第4話 オルフェルの物語 <城塞>
【2025.12/31|台詞内の文章を一部調整】
・「〜。だからさ、みんな怒らしちゃだめよ」→「だからさ」の部分を削除し、加筆しました。
【2025.12/31|後書きに追記】
・次回更新日時と次回タイトルを変更。
【2026.01/10|タイトルの表記を変更】
・オルフェルの物語 ④<城塞> → 第4話 オルフェルの物語 <城塞>
オレたちは、城門に向かって歩を進めていた。
兄弟全員が横一列に並んで歩けるほど巨大な、磨き上げられた大理石の通路。
壁や天井にも金と銀の絢爛たる装飾が施され、調度品には華美な宝石が惜しげもなく散りばめられている。
通路の空間内を、透き通った光の粒が煌めきながら泳ぎ、秋の陽射しのような柔らかさで、穏やかな温もりを満たしていた。
その心地よさに、胸の奥に隠していたささくれだった感情が、少しずつ丸みを帯びていくのを感じる。
だが、この場には異様さも孕んでいた。
周囲を見回しても、窓や光源はどこにも見当たらない。
静寂が支配するなか、裸足で歩くオレの足元から鳴る、しっとりとした低い吸着音だけが、虚空へと溶けていく。
出口に近づくにつれ、光はゆっくりと影に埋もれていった。
穏やかな静寂を裂くように、薔薇の香りとともに女性の声が降ってきた。
「私が坊やと組みたかったわ。ねえ、あなた今からでも私と変わらない?」
薔薇の女性悪魔は、腑に落ちない表情を浮かべながら、四つ腕の悪魔へと不満を投げつける。
炎のように橙色に輝く小さな眼で、四つ腕の悪魔は彼女を一瞥した。
裂けた口から鋭い牙がのぞくほど、にやりと笑うと、
「イヒヒヒヒ。もう決まったことだぜ、諦めな」
その声は粘り気を帯び、鼻にかかった高音が耳に刺さる。
相変わらずの笑い声は不気味で、彼には悪いが好きにはなれない。
「私が近くにいたのに……」
薔薇の女性悪魔は、不満げな表情で隣を歩く相棒を見つめていた。
彼——四つ腕の悪魔は固く口を閉ざし、鼠のように細長い尾を揺らしながら歩き続ける。
射抜くような視線を頭上から感じ、顔を上げると、妹と目が合った。
一瞬、気まずさが空気を曇らせ、オレは思わず、視線の矛先を彼へとそらす。
相棒は軽く溜息を漏らし、
「最初に声をかけなかったオマエが悪いよなあ」
嫌味を含んだ抑揚で、突き放すように吐き捨てた。
さらに粘り気のある声音で、言葉を重ねる。
「オレが、こいつに最初に声をかけた。そして、こいつがオレを相棒に選んだ」
そう言うと、馴れ馴れしくオレの頭の上に手を置いてきた。
こんな奴でも、話を聞くかぎりギネマタを五体倒しているらしい。
だが、お世辞にも薔薇の女性悪魔のように整った姿とは言えない。
皮膚は青黒く、爬虫類とも両生類ともつかない湿った質感。
姿勢は常に前傾だが、痩せた体躯には無駄のない筋肉が張りついている。
その笑い声同様、外見も不気味さを際立たせている。
悔しいが、今のオレではこいつには勝てないだろう。
それでも、こうして気安く頭に触れてくる態度は気に食わない。
オレは力強くその手を払い除けた。
相棒は一瞬、驚いた顔でこちらを見返した。
妹も同じように瞠目したが、すぐに口角をわずかに引き上げた。
「それによお、これは既にヴォイス団長に認められた組み合わせなんだぜ。異論があるならよお、戻って直接団長に言うんだあ。イヒヒヒヒ」
そう吐き捨てると、相棒は冷たい視線をこちらへと投げつけた。
肩の位置には本来の腕が生え、さらに肩甲骨の付近からもう一対の腕が張り出す。前後二対の四腕が地面まで伸びている。その異様な姿は、悪意そのものが具現したかのようだった。
その前側の腕を前脚のように使い、四足歩行に近い素早い動きで先へと進んでいく。
その背を見送りながら、オレは思う。
オレに手を払われたのが、よほど気に入らなかったのだろうか。
***
気に入らねえ、気に入らねえ、気に入らねえ!
