第1話 オルフェルの物語 <誕生>
【2026.01/10|タイトルの表記を変更】
・オルフェルの物語 ①<誕生> → 第1話 オルフェルの物語 <誕生>
微睡の中、抑揚のある音が聞こえてくる。
それが何か確かめようにも瞼が重くて開かない。
音に集中し正体を確かめようとするが、無の闇が押し寄せ、思考を掻き消していく。
夢現か幻か、隣にいる笑顔を浮かべる女性と、優しくその様子を見守る男女がいる。
輪郭はぼやけ、顔も目もはっきり見えない。まるで色彩の少ない水彩画のようだ。
彩りある食卓を囲みながら、私たちは何かを楽しそうに話している。
暖かく穏やかな声、尊重と愛情を含んだ話し声、そして笑い声。どれも何故か懐かしく感じる。
黒い何かに塗りつぶされ、思考が消えていく。
…………。
再び、抑揚のある音が聞こえてくる。
先ほどより音が認識でき、意識が徐々に明瞭になってきた。
深い暗闇から意識が這い上がってきたような感じだ。
意識を集中すると、誰かが喋っているように聞こえた。だが、内容は聞き取れない。
頭が重く霞み、身体が非常に重い。
『——鑑定』
今度は言葉をはっきりと認識ができた。
しかし、その後も何か喋っているが、音が滲んで歪み、内容が聞き取れない。
興奮や高揚感に満ちた抑揚ある音が、声の主から次々と出てくる。
嬉しいという感情が伝わってくる。
『起きなさい』
突然明瞭になったその言葉。
仄暗い世界から、徐々に意識が芽生え始めていた。
その一声で弾かれるように一気に覚醒した。
瞼はまだ重いが、視界が少しずつ広がっていく。
身体が重く、手を地につけ起き上がろうとするが、腕や脚に力が入らない。
それでも起き上がろうと身体に力を込めると、硬質で力強い音が聞こえてくる。
バリバリ、バリバリ。
蝉が殻を破って這い出るときのような、硬いものが裂ける音だ。
片膝をついて跪く姿勢で精一杯だ。
視界は広がったが、景色全体が霞んでいる。
この異様な身体の重さ、自由に動かない手足、朦朧としていた意識。
私は大怪我を負って倒れていたのか?
……誰かに剣でも刺された? 何故かふとそう思った。
『意識が芽吹いたのね』
また声がした。私に喋りかけているのか? 周囲の状況が掴めず判断しにくい。
声の主が女性であることだけはわかる。
言葉が生まれた位置はかなり離れているはずなのに、その響きだけは不思議なほど明瞭に聞こえる。
『ひとまず、誕生おめでとう』
誕生?
誰かの子供でも生まれたのか?
だが泣き声は一切聞こえない。親の喜ぶ声すらも。
異様なほど静かだ。女性の声しか存在しない。
おそらく彼女が子供の母親なのだろう。他には誰もいないのか?
ここは病院ではないのか?……ここはどこ、なんだ。
『まだ身体が思うように動かないのね……。わたしの声が聞こえるなら指を一度。言葉の意味まで理解できているなら二度。さあ、どうかしら? 指くらいは動くでしょう?』
彼女の言葉から、どうやら私に話しかけているらしい。
大怪我を負った私が起き上がったため、意識の確認をしているのだろう。
地につけた手の指に力を込めて動かす。
動かすだけでも苦労した。だが、少しずつ身体に力が入るようになってきた。
指を動かした瞬間——バリ、硬質な音がした。
先程も聞こえたこの音は、一体なんだ?
『どうやら、わたしの言葉は理解できているようね。けれど、何故かしら? 覚醒までに随分時間がかかっているわ』
覚醒?
オレは昏睡でもしていたのか?
今の自分がどんな状態で、どれほどの怪我を負ったのか知りたい。
『肉体はもう整っているけれど、おそらく内側の魔力回路がまだ繋がりきっていないのね』
肉体、整っている?
そんなに酷かったのか。外科手術をした? では、やはりここは病院……病室なのか?
