第五話 英雄にならなかった彼に
ポリーは弓を構えたまま固まっていた。怖くて、逃げ出したいけど、必死でこらえてるみたいな顔で。
こいつは、そんなにタフなやつじゃない。
肉体的にも精神的にも。
それでも、幸せになりたくて、いつも頑張ってた。
泣きたくて、逃げ出したいのをこらえながら、必死にさ。
なんかさ、そんな姿が母さんに似てたんだ。
こんなところで、こんな風に石になって終わっちまうなんて、俺が許さない。
助けてやるからな。絶対に。
俺は石像になったポリーを持ち上げた。
すごく重かった。
やっぱ、無理。そういって離したかった。
これを持って、入り口まで……。
考えただけで気が遠くなる。
杖を構えて石化しているエルディンが目に入った。
クソッ、こいつも治してやりたい。
バズルガのやつは、まあ、どうでもいいんだが。
そうだ。
トライスがいるじゃないか。
俺はトライスを振り返った。
ちょうどトライスはこっちを見ていた。
「トライス、手伝ってくれ。早く行かないと治せなくなっちまう」
俺は叫んだ。
だが、やつは聞こえなかったのか、動こうとしない。
「トライス。こっちに来い。ポリーを助けるんだよ」
俺はまた叫んだ。さっきよりももっと大きな声でさ。
トライスが動いた。
俺に背中を向けたんだ。
そしてやつは、歩き出した。『神の間』へと向かって。
まっすぐに、一度も振り返ることなく。
俺はショックだったよ。
トライスはすごいやつで、俺はトライスと一緒なら、もっと高いところへ行けると思ったんだ。
もしかしたら、カーラッドの仲間たちみたいにさ。
説教臭くて自分勝手で、ちょっと面倒くさいやつだったけど、いいやつだった。
言ってることが、さっきとちがうじゃねえか、って何度も思ったけど、あいつの誠実な思いは感じられたんだ。
エルディンとは反りは合わなかったけど、信頼しているのはわかった。
ポリーに対して、丁寧に、優しく接しているのがわかった。傷だらけのあいつをこれ以上傷つけないように。
俺みたいな馬鹿でダメなやつの背中を叩いて、一緒にもっと上を目指そう、って言ってくれるやつだった。
なあ、トライス。
俺だってわかってるよ。
俺たちと『英雄』じゃ、秤にすらかからないことくらいさ。
それでも、戻ってきて欲しいんだよ。
今回は、『英雄』なれなくても、いつか必ず俺たちがお前を『英雄』にしてみせるから。
「トライス」
俺は全身で叫んだ。
「あの野郎、あの野郎」
俺は悪態をつき続けた。
「ふざけんなよ、クソ。ポリーたちを見捨てていきやがった」
「俺が行ってくれって言ったんだよ」
アルフレッドが石になったダルトンをゆっくりと横たえながら言った。
「てめえはなんで行かなかったんだよ」
「やることがあるんだよ。ごめん、集中するから話しかけないで欲しいんだけど」
「ああ? だから、なにをやるんだって聞いてるだろうが」
「治すんだよ」
そういえば、こいつ、トライスに言ってたな。試してみたいことがある、とかなんとか。
だけど、治す?
