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第三話 中間

 二日目。

 まっすぐの通路で『試練』、またまっすぐな通路ってのは、六番目のやつで終わった。


 曲がり角があって、それを曲がると、急に通路が狭くなった。

 それまでは五人並んでも余裕があったのに、二人並ぶと窮屈になった。しょうがないので、一列で進む。


『太陽の剣』の連中、俺、ポリー、と続く。

 ポリーはトライスと離れたのが不満そうで、ずっとぶつぶつ言ってた。


 まあ、それもアルフレッドが叫ぶまでだったけど。

 なにやら天井に向かって光線出してるな、と思ったら、アルフレッドは叫んだ。


「ベル、走れ。みんな、天井が下がってるぞ」

 

 上を見る。

 確かにゆっくりと天井が下りてきているように見えた。


 そっからはパニック。


 だって、敵がでてきたら倒せばいいけど、天井が落ちてきたらどうにもならないだろ。いくら魔法だって、迷宮そのものをどうにできるわけがない。


 走った。

 全員が走った。

 俺の前はちびっ子エーテルで、まあ、そいつの足が遅い。

 その脇を駆け抜けながら、怒鳴った。


「とっとと走れよ、馬鹿野郎」


 エーテルを追い越したとき、彼女の手を引いてやろうか、と一瞬考えた。

 だが、結局、振り返ることなく俺は走った。


 人間、追い詰められると本性が出るっていうが、俺はまあ、こんなもんなんだろうな。


 怒鳴り声、悲鳴。

 そんなものが後ろの方から聞こえてくる。


 ようやく、ゴールが見えた。

 次々と、前のやつらが通路から消えていく。

 俺も隙間みたいな通路から、ホールへと飛び込んだ。


 俺がどく前にポリーがぶつかってきた。

 死にそうな顔でえづいてる。

 

「うう、トライス……」

 高さ1メートルくらいになった通路を見ながらうめく。


 トライスが出てきた。

 ポリーがトライスに飛びつく。トライスの顔が緩んだ。


 なんだかんだいって、うまくいってるみたいだった。結構、結構。


 アルフレッドが通路に向かってエーテルの名を呼ぶ。

 俺はあの足の遅いちびっ子が転んで、悲鳴をあげている様を想像した。


 クソッ、やっぱり引っ張ってくりゃあ良かったか。


 そこへバーンがエーテルを背負って、出てきた。おっさん、ナイス、と俺は思った。


 どうもエーテルは、想像した通り、途中ですっころんだみたいだ。

 そんでもって、その背中を誰かに踏んづけられた。

 ぐったりとしたエーテルを、ダルトンが治療した。


 エーテルの背中には踏んだ野郎の足跡がついていたが、バーンがさっさと拭いて消しちまった。


 アルフレッドがバーンをにらむが、おっさんはこう言った。


「余計なことを考えるな。人間、切羽詰まれば他人は二の次になるものだ」

「でも……」

「大切なのは教訓を次に生かすことだ。違うか? これからは自分よりも足が遅い人間のことを考えて行動できるようになればいい」


 いいことを言うぜ。

 伊達に歳はとってない。俺はちょっとバーンを見直した。


 最後の一人、『シルバードラゴン』の教導師の女エレーンが這いつくばるようにして、通路から出てきた。

 横幅が広いからなあ、潰れなくて良かったな。

 

 やれやれ、今のトラップはやばかったぜ、なんて一息ついていると、いきなり明かりが消えた。

 真っ暗闇。

 

