしたい」
「はぁ? まず蝦夷? よく分かりませんが、すぐに呼びつけることに致しましょう」
戦国武将だものな。そうなるよな。
「いや、奉行殿。私から出向きますので先方への連絡と道案内、通訳の同道を手配して頂きたい。
それと、忙しいところ恐縮ですが、奉行所の役人も数人同行して頂きたい。
あと、奉行殿、近々で何か行事などおありですか?」
「へ? あ、いや、これと言って行事は・・・」
よし、釣れた。
「では、奉行殿も一緒に参りましょう。行列に威厳は要りません。遠乗りに行くような、気軽な形で結構です。
蝦夷の長に挨拶しますから、身なりだけは正装で」
「はぁ? 蝦夷に会うのに正装ですと?」
奉行殿と奉行所役人は道中みっちり講義してやろう。あんた達の意識を変えるために来たのですから。
「ああ、それと、蝦夷という呼び方は止めましょう。彼らは自らをアイヌと呼んでいるとか。
今後はアイヌの方々とお呼びしましょう」
「!!!」
3日後。
アポが取れたのでアイヌの札幌代表に挨拶に行く。まだ市街地開発していない地域だが、思ったより近い。間違いなく前世の札幌市中心部だろう。
「あれがハッサムコタンでございます」
奉行殿の説明だが、分かっていて説明している感じじゃない。ひょっとすると初めて来たのかも。何しろ横にいる役人が教えているのが見えてるからな。
先日訪れたコタンと同じような竪穴式住居が10棟ぐらい建っていて、家の中から煙が立ち上っている。囲炉裏のような設備に火を入れているのだろうな。
一番大きな建物の前でアイヌの人達が待ち構えていた。
「馬から降りましょう」
声を掛けるとまた奉行殿が驚いている。私がさっさと降りると渋々という感じで降りた。
私と一緒に連合からやってきた役人達は慣れっこだ。誰も躊躇せずに馬を下りる。
奉行所の役人の中にも数人、さっさと降りる人がいる。彼らは学校の卒業生なのだろう。北方開拓奉行所内に数人いるとは聞いている。彼らをもっと活用しないとな。
従者に馬の手綱を渡して歩いてアイヌの人達の前に行く。
「東日本連合副総長の里見くうです。わざわざのお出迎え恐悦至極に存じます」
軽く会釈すると後ろの方でザワついてる奴が数人いる感じだが気にしない。
通訳が慌ててやってきて挨拶を訳す。
「これがこのコタンの長のイソンノアシです。『よくお越しくださった』と言っております」
あぁあ、こいつもか。通訳の耳元で他人に聞こえないように指導。
「相手は族長だろ? もっと立てろ。『これ』ではなく『こちら』だろ。『殿』とか敬称も付けよ。
あちらの言葉はそんなに丁寧だったか? アイヌの方々も日本人と同じようにせよ。
分かったな!? じゃ、やり直し」
「こ、こちらがこのコタンの長のイソンノアシ殿です。『よく来た』と申されております」
戸惑う通訳はともかく、アイヌの人達を見ると若干名が驚いている。やはりこちらの言葉が分かる人はいるな。
「奉行殿は顔馴染みかな? 挨拶を」
促すと不服そうだが一応丁寧な言葉で挨拶した。流石に上司より偉そうにはできないよな。
これにはイソンノアシ殿が驚いたようだ。いつもと違うじゃん! って感じ。
「『中にお入り下さい』と申されております」
「では遠慮なく」
目の前の一番大きな小屋・・・ 大きいのかい? 小さいのかい? どっちなんだい? って1人で脳内ノリツッコミやってもな。
そう、よく見れば小屋だ。竪穴式住居ではない。周辺の小さい建物は竪穴式住居っぽいが、大きめのこれは小屋だ。床が掘り下げられていない。
中に入ってみると床は土間だ。あちこちにむしろのような敷物が敷かれている。
中央よりちょっと脇に囲炉裏がある。囲炉裏には小さめの火が入っていたが寒くはない。囲炉裏を避けて向かい合って座った。クッションと言う程ではないが、一応個人用の敷物が差し出されたので、イソンノアシ殿を見て真似るように尻の下に敷く。
側面の明かり取り用の窓が開けられている。照明器具はないが暗くはない。
「改めてご挨拶申し上げます。東日本連合副総長の里見くうです。
我々日本人がアイヌの皆様にご迷惑をお掛けしていると聞き及び、お詫びと改善のために参りました。
時間を掛けてゆっくりと話し合って参りたいと存じます。アイヌと日本の幸福と、カムイの安寧のため、皆様のお力をお借りいたしたくお願い申し上げます」
手をついて深々と頭を下げると、私を知るものは合わせて頭を下げた。一拍遅れて奉行も渋々頭を下げているようだ。
アイヌの皆さんはまだ警戒しているようだが、話をしようという気持ちにはなったようだ。促されたので頭を上げる。
周囲を見るといろいろ道具があるが・・・ ここは住居ではなく集会場とか村役場のようなものか?