オレの手が、あんな雑魚に——ギネマタ一体しか倒せねえ小僧に払い除けられただと?
力を込めていなかったとはいえ、あんなにも簡単に。……気に入らねえ。
背丈もオレの太腿の上部にようやく届く程度のちっぽけな存在のくせに。
すべてにおいてオレが優れているというのに、この手を。
絶対に、簡単には殺さねえ。
殴りつけ、蹴りとばし、指を一本ずつ折って、
泣き叫ぶ顔を歪ませ、その皮膚をゆっくり剥ぎ取り、最後に踏み砕いてやる。
……ああ、想像するだけで、ぞくぞくするなあ。
どのみち、最初からあいつは囮だ。
あいつを囮にして、コタって魔物をサクっと討伐する。
その後で、オレにしでかした罪を清算させてやる。
団長たちには、「助けようとはしたが手遅れだった。努力はした」とでも報告すればいい。問題にはならねえだろう。
それにしても、あの女だ。
なぜ、あのガキに固執してやがる?
魔力の質は雑。戦闘を見ても明らかに雑魚。
理解できねえ。
オレのスキル《思考誘導》はあいつにあっさり効いた。
他の奴には通用しなかったのによ。……まあ、そんなことはどうでもいい。
他の兄弟は二体一組で討伐だが、オレは単独で討伐。
オレが一人で倒したと報告をしたら、ママは喜ぶだろうなあ。
「イヒヒヒヒ」
しまった。思わず声に出して笑っちまった。
***
オレの前を歩く四つ腕の悪魔が、突然不気味に笑い出した。
相変わらず気味が悪い。
こんな胡散臭い奴と組むことに同意してしまったが、今は激しく後悔している。
組むなら、オレの隣にいた妹を選ぶべきだった。
相棒はふいに立ち止まり、振り返ってオレを見据えた。
「ところでオマエ、レベルは幾つだ? オレはレベル4だ」
来やがった、この質問。一体しか倒していないオレが、見栄を張ればすぐに怪しまれる。
レベル1と言えば間違いなく侮られる。
いや、すでに侮られているのはわかっている。だが——侮られるだけならまだいい。
これ以上、存在を否定されるのはごめんだ。
「オレは、レベル2だ」
喉がひりつく。嘘が通じるかどうか、心臓の早鐘が自分でもはっきり聞こえる。
「それじゃあ、オレがリーダーだな。イヒヒヒヒ」
どうやら、当たり障りのない数字を提示できたらしい。
薔薇の女性悪魔が、含みのある笑みでこちらを見ているが、今は構っている場合じゃない。
この四つ腕の悪魔の胡散臭さには、拭いきれない危うさがある。
だが、強い者がリーダーになる。その理屈自体には異論はない。
今はとにかく信じるしかない、か。
城の出口へ辿り着いたが、そこに城門らしい構造物は存在しなかった。
代わりにあったのは、厚い石壁を垂直に切り裂いたような、構造的な狭間の開口部だ。
その幅はあまりに狭く、子供ほどの体格である濃紺色の悪魔ですら通れない。
もはや隙間と呼ぶ方がふさわしい狭さだ。
その細い切れ目は、数十メートル先の天井まで真っ直ぐに伸びている。
壁面には装飾は一切なく、飾り気のない無機質な白い鉱物で構成されていた。
等間隔に整然と並ぶ狭間から外部の陽光が差し込み、暗い内部に陰と陽が交互に刻む縞模様が浮かび上がる。
数メートルもの厚みがある石壁を断ち割り、研磨し磨き上げたような狭間から外を覗き込むと、そこには見たこともない世界が広がっていた。
闘技場内は満天の星空が視界を埋め尽くしていたが、外界の空は雲ひとつない青。
陽の光は、母さんの魔力に似た包み込むような温もりを帯びている。
初めてみる世界に広がる青い空。
初めて感じる世界を駆け抜ける風。
初めて聞く世界に木霊する澄んだ草木の音。
好奇心を刺激する未知の海は、視界の外側にまで果てしなく続いていた。
「ペン、タァード」
突然、地面が震え、同時に低く重厚な音響が鼓膜を揺さぶった。
な、なんだこの音は?