教導師でもないのに。
アルフレッドがダルトンの額に手の平を当てた。
そのまま、固まっちまった。
まるで自分も石になったみたいに、ピクリとも動かない。ただ、汗だけが、額から、ダラダラと流れ落ちて、床を濡らしていく。
俺はそれを眺めながら、トライスとアルフレッド。俺たちとティナやサーベルたちのことを考えた。
仲間を捨てて、『英雄』への道を進んだトライス。
トライスの去っていく背中。
仲間のために、『英雄』の称号を諦めたアルフレッド。
目の前で仲間のために固まってダラダラと汗をかいているアルフレッド。
もし、カーラッドがいたら、どっちを後継者にしたかな。
俺には、どうしてもカーラッドがトライスを選ぶようには思えなかった。
だって、カーラッドは最高にかっこいい冒険者なんだからさ。
そうだ。
おっさんたちを呼んで来よう。
一人でいると、どうしてもトライスに捨てられた痛みに胸がしめつけられる。
まるで女に振られたみたいだな。
まあ、それだけ、トライスって男が俺にとって大切なやつだったってことだ。
ダルトンに手を当てたまま固まってるアルフレッドを残して、俺は広間を出た。
六角形の部屋。
中央に下りる階段。
キンピカの階段を下りて、『黒翼人』と戦った広間に出る。
静まり返った広間に、俺の足音だけが響く。
『シルバードラゴン』の連中の顔が、ひとりひとり思い浮かんだ。
あいつら、死んじまったんだな。
俺が、もっと仲良くやれてれば、死なずにすんだのかな。
通路に出ると、バーンがデイビスに娘の自慢話をしていた。
いかにルカが賢くて優しい子か。あの子は将来、ひとかどの人物になるに違いない。
デイビスはそれをぼんやりと聞いている。顔色は少し良くなったが、やっぱり弱り切っている様子だ。
そりゃあ、そうだよな。兄貴二人と仲間が死んじまったんだ。
「……終わったのか?」
俺に気づいたバーンが立ち上がり、言った。
「ああ、終わった。最後の『試練』もちゃんと攻略したぜ」
俺は少しだけ誇らしくなって言った。
そうだ。俺たちは確かに攻略したんだ。神様が作った最強の迷宮『神々の試練』を。
「それで、ほかの連中は……。まさか……」
真っ先にそれを確認するところがバーンらしいと思った。
「誰も死んでねえよ。今のところはな」
「今のところは? どういうことだ」
「俺とアルフレッド……あと、トライス以外は石になっちまったんだ」
「石化か。だが、それなら、『復元』で治るな……」
そこまで言ってバーンは事態のヤバさに気づいたらしい。顔が青ざめる。
そうだ。ここは街や村の側じゃない。
教導師のいる教会の側じゃないんだ。外に出るまで片道5日はかかる迷宮の奥なんだよ。
「私とデイビス、君、それにアルフレッドとトライスか。時間を考えれば、連れ出せるのは二人が限度か」
バーンがつぶやいた。
移動速度を考えたら、二人で一人を運ぶのが限界だろうな。バーンの計算は正しいと思う。
「君の仲間を一人。アルの仲間を一人にしよう。私と君、トライスとアル。デイビスはまだ本調子じゃないから除外してくれ」
「いや、トライスはいねえよ」
俺は言った。
『神の間』へ向かって歩いてくトライスの背中がまた思い浮かんだ。
「いない? どこに行ったんだ?」
「『神の間』に決まってるだろ」
俺は吐き捨てた。
「……そうか、トライスが行ったのか」
「あいつ、ポリーたちを見捨てやがったんだ」
「そう言うな。『神の間』へ行って『英雄』になるのは、冒険者なら誰だって憧れることだろう。トライスはただ、当然の報酬を得に行っただけさ」
「当然の報酬だと」
俺の声は興奮で妙な調子になっちまった。
「黒騎士を倒したのはアルフレッドだ。トライスじゃない。当然の報酬ってんなら、アルフレッドが『神の間』へ行くべきだったんだよ。違うかよ」
最後は怒鳴り声。
「黒騎士? 最後の『試練』の相手か。倒しのがアルなら、なぜトライスが? 勝負でもしたのか?」
「アルフレッドがトライスに譲ったんだよ。試してみたいことがあるってさ。あいつは、教導師でもないのにダルトンを治そうとしてるんだ。馬鹿じゃねえのか」
「アルが……。そうか」
