第3話 オルフェルの物語 <秘匿>
【2026.01/10|タイトルの表記を変更】
・オルフェルの物語 ③<秘匿> → 第3話 オルフェルの物語 <秘匿>
地面に倒れ伏した玉葱の魔物ギネマタの残骸を、人間たちが数人がかりで運び出していた。
人間——それは非常に小さな生き物。濃紺の悪魔と比べても、さほど変わらない体躯をしている。
その様を眺めながら、キャラメリゼは宰相の問いに答える。
「それは、もったいないわ」
「ほう、もったいないですか?」ガーネットが髭を撫でながら尋ねる。
「ええ、あの子の持っているスキルと称号がね、ひどく貴重なのよ。あの称号が覚醒したら、キャラメル王国は永遠に安泰よ」
「おお、それはそれは。将来有望株ですのう」
「そうなのよ。殺したら千年後に生まれ変わるとき、称号を失っちゃうのよね」
キャラメリゼは過去に、称号持ちの子供を殺したときのことを思い返していた。
ギネマタを五体以上倒し、最終選別にも生き残った。
でも、そのあとが役立たずで、何をやっても駄目な子だったわね。
全くもって、成長の兆しが見られなかった。
だからリセットするために殺したのだけど。
千年後に生まれ変わって復活したとき、称号があの子のステータスから消えていたのよね。
一度死ぬと称号が失われるだなんて、知らなかったわ。
弱い子は毎回リセットしていたけれど、スキルは欠けることなく継承されていたから、まさか称号だけが消えるとはね。
もう少し、根気強く育てればよかったと今でも思うわ。
「左様ですな。復活後に称号を失った事例もあります故に」
ガーネット・コンプリメンタは自慢の髭をさすりながら、キャラメリゼの言葉に深く頷いた。
「ええ。だから、あの子は諦めずに育てようと思うの。ああいった特殊個体は、きっと大器晩成型なのよ」
濃紺色の悪魔を視界に入れながら、自らの考えを言葉にした。
「特殊個体……!? キャラメリゼ様の仰るとおり、殺した際の損失が大きいですな」
王国安泰の未来を、弱く役に立たないと思われた者が背負っているという事実。その重みを抱きながら、複雑な心情を胸に、濃紺の悪魔へと期待の眼差しを向けていた。
「称号は特殊個体だけじゃないの。もう一つ、これが重要なのよ」
「ほほう、それは気になりますな。鑑定で見たあの者の称号と、スキルは何でしょうか?」
「あの子の称号とスキルはね……」
ガーネット・コンプリメンタの目が、思わず見開かれる。
過去の忌まわしい記憶が呼び覚まされたかのように、その表情に歪みが浮かんでいた。
***
母さんはオレを見捨てなかった。
皆んなの前で、はっきりと殺さないと言ってくれた。
けれど、その言葉を口にする前、宰相と何かを話していた。
話し声は、まったく聞こえなかった。
今までは聞こえていたのに、急に音が呑み込まれたような沈黙が落ちた。
密談されている。そう思うと、あまりいい気分ではない。
「坊や、よかったわね。処分されずに」
不躾な言い方で、オレより遅く生まれた薔薇の女性悪魔が、遠慮なく近づいてくる。
腰を折り、膝に両手を乗せて身を屈めていた。
それでも、オレの頭は女性の膝あたりにしか届かない。
目の前の悪魔が特別大きいわけではない。他の悪魔たちも、彼女ほどの体躯はある。
目線を上げ、不満を口にする。
「おまえに坊や呼ばわりされる覚えはない。何の用だ?」
「あら、冷たいのね。脆弱な弟の心配をするのは、姉として当然じゃなくて?」
弟? 姉?
それよりも、オレを脆弱だと?
こいつ、挑発しているのか?
