強い心
いくつになってもチャレンジする心は忘れないでいたい。
2023年 スケート発表会を見に行った時のお話
妻のバレエメイト(妻は「お姉さま」と呼んでいる)がスケート教室に通い始めたと聞いたのはもう1年ほど前だろうか。
バレエとフィギュアスケートはその所作が似ていることもあるのだろう、妻もフィギュアスケートはよく見ており、その度に「彼は綺麗だ」とか「彼女は姿勢が悪い」などと寸評している。それにしてもお姉さま、60歳を超えてフィギュアスケートに挑戦するとは、なかなかの情熱だ。
そのお姉さまが発表会に出るという。会場は市営のスケートリンクで、出場者たった13名のスケート教室の発表会だった。大きな会場の観覧席には、おそらく出場する子供の親が数名しかいない。
出演者は皆、小中学生だ。
当然といえば当然か、体力のいるスポーツなのだ。そして子供たちは未来のオリンピック選手を目指して日々練習をしているのだろう。練習時間が始まるとものすごいスピードでリンクに飛び出してゆく子供たち。最初は滑っているだけだった子供たちだが、体が慣れてくると次第にアクセルを決め始めた。
ほとんど跳べていないシングルアクセルを見ると、どれだけその技が難しいのかが良く分かる。だが、できる子はダブルアクセルを平然と決めてくる。子供の力っていうのは本当にすごい。
そんな中、ゆっくりとスケートリンクを周るお姉さまがいた。
子供たちに比べると、走るスピードは10分の1。腰を落とし、ゆっくりと、ゆっくりと滑り、時々立ち止まっては舞うように腕を動かす。ジャンプも、回転もしない。言っちゃあ悪いがまるで「氷の上で太極拳をしている」ようにしか見えない。明らかにレベルが違う。場違い感が凄い。子供たちが颯爽とお姉さまをよけていく姿を見ると、なんだかいたたまれない気持ちになる。
これって発表するレベルではないのでは……。まだアップだよね、頼むからそうであってくれ、と思わずにはいられない。
そうこうするうちに練習時間も終わり、発表会が始まった。発表は音楽に合わせて1人1分程度の演技をする。観客もいないせいだろうか、子供たちは失敗を恐れず果敢に技にチャレンジしている。技が決まると少ないながらも客席から拍手が起こる。
そしてついにお姉さまの出番がやってきた。なんとトリだ。果たしてお姉さまに観客は居るのだろうか。技と呼べる技があるのだろうか。拍手はおこるのだろうか。不安が募る。何があっても精いっぱいの拍手を送ろう、私がそう決めた時、演技の終わった子供たちから舞台に出たお姉さまに声がかけられた。
「がんばって~!」
今までの出演者に、そんな声がかけられたことはなかった。
それだけで、その一言だけで、ここに来たかいがあったと思った。
1年間、どんどん力をつける子供たちに交じって、たった一人、大人で練習を続けたお姉さま。いったいどれだけ心細かったことだろう。それでも続ける、そのハートの強さには驚嘆の念を禁じ得ない。心細さに打ち勝つだけの、あふれる情熱を持っているのだろう。それを知ってか知らずか応援する子供たち。そこには心からの敬意があった。それはこのフィギュア教室の先生が「礼儀」を指導しているからなのかもしれない。あるいは少人数だからこその温かさがあるのかもしれない。
でも。いい教室だ。
いくつになっても「やりたいこと」があり、「消えない情熱」を持てるのは素晴らしいことだ。そしてそれを受け入れる土壌があることも。
何か新しいことにチャレンジしたい、そう思わせてくれる夜だった。