バーンは言うと立ち上がった。
「デンバー、悪いが私と交代してくれ。アルの側にいたい」
「僕も行くよ」
デイビスが言った。
俺はデイビスから目をそむけた。
罪悪感でさ。やつの顔が見れなかったんだ。
俺たちは『黒翼人』と戦ったホールに戻った。
俺もバーンも、デイビスを振り返ることができなかった。
ただやつがついてくる足音だけに、耳をすませた。
階段を上り、六角形の部屋へ。
そこから、最後の『試練』のホールへ進む。
石になったやつら。
ポリーやバズルガ、エルディン。『太陽の剣』の連中。
アルフレッドは横たえたダルトンの石像の側にしゃがんだまま固まっていた。
俺が出ていったときとまったく同じ姿勢さ。
「アルがうまくダルトン導師を治せたら、全員を助けられるかもしれないな」
バーンが言った。
確かに、そうかもしれない。
ダルトンがバズルガを治せば、あとは二人で残りの連中を治せばいい。
「今、アルフレッドが動いた」
デイビスが言った。
俺たちは、じっとアルフレッドを見守った。
ピクリとアルフレッドの頭が動いた。
それから、力が抜けるみたいに、姿勢が崩れていく。
ダルトンから手を離し、尻餅をついて、それから目を開けた。
大きく息を吐く。
「おい、失敗か。散々、焦らしてよう」
俺の口調はつい責めるみたいになっちまった。
こういうところ、本当にダメだな。
「どれくらい経った?」
「2時間ぐらいじゃねえか。話しけても、うんともすんとも言わねえんだからよ」
アルフレッドが驚いた顔になった。そんなに時間が経ってるなんて思わなかったって顔。
「もう一度、やってみるよ。なんとかダルトンさんを治すんだ」
「無茶はするなよ、アル」
バーンが言った。
アルフレッドは頷いて、またダルトンの額に手を当てた。
汗びっしょりで、消耗してるのは丸わかりなのにさ。
こいつ、強いよな。気持ちが。
黒騎士と戦って、『英雄』の称号を諦めて、『復元』に失敗してもまた、チャレンジして。
アルフレッドは、誰よりも頑張ってた。
俺は、急に何もしていない自分を、ひどく情けなく感じた。
「俺、ポリーを連れて、外へ行くわ」
バーンに言った。
「一人で運ぶのは無理だぞ」
「だからって、このままぼうっと待ってたってしょうがねえだろ。こうしてる間にも、時間はどんどん過ぎてるんだからよ」
バーンはそれ以上なにも言わなかった。
きっと、俺の気持ちを汲んでくれたんじゃないかな。
じっとしていられないって気持ちをさ。
石になったポリーをぐっと持ち上げる。
超重い。
俺は、ふうふう言いながら歩き出した。
大丈夫だ。俺だって、冒険者なんだからよ。
ずっと鍛えてきたんだからよ。
なんとか『黒翼人』のところを抜けて、デイビスとバーンがいたあたりまで戻った。
俺は汗びっしょりで、もう死にそうなくらい息を切らしていた。
まだ、まだ。
だけど、ちょっとだけ休憩。
俺はポリーを降ろして、その場に寝転がった。
ちょっとだけだ。ちょっと休んだら、また運ぶぞ。
必ず、治してやるからな。
俺はポリーの足をポンと叩いて目を閉じた。
はっと、目が覚めた。
完全に眠っちまってた。
ベルトに下げた懐中時計を見る。
三時半。
確か、アルフレッドがダルトンの『復元』に失敗して、再チャレンジしたのが、十一時くらいだった。
四時間半。そんなに経っちまったのか。
俺は焦りながら、ポリーをまた持ち上げた。
クソッ、体中が痛い。
俺は叫びながら、なんとかポリーを持ち上げて歩き出した。
急げ。あと、二日半しか時間がないんだ。
急げ。
俺はひたすらポリーを運んで歩き続けた。
ときどき、足が止まって進まなくなった。
手を離しちまって、ポリーを床に転がしちまったこともある。
眠らないように頑張ったが、ときどき眠っちまって無駄に時間を減らしちまったこともある。
丸一日が経った頃、バーンが走ってきた。
「よくここまで運んだな。アルがやったぞ。ダルトン導師を見事に『復元』させた。ほかのみんなも石像から戻った。あとはポリーだけだ」
バーンの言葉に俺は体の力が一気に抜けた。
マジかよ。すげえな、あいつ。
「へっ、また戻るのかよ。せっかくここまで運んだのによ」