『でも、すぐ馴染むわ。あなたは——悪魔だから』
——えっ!? 悪魔?
何を、言っている?
手術が失敗し、顔がひどく醜く腫れているのか?
それでも、私は悪魔ではなく人間だ。
なんて失礼な女性だ。
まるで何事もなかったかのように、甘やかで、仄かな喜びを孕んだ声が続いた。
『説明してあげるわ。あなたたちは——』
オレの他にもここには誰かいるのか?
だが女性以外の声が聞こえない。なぜだ?
『私が丹精を込めて、愛情を込めて練り上げた、濃厚で、濃密な、魔力の凝縮点から生まれた可愛い可愛い私の子たち。最初は弾力のある、どろりとした黒い泥塊だったけど、形を求めて蠢くさまは生命の誕生を必死に掴み取ろうとする執着の輝きに満ちていて、本当に美しかったわ』
言っている意味が理解できない。私が泥塊から生まれた? 馬鹿馬鹿しい。私は人間だ。
昨日だって……きの、う……なにも思い出せない……。
記憶喪失? そうだ、きっとそうに違いない。
それに彼女の捲し立てるような言葉は、狂気と陶酔をまとっていて怖気が走った。
視界が徐々に明瞭になり、最初に映ったのは黒く乾燥した、私の抜け殻だった。
手を動かすと——バリバリ。
力強い音と共に殻が割れていく。
続いて目に飛び込んできたのは、濃紺色の肌に、太い筋肉質な腕。獣のように鋭い黒い爪。指全体が黄色い。
それは、紛れもなく私の手だった。
現実を受け入れられず、声を出そうとするが「ああ、あああ」言葉にならない呻きが喉から漏れるだけだった。
「時間が経つにつれて蛹のように保護殻に覆われ、そして蛹殻を破って這い出てきたの。赤子のようにね。あの瞬間は、母であるわたしの心を強くくすぐったわ。誕生まで約3年……長いようで短かったわ」
困惑する私を他所に、彼女は生命が宿っていく過程を嬉々として語り続ける。
本当に私は、悪魔になってしまったのか?
身体の重さは少しずつ抜け、徐々にだが力が漲るようになってきた。しかし、跪いた姿勢から立ち上がるにはまだ辛い。
私に話しかける女性の正体が気になり、重い首を持ち上げるように顔を上げた。
玉座から腰を上げ、こちらへと数歩だけ歩みを進める女性が見えた。
掛け時計のように空間に静止して浮かぶ、大きな黄金の羅針盤が神々しく輝いていた。彼女の背に触れることなく、まるで背景の一部のように寄り添っている。
その羅針盤は、彼女の歩みに合わせて背後から一定の距離を保ち、静かに付き従っていた。まるで無言の従者のように。
透き通る水色の髪は清廉さを孕み、美しく腰まで流れている。金の双眸は高貴と高潔さを宿しながらも、その奥の甘いぬくもりの陰には、支配と狂気の闇がひっそりと潜んでいた。
血を思わせる真紅が唇と指先を染め、その艶が彼女の美に妖しい陰影を添えている。
肩口を露わにした黒と白のドレスは、彼女の肢体を美しく縁取るように仕立てられていた。黒い身頃は身体に沿ってしなやかに流れ、胸元を包む白布との対比が、凛とした気品を静かに漂わせている。
腰回りと喉元には青い宝石を抱いた金細工があしらわれ、その精緻な輝きが彼女の存在をいっそう神秘的なものに見せていた。
その存在を目にした瞬間、悟った。こいつは——圧倒的強者だ。
どう足掻いても私じゃ絶対に勝てない。だが、不思議なことに恐怖はない。
「を、お、をま、おまえは、だ、だだ、だれだ?」
舌が思うように回らず、言葉はまだ辿々しい。それでも、何とか声を絞り出した。
「そうね、最後の子も覚醒したようだし、丁度いいかもね」
最後の一人?
