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イデア魔界儀伝  作者: 五十音字ひらがな
プロローグ
4/12

魔王謁見の間

 雲一つない晴天が、空全体を塗りつぶしている。

 淀みが一切ない、澄み渡った透明な水面。

 地を覆い隠すほど無限に広がり、青い空を反射し映し出している。

 水面下は、どこまでも透明で、どこまでも深淵。

 暖かく柔らかい光に満ち溢れ、青い色が支配する空間。

 誰もいない無機質な静寂が、魔王の謁見の間を満たしている。

 空と水面の間には、不自然なほど静かに浮かぶ玉座。

 高貴な雰囲気をまとい、荘厳で美しい装飾と色使いが施されている。

 芸術に疎く審美眼などなくとも、感銘を受け、美を認識してしまう。

 玉座から距離にして前方へ約50メートル、静謐(せいひつ)な空間に異変が生じた。


 ————水面に3つの波紋が、静かに走る。

 

 今までいなかった姿が、そこにある。

 伯爵たちが、水面の上に頭を垂れ跪いている。

 微動だにせず何かを待っている。

 大自然の中で感じるような、新鮮な時間が穏やかに流れる。

 …………心地良い静寂。

 

「顔を上げよ」


 突如、重低音の声が空間に響く。

 伯爵たちが顔を上げると、4体の大公爵がいた。

 そして玉座には、容姿端麗で艶やかな女性が座っている。

 左半身は雪化粧を思わせる白い肌に、手や爪は異様なほど大きく無機質な甲殻に覆われている。爪は狂った獣のように残忍で鋭い。

 右半身は漆黒の肌に、繊細さが宿るしなやかな指。それぞれの指には得体の知れぬ力を秘めた指輪が嵌められている。

 エルフのように長い耳。白い光を帯び眩く輝く長い髪。

 豊満でありながら引き締まった体を包むのは、肌の色に合わせた黒と白の妖艶なドレス。

 美と怪異が同居する強さの次元が違う存在。抗うことすら赦されない、圧倒的な威容。

 

 ——魔王リロナキア。


 黒目に金の瞳が伯爵たちを一瞥し、紅色の唇がひらく。

「よく来たわね、あなたたち。歓迎するわ」

 澄んだ音色の声が心に優しく届く。

 直答が許されていない伯爵たちは、深々と頭を下げ、魔王の言葉に感謝の意を示す。

 だが、リロナキアはその行動に何の興味も示さない。

 過去幾度となく口にした形式的な言葉。

 過去幾度となく目にした礼儀的な感謝。

 彼女の表情は何ひとつ動かず、ただ見飽きた光景を眺めているだけ。

 澄んだ言葉の音色が、重低音の声の主へと向けられる。

「サタングリム、いつもの流れを説明してちょうだい」

「畏まりました」

 重低音の声の主——大公爵序列一位、サタングリム。

 全身が、果てのない宇宙空間そのものとなったドラゴン。

 銀河や恒星、星雲、無数の星々が煌めき、その輝きが体の境界線を形作っている。爪や翼、顔、尾の輪郭すら星々の光によって浮かび上がる幻想的な姿だ。

 今は魔王リロナキアに合わせ、身長5メートルの彼女と近い8メートルほどの大きさへと、意図的に収束している。

 だがその本質は無限に近く、宇宙やマルチバースすら超えた領域に在る——概念そのもの。

 “概念の竜”として存在し、その強さゆえに次期魔王候補とされる大公爵序列1位として君臨している。

「百年に一度行われる、魔王リロナキア様主催の”進化の儀・武の祭典”は、貴族階級へと進化するに相応しい者を定める祭典、すなわち武の大会である」

 伯爵たちは静かにその説明を聞き入る。

 サタングリムの威徳ある言葉が、謁見の間に響き渡る。

「推薦枠8名、各領域予選の優勝者8名。合わせて16名によるトーナメント戦を行う。準決勝まで勝ち上がった4名のみが、貴族階級・男爵へ進化する資格を得る」

 ここで一拍置き、厳然と説明を重ねる。

「時間無制限。一方が死ぬか、降参を宣言するまで継続される。準決勝に残った時点で戦いに敗れ消滅したとしても、魔王リロナキア様の慈悲により、必ず復活が約束される」

 再び、言葉を一拍置くと最も重要な真理を告げた。

 


 ——優勝をすれば、何でも1つだけ願いを叶える。


 

 不老不死、死者蘇生、次元逆行、虚構の現実化、制限はない。

 願えば、その願いはすべて叶う。叶わぬ望みなど何ひとつ存在しない。

 究極にして最上の超常概念世界、ゴッドバース。

 その内部に広がる概念世界のひとつ——魔界イデア。

 そして、その世界の一角を統べる魔王こそがリロナキアである。

 彼女にとってゴッドバースは勿論、その下に連なる世界……宇宙、マルチバース、さらにはその先に広がる上位概念オムニバースでさえ、その法則を書き換えることは造作もない。

