第九話 宝物
「開か…ない…」
陸についたあたしたちは、海の底で見つけた宝の山の中に埋もれていた宝箱を開けようとしたが、その宝箱はカギがかかっており固く閉じられていた。中に入っているものを確かめたいという欲求を諦めきれないあたしたちはその宝箱を何が何でもこじ開けようとして果敢に挑んだ。しかし、ブラックをはじめとした屈強な男たちが力を合わせてこじ開けようとしても、あたしが水の支配者を発動させ、強靭な水の刃でで切り裂こうとしても、その宝箱はビクともしなかった。その他考えうるあらゆる方法を試したが、思いついたすべての方法をもってしてもその固く閉じられた宝箱を開けることはできず、万策尽きたあたしたちはため息をついた。
「それ…わたし…開けれる…」
小さくも美しい声が、宝箱の前で座って落ち込んでいるあたしたちの後ろから聞こえた。あたしたちが振り返ると、声の主はクラーケンを倒した後の場所に浮かんでいた小さな少女だった。小さな少女といっても身長はあたしよりも高いのだが。少女はその長く美しい灰色の髪の毛にきれいな青い瞳、そして同じ女性のあたしすら思わず顔を赤らめるほどの美しい顔をしており、誰かが貸してくれたであろうぼろ布で自分の体を隠していた。
「えっと~君は~名前~なんて言うの…?」
あたしはその少女にどう接すればいいかわからず、たどたどしく名前を尋ねると、少女は小さくも美しい声で答えた。
「名前…?私に名前は無いけど…人がわたしのこと…クラーケンって呼んでるのは…知ってる」
突然クラーケンがその巨体を消し、それと入れ替わるように同じ場所に浮かんでいたからまさかとは思ったけど、あのバカでかいクラーケンが、こんな可愛い女の子になったって言うこと…?とても信じられない出来事だが、実際それが目の前で起こっているのだ。信じるほかあるまい。
「えっと~それじゃあその…クラーケンさん…この宝箱をあけてくれる?」
と、あたしは《《元クラーケン》》の女の子に宝箱を渡した。するとその時、
「ちょっと待ったぁぁぁぁ!」
とあたしとクラーケンの少女の間を、大声を上げてウィルが遮った。
「どうしたんだ?ウィル」
あたしが尋ねるとウィルはなぜだかカンカンに怒っている様子だった。
「どうした?じゃないぜ~フラン。流石に「クラーケンさん」は可哀想だろ?もっとこう…かわいい名前つけてあげた方がいいじゃないか。そうだろ?」
確かにウィルの言うことはごもっともだ。これからどういう関係になるかはわからないが、なんにせよコミュニケーションを取るにあたって名前はあったほうがいいだろう。でも何て呼ぶのがいいんだろう…。と、ぼろ布で体を隠した長く銀色に輝く髪、そして青く宝石のように輝く美しい瞳を持つ少女を見ながら彼女につけてあげる名前をどうしようか悩んでいると、ウィルがあたしに言った。
「クラーケンの少女だから、クララでどうだ?」
クララか…。目の前にいる美しい少女を見て、たしかにこの可愛い子にはピッタリな名前だな。とあたしは思った。ウィルの奴、ただの貧しい漁村で暮らす痩せた村人くらいにしか思っていなかったが、案外いいセンスをしているではないか。
「よし、そうしよう!今日から君の名前はクララだ!それで大丈夫か?」
とあたしは少女の肩をポンッと叩いて尋ねた。少女はコクリと小さく頷き、
「クララ…クララ…」
と自分に与えられた名前を小さく美しい声で口ずさみ、気に入ったといった様子でかわいい笑顔を浮かべた。その笑顔をみてあたしはつい自分の頬が熱くなったのを感じる。それだけこの少女は美しく、そしてこのか弱い少女を守ってあげたいと思わせるようなオーラを放っていた。
「よし、それじゃぁクララ、この宝箱、開けてくれるか?」
あたしがそうクララに言うとクララは小さく頷いて、あたしから受け取った宝箱を両手で持ち上げた。
ボンッ!!!!