俺は減らず口を叩いた。
心が一気に軽くなった。
おかげで、バーンにやたらと絡んだ。
ほら、あれだ、感情が揺れまくるっていうか、起伏しまくるっていうか。
バーンは渋い苦笑いで受け流していたが、そのうちそれすら面倒くさくなったらしい。
話しかけても、反応しなくなった。
おっさん、冷たいぜ。
もしかしたら、「娘に嫌われてるらしいな、加齢臭のせいじゃねえか?」って言ったのがまずかったかな。
ポリーを二人がかりで運びながら、最後の『試練』に向かっていると、足音が聞こえてきた。
アルフレッドを先頭に、やつの仲間たちがやってくる。
本当に、石像から戻ってるよ。
「アル、来てくれたのか」
バーンが言った。
やったな、治るぞ、ポリー。
俺は積み重なった疲労のせいで、膝をついた。そんな俺の腹にポリーの頭が刺さる。
俺は、うめいた。
「すまんな」
バーンが言って、ポリーをどかそうとするけど、なんか力があんまり入ってない気がする。
やっぱ、怒ってるじゃねえか、おっさん。
そんなところに、ティナがてってってと寄ってきて、ひょいっとポリーを持ち上げた。
うわぁ、今までの苦労ってなんだったんだろうなあ、と俺は精神的なダメージを受けた。
「な、なんで、お前ら、治ってんだよ」
俺は、ぜえぜえと息を切らしながら言った。
いや、わかってるんだけどな。
でもな、今更、治ってよかったな、とか言えねえよ。
こんな感じになっちゃうんだよ。
「ええと、アルがダルトンさんを治して、ダルトンさんがあたしとバズルガさんとエルディンさんを治して、バズルガさんがエーテルとベルを治したから」
「ほ、本当に治しやがったのか?」
俺は驚いたようにアルフレッドを見た。
いや、知ってたんだよ。
バーンから聞いたからな。でもな、すげえじゃねえか、とか、おつかれさま、とか言えなかったんだよ。
ああ、もう、こういうところ、本当にガキっぽかった。
「なんとかね。でも、ポリーさんは俺には無理だと思う。ダルトンさんが治してくれるよ」
時間がずいぶん経ってるもんな。
『復元』は時間が経つほど難度が上がるって話だから、『復元』初心者のアルフレッドには無理があるだろう。
「本職に任せておけ」
ダルトンが言って聖丸を飲み込む。
ティナがポリーをダルトンの側に移した。
重くなんかまったくないって感じ。
実際に、ティナにとっては軽いんだろうな。
俺が死にそうになりながら運んできた石像も。
「てめえ、本当に……、クソッタレが」
俺は八つ当たり気味にティナを睨んだ。
ティナがニッコリと無邪気な笑顔を向ける。
まるで俺の本心なんか見透かしてるみたいにさ。
ポリーはこいつのこういうところが苦手だったのかもな。
「エルディンさんとバズルガさんはトライスを待ってるけど」
アルフレッドが言った。
「あっ? だからどうしたってんだ。あんな裏切り者、知ったことかよ」
俺は、トライスに見捨てられた痛みを見せないように、怒って言った。
「よくわかりません。デンバー様はトライス様に『英雄』になって欲しかったのではなかったのですか?」
エーテルが言った。
「そうだよ。だけどな、なんで石になったやつらを放り出して行っちまうんだ? 仲間じゃねえのかよ」
俺だって分かってる。
分かってるんだよ。
仲間だったら、トライスが『英雄』になることを喜ばないといけないってさ。
だけど、苦しいんだ。切り捨てられたことが寂しいだよ。
「でも、俺が行けって言ったんだよ」
アルが言った。
「関係あるかよ。俺は必死にあいつを呼んだんだ。こいつを、こいつらをなんとかしようって。だけど、あいつは行きやがった。行っちまいやがったんだ」
「聞こえなかったんじゃないの?」
「そんなはずはねえ。俺はちゃんと呼んだんだ。俺はあいつを呼んだんだよ」
たぶん、あの瞬間から、俺はトライスの仲間じゃなくなった。
あいつが栄光の道を進むのを祝ってやれない。
『英雄』になったあいつを、エルディンやバズルガみたいに、おめでとうって、出迎えてやれないんだ。
「終わったぞ。肉体は回復したが、精神が目覚めるまで、しばらくかかるだろう。だが、必ず目覚める」
