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イデア魔界儀伝  作者: 五十音字ひらがな
転生魔剣士 オルフェル伝
9/12

第5話 オルフェルの物語 <泥沼>

【2026.01/10|タイトルの表記を変更】 

・オルフェルの物語 ⑤<泥沼> → 第5話 オルフェルの物語 <泥沼>


 精霊たちの声が織りなす旋律に身を委ね、オレは青い空を泳いでいた。

 外の世界は光の繭に包まれ、暖かな日差しが肌の奥へと浸透していく。

 母さんに似た魔力が、世界に満たされ染み込んでいる。

 まるで、優しさに溢れた両手で抱かれているような。

 闘技場と巨大通路を内包する、規格外の存在を確かめるため、オレは振り返った。

 そこに在ったのは、城塞騎士という異名に(たが)わぬ姿だった。

「で、でかい。これが、ペンタード……」

 座すために(あつら)えたかのような、山そのものの玉座に腰を下ろしている。

 剥き出しの山肌に肘を預け、山の中腹に足を広げるように据えていた。

 その場に座するだけで、山を渡る風の流れすら変えてしまう。

 白を基調に青を配した鎧を纏い、随所に黄色の花を象った装飾。

 外側へ大きく張り出した巨大な肩鎧——ポールドロン。

 その縁からは紋章入りの巨大な垂旗(すいき)が上腕を覆い、嶺風に吹かれて静かにたなびいていた。

 幾つもの白い狭間が並ぶ、顔らしき建造物。

 その頭部と(おぼ)しき位置には、黄金の王冠が嵌められている。

 顔を囲むように肩から上へと、巨大な城塞が頭部の一部として築かれていた。

 巨大にして異様。騎士にして城塞。

 異名に負けず劣らずの存在——城塞騎士ペンタードが、そこにいた。

「オレたちは……こいつの顔の中にいたのか……」

 山を椅子代わりにする化け物が、序列三位。

 城塞騎士ペンタードに畏怖(いふ)の念を抱きながらも、オレは改めて新しい世界の広さを知った。

 未知への好奇心に胸を躍らせ、討伐対象が生息する白亜の円蓋へと、空を進んでいった。


 ❇︎ ❇︎ ❇︎

 

