第四話 水の支配者(アクア・マスター)
水の支配者。その能力を持つものは数十年に一度現れれば奇跡と呼ばれるほど希少な存在。その能力を持つものは体に触れた水を自在に魔力に変換し、他の魔法とは比べ物にならない威力の魔法を扱うことが出来る。この水という資源が無限にある海という戦場においては正に最強の能力と言える。
「なんなんだよあの小娘…魔法が当たらねぇ!!!」
ブラック提督の配下の海賊団の一人はつぶやいた。オールに乗り、海面を矢のような速さで滑りながらこちらに近づいてくる少女は、海賊船から何十人もの船員が放つ無数の魔法攻撃を右へ左へと巧みにかわし、その勢いはとどまることを知らない。そんなこれまで見たこともなかったような光景を目にし、自分を含め、仲間たちは信じられないといった、恐怖の表情を浮かべている。
◇
「ふぉぉぉぉぉぉぉっ!」
絶望した表情を浮かべた海賊どもをよそに、オールに足をつけ、軽やかに波を乗りこなしているあたしはただひたすらにご機嫌だった。いつか本で読んで、ずっと憧れていた新大陸の先住民族が持つ狩猟技術、サーフィンというものを今自分がしているのだから。水の支配者で生み出した水を動力源にし、波に乗って急加速し水面の上をサーフィンの要領で高速で滑る。凄まじい速度で右へ左へと移動し、海賊どもの放つ魔法を軽やかにかわしながら、加速した運動エネルギーで水面から一気に飛び上がり、たくさんの海賊どもの乗る海賊船の甲板の真ん中にストンと着地した。
「あーあ、すこしズボンの裾が濡れてちゃった。あ、海賊の皆さん、どうもこんにちは。少しはブリテン王国に従う気になりましたか~?」
とあたしは全力で敵を煽る。
「この小娘が、調子に乗るな!!!」
一人の大男が巨大な大剣をあたしめがけて振り下ろす。
「水の支配者 水の大蛇!」
呪文を言うと同時に、あたしの左手から水が生成され、巨大な大蛇の形を成し、頭上に振り下ろされそうになっている大剣を、持ち主ごと吹き飛ばした。軽く魔法を使っただけなのに、予想をはるかに超えた威力で、自分でも驚いた。
「火属性魔法! ファイヤーボール!」
「水属性魔法! ウォーターカッター!」
あたしを取り囲む海賊どもがあたしめがけて一斉に魔法を放った。今度は遠距離攻撃か。
「水の支配者 流水の刃!」
あたしの左手から伸びる長い流線型の水の刃が、放たれた魔法をすべて切り刻んでかき消した。
アンドロメダ将軍の言った通り、やはり水の支配者の力で行使された魔法は通常の魔法とは一線を画した破壊力と操縦性を持っているようだ。あたしの魔法が他の奴が放った魔法とぶつかれば必ず押し勝ち、それにあたしの少し不慣れな腕でも、思い通りに正確に海賊たちの持つ武器だけを的確に破壊することが出来る。なぜ武器だけを破壊するのかというと、こいつらはこれから仲間にしなければならない奴らで、ここで殺すわけにはいかないと考えたからだ。そして、そんな圧倒的な力を誇るあたしを見て、これは勝てないと察したのか、海賊集団はあたしに背を向け、船の上から逃亡を図った。その様子を見てあたしは自分の強さ、そして自分の勝利を確信し、船の上で大声で高笑いをした。
「ふははははははっ!かの有名なブラック提督の海賊団というのはこの程度か!存外大したことはないな!」
ここであえて力を誇示し、相手の戦意を削いでやろうと思ったのだ。決して人生のほとんどを虐げられて生きてきたあたしが、人生で始めて味わう優越感、自己肯定感という感情に、つい楽しくなってしまい、調子に乗ってしまったわけではないのだ。しかしそんなあたしの天才的な作戦も虚しく、残念ながら敵の親玉は全くもって戦意を失っていないようだ。
ドオン!!!!!
船の甲板の真ん中で、あたしから蜘蛛の子を散らすように逃げていく海賊たちを見ながら大きな声で高笑いをしているあたしの目の前に、長い黒い髭を生やした大男、ブラック提督が、突如空から降ってきて、巨大な音を立てて着地した。
さっきまで彼が乗っていたもう一隻の海賊船からはだいぶ距離があるが、まさかあそこからジャンプしてこの船に飛び乗ったのか…?とてつもない脚力だな。それにしてもブラック提督の顔を近くで見ると、恐ろしい目つきと黒ずんだ肌をしており、顎から生える長い髭は三つ編みのように編まれている。まったくどういうセンスだよと思ったが、とにかくここからが正念場だ。そう思ってあたしは気を引き締めた。
「ネルソンと言ったか!貴様は我らにブリテン王国の配下になれと言ったな、だが宣言しよう!我が海賊は、ブリテンの軍門には決して下らない。もし我らを従えたければ、この俺を倒してからにするんだな!!」
敵の降伏を誘うべく、あえて力を誇示するように戦っていたが、どうやらそんなあたしの戦いっぷりを見てもこいつは勝てると判断したらしい。そう思われたなら仕方ない。どっちが上か教えて差し上げなければならないだろう。ブラック提督は、自身の等身大ほどの大きさもある巨大な斧を持ち、一歩一歩こちらに近づいている。その黒く長い髭をどういうわけか自ら着火し、髭からモクモクと強い刺激臭のする黒い煙を立てているのだが、そのせいか、近くで見ると煙で包まれた巨大は圧倒的存在感を放っている。彼の名が広く恐れられているのも納得だ。その巨体から発せられる並々ならない覇気を感じてか、味方の海賊たちすらおびえた表情で海に飛び込み、船の上にあたしとブラック総督のみが残された。
「ブラック提督、お前を倒せば、お前たちはブリテン王国に従うと理解してもいいのか?」
あたしはブラック提督に確認する。
「もちろんそうだとも。まあ、不可能だろうがな。小娘、海賊ごっこもここまでだ。本当の海賊の恐ろしさという物を、教えてやるよ!」
はやっ!!
