第二話 神々の試練 序盤
トライスのモチベーションは日ごとに高まっていって、うざったさも倍増していった。
この頃の俺はトライスに心酔してたんだけど、それでも、こいつ面倒くせえ、と思ったくらいだ。
ポリーはそんなトライスにベッタリ。
ことあるごとに健気さアピール。
頑張ってるのはわかるが、見てられなかった。
エルディンは『神々の試練』に行っている間、魔法学院やアルバイトを休まないとならないから、とその調整で大変そうだった。
苦労性だよ、こいつは。
まあ、そんなこんなで一週間はあっという間に過ぎ、ついに俺たちは『神々の試練』へと旅だった。
冒険者の大集団だ。
俺たちハイデン組が6人。
太陽の剣組が5人。
シルバードラゴン組が5人。
それに加えて迷宮までの付き添いが2パーティ。
ちなみに、この2パーティのうちの1つはバーンの仲間たちだ。
はっきり言って、変人たち。
変人の一人、ヤーマって魔法使いの女が、男たちの間を渡り歩いていた。
こう書くと、なんか色っぽい感じがするけど、実際は、ものすごく迷惑をかけていた。
ヤローどもはヤーマが来ると、逃げたり隠れたりするようになった。
「まったく、もう。シャイな男たちばっかりなんだから。ぐふふふ。私の魅力がそうさせてしまうのかしら」
などとヤーマ。
まあ、そうなんじゃないのか。
お前の中ではな。
そうかと思えば、ウラッツという教導師はやたらと、殴り合いをしようと誘っていた。股間をおっ立てながらな。
やつは変態もド変態。
殴ったり、殴られたりすると興奮するらしい。一応、聖職者なんだろ、こいつ。
いいのか、それ。
出発してから丸二日と半日。
湿地帯の先にでっかいオッパイがそびえたっていた。
『大地母神の乳房』っていうらしい。
俺たちが目指してる『神々の試練』はあのオッパイの谷間にある。
ここまでの道のりは、まあ、ちょろかったよ。
なにしろ大集団だったし。
迷宮が発見されてから、何人も冒険者たちが通ったもんだから、魔物もほとんどいなかった。
オッパイ型の巨大岩の間。
四角い木ぶたが地面にかぶせてある。そいつを上げると、階段が現れた。
「よし、行くぞ」
トライスが気合の声を上げて一番乗りで下りていった。
俺はトライスの後に続いたから、ほかの連中がどんな顔をしたか知らないが、シルバードラゴンのやつらはイラッとしたかもな。
遠慮とかしないんだよ、トライスは。
チヤホヤされて育ってきたやつ特有の無意識な傲慢さというか。常時発動する自己中心的オーラというか。
俺みたいに、滅多に褒められなかったやつは、つい遠慮しちまうんだ。
まあ、俺はそういう自分を隠すために、荒っぽくて無遠慮な仮面をかぶってたわけだ。
うん、過去の自分を思い返すのって恥ずかしいよな。
俺も昔は凄かったんだぜ、なんて言えるやつはどういう神経してるんだよ。
俺なんて、過去の自分に会えるなら、とりあえず、ぶん殴りたくなってくるよ。
そのあと、丸三日は説教するぜ。
「ねえ、大丈夫かな」
長い長い階段を下りてる途中に、ポリーがコソッと言った。
ポリーは俺の後ろから下りてるんだ。
「余裕だろ。こんなに人数がいるんだからよ」
「そうだよね」
ポリーも不安だったんだろ。
トライスに調子を合わせてたから、中々、弱音を吐けなかったのかもな。
こいつはさ。かなりハードな子供時代を送ってきたらしい。
斜に構えたような態度や自分より格下に思える相手を徹底的に攻撃するのは、そのせいかもな。