 だからこそ、あらゆる望みが叶う。

 危険に身を投じてでも、この”進化の儀・武の祭典”に挑む者は多い。

 弱肉強食を理りとし強者のみが正義とされる魔界。この地では、弱者はただ生きることすら困難だ。

 願いが叶うのは百年に一度、ただ一体のみ。

「決勝まで進みながら敗れ、願いを言う権利すら得られぬまま進化していく者もいる。だが、だからと言って辞退し、次回への再挑戦は求められても認めぬ」

 理由などない。ただ魔王が認めないからだ。魔界では、それだけで十分な理由となる。

「今回参加者の種族内訳は、悪魔族8名、魔族6名、異世界の人族1名、冥界族1名、以上16名である」

 凛とした澄んだ音色が、説明を遮るように割って入る。

「あら、人族がいるのね。珍しいわね」

 魔王は、わずかに興味を示すような表情を浮かべた。

「どうやら、そこの悪魔伯爵、プートサタナキアからの推薦による者のようです」

 サタングリムの言葉を受け、水面に跪く伯爵の一人が深く頭を下げた。

 本当に人族で大丈夫なのか? 大公爵たちから疑念の視線がプートサタナキアに刺さる。

 視線を一身に受け、緊張で体が硬直する。

 言いたい事もある。しかし、直答を許されていない以上、沈黙するしかない。

「その人族は、異世界の勇者と言われる存在なの?」

「直答を許す、答えよ」サタングリムが静かに促す。

「いえ、勇者ではなく魔女でございます」

「あら、そう……異世界の勇者ではないのね」

 無表情の魔王の瞳が、わずかに好奇心の色を帯びてプートサタナキアを見つめた。

「……危ないところだったわ。つい、この魔女の過去と未来を覗き見ようとしてしまったわ」

「それは危のう御座いましたな」

「ええ。楽しみが無くなるところだったわ」

 リロナキアは魔王として悠久の時を生きてきた。

 全てが見飽きた光景であり、聞き飽きた言葉ばかり。

 その中で唯一、退屈を紛らわせるものが、祭典に参加する者たちの“物語”である。

 どんな喜びを血肉に変え、その甘美が魂をどう歪めてきたのか?

 どんな怒りを抱き、その炎で何を焼き捨ててきたのか?

 どんな悲しみを呑み込み、その絶望がどれほど心を蝕んできたのか?

 どんな出会いに囚われ、その縁がどんな代償を要求してきたのか?

 どんな戦いで血を流し、何を奪い、何を屠ってきたのか?

 個々が持つ人生ならぬ魔生は、唯一無二の物語である。悠久の時を過ごす者にとって、物語の先を知るということは、退屈という苦痛を味わうことに他ならない。

 リロナキアは、いつもの感情のない表情へと戻ると、抑揚のない声で短く告げた。

「続けて」

「明日、12時より抽選会を行い、明後日は13時から1回戦の全8試合を一気に執り行う」

 正面を向いて説明していたサタングリムは、魔王へと向き直る。

「以上でございます」

「わかったわ。ありがとう。退屈だったでしょう? 一応、儀式だから説明をしないといけないのよ。本当に面倒だわ」

 玉座から見下ろしながら伯爵たちに声をかけた。

 定型通りの説明は短時間で終わった。だが、魔王リロナキアにとっては、長く感じる退屈の刻であった。

「それじゃあ、用意してくれる? ——物語を」

「畏まりました。……では、こちらが今回の進化の儀に挑む者たち、16名の物語でございます」

 サタングリムの言葉に応じ、大公爵たちと伯爵たちの間の水面に、十と六つの波紋が走る。

 

 ——裏向きのカードが16枚、姿を現す。

 

 縦に4枚、横に4枚、一辺が5メートルほどもある巨大なカードが合計16枚、水面上に伏せられたまま静かに並んでいる。

 その裏面には1枚ごとに異なる絵柄が描かれていた。

「これが楽しみなのよね。どれにしようかしら」

 先ほどまでの退屈を纏った無表情とは違い、紅い唇がわずかに上がる。退屈の奥に隠されていた微かな喜びが、その顔をそっと覗かせた。

 リロナキアは人差し指をゆらりと泳がせながら、カードへ指先を向ける。

 その仕草だけを見れば、とても魔界の魔王とは思えない。瞳の奥で星屑がそっと瞬いた。

「これに決めたわ。私が最初に聞く物語は」

 伏せられていた一枚のカードが輝きを帯び、水面からふわりと浮かび上がる。

 裏面には全身鎧にマント姿。両手に長剣を構えた騎士のシルエットが描かれている。

 次の瞬間、カードから解き放たれた光が空中に集束し、まるで光の核が爆ぜるように巨大な立体映像が形成されていく。

 そこに映し出されたのは、カードの裏面に描かれていた漆黒の騎士。

 ただのシルエットだった絵が、いまは濃淡の明瞭な色彩と質量感を持ち、実在感すら伴う像として佇んでいた。

 上下左右どの角度から見ても、騎士の映像は常に正面を向いている。空間そのものが騎士の正面を決めているかのようだった。

「参加者たちが持つ物語を知っているのと、知らないとでは、武の祭典の楽しみかたが違うのよね。……この物語は誰が読んでくれるのかしら?」

「それは私、サタングリムが読む物語でございます」

「あら、そう。それじゃ早く聞かせてちょうだい」

「畏まりました」

 サタングリムは厳かに言葉を重ね、そのまま物語の読み上げを始める。

「かの者の名はオルフェル。二つ名は転生魔剣士。我が領域の悪魔部門予選を勝ち抜いた悪魔でございます」


「それでは語りましょう——オルフェルの物語を」


 


プロローグは以上です。

次回から16名の主人公のうちの一人、転生魔剣士オルフェルの物語が始まります。

今回は魔王リロナキアと、大公爵序列一位のサタングリムの外見描写をできるだけ短くしてみました。

前々話のシンゲンの外見描写が長すぎたので。その反省を踏まえ。

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