周囲を見渡すと、姿も形もまったく異なる者たちが何体も立っていた。
気配すら感じなかった。どれほど混濁していたのか、自分でも分からない。
そして今まさに、蛹の殻を破り、白い肌と白とオレンジの髪を持つ女性が姿を現した。その体には植物の蔦が巻きつき、いくつもの薔薇が鮮やかに咲いている。
彼女は立ち上がり、いまだに跪いている私を遠くから静かに見下ろしている。
兄弟……何故だかそう理解した。
「私の名はキャラメリゼ、あなたたちのお母さんよ」
黄金の羅針盤を従えた女性は、慈しむように私たち全員を見渡しながらそう告げた。
その表情は優しさを滲ませ、純粋で圧倒的な喜びに満ちた笑みが張り付いていた。
「わ、わ、わぐぁしは、に、に、にんぐぇん。あ、あく、あくま、じゃっ、ない」
否定したかった。だが、この濃紺の腕、この爪、この脚、どれも人間のそれではない。
残酷なほど現実は嘘を許してくれなかった。
身体にようやく力が宿り始めた。その力を使い、老人のようにぎこちないが、それでもゆっくりと立ち上がることができた。
「あなただけ、自分を人間だと思い込んでいるのよねえ? でも安心して。その思い込みも、疑問も——すぐに消えるわ」
キャラメリゼと名乗った女性は、私たちの目の前へ、一人ひとりに姿見の鏡を作り出した。
これは、魔法か。
鏡に映っていたのは、濃紺色の肌をした上半身裸の自分だった。
目線が低い時点で薄々感じてはいたが、周囲の悪魔たちと比べても明らかに小柄だ。
というより、子供に見えた。
小さな体躯だが、割れた腹筋に厚い胸板、横に広く太い脹脛。一言で言えば、筋骨隆々。
腕、胸、脚、額、所々に黄色いトライバルタトゥーのような紋様が走っている。
髪は短く、白銀のように純白。重力に逆らうように天へ向かって逆立っている。
白目にあたる部分は漆黒、瞳孔の位置には金色の光が宿っていた。
様々な角度から今の自分を確かめる。
そこには強者の容貌が映っていた。
「ほ、ほんとに、オ、オレは、あ、悪魔になっ、たのだな」
しかし、どうして自分を人間だと思い込んでいた?
人間からの生まれ変わり?
そもそも、その記憶が何もない……どういうことだ?
「さあ、愛しい私の子供たち。私をお母さんと呼んでちょうだい」
キャラメリゼは手を広げ、恍惚とした表情でそう促してきた。
その声はどこか暖かく、静かな安らぎとともに、柔らかな愛情が全身へ染み込んでいく気がした。
お母さんと呼ぶことに、なぜか抵抗がない。
心地いい声だ。
言わずにはいられない。
「お母さん」
その一言を口にした瞬間、今まで抱いていた疑念、ここが病院だと思っていたことも、自分は人間だと信じていたことも、すべてが濃厚な靄に覆われていく。
深い森の奥底にある湖へ投げ捨てたかのように、疑問はひとつ残らず沈み消え失せた。
そうだ。オレはキャラメリゼ母さんの子供——悪魔なのだ。
次回、オルフェル物語<選別>
どうも、作者の五十音字ひらがなです。初めて戦闘描写に挑みました。
ファイヤーボールのシーンを書くにあたり、“威力ってどれくらいなんだろう?”という素朴な疑問から、
ChatGPT5.1 や OpenAI o1 / o3 / o4 mini に相談しながら、あれこれ試しつつ書き進めました。
気づけばずいぶん時間を使ってしまいましたが(笑)、
理屈を積み重ねながら描写を組み上げていくのはとても楽しかったです。
初戦闘なので、読みやすさ重視でシンプルにまとめています。
「なんか知らんけど作者が楽しそうに頑張ってたんだな」
くらいの軽い気持ちで次回を読んでいただければ嬉しいです。
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【制作ログ】を私のBLOGにUPしました。
もしご興味あれば、下記URLから。
https://gjuonji0221.blog.fc2.com/blog-entry-7.html
登場したキャラの画像を、私のBLOGにUPしました。
もしご興味あれば、下記URLから。
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