こういうやつは自分の弱みを見せるのを極端に嫌う。弱点を見せるのは危険だって刷り込まれてるんだ。
だから、ポリーが『神々の試練』についての弱音を吐いたのは、この時だけだったよ。
1時間ばかし続く階段を降りた先は、ちょっとした広間だった。
彫刻のされたドーム型の天井。
正面の壁に白銀の扉があって、その扉のまん中あたりから女が生えてる。
これがアルフレッドが言っていた彫像だろう。『裁定者』つったっけ。
素敵な未来体験をさせてくれたおせっかいなお姉ちゃん。
トライスがさっそく触りに行く。
「おい、待てって。さすがに、待った方がいいだろ」
「時間の無駄じゃないか」
トライスが階段からぞくぞくと下りてくる、かりそめの仲間たちを見て言った。
「アルの話だと最初の『試練』はまだ先のはずだ」
「そうそう、時間の無駄。あんた、ひょっとしてビビってんの?」とポリー。
お前がさっきビビってたんだろうが。
「いや、全員降りてからだろう。数分のために、わざわざ集団の輪を乱す必要もない」
エルディンが言った。水石でコップに水を出している。
だよな。俺、間違ってないよな。
「まあ、確かにそうだな」
トライスも納得して、その場に腰を降ろした。
トライスは頑固であんまり人の話を聞かないやつだが、自分が間違ってると思ったらあっさりと引き下がる度量はある。
こういうところも俺のような『傲慢な仮面』とは違うってことさ。
そうこうするうちにアルフレッドが降りてきた。
やっこさん、吸い寄せられるみたいに、『裁定者』にふらふら近づいていく。
トライスが、それを見ながら、うんうん、と頷いている。
いや、止めろよ。
「おい、待て。全員が下りてからだ。先走るんじゃねえ」
シアンが止めた。
アルフレッドは申し訳なさそうな顔で頷くと、仲間たちと話し始めた。
自分の考えに没頭して、ふらふらと寄ってっちゃったわけだな。
大方、あの時より強くなったはずだけど、また未来体験をしたらどうしよう、とか思っていたんだろう。
トライスのあふれる自信を半分くらい分けてやりたいぜ。
全員が階段を降り、『裁定者』の前に集まった。
「それじゃあ、始めようぜ。準備はできてるか?」とシアン。
こいつもトライスに負けないくらい仕切りたがりだよな。
「大丈夫だよ、兄さん」
デイビスが元気よく言った。
「バッチリだ」
「その美女をどうするんだ、アルフレッド?」
シアンが言った。
「触ると生き返るみたいになるんだ。それで、前の時は、未熟だって言われたんだ。あの時は、それを無視して挑んだら全滅しちゃって。それで気がついたらこの『裁定者』の前に立ってたんだ」
「よくわかんねえが、とにかく触ればいいんだな? よし、誰か、触れ」
「俺が触ってもいいかな」
アルフレッドが言った。
「今度はなんて言われるか、知りたいんだ」
まあ、そうだよな。
いいんじゃねえ、と俺は思った。
ほかの連中も特に異論はないらしい。
「よし、やれ、アルフレッド」
シアンの声で、アルフレッドは白銀の美女の前に立った。
腰から上だけが扉から生えていて、手の平を上に向けて大きく両手広げている。
アルフレッドがその手を触る。
彫像の閉じていた目が開いて、黄金に光る瞳が現れた。
彫像に色がついていく。乳白色の肌、白っぽい金髪。ほとんど透けている着衣。
桃色の唇がゆっくり開いた。
「また来たのか。我を起こしたる少年」