低音の波動が空気を震わせ、圧力となって押し寄せてくる。
その響きは重厚で、どこか機械的な冷たさが宿りながらも、生物の咆哮のようにも聞こえた。
まるで宇宙の深淵から届く異次元の音。
その一音一音が持つ重厚感は耳を超え、体の芯にまで響き渡る。
その時、兄弟たちとは違う音色を持つ女性の声が、背後から聞こえてきた。
「あれは、ペンタードの声よ」
気配すら感じなかった。いつの間にか、そこに彼女がいた。
オレより少し背の高い女性エルフ。
近くにいた薔薇の女性悪魔の膝より、少し上に顔がくる程度の背丈だ。
青色の大きな三角魔女帽を被り、白金の長い髪が風で靡き、光を受けて淡く輝いている。
白を基調とした衣服の上に赤い胴衣を重ね、左右非対称の白いパンツを履いている。左脚は長ズボン、右脚側は極端に丈の短いショートパンツだ。
右太腿の途中から、白い生地のレッグカバーを履いている。
身なりに気を配る魔法使い、そんな印象を受けた。
彼女は慣れた動作で、白い狭間の壁に手を当てた。
「あなたたちのいるこの場所は、城塞騎士ペンタードの顔の中。外に出れば分かるわ。きっと驚くはずよ」
顔の——中、だと?
一瞬、言葉の意味を咀嚼できなかった。
建物ではなく……誰かの顔。
あの豪奢な装飾も、あの巨大な通路も、すべてが生物の内側だというのか。
そうか、だからか。窓も光源も無かったのは。
視線を彷徨わせ、白い壁や天井を見上げる。
では、この高い天井はペンタードの頭蓋の内側……。
足元を見下ろす。
何の疑いもなく踏みしめていたこの床が、急に生々しいものに思えてくる。
壁が脈打っているような錯覚。天井が呼吸しているような幻視。
だが不思議と、恐怖は湧かなかった。
それ以上に、ペンタードという存在の規格外さが、オレの知的好奇心を激しく揺さぶる。
不安など、一片もない。
胸を満たしているのは、純粋な驚きだけだ。
思考の海から浮上し、意識を外へ向けると、狭間の隙間がゆっくりと広がり始めていた。
隣り合う狭間も同じように広がり、やがて互いの切れ目が触れ合うと、何の抵抗もなく一つに溶け合っていく。
そして、巨体の兄弟たちが二人並んで通れるほどの幅にまで広がった。
大きく開いた隙間から、心地よい風の波が押し寄せてくる。
女性エルフの背中へ垂れる青いマントが揺らめき、布擦れの音が鳴る。それはまるで、小さな演奏のように耳に届いた。
その佇まいには、自信と誇りが、自然なかたちで滲み出ていた。
広がった開口部の向こう、遥か彼方には霞んだ山々が連なっている。
思わず息を呑む。
引き寄せられるように、オレは開口部の縁へ歩み寄る。
視界に覆いかぶさるように、命が躍動する景色が飛び込んできた。
眼下に広がる森は地平線の果てまで続き、その圧倒的な光景に飲み込まれそうになる。
先ほどの狭間の隙間から覗いた景色とは、まるで別物だ。
世界は、驚きに満ちていた。
これからだ。これから母さんに、オレの価値を示していけばいい。
自分を否定することは、生み出してくれた母さんを否定することにも繋がる。
悩むとしても前向きに、だな。
「ちなみに、ペンタードは序列三位の強さよ。団長や宰相より序列が上だから、みんな怒らしちゃだめよ」
彼女はまるで引率者めいた口調で、我々に軽く釘を刺してきた。
オレたちは今、その顔の中にいる。つまりペンタードは、想像を超えた巨体を持つということだ。
そんな相手に喧嘩を売る奴がいるとすれば、それは自殺志願者くらいのものだろう。
団長や宰相をも上回る実力者か……。
「イヒヒヒヒ。怒らしたらどうなるんですかねえ?」
「そうね、そうなったらお姉さんたち、スキル体があなたを殺すかもね」
相棒は、雑談でもするような気安さで質問をした。