ダルトンが言って、石から肉に戻ったポリーから離れた。
床に横になったポリーの胸が、ゆっくりと上下している。普通に寝ているみたいだ。
安心した俺は、眼がしらにたまった涙を指で拭った。
良かったな、ポリー。
良かったな。
そこからポリーはティナが背負ってくれた。俺も、さすがにくたびれちまってさ。ポリーを背負っていく力はなかったんだ。
礼を言う俺に、ティナは太陽みたいなまぶしい笑顔で言った。
「いいよ。デンバーにもポリーにも、昔、いっぱい助けてもらったもの」
『太陽の剣』を勝手にやめて、『ハイデン』に移った俺たちのことを、まったく恨んでないみたいだった。
いや、事実、こいつはそんなこと気にしたこともないんじゃないかな。
今だけなんだ。こいつにあるのはさ。
バーンはトライスを待つって最後の『試練』へ戻っていった。
まあ、ハルニアとの契約の手前、放っておくわけにもいかなかったんだろう。
帰り道は楽なもんだった。
潰れちまった通路にはちゃんと、別の道ができていたし、罠やなんかもなくなってた。
なにより、『試練』がないんだからな。
散歩みたいなもんだったよ。
俺はひたすらトライスへの恨み言を言ってた。
時間が経てば経つほど、痛みが大きくなってきて。どうしても吐き出したくなるんだ。
『太陽の剣』は俺の愚痴を聞いてくれたよ。
優しいやつらだよ、まったく。
ポリーが目を覚ましたのは、地上へと続く長い長い階段を上っている時だった。
ティナの真っ赤な赤毛に埋まっていた頭が、ぶるぶると動いて、それから大きなくしゃみを三回。
「鼻水ついてないよね」
滅多に動じないティナがものすごく慌てていた。
そういや、こいつ、髪の毛のことになるとやたらと、うるさいんだよな。
「はあ? なんで、ティナなのよ。ええっ」
ポリーがティナの背中でキレた。
おいおい、ぐ~すか眠るお前を、ここまで背負ってくれたんだぞ。その態度はないだろ。
ポリーはティナに背負われたままピーピーやかましかったが、誰も気にしなかった。
もうすぐ地上に出るし、上で待機してるやつらと一緒に説明すればいいだろって、みんなそう思ったんだろう。
それでもポリーの口からトライスの名前が出るたびに、不愉快な気分になった。
石になったお前を捨てってやつなんだぞ、あいつは。
長い長い階段が終わり、俺たちはついに迷宮の外へ出た。
太陽の光が温かくてさ。風がいろんな匂いを運んでくる。
ああ、戻ってきたんだ。
長くて、やばかったあの迷宮から、戻ってきたんだ。
俺は日の光をいっぱいに浴びようと、両手を広げた。
その間に、アルフレッドたちがバーンパーティや、もうひとつの付き添いパーティに、迷宮で起こったことを説明していた。
ティナの背中から降りた(最後までティナに毒づきやがった)ポリーは、トライスが『神の間』へ行ったことを聞いて大喜びした。
いや、ちゃんと話聞いてたか?
お前、見捨てられたんだぞ、トライスに。
まあ、アルフレッドの説明はざっくりとしたものだったしな。
トライスが『神の間』へ行って、自分は残ってダルトンの石化を治してって感じで。
俺は複雑な気持ちで、ポリーに声をかけた。トライスのことにはあんまり触れない方がいいよなあ、なんて思いながら。
「あんたなんでトライスを待ってあげないのよ」
俺に対するポリーの第一声がこれ。
さすがにカチンときた。
もう情けなんかかけねえ。
「あの野郎は、てめえも見捨ててったんだぞ」
「はあ? 別に見捨てったわけじゃないじゃない。あんたが無事だったんだし、なんとかするだろうって信じてくれたんじゃないの?」
「ざけんな。なんとかできるわけねえだろうが。何人、石になってたと思ってんだ。すげえ、重てえんだぞ。てめえ、一人背負ってくだけで、精一杯だっつう。つうか、てめえは、俺にありがとうのひと言もねえのか、おい」
なにこいつ。性格悪すぎないか。
それとも悪いのは頭か。
「別に頼んでないし。だいたい、結局、あたしを連れてきてくれたのティナじゃん」
「ああ? ぶっ殺されてえか」
「あんた、そういうとこがダサいのよ。なにかっていうと凄んでさ。自分より強いやつには逃げる癖にさ。『ハイデン』に移ったのだってティナが自分より強いのが気に入らなかったからじゃない」