「俺のこと、覚えていてくれたんですか?」
「当然だ。ずいぶんと強くなったように見える。努力したのだな」
「本当ですか?」
アルフレッドの大きな声。
嬉しそうな顔してらあ。
「可愛い」と俺のすぐ後ろで、つぶやく声。バズルガだ。
「それに同行者たちにも恵まれている。我に挑むだけの力は十分にあろう」
女性がまっぷたつに割れて扉が開いた。
現れたのはまっすぐの通路。
黒い石が組み合わされて壁や天井、床になってる。
その石の合わせ目から黄色い光が漏れててさ、すごい、綺麗なんだ。
「さすが『神々の試練』だな。美しい」
サーベルが言って歩きだす。
「ほら、早く行こうぜ。先がどうなってるのか気になるじゃないか」
ここにもいたよ、遠慮しないやつ。
まあ、こいつの場合は気づかない傲慢さじゃなくて、歯牙にもかけない傲慢さだけどな。
「罠があるかもしれないよ。シアン兄さんが先に行った方がいいんじゃない?」
デイビスが兄に言った。
「スカウトの技能を持ってるのは俺だけか?」
「あたしもちょっとは使えるわよ」とシアンに答えたのはポリー。
「いや、どちらにしてもスカウトの技は役に立たないだろうな。ここは『神々の試練』だ。罠を見つけたり、解除するような真似ができるとは思えん」
トライスが言った。
「そりゃあ、そうだ」
小心者だねえ、てな感じでシルバードラゴンの兄弟を嘲笑う、俺。
そういうとこだぞ、とこうして書いていて思う今の俺。
シアンがムッとした顔になったが、兄貴のザックに睨まれて、なにも言わなかった。
「まあいいじゃない、罠があったら『太陽の剣』が引っかかってくれるわよ」
「そういう考え方はよくないぞ、ポリー。彼らも今は仲間なんだ。できる限り犠牲を減らすようにしていかないといけない」
「もう、わかってるってば」
媚び媚びなポリー。
アルフレッドたち『太陽の剣』に続いて、バーンのおっさん。俺たちのパーティ。最後に『シルバードラゴン』。
まっすぐな廊下を歩いてると、突き当りが見えた。またしても銀色の扉。
アルフレッドが振り返った。
「みんな、あの広間に最初の番人がいる。大きな盾と長い槍を持った彫像が12体あるんだけど、それが動き出すんだ」
全滅の未来体験をした相手か。
それで、強張った顔してるんだな、こいつ。
アルフレッドは目を閉じると、すぐに開いた。
ビビってたガキの顔が、戦士の顔になった。
「最初の番人は俺たち『太陽の剣』だけでやってみたい。いいかな」
誰でもそうだと思うんだが、一度、コテンパンにやられた相手ってのは苦手になるよな。
魔物だろうが、人間だろうが。
こいつとやりあうのは、嫌だな、て心が引いちまう。
それを克服するには、もう一度やりあって、勝つしかない。
恐れるような相手じゃないって、心に上書きするんだ。
ここで重要なのは、前回より有利な状況で勝っても意味がないってことだ。
自分自身に勝てた理由を与えちゃダメなんだ。
冒険者ならみんな知っていることだよ。だけど、実際にそれができるかどうかは別の話。
そりゃあ、そうだろ。コテンパンにやられた相手と前回と同じ状況下でやりあう。こんなに怖いことはないぜ。
それもかかってるのは自分の命だけじゃない、仲間の命もだ。
正直なとこ、俺はこの時までアルフレッドのやつをガキだと舐めてた。
俺より十歳以上年下だし、冒険者としてのキャリアも全然違う。
トライスやサーベルみたいに一目で、こいつは特別だって思わせるようなところもない。