「あら、怒っているのね。坊や、わかりやすいわね。表情に出てるわよ」
「坊やはやめろ。オレより遅く生まれたおまえが何故姉になる。妹だろうが」
「なに言ってるの? 私のほうが先に立ち上がったじゃない。だから、私のほうがお姉さんよ」
どんな理屈なんだ、こいつは。
だが、言葉に嫌味のある抑揚はない。
低すぎず高すぎない安定した声音。落ち着きと重みを帯び、一定の声量で、ひとつひとつの言葉を聞きとりやすく発音している。
語尾をしっかりと閉じた話し方から、知性と品性を兼ね備えた、芯の強い女性のように思えた。
戦闘の最中にも、こうして相手を冷静に分析できていれば、母さんから失望されずに済んだのにな。
「あら、またいろいろ考えちゃって可愛いわね。安心して、坊やはお姉ちゃんが守ってあげるから」
「おまえ——」
その時、鋭く短い音が空気を裂いた。
手の形が生み出す、乾いた共鳴。
玉座に目をやると、掌を平に打ち合わせた母の姿があった。
「全員、生き残ったわね。この戦いであなた達は強くなったわ。まずは、ステータス画面で自身のレベルとスキルを確認してもらうわ」
先ほどの宰相とのやりとりは聞こえなかったが、今回の母の声は明瞭に聞こえる。
やはり、音を遮断する魔法でも使っていたのだろう。
ステータス画面か。面白そうだな、どうやって見るんだ?
「ステータスと言えば、あなたたちの目の前に画面が表示されるから、確認してちょうだい」
そんな簡単に自分のレベルやスキルが見られるのか。
画面に何が書いているか不明だが、強くなるためには欠点を把握しなければならない。
そのためには、冷静な分析が必要だ。
周囲から「ステータス」という言葉が方々から聞こえてくる。
言葉に希望と未来の可能性を託し、声を音にする。
「ステータス」
…………何も出ない。
もう一度、言ってみるが、やはり変化はない。
周囲を見渡すと、虚空を見つめ頷く者もいれば、指先で何かをなぞる仕草をする者もいる。まるで、そこに確かに何かがあるかのように。
何度声を出しても、ステータス画面とやらは現れなかった。
やり方が悪いのか?
次は心の中で強く願い口にする。……やはり、何も起こらない。
今度は、魔力を込めて強く願いながら言葉にする。
…………。
ま、待ってくれ。冗談じゃないぞ。
薔薇の女より早く目覚めたのに、一番遅くに立ち上がり。
兄弟たちは早々に五体以上の魔物を倒したのに、オレは魔物一体相手に辛勝。
処分される恐れもあったが、母の一声で助かった。
そして今度は、ステータス画面が……。
今度こそ本当に、役立たずの烙印を押される。
もしこのことが母さんにバレでもしたら。
いや、母さんだけではない、他の誰にも知られては駄目だ。
処分される。隠し通さなければ。
「ステータス画面は、自分のしか見えないわよ」
母さんと目が合った。その瞬間に投げかけられた言葉に、胸の奥が締め付けられる。
疑われた? いや、違う。
オレの行動は、どこか挙動不審だったのか?
いや、焦りは表には出していないはず——本当にそうなのか?
落ち着け、落ち着くんだ。
堂々としていれば、バレない。
この隠し事は、決して裏切りではない。
成長したときに必要なものだ。所謂、サプライズをするための。
そう、これは必要な秘密なんだ。
母さんだって、宰相と内緒話をしていたじゃないか。
オレのは、将来的に母さんを喜ばすための、秘密のサプライズだ。
宰相が胡乱な目で見ているが関係ない。これは正しい秘密なのだから。
「坊や、大丈夫? また顔に出ているわ」
しまった! こいつが隣にいたことを失念していた。
今、オレはどんな表情をしている。
まずい、まずい、まずいまずい。
「お姉さんが守ってあげるから。私以外、誰も気付いていないわ」
この女、どこまで気付いているんだ?