その巨大な体と手にしている巨大な斧からはとても想像できない恐ろしい速度で、ブラック提督はあたしの方へとものすごいスピードで走り出し、手にしている巨大な斧をあたしの方に向けて振り下ろす。
水の支配者で放った魔法で自分の体を弾き飛ばし、その一撃を紙一重で躱した。あたしがついさっきまでいた場所に振り下ろされた巨大な斧は、頑丈な甲板の床に巨大なクレーターを形成した。甲板の手すりに着地したあたしは徐々に視界がぼやけ、頭がくらくらするのを感じた。おそらく軽い脱水症状だろう。海の上など、常に体が水に触れている状況ならばともかく、そうでない状況の時の水の支配者のエネルギー源となるものは体内に《《貯蔵》》された水。これが不足してしまうと、魔力が不足し、十分な力を発揮することはできないのだ。これまで奴隷として、屋敷から一歩も外に出ることがなく、満足な飲み水すら手に入らない暮らしを送ってきたあたしがこの力の存在に気が付かなかったのもそのせいだろう。
とにかく初めて手にしたその力を試すのに夢中になり、少し魔法を使いすぎてしまったようだ。体内に《《貯蔵》》されている残存水量はあまり多くない。水の補給なしで魔法を放てる回数は限られているので早く決着をつけなければ。そう感じたあたしは即座にブラック提督に向かって、水の支配者の力で脚力を強化し、ものすごい勢いで飛び掛かった。水の支配者が水の補給なしで戦える時間は限られている。この攻撃で確実に決める!
「素晴らしい身のこなしだ!だが、空中で俺の攻撃を避けられるかな!?」
掛かった!優秀で、実践経験を多く積んだものほど、自身の闘いの勘というものを信じて動く。奴の斧の威力は凄まじく、その眼はあたしに狙いを定めて離さない。間違いなくとてつもない量の経験を積んでいるのだろう。長い闘いの日々を経て培われた戦いの勘は、いわば自身の経験に基づいた賜物と言える。それはこれまで相手をしてきた奴らと同様、地を這う人間を相手にするときはこの上なく強力なものだろう。だがその戦いの勘は自身が対峙したことのない相手に対して、この上ない足枷になるのだ。彼は無意識のうちにその可能性を考慮することを忘れている。あたしの水の支配者は、空中での立体的な動きをも可能にするということを。
あたしは水の支配者で生み出された水で自身の体を操り、空中でひらりとブラック提督の大斧から繰り出された攻撃を躱し、左手の手のひらをブラック提督の腹に押し付けた。
「水の支配者 水の弾丸!」
あたしの掌から放たれた水の出力で、ブラック総督を吹き飛ばした。ブラック提督の巨体は宙を舞い、そのまま甲板の手すりに打ち付けられた。あたしは情けない態勢で甲板の床に着地したが、すぐに立ち上がり、強い衝撃を受けたせいか起き上がることのできないブラック提督の前へと歩いていく。
「さあ、あたしの力を思い知ったかブラック提督。あたしは貴様を殺したくはない。貴様ら海賊が我がブリテン王国の軍門に下るのであれば、貴様と仲間たちの命は助けてやろう」
と、あたしはブラック提督のモクモクと煙を立てて燃えている髭を生やした顔を睨みつけ、降伏するよう促す。しかしブラック総督は不気味な笑顔を浮かべて言った。
「降伏するのはそっちの方だぞ?」
なに?ここまで完璧にやられてなぜ降伏しない。それにこの勝利を確信したような笑みは一体…あれ?
その時あたしの全身から力が抜け、あたしはその場に膝から崩れ落ちた。なんだ…これは…あたしを恐ろしい頭痛とめまいが襲う。視界がぼやけ、今にも意識が吹っ飛びそうだ。
脱水症状か?いや違う。そうか…この甲板に漂う刺激臭の正体は、奴の燃えている髭から立っている黒い煙に含まれる毒…。だから奴以外の船員共が一斉にこの船を離れた。あたしとしたことが…実践経験の無さが祟ったか…クソッ。
「その様子じゃ、どうやらこの煙の正体に気づいたようだな。幼少期からこの煙に耐性をつけるために特殊な訓練を積んだ俺以外の人間は、この毒を吸えばたちまち嬢ちゃんと同じような症状が出るのだ。楽しい闘いだったぞ嬢ちゃん」
そう言ってあたしの体に今にもその大斧が振り下ろされようとしている。このままでは死んでしまう。まずい…。だけどまだ…あたしは死ぬわけにはいかない。こんなところで!
あたしは朦朧とした意識の中で心の中で強く生きたいと願い、最後の力を振り絞って左腕に大量の水を生成する。やりたくはないけど、勝つためにはこれしかない。お願い神様、あたしに…力を貸して。
「水の支配者 最大出力 水の大砲!!!」
あたしは祈りながら甲板の床めがけて最大出力の魔法を放った。あたしの放った魔法のとてつもない威力のせいで、甲板の床が抜けてしまい、船は崩れ、足場を失ったあたしとブラック提督はそのまま海へと落ちていった。
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