だけどさ。
アルフレッドは克服することを選んだ。恐怖に立ち向かうことを選んだんだ。
頑張るじゃねえか、そう思った。
俺はこの時から、アルフレッドを一人前の冒険者として認めたんだ。
「いいじゃねえか。お手並み拝見といこう」
シアンが言った。
「無理しちゃダメだよ。危なくなったら、すぐに助けるからね」
デイビスが言った。
次々とアルフレッドの意志を尊重する言葉がかかる。
そんな中、反対意見を言ったやつがいる。
バーンだ。
「無駄なことをするな、アル。私たちはここに力試しにきたわけじゃない。攻略しにきたんだ。せっかくの人数を活かさないでどうする。危険は最小限に押さえる。それが冒険者の心得だぞ」
たく、これだから、おっさんは。
そんなことばっか言ってるから、娘に嫌われるんだぜ。
大ベテランなんだから、アルフレッドの想いをもっとくんでやれよ。
カチンときた俺は、バーンを挑発するように笑った。
「そりゃあ、あんたの心得だろ。えっ、『冒険しない冒険者』さんよ」
おっさんに無視された。
見つめ合う少年冒険者とおっさん冒険者。
おっさん冒険者が、ふっ、と渋く笑った。
わかったよ、やってみろよ、俺はお前のことを見守っているよ、みたいな雰囲気。
おっさんは、雰囲気作りが、うまい。
アルフレッドは仲間たちと話し合い、それから扉に近づいた。
扉が割れる。
円形のホール。
白い壁に黒い床。天井にあいた、たくさん穴から、光の柱が黒い床に刺さってる。
そんでもって正面には白銀の扉。
壁にはポツンポツンと黒い像。
右手に長槍、左手には円形盾。身に着けた鎧兜。
こいつらが襲ってくるらしい。
アルフレッドがホールの中央に行くと、声が響いた。
さっきの『裁定者』の声だ。
「夜神クローラが国、ドルネドイへと続く暗黒回廊を守りし兵士たち。そのすべてを討ち果たさねば、先へは進めぬ」
『兵士像』が動き出した。槍を構えて前進してくる。
「行くぞ」
アルフレッドが叫んで走った。
走りながら短弓に矢をつがえる。
矢じりの先から光線が伸びて『兵士像』の顔につながった。
放つ。
こいつはトライスと同じく近接も遠距離もやる。まあ、カーラッドもそういうスタイルだったからな。
でもって、トライスとカーラッドにはない力を持ってる。オリジナルの魔法みたいなものを使えるんだ。
アルフレッドの矢は『兵士像』が防御のために上げた盾を迂回して、顔に命中。
『兵士像』が粉々に飛び散った。
その間に教導師のダルトンが別の『兵士像』に向かって手の平を広げた。
『兵士像』の盾が、見えない力に弾かれる。
教導師が神様から貸してもらう力。御力だ。
一般人は御力っていやあ、『治癒』とか『復元』くらいしかお目にかかったことはないだろ。
だけど、教導師の御力は魔法と同じくらい多彩なんだぜ。
ダルトンの御力で防御が緩んだ『兵士像』に、アルフレッドが矢を撃ち込んだ。
2体目の『兵士像』も爆散。
その間、エーテルはなにかの魔法を使っていた。杖の宝石がピカピカと凄い勢いで光ってる。
あんなふうに杖が点滅するの見たことないんだが。
近くでエルディンがうめいていたから、よっぽどの高等技術なんだろう。
『兵士像』がエーテルの見えない魔法にさらされて、削られていく。なにか、小さな『衝撃弾』て感じだ。
それを連射してるっぽい。
というか、よ。
魔法って、呪文を唱えたり、魔法陣を描いたりするんじゃないのか?
