第2話 オルフェルの物語 <選別>
【2026.01/10|タイトルの表記を変更】
・オルフェルの物語 ②<選別> → 第2話 オルフェルの物語 <選別>
オレは今生まれた。
胸の奥底から溢れる幸福感が、世界そのものを輝かせて見せる。
脳裏に浮かぶ。魔力に愛と期待を込め、オレたちの誕生を願った母さんの手。
毎日欠かさず触れてくれた、あの温もり。
もっと、もっと、母さんの愛が欲しい。
認められたい、褒められたい、必要とされたい。
——お母さん。
言葉の知識と悪魔としての常識は備わっている。
だが、オレはまだ世界を知らない。
母さんの役に立ちたい。そのためにはまず、今を知らなければ。
オレは意識を外へと向けた。
眼前に広がるのは、円形の広大な空間だった。
精密で美しい石造りのアーチが周囲に連なり、背後には巨大な白い扉が、堅く口を閉ざし構えていた。
ここは……闘技場か。周囲には、オレを含め12体の兄弟たち。
そして正面、母さんは玉座に腰掛け、静かに姿勢を整えている。
側には蒼い甲冑を纏う騎士と、上半身を露にした壮年の褐色肌の男。
さらに上階には、姿形の異なる悪魔たちが所狭しと集い、品定めするような眼差しでこちらを見下ろしていた。
生まれたばかりの赤ん坊を見物にきた——そんなところか。
見上げれば満天の星空。
母さんの心のように、どこまでも澄んでいて綺麗だ。
オレもあの星のように輝いて、認められたい。
そのためには、母さんのために何ができるのか……。
それを探し出さなければ。
「キャラメリゼ様、どうされました?」
「……ふふ、気になってしまったのよ。どうしてあの子、自分を人間だなんて思い込んでいたのかしら。……まさか、人間からの転生者?」
思案する主人の様子を目にし、側の蒼い騎士が案ずるように声をかけた。
キャラメリゼはふっと笑みを消すと、視線を側のもう一体へと移した。
「それよりも、ガーネット」
「かしこまりました」
名を呼ばれた壮年の男が静かに一礼し、数歩、前へと進み出た。
「ワシの名は、ガーネット・コンプリメンタ。このキャラメル王国の宰相を務める」
壮年の濃い褐色肌の男が名乗りをあげた。
大声でもないのに、その声音は自然と闘技場の隅々まで届く。
鮮血を思わせる赤い髪は肩まで伸び、宰相としての威厳を際立たせている。
頬から顎にかけて伸びる髭は、赤い獅子の鬣のようで、長い赤い口髭も相まって、野生的な威圧感を放っていた。
太く重厚な二対の角は外側に力強く湾曲し、螺旋状の溝が刻まれている。
上半身を露わにした肉体は鍛え抜かれ、彫像のような造形美を湛えている。
その逞しい胴には、二匹の巨大な蛇が、まるで主人を崇めるように彼の胴へと優しく巻きついていた。
「これからは、こちらに御座す我らが母のことを、キャラメリゼ様と敬称をつけて呼ぶように。貴様らは今より、キャラメル騎士団として……」
宰相ガーネット・コンプリメンタの演説はなおも続いていく。
濃紺色の悪魔——オレは、表情こそ変えなかったが、胸の奥で焦燥と憤りが渦を巻いていた。
母さんのことを「母さん」と呼べないだと。
——キャラメリゼ様。
その敬称は、心がひどく遠い。
そんなのは嫌だ。
宰相かなんだか知らないが、オレから母さんを奪うつもりなのか?
それだけは許せない。
だけど、今のオレにできることは何もない。
母さんに認められなければ、オレは何のために生まれてきたのか。
認めさせなければ、褒められなければ、必要とされなければ。
それが叶わない未来を想像するだけで……息が詰まりそうなほど、怖い。
「ただいまより選別の儀を行う!」
ガーネット・コンプリメンタが高らかに宣言した。
直後、オレたちの背後から、金属が擦れ合うような高い音が耳を刺す。
続いて、唸るような低い振動が地面を震わせ、足の裏から内臓へと響き上がってきた。
振り返ると、巨大な白い扉が、空気を押し出しながらゆっくりと開いていく。
その隙間から流れ込む冷気に、胸の奥がきゅっと縮む。
「ただひとつ! キャラメリゼ様のために生き残れ!」
威厳に満ちたその言葉が轟いた瞬間、上階から拍手喝采が爆ぜるように湧き起こった。
選別の儀? 生き残れ? 何が起こるんだ。
ああ、わかってる。言葉の意味、宣言した後に開いた扉。
何かが出てくるんだろ?