 俺はすぐさま手探りでウェストポーチから光石ライトストーンを出した。握ったまま「フォス」と唱える。


 だが無反応。ピカーと光るはずなんだけどな。


 ほかの連中も同じことを試したみたいだ。そこらかしこから、「光らない」とか「どうなってんだ」とか聞こえる。


「魔法もダメだな。そもそもマナが光らない」とエルディンの声。


「火もつかないな」

 トライスが言った。火石ファイアストーンを試したらしい。

「ともかく、このままじゃあ、まずいな。はぐれないように手をつなごう」


 はいっ、とポリーの声。


 こいつ、トライスと手をつなげると思って場もわきまえずはしゃいでやがる。

 だが、残念。そりゃあ、俺の手だ。


「おい、暗くなる前の部屋がどんなだったか、覚えてるやつはいるか?」

 シルバードラゴン三兄弟の次男シアンが言った。


「だいたいは覚えている。真四角の部屋だった。奥の壁の高いところに四角い穴があった。彫像のようなものはなかった。ほかに障害物のようなものもなかった」

 さすがエルディン。


「それなら、奥へ進めばいいってことだな」とシアン。すぐに、うめいた。

「くそっ、壁があるじゃないか」


「そんなはずはない。確かに、なにもない部屋だったぞ」

「エルディンの言っていることは正しい。私も部屋の様子を覚えているが、なにもなかった」と、これはトライス。


「それなら壁ができたのか、あるいは目に見えない壁があったと考えるべきだろう。この暗闇ならどっちにしろ同じことだ」

 バーンが言った。


「とにかく、落ち着こう。へたに動きまわらない方がいい。みんな、一度、腰を下ろすんだ」


 トライスの言葉に、俺はすぐにその場に座った。


 ん、なんか、冷たいぞ。


 水だよな、これ。

 いつの間にか水が溜まってるぞ。


「水だ。さっきまでは乾いてたぞ。どうなってんだ」

 俺はわめいた。ビビりすぎて声が裏返った。


「ひょっとしてさ、水がどんどん増えてくってこと?」

 ポリーの声はかすれていた。

「そういうことなの?」


 俺は頭が真っ白になった。

 真っ暗な中、真っ白になるってのも変な話だけど。


 だけど、想像してみてくれ。真っ暗闇、それこそ光なんて何ひとつない真の闇。

 そこで水がどんどん溜まってくんだ。


 おまけにさ、俺、泳げないんだよ。


 マジでパニックになった。

 いつの間にか、つないでいたポリーの手も放してた。

 走り回っては、壁にぶつかり、吹っ飛ばされ、また走って。


 いや、なんつうか、思い出すのも恥ずかしい。

 逆に言えば恥ずかしいだけで済んだのは、このときまでなんだけどな。


「おい、どうなんってんだよ。出口はどこだよ」

 俺は叫びまくった。もう半泣き。


 水はもう膝あたりまできてる。

 もう、ダメだ、やべえ、死ぬ。


 その時、トライスの声が聞こえた。

「みんな、私たちに合流するんだ。闇雲に走り回っても意味はないぞ」


 ちょっとアレな感じもするが、俺はトライスの声で救われた。

 心底こいつに惚れ込んでたんだ。一人の冒険者として、尊敬していたんだ。


 おかしいだろ。俺の方が年上で冒険者としても先輩なのにさ。


 とにかく、俺はトライスの言葉で正気に戻った。

 トライスと合流するんだ。そうすりゃあ、なんとかなる。


 どうもトライスはほかの連中と合流してひと塊になってるらしい。

 たくさんの声がする方へ向けて進む。


 壁。また壁。


 俺は半泣きより、さらに泣きが入った。

 5分の4泣きくらいだ。


「おい、どこだよ。どこにいるんだよ。どこいったんだ。おい」

 わめく。


「追いついてこい。こっちから戻ることはできん」

 エルディンの声。


「冷たいこと言わないでよ」とポリー。


「こちらが探しまわったら迷うだけだ。声を頼りに向かってこい。心配しなくとも、こちらは亀の歩みだ」


 そんな二人のやりとりのおかげで、少し俺は冷静になれた。手を前にかざしながら、声の方に進んでいく。

 えらく長い時間に感じた。

 誰からの背中に手が当たった時は、心底ホッとしたよ。


 水位が腰のあたりにきた頃には、全員が合流できた。


 それにしてもゆっくりとした前進だった。先頭のトライス以外、前のやつの背中に手を置いて、歩いていく。


 これ、本当に出口につくのか?


 そんな疑いが生れてきて、じくじくと心の中に広がっていく。

 