エルフの彼女は満面の笑みで、物騒な言葉をあっさりと言い放つ。
スキル体? 初めて聞く単語だ。
お姉さんたちということは、他にもこういう存在がいるのか。
「スキル体とはなんだ?」と、疑問がそのまま口をついて出る。
「スキル体とは、スキルから生まれた存在よ。私はペンタードから生まれたスキルの存在——スキル体。自己紹介がまだだったわね、私の名前はノルウェン。こう見えて元の世界では世界最強の魔法使いと言われた、とてもすごい存在なんだから」
ノルウェンと名乗ったエルフの女性は、自慢げに胸を張った。
オレの知らない知識。聞きたい、知りたい、分かりたい。
母さんから無意識に授かった知識は、おそらく戦闘や生存術に関するものだけなのだろう。
団長や宰相、そしてキャラメル王国で序列三位の実力を持つペンタードの存在すら知らなかった。それが何よりの証拠だ。
「では説明するよ。目的地はあの森にある白いドームの中」
彼女の指さす方向に視線をやると、森を広範囲に覆う白亜の円蓋が見えた。
先ほどまでは景色の一部としか認識していなかったが、意識を向けた途端、その存在が浮き上がってくる。
なんなんだ、あれは?
「あのドーム内の沼地に、今回の討伐対象のコタがいるわ。ドームの外側までは私が案内するけれど、中に入ったら各グループで見つけ出して討伐すること。倒したら、コタの頭部を持ってペンタードの足元まで戻るように。私は足元で待っているわ。期限は一日」
エルフの女性魔法使い、ノルウェンの声は一語一句の輪郭がはっきりしており、聞き漏らしようがなかった。
彼女は小さな声で「他に説明事項はなかったよね。よし、大丈夫」と呟きながら、人差し指で虚空を指しながら確認を行なっていた。
なるほど。彼女は最終選別の説明役、といったところか。
「イヒヒヒヒ。期日内に戻って来なかったらどうなるんだあ?」
不気味な笑いとともに、粘り気のある声が割り込んできた。
あの宰相なら、きっと当然のように「処分しろ」と言うだろうな。
「さあ、処分されるんじゃない。知らんけど」
案の定だな。
また、あの声が響いた。
「ペン、タァード」
今回は威圧的に、城塞騎士は再び名前を轟かせた。
その響きには、「さっさと行け」と急かすような明確な意思が含まれていた。
この意思伝達は魔法によるものなのか?
それとも、念話の一種なのか?
「それじゃ、みんな行くわよ。風精浮律歌」
ノルウェンが魔法名を唱えると、小さな歌声がどこからともなく響き始めた。
無垢で柔らかく、陽だまりに身を委ねるような調べ。
その旋律に合わせるように、体がふっと軽くなり、重力からの足枷が外れていく。
オレたちは空中へと浮かび上がった。
体を包み込むような言葉の音色。
見えない精霊たちが周囲を飛び交い、その声と気配が支えとなっているのが分かる。
ノルウェンは、青い宝石が嵌め込まれたブーツの踵を、弾くように二度鳴らす。
すると、何かに引かれるように視界が揺れ、加速する。
オレたちは、未知なる世界へ飛び出した。
どうも、作者の五十音字ひらがなです。
次回、
オルフェル物語 ⑤<泥沼>
01/05(月) 06時に公開します。
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オルフェルの物語 ④<城塞>の【制作ログ】を私のBLOGにUPしました。
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オルフェルの物語 ④<城塞>に登場したキャラの画像を、私のBLOGにUPしました。
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