周囲の兄弟の悪魔たちは騒ぐでも怯えるでもなく、ただ静かに前を見据えていた。
おそらくオレと同じだ。
役に立つところを母さんに見せようと、集中しているのだろう。
満天の星空が絨毯のように広がる穹の下、空白の緊張感が張り詰める。
——カチカチカチ。
硬質なもの同士が小刻みに衝突する甲高い音が、静寂を裂いた。
ゆっくりと、しかし確実に、音を鳴らしながら何かが近づいて来る。
口を大きく開けた入場門の奥から、土と硫黄の匂いが流れ込んできた。
闇の中より“それ”が姿を現す。
一体や二体どころではない。
二足歩行の異形が、闇の奥からぞろぞろと現れ出た。
枝を削ぎ落とした樹木のような皺だらけの体表。
血を渇望して禁断症状を起こすかのように、その両手は小刻みに震えている。
鎖骨から下腹部へと縦に大きく裂けた胸は、獲物を捕食するために最適化された口腔のようだ。
その歩みは遅く、カクカクと不自然でぎこちない。
まるで壊れたブリキの玩具だ。
そして、首から上には巨大な玉葱が、無造作に乗っていた。
「その魔物の名はギネマタ。私はあなたたちに期待しているわ。さあ、見せてちょうだい——その力を」
母さんがオレに期待してくれている。
だったら見せなくては、他の兄弟よりも優れたところを。
存在意義を証明するんだ!
だが、現実は甘くなかった。
意気揚々と魔物の群れへ突っ込んだものの、たった一匹に苦戦していたのだ。
——これをも躱すのかよ!
地面を突き破り、対象物へ爆発的に伸びる岩の巨槍——地嶽隆穿滅絶槍。
オレの魔法を、奴は紙一重で躱しやがった。
ギリギリで避けてるのか? 余裕でなのか? どっちだ。
見た目に似つかわしくない、この移動速度と敏捷性。
今は全身から、狩りをする獣の気配が滲み出てやがる。
玉葱のくせに!
オレが翻弄されてるってのか? この玉葱如きに。
ふざけるなよ!
オレの本気を見せて、正面から叩き潰してやる!
右の掌に土石を形成し、同時に小型手榴弾級の爆発エネルギーを魔力として叩き込む。
土石は瞬時にマグマ化し、2000〜3000度の炎が包む。
わずか1秒。
ソフトボールと同等の直径を持つ火球、焼夷魔法を創りあげた。
「焼夷灼質魔焔珠 !」
灼熱の火球は、空気を裂くような速度で一直線に走る。
魔物の目前で、突然地面が盛り上がり、巨大な岩壁が瞬時に形成された。
鈍い衝撃音とともに、壁の破片が四方へ飛び散る。
火球の直撃した中心は浅いすり鉢状に抉れ、そこから放射状に亀裂が走った。
壁が現れた瞬間、オレは身体を低くして地面を蹴った。
岩壁を盾にして身を隠し、一気に距離を詰める。
次にどう動くべきか。
考えるより早く、悪魔としての本能が答えを示した。
そのまま岩壁を駆け上り、奴の頭上の位置をとる。
地面にオレの影が落ちたが、ギネマタはこちらに気づいていない。
この高さ、この角度なら、
——いける!
意思で魔力を練り上げ、必殺のイメージを叩きつける。
「地嶽隆穿滅絶槍!」
だが、あろうことか魔法錬成の気配に反応した。
上半身を異様な角度で右に捻り、身を翻しやがった。
——反応するのかよ!?
もう一度、
「地嶽隆穿滅絶槍!」
回避した先へ、畳み掛けるように即座にもう一撃を叩き込む。
岩槍が左肩を抉り、胸の一部をまとめて吹き飛ばした。
——当たった!
よし! 攻撃を受けた反動で態勢を崩してやがる。
岩壁の縁を力強く蹴ると、オレは一直線に奴へと飛んだ。
右拳に力を込める。
あと少しで届く。あの玉葱の頭を、この拳でぶち抜いてやる。
もう少し。
「おら、死ねや!」
拳が届く、その瞬間だった。
魔物の大きく裂けた胸の奥から、蛸の触腕を思わせる無数の枝が、勢いよく飛び出してきた。
——こんな攻撃手段もあるのかよ!