 水位はもう胸のあたりだ。あのちびっ子とかやばいんじゃないのか。


「みんな、出口が近いぞ」

 アルフレッドが叫んだ。


「てめえ、嘘だったら、ぶっ殺すぞ」

 なんて言葉が、つい口からでちまった。


 いや、これで間違ってたら、やばいだろ。小心者はついつい心の予防線を張っちゃうんだよな。


「どこだよ、お前らどこにいるんだよ、ってべそかいてたやつの言葉とは思えんなあ」とシアンの野郎が言った。


 たいてい、頭にくるのはさ。

 自分が負い目や恥に思ってるところをつかれた時なんだ。

 誇りを傷つけられた時さ。


 そして、この時、俺は、さっきの自分の様をものすごく恥じていた。

 アルフレッドに罵声みたいに返しちまったのは、そのせいもあるんだ。


「てめえ、俺がいつべそかいたってんだ」

 俺は怒鳴った。


 こいつ俺を舐めてやがる。

 俺を馬鹿にしてやがる。

 そんな思いで頭の中がいっぱいになって、ほかは考えられなくなった。 


「都合のいいおつむしてるなあ」

 シアンの野郎がさらに言った。


「ぶっ殺してやるぞ、てめえ」

「できるもんならやってみな」


「あんたたち、うるさいよ。ケンカするなら、どっかそっちでやってよ」

『シルバードラゴン』の教導師エレーンだ。


「うるせえ、デブ」

 俺は怒鳴った。


 頭に血が上ってる時は、どいつもこいつも敵に見えちまう。

 わかってるよ。本当にガキだったんだ、俺は。


 不愉快な沈黙。

 俺は言われた言葉と自分が言った言葉で、二重に頭にきていた。


「みんな、出口だ」

 トライスが叫んだ。


 歓声。

 俺は怒りのせいで、素直に喜べなかった。


 横穴の中に体を滑り込ませて、ようやく水から上がれたってのに、口にした言葉はこれ。

「クソッ、最悪だぜ」


「みんな上がったか? 念のため、前から名前を言っていこう。トライス」

 トライスが言った。


 全員が言われた通り、名前を告げていく。俺も、ふてくされた声で名乗った。

 全員無事だった。


「よし、先に進むぞ。ゆっくりと進むからな」とトライス。


 一列につながったまま進み始める。


「すっかりリーダー気取りだな」

 シアンがつぶやいた。


「てめえの兄ちゃんが頼りねえからだろうがよ」

 俺は、さっきの続きだ、とばかりに言ってやった。


 だが、こいつは本当にクソみたいなひと言だった。

『シルバードラゴン』の次男三男にとって、長男ザックは誇りだったんだ。

 そいつを俺は馬鹿にした。


「お前、言ったな」 

 シアンがドスのきいた声で言った。


「兄ちゃん馬鹿にされて、怒ったか? 仲ががいいなあ、おい」


 やりあってる最中ってのは、相手が、感情的になればなるほど、気分がいいものだろ。

 だから、いっそう煽っちまう。そのあと、どうなるか、とか、どれだけ相手を傷つけたかなんて、考えもしない。


「シアン、俺にもやらせてくれよ」

 三男デイビスが言った。こいつも普段とは違う低い声。


「おい、2人がかりかよ。ずいぶん、マナーがいいじゃないかよ。『シルバードラゴン』さんは」

「知るかよ。お前は俺たち兄弟にケンカを売ったんだ。必ずつぶしてやるよ」

 デイビスが返す。


 もし、時間をさかのぼれるなら。俺はここに行きたい。

 日常の何気ない一言や、ちょっとした行動が、大きく人生を変えちまう瞬間ってのがあって。

 たぶん、ここがその分岐点だったんだ。


「それくらいにしておけ。デンバー、引くならここしかないぞ。今なら私も仲裁に入ってやる。あとは知らんぞ」

 バーンが言った。相変わらず、渋く落ち着いた声だ。


 バーン、あんた偉いよ。

 たぶん、ここで俺が一言、悪い、って言えば言葉通りしっかりことを収めてくれたんだろうな。

 

「うるせえ、すっこんでろ。ビビリ親父が」と、まあ、おっさんの気遣いに対するこの俺の態度。


「わかった。好きにしろ」

 バーンもそりゃあ見放すよな。


 しばらく、ピリついた雰囲気で暗い横穴を這いずって進む。


 すぐに前の方に明かりが見えた。

 そんで、出た先は、もとのような石の合わせ目から明かりが漏れてる広い通路。

 