 直径100メートルはある巨木の幹。

 その根は地表に露出し、高さ約40メートル、厚さ15メートルにも及ぶ天然の木の城壁を成していた。

 太陽光は樹冠(じゅかん)に遮られ、泥沼の荒野に重い影を落としている。

 生温い腐敗臭と(かび)の臭いが滞留し、湿った空気が肌にまとわりつく。

 黒褐色の水面には、泥や腐葉土などの有機物が混じり、虹色の油膜が浮いている。

 沼地一帯には巨木が不均等な間隔で点在し、その幹の周囲には泥に侵食されながらも、露出した根が天然の足場を形成していた。

 そこから一歩でも泥沼へ踏み出せば、驚くほど抵抗なく引きずり込まれる。

 静寂が浸透する淀んだ場に、切迫した声が響き渡る。

 相棒とともに魔物を相手に、眉間の皺を緩める(いとま)もない攻防が繰り広げられていた。

 跳ね上がる泥の腐臭が鼻を突き、休まらない神経をさらに逆撫でしている。

 討伐相手の背丈は、相棒の三倍近くはある巨体。

 この白亜の円蓋の中にある泥沼を住処とする魔物——コタ。

 束になった根のような足で泥に立ち、前屈した赤い頭部には、魚じみた目が左右に張り出している。

 緑色の(つる)状の筋繊維が幾重にも絡み合い、その腕はゴムのように伸び縮みした。

 コタの影響で、周囲およそ1キロは沼地と化している。

 その地盤は水を孕み、完全に泥濘化(でいねいか)していた。

 行動できるのは、巨木の露出した根がある足場のみ。

 オレにとって、この場は限定的な戦闘域だった。

 しかも、コタとの距離は数百メートルもある。

 思い通りの戦いができずに、オレたちは苛立っていた。

「おい、巫山戯(ふざけ)るな! もっと威力を上げろ!」

 四つ腕の悪魔から怒声が飛びかかってきた。

「やってる! 突破できねえんだよ!」

 こっちだって魔力を大量に込めて焼夷灼質魔焔珠(フィエロ・イグニオ)を何度も放ってきた。

 ギネマタを倒したときと同等の威力でだ。今のオレではあれが精一杯。

 だが、どれだけ威力を上げようが、コタには届かない。

 放たれた火球は、瞬時に構築される厚みのある泥壁に(はば)まれ、すべて掻き消される。

 異様に粘りつく弾力のある泥の壁が、灼熱のマグマ塊を深々と呑み込み、掌を閉じるように包み込んでいく。

 熱を奪われ、泥団子へと変わり果てた火球は、ぼとりと沼地に落ちていった。

 貫通すら許されない。その繰り返しだった。

 植物を思わせる肉体構成。

 初めて接敵した際、不意打ちの焼夷魔法が一度だけ通った。

 炎を嫌がる素振りから、弱点が火であることは分かっている。

 だが、直撃しても体表の粘液が瞬時に鎮火させてしまう。

 泥壁を突破し、なおかつその粘液を剥がさないといけない。

 今のオレたちの火力では、どうやっても有効打にならなかった。

 それでも相棒の四つ腕の悪魔は、懲りずに焼夷魔法を連発している。

「こいつの弱点は炎だ! もっと炎の魔法で攻めろ!」

「違う魔法で攻めるべきだ!」

「オレに指図するんじゃねえ! テメエは黙ってオレの指示に従ってりゃいいんだよ!」

 チッ。偉そうに言うが、効いてねえのはオマエも同じだろ。

 馬鹿正直に焼夷魔法一辺倒で押し通しやがって。

地嶽隆穿滅絶槍(オルド・グランツァ)!」

 沼地が深すぎる。地盤から錬成されるはずの岩槍は、形成されるそばから泥濘に呑まれ、尖塔すら顔を覗かせない。

 どれだけ深いんだよ。

 この足場では、接近は(おろ)か、機動性を活かした攻撃そのものが成立しない。

「コタに近づくには……空でも飛ばない限り無理か」

 戦闘行動域として使えるのは、この巨木の根だけ。

 コタを中心に、一番近い外周の巨木との間が丸ごと沼地になっている。

 こちらの攻撃が届くまでの時間を見越したかのような、絶妙な距離だ。

 幸いなのは、奴の足だ。束になった植物の根のように張り付いているせいで、旋回移動がかなり鈍い。

 攻撃手段も、腐食の魔法玉を飛ばしてくるだけだ。

 当たれば一巻の終わりだが、弾道速度が遅く、回避は容易だった。

 コタを中心に、相棒とは対角線上の位置を取っている。

 当初は移動しながら、機動性を活かした攻撃……なんて考えていたが。

 正直、手詰まりだ。

 攻撃方法を思案していると、低く擦れる音が聞こえてきた。

 猫が威嚇するような。

「——シャァァァァ」

 黒く染まった沼地が広がる空間に、その音は静寂を切り裂いて響き渡る。

 今は睨み合いが続き、動きが止まっている。

 コタは体ごと相棒の方へ向けている。

 オレに背を見せやがって、眼中にないってか。

焼夷灼質魔焔珠(フィエロ・イグニオ)