空中では、避けられない。
視界一面を覆い尽くすほどの枝が迫り、ただ見てることしかできない。
「こんなところで殺られてたまるか!」
叫んだが、身体はあっさりと枝の檻に絡めとられた。
外の景色が閉ざされ、光すらほとんど入り込まない。
殴っても蹴っても微動だにしない。
硬質な枝の監獄は、きしむ音を立てながら徐々に狭まり、オレを押し潰そうとしている。
まずい、本気でまずい。
何か手を打たなければ、このまま何もできずに死ぬ。
死ぬ……のか、オレは。
——母さんが見ているのに。
——役に立たず、認められず、必要とされないまま。
——死んだら、母さんは泣くのだろうか?
——それとも、憐れんでくれるのだろうか?
恐怖が胸を締めつけ、息が詰まっていく。
覚悟しかけたその時、脳裏に突然、映像が流れ込んだ。
なんだ……これは。
輪郭のぼやけた、色彩の少ない水彩画のような光景。
古びたフィルムの映写機が不規則に回るように、断片的にシーンが切り替わる。
音はなにもない。欠片さえも。
顔がはっきりと見えない女性と、学校に向かって歩いている。
……学校? なぜだか、この言葉を知っている。
『お兄ちゃん』
お兄ちゃん?
オレはおまえを知らない。
オレは生まれたばかりだ。
声は聞こえないのに、なぜオレはその言葉を理解できたのだ?
次の瞬間、オレたちを優しく見守る男女と、明るい部屋でテレビを観ている。
テレビ? 知らない言葉だ。
なぜそんな言葉を知っているんだ。
声は聞こえない。だが笑い声だけが、はっきりと胸に響いた。
暖かい。とても、懐かしいような暖かさ。
それは、たった一瞬の映像だった。
だが、魂の奥に炎が灯るような昂りが走った。
「あきらめてたまるか!」
オレは両手にありったけの魔力を込め、焼夷灼質魔焔珠を創り出す。
ほとんど空間すら残されていない檻の中で、灼熱の火球が膨張する。
ゼロ距離放射。
——熱い! 痛すぎる、っ!
閉じられた枝の殻は、瞬く間に灼熱の監獄と化した。
火球の放射熱が皮膚をじりじりと焼き、鼻腔を刺す苦味のある刺激臭と、脂が焦げたような嫌な臭いが、密閉された狭い空間に充満した。
皮膚がひび割れ、薄い灰色の煙が立ちのぼる。
焼け爛れた表面が炭化していく音が、耳の奥で微かにぱちぱちと弾ける。
——痛い! 気絶しそうだ。
——考えるな。やれ、やるしかない。
——オレは、あきらめない。
——オレは、負けない!
その頃、檻の外側では別の動きが生まれていた。
ギネマタは捕らえた獲物を胸の裂け目、巨大な口腔へと運び込もうとしていた。
だがその時、幾重にも重なった枝の牢獄から、黒い煙が細く立ち上がる。
直後、檻全体が爆ぜるように燃え上がった。
炎は胸の口へ逆流し、乾燥した森林火災のようにギネマタの全身へ一気に広がる。
岩のように硬質な木の体表も、炎の前では薪と変わらなかった。
魔物の悲鳴なのか、胸の口が小刻みに震え、あの硬質な高い音を鳴らす。
——カチカチカチカチカチカチ。
断末魔のように響く。
焼け落ちて崩れた枝の触腕の隙間から、濃紺の悪魔——オレが姿を現した。
両手に掲げた火球は、先ほどまでのものとは比べものにならない。
ありったけの魔力を叩き込み膨張を続けたそれは、
ボウリング玉ほどの質量感を帯び、内部の灼熱が苛烈に脈動していた。
炎の温度は、すでに4000度を越えていた。
周囲の空気が震え、青白く電離する。
炭化し煙を上げる腕は悲鳴を上げている。
だがオレは、その灼熱の球に意志と決意を込め、言霊をのせて名を叫ぶ。
「焼夷灼質魔焔珠 !」
灼熱球が低く唸る轟音とともに空気を切り裂く。
視界が白く霞む中、燃え盛るギネマタの胸の裂け目へと叩き込まれた。
金属を裂くような甲高い断熱破裂音が弾け、直後、空気が唸る低い熱爆発の轟音が闘技場に反響した。
衝突点を中心に、数センチ規模の蜘蛛巣状クラックが一瞬で放射状に走った。
魔物の表面は瞬時に溶解が始まる。
衝突面から猛烈な熱侵食が進み、数十センチ奥深くまで灼熱クレーターが形成されていく。