 明かりって最高だな、なんてはしゃぐような状況じゃなかった。


 なにしろ、俺は殺気だったシアンとデイビスに無言でせまられていたからな。


 さすがの俺も、こいつら二人相手じゃあ分が悪い。

 通路に出た解放感で、頭も冷えたし。

 だけど、今更、わびを入れるなんてダサい真似できるわけない。


「おい、やめるんだ。こんなところでケンカしている場合じゃないだろう。やるなら、外へ出てからにしてくれ」

 トライスだ。


 お前にどこまでもついてくぜ、と俺のトライスへの好感度が跳ね上がったのは言うまでもない。


「俺は別にやる気はねえんだよ。こいつらに言ってくれ」

 俺はすかさず言った。


「シアン、デイビス。落ち着くんだ。やりあってもいいことはないぞ」

 トライスがさらに言った。


 だが、やっこさんたちには、そんな言葉なんか聞こえなかったらしい。


 シアンが、さっと俺の懐に飛び込んできた。

 俺の顔面に向けてパンチ。


 俺はとっさにガードしようと腕を出したが、その手前でパンチは遮られていた。


「やめろと言っている。聞こえなかったのか?」

 トライスはシアンの手首を握りながら言った。


 シアンがトライスに蹴りを見舞う。

 トライスはそれをガード。

 二人のバトルが始まった。


 もちろん、俺もぼうっと見物に回っていたわけじゃない。残ったデイビスが、俺に向かってきたんだ。


 あとで聞いた話じゃあ、エレーンとポリーもやりあってたらしい。

 まあ、この二人じゃウエイトが違い過ぎる。

 ポリーが一方的にやられたそうだ。


 俺とデイビスのケンカは両者ノックアウトの引き分け。

 どっちもボロ雑巾。


 シアンとトライスも決着がつかなかった。どっちもクリーンヒットがないまま、長引いてたところを、長男ザックが止めたらしい。


 結局、このケンカが決定的な亀裂となったんだ。

 俺たち、ハイデン組とシルバードラゴン組のさ。




 この日は、そのあとトラップ三昧だった。先頭を歩いていたアルフレッドが、落ちたり、挟まったり、とさんざんな目に合ってた。


 ポリーはそんなアルフレッドの様を嘲笑あざわらってたが、俺は感心したよ。


 おっかねえだろうし、無様な姿をいちいちさらすなんて嫌だろうにな。

 根性がある野郎だな、と思った。


 そして、この日のフィナーレは『試練』。相手は牛頭の巨人。

 えらく硬いやつで手こずった。

 まあ、それでも魔法使いと教導師きょうどうしがそれぞれ三人もいたんだ。

 問題なく勝ったよ。


 ここでこの日の攻略はおしまい。

 俺はいけすかない『シルバードラゴン』の連中を心の中でののしりながら眠りについた。



 それで、一夜明けて、『神々の試練』攻略三日目。

 各々出発の準備を終えて、じゃあ、進むかってところで、アルフレッドとトライスのこんな会話があった。


「よし、今日もがんばろう。アル、『英雄』の称号は絶対に渡さないぞ」

 トライスが言った。


 どうも昨日のケンカが良い刺激になったらしい。


 アルフレッドが、えっ? という顔をする。


『神々の試練』の一番奥には『神の間』ってのがあって、そこに入れるのは一人だけ。

 でもって、そこに入ったやつは、神に会うことができる。

 体に『英雄』の紋章が刻まれ、『神器』っていうすげえアイテムが手に入るんだと。


「『神の間』へ入るのは私だ」

 トライスが宣言した。


「そうか、うん、それがいいかもね」とアルフレッドはあっさりと言った。


 これにトライスが怒った。

「なんだ、その態度は。アル、君は『英雄』になりたくないのか? カーラッドと同じ『英雄』だぞ。今や、世界でただ1人の『英雄』だ」

 