 気づかれないよう、言葉を小さく絞りながら、死角となる真後ろから魔法を放った。

 また泥壁か。魔力で壁の強度を上げているんだろうな。

 あれを何とかしないと、期日までに討伐なんて到底無理だぞ。

 しかも、死角からの攻撃でも反応しやがる。


——魔力感知。厄介だな。


 目視だけに頼らず、周囲の魔力の流れを察知して、敵の位置や魔法の動きを把握している。

 しかも、魔力の膜は均一に薄く張られていて、気づきにくい。

 器用なことをしやがって。

 オレが今使える魔法は、焼夷灼質魔焔珠(フィエロ・イグニオ)地嶽隆穿滅絶槍(オルド・グランツァ)だけ。

「おい! 焼夷系と地盤系の魔法以外何が使える? オレはこの二つしか使えない!」

 沼地全体に、オレの張り上げた声が木霊(こだま)する。

五月蝿(うるせ)え! テメエは黙って背後から攻撃してろ!」

 苛立つ気持ちは分からなくないが、冷静さを欠けば敗北を招くことになるぞ。

 ここでオレが、冷静になるように促しても、反発するだけだろうな。

 なんて、面倒臭い奴だ。

 コタの攻撃性が低いからまだ、今は猫のような威嚇で済んでいる。

 もし、これが攻撃性の高い魔物だったら……。

 どうする? このまま睨み合いを一日中続ける気か?

 おそらく相棒は、連携する気はない。

 それでは駄目だ。オレ単独では勝ちの道筋が見えない。

 思考しろ、考えるのを止めるな。観察を続けろ。

 赤色で厚みのない頭部。魚のような目が左右に張り出した側方視寄り。

 つまり、真横からの攻撃は危険。

 至近距離の攻撃をするなら、前屈した頭部の構造上、下方は両目の視線が交差できず、像が曖昧になるはず。

 だが……奴には常時発動している魔力感知がある。

 身体的特徴から可能性を洗い出してみるが、決定打になる案が浮かばない。

 それでも、何か手はあるはずだ。

 

 ❇︎ ❇︎ ❇︎

 

——くそ、くそ、くそくそ!

 あのガキが囮になるはずが、役にも立ちゃしねえ!

 組む相手を間違えた!

 コタの野郎に、オレの思考誘導も通じねえ。

 あのガキに突撃させようにも、距離が離れすぎてスキルが届かねえ。

 生意気にも、オレに向かって「違う魔法で攻めるべき」だと命令までしやがる。

 使える魔法の種類まで聞いてきやがって。

 オレの指示に従ってりゃいいだけの、矮小な存在がよ!

 許せねえ、赦せねえ、ゆるせねえ。

 その言葉も、その存在も、全部だ。

 目の前の魔物を片付けたら、絶対にあのガキを嬲り殺す。

 それにしても……なぜ背後からの攻撃を目視もせずに防げやがる?

 くそ、苛々するぜ。

 コタの野郎、オレを見据えやがって。ガキのほうを見やがれ。

 この巨木から動けねえじゃねえか。

 ……巨木?

 イヒヒヒヒ。思いついたぜ。

 この幹を登って、あの枝の上から真下へ焼夷灼質魔焔珠(フィエロ・イグニオ)を叩き込んでやる。

 流石に真上にまで泥壁は構築できねえだろ。

 イヒヒヒヒ。なんてオレは頭がいいんだ。天才じゃねえか。

 どうやって倒したか、ママにオレの智才ぶりを報告しねえとな。

 ああ、考えただけで心が躍るぜ。

 

 ❇︎ ❇︎ ❇︎


 あいつ、急に巨木を登り出した。何をする気だ?

「——シャァァァァ」

 コタは相棒に向けて威嚇を続けている。

 幹の遥か上、最も低い枝に立つその姿は、地上からでは輪郭すら判別できず、ただの黒い点にしか見えなかった。

「もしかして……真上からの攻撃か? それなら奴も泥の壁で防御できないはず」

 ここから見える、前屈した赤色の頭部全体には、粘性の体液は見当たらない。

 当たれば、有効打になる!

 コタも、何かしらの防御策を講じてくるはずだ。

 だが、それはさせない。

 焼夷魔法で、奴の注意を引きつける。

 よし、四つ腕の掌に火球を創り出した。

 威力より、速射性に重きを置く!

 タイミングはここだ!

焼夷灼質魔焔珠(フィエロ・イグニオ)!」

 コタに届くようにわざと大声で叫ぶ。

 こっちを向け!

焼夷灼質魔焔珠(フィエロ・イグニオ)!」

 まだまだ!