この野郎、と俺はさすがに怒りを押さえきれなくなった。こいつが女じゃなかったら、絶対殴った。
と、そこへバーンパーティの教導師ウラッツが、穏やかな笑みを浮かべてやってきた。
「まあまあ、二人ともそのくらいにしたらどうです。振られ女と負け犬のいさかいなど、見苦しいだけですよ」
徳の高そうな顔で、猛毒を吐きやがった。
「負け犬ってのは俺のことか? ああ?」
俺は怒鳴った。
「誰が振られたよ」
ポリーも怒鳴った。
「おお、いいですねえ。やりますか?」
ウラッツが拳闘のフットワークをする。シュッシュと宙にパンチを繰り出す。
「十日以上、ここで待っていたのです。そのあいだ殴らず、殴られずです。この際、ヤーマでもビルでも構わないから殴ってしまおうかと本気で考えていましたよ」
こいつは、殴ったり殴られたりするのが快感な変態だ。『ハイデン』で絡みたくない相手のベスト3に入る。
ちなみにあと二人は、同じくバーンパーティの魔法使いヤーマと、店主のハルニアだ。
そのまま俺とポリーは、ウラッツと殴り合うことになった。
ウラッツのやつは『ハイデン』店内でも喧嘩になりそうな匂いをかぎつけると、笑顔でやってきて喧嘩をあおり、それに交じるのだ。
喧嘩のあとはちゃんと治してくれるけどな。
ポリーがやつの容赦ない右ストレートを受けて吹っ飛んだ。
ウラッツは女だろうが容赦なく殴る。女相手に全力で拳を振りぬくやつはこいつくらいじゃないか。
「てめえ」
俺の怒りの拳がウラッツの顔面に炸裂。
ハアハア、とウラッツがヤバい感じにあえぐ。すごく気持ち悪い。
「いいですねえ。いいですねえ」
青いスモッグの股間のあたりが、不自然に膨らんでいる。
もうやだ。気持ち悪い。
ポリーと二人でうんざりしながら、ウラッツと散々殴り合った。
誰かに止めて欲しかったが、誰も止めてくれなかった。
もっとみんなに優しくしておけばよかったなあ、と後悔した。
ようやくウラッツが満足したらしく、殴り合いは終わった。俺たちを御力で治療しながら、ウラッツは嬉しそうに頷いた。
「とても良かった。とても良かったですよ。また殴りあいましょう」
「嫌だ」
俺とポリーの声が重なった。
アルフレッドたち『太陽の剣』の連中はひと足先にクラングランに戻ることになった。
連中にしてみればトライスを待っている気にはなれなかったんだろう。
俺もそうさ。
だから、俺もやつらと一緒にクラングランに帰ることにした。
ポリーのやつは、そんな俺をさんざん罵ってくれたよ。
馬鹿だの、薄情者だの、クズだの。
お前に言われなくても知ってるよ、そんなことは。
たぶん、これでこいつとも最後なんだろうな、と俺は思った。
トライスとうまくやれよ、心の中で、そんな言葉を贈った。
でっかいオッパイ型の二つの岩を背に、湿地帯を進む。
『太陽の剣』の連中より、少し遅れて歩く。
アルフレッドは仲間たちと楽しそうに歩いていた。
今回の冒険のことを話しながら。
夕日に照らされる、あいつの背中。
ああ、そうか、と俺は納得したよ。
カーラッドが仲間と冒険から帰る時も、きっとこんな感じだったんじゃないかなって。
楽しそうに仲間と語らいながら、歩いてたんじゃないかって。
カーラッドと同じ『英雄』にはなれなかったけど、その選択は絶対に間違っていなかった。
今でも俺はそう思うよ。
仲間を見捨てた、なんて負い目を背負って帰途につくなんて、誰もが憧れる最高の冒険者らしくないもんな。
さて、これで俺が見てきた『神々の試練』でのできごとはおしまい。
『負け犬アルフレッド』と『英雄トライス』。
二人の道ははっきり別れたんだ。
さあ、聞かせてくれ。アルフレッドに『負け犬』なんて言葉は似合っているかい?
もし、そうでないって思ったんなら。
あいつになにか、別の呼び名を贈ってやってくれよ。
『英雄』の称号よりも仲間をとったあいつの勇気を、気高さを、称えるような呼び名をさ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