 これは、要するにあれだ。

 トライスの中では今回の攻略行はアルフレッドとの勝負になってたみたいなんだ。


 トライスはあの『不死身カーラッド』の弟子だ。『カーラッドの後継者』を名乗ってる。

 一方、アルフレッドは『不死身カーラッド』の実の息子。

 息子がいるのに、後継者を名乗ってるわけだ、トライスは。

 勧めたのは俺なんだけど。


 まあ、兄弟弟子で競い合うみたいな、気分だったんじゃないかな。

 それなのに、アルフレッドはまったくそんな気がない。


 トライスを軽くみてるわけじゃないぜ。

 やつがトライスを尊敬してるのは、見ていればよくわかる。


 たぶん、アルフレッドにとっては、今回の『神々の試練』攻略行への参加の意義は一番最初の『試練』で終わってるんだ。

 過去にさんざんにやられた相手にリベンジをする。自分が強くなったことを確かめるために。


 だから、『英雄』の称号だの『神器』だののことは本当に考えてなかったんじゃないかな。


「私と君、どちらが『英雄』の称号にふさわしいか。正々堂々、死力を尽くして競い合おうべきだろう。そうじゃないのか? そうだろう?」

 トライスが、勝負しようぜ、とばかりにつめよる。


「そうなの?」

 アルフレッドは、そういうもんなのかなあ、って感じの薄いリアクション。


「そうだ」

 トライスが断言した。


「おいおい、勝手に盛り上がってるんじゃねえよ。悪いがな、『英雄』の称号を受けるのは、うちのザックだ。これだけは譲れねえな」

 聞き捨てならないとばかりにシアンの野郎が言った。


「それなら、3人、いや3店で競い合えばいい」

「どうやって?」

「簡単だ。1番最初に『神の間』の前にたどり着いた者の在籍している店の勝利。その代表に『神の間』へ入る権利が与えられる」

「いいだろう。力づくでもいいんだろう?」

「だが、殺し合いはなしだ」


 トライスとシアンが勝手に決める。

 当事者のはずのザックは聞いてなかった。


 もう一人の当事者のアルフレッドは、へえ~、てな他人事みたいな顔で見てる。


 このやりとりが、せめて、次の日の朝だったら。

 あいつらの運命は変わっていたのかもしれない。

 俺が前日に馬鹿なケンカをしさえしなければ……。



 出発から2時間後。

 通路が二股に分かれた。

 

「俺たちはここから別行動を取らせてもらうぜ。いいよな、兄貴」とシアンが言った。


 これに決定権を持つザックがうなずいた。


 無口なやつだが、いい加減、俺たちハイデン組と自分たちのパーティの仲の悪さにうんざりしてたのかもな。


「待てよ。別行動をとるのは俺たちだ。そうだろ、トライス」

 なんて、俺は言った。


 調子に乗ってたんだ。

 トライスがパーティに入って、今まで倒せなかったような敵が簡単に倒せるようになって。

 そんでもって、最難関の迷宮『神々の試練』をここまですんなり進めてたから。


 それは優秀な冒険者が何人もいるからこそ、だなんて考えもしなかった。

 ただ、いけすかねえやつらを出し抜くことしか考えてなかった。


 俺の無分別な言葉にトライスがうなずいた。

 もともと自信家だからなあ。


「待て。いったいなんの話だ。なぜ、わざわざ別行動を取る必要がある。これは遊びじゃないんだぞ」

 バーンだ。


「あんたは黙ってろよ」

 俺はバーンを睨んだ。

 黙ってろ、ビビり親父が、なんて思ったよ。


 バーンは俺を綺麗に無視した。

「なにを考えているか知らないが、無駄なことはやめるんだ」

「いつまでもぞろぞろ連れ立ってたってしょうがねえだろう。お互いやりにくだけだ。それに『神の間』に入れるのは1人だけだ。あとで揉めるよりはいいだろうが」

「実際、うちと『シルバードラゴン』は相性が悪いようだ。必ずしも1+1は2とはいかないってことだ」

「いい加減にしろ。ここがどこかわかってるのか? 『神々の試練』だぞ。舐めたこと言っているんじゃない」


 トライス、シアン、バーンのやりとり。

 そこにようやくアルフレッドも参加。

「俺もバーンの言うとおりだと思う。今までこの人数だから、なんとかここまでこれたんじゃないか。このまま行こうよ」


 こいつ、本当に、なんつうか、謙虚だよなあ。

 西方で一番有名な冒険者カーラッドの息子で、本人だってこれまで、『連続子供誘拐事件』や『領主館立てこもり事件』、『ヒドラ退治』なんかで名を上げてる。

『黒髪のアル』っていやあ、クラングランじゃ、有名なんだぜ。


 自分で言うのもなんだけど、俺みたいなパッとしないそこらに転がってるやつが、こんなに調子に乗ってたってのにさ。


「大丈夫だ」

 トライスが根拠なく言い切った。

 弟弟子とずいぶん違う。


「そうよ。あんたは黙ってな。ガキの癖に大人の話にしゃしゃり出てくるなって」

 ポリーまで入ってきた。


「それは違うだろう。自分の命がかかっているんだから。年齢やキャリアなんかで発言権を制限するべきじゃない」と、これはサーベル。

「私としてはどっちでも構わない。ただ私たちがいなくなったら、正直なところ、あなた方は厳しいと思うぜ」


「はあ? そりゃあ、どういう意味だ」

 俺がサーベルを威嚇いかくする。


「別になにかの比喩でも皮肉でもない。『シルバードラゴン』は攻撃力が低い。『ハイデン』はチームワークが悪い。単体だったら前回の『試練』さえ突破できなかっただろうな。次が前より弱いなんてわけもないだろう?」