飲み物が差し出された。
「ほう! 皆様も茶を飲まれるのですな?」
『そなた達から買っている。特別なときに飲んでいる』
「左様にございますか。ありがたく頂戴いたします」
壁際には土器のような器がいくつかある。手元の湯飲みは釉薬がかかっている。明らかに製法が違う。この湯飲みも連合から買ったものなのだろうな。
「土産物を」
振り返って役人に準備させる。それを見るフリをして後方の様子も確認。
鉄製の鍬やスコップなどが並んでいるが、形状から見て連合製だな。連合との貿易は相当行っているようだが、恐らくレイトで損をしているだろうな。これも改めよう。
課題問題はあるが、連合との関係は深くなっているようだ。交渉の余地は十分にある。
『これは何か?』
土産物の一つに早速食いついた。世界情勢を説明するために持ってきたのだ。
「地球儀です。この大地を小さく表す模型です」
『大地は丸いのか?』
「高い山の上や岬の突端で周りを見渡せば分かります。丸い球なのです」
『横や下にいる者は落ちないのか?』
「下とは地球の中心方向を言うのです。外側が上です。地球がすべてのものを引っ張っているので、上、外側にあるものは下、地面に向かって行くのです。これを落ちると表現しています」
しばらくイソンノアシ殿が眺めている。後ろの人達が興味津々でソワソワしてるよ。あんた達も知らんかったのね。後でゆっくり見てくれ。
『ハッサムコタンはどこか?』
ようやく本題に突入だ。
「この辺りだと思いますが、実はよく分かりません。
正確に分かっているのは東日本連合の領地だけです。これから皆さんの土地と、もっと北方を調べさせて頂き正確に地図や地球儀に反映していきたい。調査のお許しとご協力をお願い致します」
『なぜ調べる必要がある?』
「そこにあるから」
えぇー、何それ? って顔してる。
ある意味本音なのだが、これでは禅問答になっちゃうな。
「西洋人・南蛮人を知っていますか?」
『話しに聞いたことはある。見たことはない』
「南蛮人はこの辺り、地球の裏に住んでいます。そこから船に乗って南の海を回り込み、日本までやってきています。南から来たので南蛮人と呼ばれておりましたが、西に住んでいることが分かりましたので連合では西洋人と呼ぶようになりました」
『それで?』
「西洋人は日本までの間の国々を侵略し、支配しております。住人は売買されて家畜のようにこき使われております。
既にココ、インドは滅ぼされております。お釈迦様の産まれた国で日本では古来から天竺と呼んでいた国です」
「「「なんと!!!」」」
後ろから悲鳴のような声が。奉行達にも聞かせるつもりで話しているのだが、リアクションがデカ過ぎるぞ。
「そ、そのような者達をなぜ追い払わないのですか!?」
それって鎖国政策か? そうやって拒絶して時が経ったら圧倒的な力の差ができて、子孫達が慌てふためくことになっちゃうんだよ。もう前世で1回やってますから。
「今、奴らは日本まで来るのが精一杯だ。日本の武士と戦えるだけの兵は連れてこられない。
今はな」
「いずれ来ると?」
話し相手が奉行殿になってるな。まあ良いか。
地球儀を回してイソンノアシ殿に見えるようにフィリピンを指す。
「既に西洋人はルソンの島に拠点を築いております。彼らは九州の大名達を改宗させて西洋の神を信じさせております。その大名達を手先として、琉球や西日本を攻め取るつもりなのです」
ちょっと話を盛っているが、このくらいは許されるだろう。
『西洋と我らの間はどうなっている?』
イソンノアシ殿の鋭い質問。地球儀でヨーロッパと北海道の間を見れば、シベリア南部やモンゴル辺りが目に入る。
「その辺りはこの地よりももっと北で、とても寒いのです。森林や草原が広がっており、北側には元々アイヌの同族だった者達が集落を作って住んでおりますが、食料となるものは少ないので人の数は少ないです。
いずれ西洋人はこの広大な大地を渡ってやってくるでしょう。そのときは戦うことになるかも知れません。
故に、地形や潮の流れ、気象などを調べておきたいのです」
イソンノアシ殿が思案している。
『この土地で戦をするのか?』
「ここで戦をするようではアイヌの皆様をお守りできません。既に負けたようなもの。海の向こうで戦います」
『守る? なぜ我らを?』
一拍おいてちょっと微笑んでやる。私の美貌が通じるだろうか・・・
「皆様と我らは元々同族だからです」
「「「えぇー! なんと!!!」」」
後ろの連中の方が五月蠅いよ。まったく・・・
くうとアイヌの皆さんが直接会話しているような表現をさせて頂きましたが、実際には通訳が介在しているので話しは途切れ途切れで時間がかかっています。