焼夷灼質魔焔珠(フィエロ・イグニオ)!」

焼夷灼質魔焔珠(フィエロ・イグニオ)!」

焼夷灼質魔焔珠(フィエロ・イグニオ)!」

焼夷灼質魔焔珠(フィエロ・イグニオ)!」

 なぜ、こっちを向かない!?

 巫山戯るなよ、オレだってテメェの脅威だ!

 どうしたらいい。考えろ、考えろ。

 コタに少しでも近づければ、威力が上がるはずだ。

 慎重に露出した根を伝っていたが、泥の付着した表面に、つい足を踏み入れてしまった。

 不気味な冷たさが足の指の間から入り込み、粘度のある重い液体が肌にまとわりつく。

 さらに重心を乗せると、足の裏が根の表面をなぞるように滑り、自分の意思とは無関係に外側へ流れていった。


——しまった!


 重力に裏切られたように、体がふっと宙を舞った。

 落ちたら終わりだ。

 咄嗟に地嶽隆穿滅絶槍(オルド・グランツァ)内言(ないげん)で唱えた。

 次の瞬間、足元の泥沼を突き破って岩石巨槍の尖塔が姿を現した。


——!?


 無事に先端に着地し、(かろ)うじて危機を逃れる。

 従来の半分程度の長さしかないが、なぜ地嶽隆穿滅絶槍(オルド・グランツァ)が現れたんだ……。

 距離……巨木の根元だからじゃない。

 コタとの位置関係によって、泥沼の深さが変動している。

 それなら説明はつく。

 その時、頭上から拡散した声が小さく響いた。

「——焼夷灼質魔焔珠(フィエロ・イグニオ)

 四発の焼夷魔法が降り注ぐ。

 軌道は正確に、魔物の頭上を捉えていた。

 コタは両手で泥の沼地を勢いよく叩きつけた。

 大量の泥が高く舞い上がり、生き物のように頭部へ覆いかぶさる。

 泥は瞬時に乾燥し、兜のような防護層を形成した。

 直後、着弾。

 灼熱の火球が衝突するたび、鈍く低い音だけが響く。

 炎は泥の上を走ったが、魔物が身震いすると防護層とともに剥がれ落ち、儚く消えた。

 ——失敗だ!

 油断していたわけじゃない。観察も、分析もしていた。

 だが、見落としていた。


——この魔物の知能の高さを。


 魔法ではなく、地形環境を利用してくるなんて想像もしていなかった。

 そこに住み着いている以上、環境を利用してくる可能性を念頭に入れておくべきだったんだ。

 これは、オレたちの未熟さだ。

 どうする? ……妙案が思い浮かばない。

 焦るな、情報の整理だ。

 接近は不可。焼夷魔法は泥の壁に阻まれる。

 岩石巨槍も、奴がいる付近では沼が深すぎて届かない。

 この巨木の近くなら従来より短くなるが、地嶽隆穿滅絶槍(オルド・グランツァ)の尖塔部分は出る。

 ……コタをここまで引きつけられれば、あるいは。

 思考するオレの視界に、黒いものが映った。

 魔物の周囲に、大量の腐食玉が突如現れた。

 な、なんだ、あの数の腐食玉は!?

「——シャァァァァ」

 魔物があげた威嚇音と同時に、大量の腐食玉が、遥か高みの枝の根元へ真っ直ぐ飛んでいった。

 どこを狙っている?

 数が多すぎて、制御できていないのか?

 ——いや、違う。

 数十発にも及ぶ腐食玉が、枝の根元へ着弾した。

 

 そして、腐食が進行し、枝が根元から折れた。


 枝と共に相棒が叫び声を上げながら落ちてくる。

 あいつ、これが狙いだったのか!?