だが、その言葉に、わずかな安堵が胸に広がるのを否定できなかった。
この薔薇の悪魔、どこまで信じていいんだ。
今考えすぎるのはよくない。そうして、意識を外に向ける。
母さんの側にいた蒼い騎士が、前へと進み出ていた。
「我が名はヴォイス。キャラメル騎士団団長」
そう名乗りを上げたのは、悪魔の騎士だった。
全身を隙間なく蒼い甲冑で覆い、随所に金色の装飾が施されており、その存在の格式を静かに誇示している。
兜からは二対の角が天に向かって湾曲しながら伸びていた。
顔は面で覆われ素顔は見えない。赤く鋭く光る双眸には、威光が宿っている。
甲冑の下にある筋肉質な体躯は隠しきれず、その佇まいだけで畏敬の念を抱かせた。
腰に挿した剣の鞘から、背に垂れる金刺繍のマントに至るまで、すべてが蒼で統一されている。
「早速だが貴様らには、最終選別に挑んでもらう」
低音と中音が重なった、腹に響く重厚な声。
独特の二重の響きを帯び、ひとりの声でありながら、二体が同時に語っているかのような異質さがあった。
「森に住まうコタという魔物を討伐せよ。今の貴様らでは単独では勝てぬ。二体一組で当たってもらう。創意工夫を尽くせば、決して勝てぬ相手ではない。後悔のないよう、組みたい相手と自由に組め」
また、戦いか。
だがこれは、オレの価値を再び示す好機でもある。
強い奴と組むのが最善だが、どいつがいいんだ?
その時、オレの身体を何か気味の悪いものが通り抜けた。
なんだ、今のは?
うまく言えないが、波動のような感覚。
寒気でも怖気でもない。ただ、感情の底が不快に揺さぶられる。
これは——魔力感知!
すぐさま、魔力感知を行使したであろう奴を睨みつけた。
「おまえ、魔力感知を使ったな?」
「あら、気づいた? 生まれたばかりだから、魔力の質が悪いみたいね」
悪びれる様子もなく言い放ち、再び魔力感知を放ちやがった。
「おまえ挑発してるのか? また使いやがって」
その瞬間、全方位から魔力感知の波動が駆け抜けて行った。
今度はなんだ。なぜ周囲から一斉に魔力感知が飛んできた?
攻撃か? だが、気分は悪いものの、魔力から殺意は感じられない。
魔力感知を放った兄弟たちに視線を向けた、その瞬間。
再び、魔力の波動が体の内側を走り抜けていった。
一度ではない。何度も、何度もだ。
吐き気が込み上げる。
これだけ雑な魔力の波動を浴びせられて、平気でいられるはずがない。
「あら、みんなも気づいたようね? 魔力感知で相手の力量が分かるって」
「なに、そうなのか?」
それが本当なら……いや本当なのだろう。
兄弟たちの反応が、何よりの証拠だ。
相手の力量が分かれば、組む相手を選べる。
魔力感知、やり方は知っている。理解もしている。
母さんは、長い年月をかけて魔力を込めオレを産んだ。その魔力には、愛情だけじゃない。
生き抜くために必要な知識も込めてくれた。
オレの役に立つ相手を、見つけてやる。
——魔力感知。
オレの周囲から、ドーム状に薄い透明な膜が、地面を這い、宙を泳ぎ、高速で広がっていく。
自分自身の魔力だけは、はっきりと認識できた。
魔力の膜は、無数の色と模様を表面に浮かべ、絶えず流動している。虹のように、美しい。
だが、
……なにもわからない。
もう一度試すが、やはり何も感じない。
なぜなんだ。
「坊や、もう一度試すのはよしたほうがよさそうよ。ほら」
妹が顎で示した先に視線を向ける。
そこには、肩から背中の上部——僧帽筋のあたりから、巨大な二対の角のようなものが天に向かって伸びている兄弟がいた。
こちらを射抜くその視線には、肉体の奥まで突き刺さるような怒りが宿っている。
「怒って当然よね。坊やの魔力感知が雑すぎて、虫が体を這い回るみたいだったから」
胸の奥で、何かが静かに崩れ落ちる。
崩れないように誇示していた自信が、音もなく削られていくのが分かった。
……はは、オレは何をやっても駄目じゃないか。
悪魔にとって基礎中の基礎、魔力感知すらも満足に扱えない。
どうして、オレだけ違う。
こんなオレと、組んでくれる奴なんて——。
「よう、オレと組まないか? イヒヒヒヒ」
声をかけてきたのは、不気味な笑い声を漏らす、ネズミのような尾を持つ四つ腕の悪魔だった。
どうも、作者の五十音字ひらがなです。
次回、
オルフェル物語 ④<城塞>
12/22(月)更新分は二本立てです。
④<城塞>は、12/22(月) 19時20分に公開します。
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