という大きな音を立てたと思ったのも束の間、そのか小さな体の少女の細く美しい両腕は見る見るうちに太く肥大化し、巨人が持っているような巨大な腕へとその姿を変え、その両腕の腕力で、硬い宝箱をバコンッ!という音を立ててこじ開けてしまった。あれだけ硬かった宝箱は蓋と本体とで真っ二つに分断され、見るも無残な残骸へとその姿を変えてしまっていた。
「開いたよ?」
とクララはあたしに、ぱっかりと開いた宝箱を手渡そうとするが、その少女の圧倒的な腕力に衝撃を受けたあたしは、海賊たちと一緒にあんぐりと口を開けてクララを見つめることしかできなかった。
「あ、あ、あ、ありがとうクララ!えっと~その、凄い力だな!」
と、ようやく目の前の状況を飲み込んだあたしは、太く巨大化した腕を元の細い腕へと戻しているクララにお礼を言ったが、あまりの衝撃的な出来事を目にした後で、言葉が上手く出てこなかった。
「これは…あなたへのちょっとしたお礼…あなたはわたしを…助けてくれたから…」
とクララはあたしにそう言って天使のような笑顔を浮かべながらあたしに宝箱を差し出す。本当は邪魔なクラーケンをその場から追い出そうとしていたと言おうとしたが、別にいうべきことではないと判断したあたしは、素直にクララのお礼と共に、その手に持っている開いた宝箱を受け取った。
「で、中身は何ですか?フランの姉貴」
とブラックに尋ねられ、あたしは思い出したかのように箱の中身を確認した。宝箱の中には大きな黒い革製のコートのような物と、同じく革製の黒い帽子のような物が一枚ずつ入っていた。
「なんか思ってたものと違うな」
とウィルがつぶやいた。あれだけ頑丈に閉じられていた宝箱の中身だ。きっと伝説の剣、もしくは特殊な魔力の秘められた宝石のような物が入っているに違いないと期待していたあたしたちは、宝箱の中身に入っていたものが地味な黒い色をした革製のコートと帽子だと言うことが分かり、なかなかにテンションが下がっていた。
「一応、着てみるか」
せっかく手に入れたのだ。試着してみよう。そう思ったあたしはその革製の服に袖を通し、頭に帽子をかぶった。すると驚いたことに服も帽子もサイズがあたしにピッタリで、なんかこう…良かった。
「フランの姉貴、似合ってまっせ!なんていうかこう…オレが言うのもなんですが、めっちゃ海賊っぽいです!様になってます!」
ブラックがその恐ろしい顔に似合わない笑顔であたしを褒めた。それに続いて、他の海賊たちもあたしの姿を褒め始めた。
「ほ、ほほほ…本当か?お前たち」
みんなに自分の姿を褒められて、嬉しくなってしまい、少し恥ずかしがりながら彼らに聞くと、皆うんっ!と言った様子で目を輝かせながら首を大きく縦に振った。とてもあたしをからかっているようには見えない。ここまで褒められたら仕方ない。あたし好みではない装いだが、これを着ないわけにはいかないだろう。あたしは堂々と胸を張り、高らかに宣言した。
「諸君に告ぐ!お前たちは今日からあたしの配下となり、そしてブリテン王国に忠誠を誓うのだ!よいな!」
あたしの声に応えるように、海賊どもは、
「フラン船長!フラン船長!フラン船長! 」
とあたしを中心にあたしの名を呼び叫んでいる。やれやれ大げさな奴らだ。といった雰囲気を必死に出そうとしているが、内心はこうして褒められるのがあたしは嬉しくて仕方なかった。帝国によってすべてを奪われてから7年。あたしは7年ぶりに《《誰かに必要とされているという感覚》》を味わい、あまりの感無量さからその場で泣き崩れそうになるのをぐっと堪えた。
「ねぇフラン…わたしも…仲間に入れてくれる…?」
その時、美しい声でクララがあたしにそう尋ねたのが聞こえた。あたしは断る気も全くなかったのだが、あたしが「うん」と返事をするより前に、
「あたりまえじゃないかクララ! 」
とウィルがいい笑顔でクララの手を取った。何勝手に言ってるんだよ。と思わないこともなかったが、ウィルがクララに抱いてしまった心を何となく察したあたしは、ウィルの行動を見ないことにしてやった。ウィルに手を握られたクララはポッと顔を赤らめ、嬉しそうに笑っていた。
「そうだクララ、俺の名前はウィル、よろしくな!」
「ありがとう…ウィル君…こちらこそ…よろしくね…」
天使のような笑顔を浮かべながらウィルにお礼を言うクララを見ながら、あたしは皆に大きな声で号令をした。
「よし!諸君!ブリテン王国に向かおう!!」
「おー!!!!!!」
こうして無事最初の任務を完了したあたしは、仲間となった海賊たちを引き連れ、ブリテン王国へ船を進めたのだった。
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