 コタの腕はゴムのように伸び、四つ腕の悪魔を両手で掴み取った。

「テメエ、離しやがれ!」

 (もが)きながらも悪態を吐くが、魔物の指は微動だにしていない。

 相棒がやられたら、単独での討伐は不可能だ。

 背後から焼夷魔法を何度も放つが、すべて泥の壁を突き破れず、泥団子になるだけ。

 緩慢な動きで、四つ腕の悪魔を両手に持ったまま、こちらへ振り返る。

 捕まえた相棒を見せつけるように。

 喉の奥で低く震える、蜂蜜を垂らしたような、猫が甘える喉鳴(のどな)りが聞こえてくる。

「ゴロゴロ」

 喜悦感(きえつかん)に浸るような声質を出しながら、相棒の指を一本一本、折り始めた。

 苦悶の表情と、声にならない叫び声が響き渡る。

 そのたびに、コタは喉鳴りを繰り返している。

「助けろ! 頼む助けてくれ!」

 わかっている! 助けたい。だが近づく方法がないんだ!

 どうすればいい、どうすれば。

 オレも巨木に登って……駄目だ、同じ結果になるだけだ。

「ゴロゴロ」

 魔物は指を、相棒の目に突っ込み()ねくり回している。

「助けて! ママ助けて!」

 あいつの注意をオレの方にそらすことができれば。

 注意をそらす……。

 魔力感知か!

 オレの魔力感知は、虫が這い回るようで不快だと、妹は言っていた。

「オレの兄弟を離しやがれ!」

 オレは一気に魔力感知を広げた。

 質など気にせず、むしろ今は雑なら雑なほど良い。

 反応なし。コタは、こちらを見もしない。

 コタの口元から垂れ下がる肉のひだが、相棒の顔に吸い付くように張り付く。

 その場所から、相棒の顔が赤黒く変色していく。

 耳を(つんざ)く、言葉にならない声。

 くそ、ならもう一度。

 もう一度。

 もう一度。

 もう一度。

 張り付いていた肉のひだが相棒の顔から離れ、オレに向かって威嚇音を上げる。

 ようやくオレを見たな。

 いつまでオレの兄弟を握ってるんだ。

「兄弟を離しやがれ!」

 もう一度、魔力感知をぶつけた。

 コタは腕を振ると、頭上を何かが掠め、背後で肉の塊が潰れる音がした。

 手元には四つ腕の悪魔の姿はなかった。

 魔物を見据えながら、後ろへ跳躍し音がした位置まで移動した。

 顔を少し動かし、衝突したものを見る。

 そこには体がひしゃげたオレの相棒の姿があった。

 そこら中に飛び散った肉片も、兄弟のものだ。

 ふう、こんな有様を見ても、冷静でいられるとはな。

 それでいい。

 ここは距離をとって……離脱。

 巨木から跳躍したのに合わせ、腐食玉を放ってきた。

焼夷灼質魔焔珠(フィエロ・イグニオ)

 マグマ化した土石をぶつけ相殺する。

 接触した瞬間、火花状の高温粒子が飛散。

 それと同時に、蒸気破裂音とともに白い熱蒸気の壁が四方へ噴出。

 視界は濃い雲で塗りつぶされ、敵視線を遮蔽した。

 泥沼の影響を受けていない元来た道を、巨木をつたい一気に距離をとる。

「このまま戻っても処分されるだけだ。一旦仕切り直しだ」

 コタを見据えながら、背後へ低く跳躍しながら逃げる。

 奴の動きは緩慢だ、ある程度距離を取れば良いだろう。

 だが、そんな思惑はあっけなく裏切られる。

 鼓膜を蹂躙(じゅうりん)する轟音とともに、大気が悲鳴を上げながら、白い熱蒸気の壁を切り裂いて跳躍したコタが姿を現した。

 着地と同時に、胸が圧迫されるような地鳴りが森の中を反響する。

 あの位置から跳躍してきたのかよ!

「まずい、まずい、まずい。これはまずい」

 オレは背を向け、一気に全速力で離脱する。

 振り返ることはしない。

 とにかく全力で離脱することだけに集中した。

 巨大な何かが跳躍したような、乾いた破裂音が響いた。

 その直後に大気が悲鳴を上げ、目の前にコタが地響きを上げて着地した。

「飛びすぎだろ!」

 進行方向を変え、森の奥へとオレは駆け抜けていく。

 来た道から遠ざかっていってしまう——くそ!

 そうしてオレの逃走劇と、コタの追走劇が始まった。



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