 今、こうして冷静に当時を振り返ってみると、サーベルのこの発言がいかに的確だっかわかる。


『シルバードラゴン』は一発の強烈な武器がない。だいたい、こいつは魔法使いがになうもんだが、『シルバードラゴン』の魔法使いヴィズは、エーテルとエルディンに大きく見劣りする。

 三星さんせいくらいの魔物相手ならそれでも良かったんだろうが、それより上になると途端に勝率が下がるだろうな。


 そして、うちのネックはチームワーク。

 リーダーのトライスとエルディンの連携が取れないのが最悪。

 バズルガは消極的な行動しかとらないし、ポリーも俺も考えて行動するタイプじゃない。そもそもリーダーのトライスからして、直感的に作戦を無視する。


 もしバーンのおっさんが、リーダーになって俺たちがそれに従ったら、かなりマシになったかもしれないけどな。


 対して、『太陽の剣』は個々の能力が高い。

 実はこいつら、相当強いんだよ。


 ティナは馬鹿力だけじゃなく、運動能力が並外れてる。


 教導師きょうどうしダルトンは、クラングラン中央教会の副教会長だけあって、使える御力おちからの種類も多いし、威力も発動も速い。

 なおかつ、拳闘の達人で、接近戦も得意。


 サーベルは、あの、ものすごい弓がある。なんでも貫通する矢や、当たった直後に爆発する矢、炎の矢やカミナリの矢なんてのもある。

 しかも、それを同時に何本も射たり、速射したりする。


 でもって、天才魔法使いエーテル。

 魔法使いとして段違いに優秀なエルディン(ハルニアの姉御がべた褒め)をもってしても、遠く及ばない天才といわしめたやつだ。


 呪文も唱えず、いきなり魔法を使ったり、高速で呪文を唱えて複雑な魔法陣を展開したり。

 設置型魔法の『魔法板』を盾みたいにガンガン出して、防御するなんてことができるのは、こいつくらいだろう。

 

 そしてアルフレッドだ。

 剣と剣でやりあったら、トライスが勝つだろう。

 弓の腕前だったらポリーの方が上だろな。魔法もどきもヴィズの魔法やバズルガの御力おちからにはおよばない。


 ただ、こいつのすごいところは、近、中、遠、すべてのレンジで戦えるってところだ。

 遠距離から必ず当たる魔法もどきの矢を放ったり、光の糸だか紐で中距離から攻撃したり、近距離で斬り合ったり。


 好き勝手にやってるようなパーティの中で、柔軟に動き回って弱いところを補ってる。

 自分の長所をよく理解して、それをいかに役立てるかを練り込んでいる。


 俺が『ハイデン』に移籍した頃に、ハルニアが言ってたよ。

 重要なのは個々の能力の高さよりも、冒険者として有用かどうか、だって。


 そうなんだよ。

 どんなに強くたって、パーティの役に立たなければ、それはただの役立たずなんだ。


 そういう意味では、アルフレッドは、冒険者としてあの場にいた誰よりも有用なやつだったのかもしれない。


 結局、サーベルの的を射た発言は反感を買うだけになっちまった。

 躊躇なく、遠慮なく、配慮なく、事実を突き付けられたら、そりゃあ、そうなるさ。


 サーベルがその気になれば、簡単に全員の心を掌握することも可能だったろう。

 なにしろ、やっこさんはこの俺に。

 剣しかとりえのなかったこの俺に、本を書かせてるんだからな。


 ただ、こいつは自分の大切な人間のためにしか、動かない。

 サーベルにとって、『シルバードラゴン』の連中も俺たち『ハイデン』もどうでもよかったんだろう。


「じゃあな。俺たちが攻略したあとで、ゆっくりとやってきな」

 シアンが最後にそんな捨て台詞を吐いて、『シルバードラゴン』の連中は分かれ道の一方へと進んでいった。


「よし、我々はこっちだ」とトライスが言って、『シルバードラゴン』とは別の道を行く。


『太陽の剣』も俺たちについてきた。


 これが文字通り運命の分かれ道になったのさ。

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