全身炎に包まれたギネマタは、踠き苦しみながら膝を折り、残った右腕で辛うじて体を支える。
表層が溶け落ち、焼き崩れ、亀裂を広げながら破断していく。
——カチカチカチカチカチカチ。
苦悶めいた高音を鳴らし、のたうつたびに融解した体の一部を撒き散らした。
やがて、魔物は体ではなく、頭部の玉葱の炎を必死に片腕で払っていた。
「まさか、頭部の玉葱が弱点だったのか?」
黒く炭化した焼き玉葱は、首の上でしぼむように崩れ落ちた。
玉葱を失った体は、一瞬にして全身に亀裂が走り、崩れ落ちる橋のように、静かに瓦解していった。
「か、勝った。勝ったぞ!」
苦戦しながらも逆転勝利を掴んだ。
きっと母さんも喜んでくれる。そう信じて、オレは真っ先に玉座を見上げた。
だが、
玉座に深く身を預け、冷え切った瞳でこちらを見下ろす母さんと目が合った。
——えっ?
どうして、そんな目で見るんだ。
オレは頑張ったんだよ。ほら、この魔物はもう動かないのに。
……ねえ。僕を褒めてよお母さん。
先ほどまで強くあろうとしたオレが、胸の奥で小さく丸まっていく。
「弱いわね」
玉座から吐き捨てられた言葉に、情はなかった。
弱い?
僕がこんなに頑張ったのに? どうしてそんなことを言うんだよ。
そんな思考から現実に引き戻すような、言葉にならない違和感が周囲から漂う。
蔑み、嘲笑、同情、優越、いろんな感情を孕んだ視線が、身体に鋭く突き刺さる。
その視線の先を辿ると、兄弟たちがオレを見下ろしている。
まるで、時間を守らない問題児を見るように。
兄弟たちはすでに戦闘を終えていた。
おそらく、だいぶ前から。そう雰囲気を感じ取れた。
兄弟たちの足元周辺には、ひしゃげ、潰れ、切り刻まれ、炭化し、幾通りもの方法で殺された玉葱の魔物の残骸が転がっていた。
一体や二体じゃない。最低でも五体以上。
オレが死に物狂いで一体だけを相手にした、その間に、彼らは……。
胸の奥が一瞬で凍りついた。
嘘だ、嘘だ、嘘だ嘘だ。嘘だ!
き、きっと、オレが倒した個体だけが、特別強かったんだ。
他のやつより。
……他のやつより。
嫌だ、母さんに嫌われる。
嫌われる。嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!
認めない。認めたくない。
お、オレは、オレは弱くな——
「弱すぎですのう、処分いたしましょうか?」
ガーネット・コンプリメンタの冷酷な声が、鋭い氷柱のように、はっきりと耳元へ突き刺さった。
どうも、作者の五十音字ひらがなです。
次回、
オルフェル物語 ③<秘匿>
オルフェル物語 ④<城塞>
二本立てです。
③<秘匿>は、12/29(月) 朝06時に公開します。
④<城塞>は、12/29(月) 19時20分に公開します。
戦闘描写、最初は三人称一元視点で進んでいたのですが、AIに「あなたのは3人小一元視点ではなく、一人称と三人称が交互にスイッチしているだけ」と指摘され、自称三人称一元視点だったんだと現実を叩きつけられました。
オレの今の技術力では三人称一元視点は無理ということで、主に一人称の視点の戦闘描写に切り替えました。
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【制作ログ】を私のBLOGにUPしました。
もしご興味あれば、下記URLから。
https://gjuonji0221.blog.fc2.com/blog-entry-14.html
登場したキャラの画像を、私のBLOGにUPしました。
もしご興味あれば、下記URLから。
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登場した魔法の設定資料を、私のBLOGにUPしました。
もしご興味あれば、下記URLから。
https://gjuonji0221.blog.fc2.com/blog-entry-15.html