それか石板を使うか。
それでもって、アルフレッドと同じくらいの年頃のティナ。
鮮やかな真っ赤な長い髪の女の子だ。
細い体に似合わない馬鹿力。でっかい剣を振り回してる。
俺もポリーも『ハイデン』に来る前は『太陽の剣』にいた。
このティナと一緒に仕事してたんだ。
こいつ、見た目は、どっかのお嬢様って感じなんだが、すごい怪力の持ち主なんだ。
それだけじゃない。運動能力も並外れて高いし、どこで身に着けたのか、戦闘技術も高い。
『太陽の剣』にいた頃、俺はこいつに劣等感を持ってたよ。
そりゃあ、そうだろう。小さいガキが、自分よりもずっと強いんだからさ。
ただ、こいつはおつむが残念なんだ。
いや、頭が悪いわけじゃないだが、なんつうか、過去も未来も見ないっつうか。今だけしか見ていないっつうか。
だから、反省もしないし、不安にもならない。サッパリしてていいっていえばそうなんだけどな。
ティナのやつ、てっきり、敵の中に飛び込んでって、ぶんぶん大剣を振り回すんだとばかり思ったが、そうでもなかった。
近づいてきた敵を、きちんきちんとさばいてる。
ずいぶん戦い方が変わったな。
アルフレッドが仲間たちに指示を出し、壁を背にして集まる。
何体か倒したが、それでも敵の数の方が多い。個々に包囲されないためだろう。
『兵士像』がアルフレッドたちの前面に展開。足並みをそろえて近づく。
アルフレッドとダルトンが矢と御力で遠間からしかけて、2体を撃破。
『兵士像』はもう残り6体だ。
ここでティナが動いた。
大剣の切っ先で床をこすりながらも、『兵士像』に向かう。突き出される槍をかわして、大剣を横に大振り。
『兵士像』はでっかい盾で防いだが、ティナはクルリと一回転。
反対側から大剣を叩きつけた。さすがの『兵士像』もまっぷたつさ。
ティナはそのまま次の獲物へ。大きく跳んで剣を振り下ろす。
そこに『兵士像』の槍。これは、やばいってタイミング。
俺はティナが串刺しになる様を想像した。
だが、ティナはそれを体をひねってかわした。
空中でなんでそんな動きができるんだって、言いたくなるぜ。
ティナの大剣が『兵士像』に命中。
敵は盾で防いだが、その盾ごとぶった切りやがった。
こいつ、知らない間に、えらい強くなったな。
アルフレッドが仕掛けた。
短弓から剣に持ち替えて、槍をかわして『兵士像』の懐に飛び込むと、剣を一閃。槍を持つ右腕を切り落とした。
魔物ならこれで怯みもするだうが、相手は元石像。まったく怯みはしない。盾でアルフレッドを殴る。
アルフレッドは後ろに跳んでそれをかわした。
相手は片手。
だが、アルフレッドは油断せず、フェイントを使って相手の防御に隙をつくると、その首を切り飛ばした。
「地味な戦い方しやがるぜ」と思わずつぶやいちまった。
ティナとは正反対。
ひとつひとつ、相手を削っていって、確実に倒す。まさに凡人の戦い方。
それでも、十代半ばのガキがこれだけできるってのは、すげえよ。
もし、アルフレッドがカーラッドの息子じゃなかったら、素直に褒めたかもな。
俺がアルフレッドの戦いに注目している間に、ダルトンが一体を撃破。
そんでもってアルフレッドとティナが協力して1体を。ダルトンがもう一体を倒して、敵は全滅。
エーテルが呪文を唱えて、宙になにやら複雑な魔法陣を描いていたが、それも用なし。
これにて戦闘終了だ。
拍手。
サーベルを始めとする見物人たちだ。
サーベルのやつは、前回の戦いの時に参加していなかったらしい。おかげでやつも見物に回っていた。
「やったな。いい戦いだったぜ。さすが私の仲間たちだ」
サーベルがアルフレッドの肩を叩く。
「弱い相手じゃないのは見ていてわかった。うちのパーティだったら、負けてたかもな」とバーン。
「これが最初の敵なんてな。先が思いやられる」
エルディンはエーテルに駆け寄って、なにやら興奮気味に言っている。
ちびっ子エーテルは例の悪そうな笑顔。
エルディンの言うには、エーテルは天才魔法使いらしい。
「本物の天才だ。彼女はトゥリス(魔法使いギルドのことだ)の、いや人類の宝だ」なんて大げさなほど褒めてたよ。
「大したものだ。さすが、あの人の、カーラッドの息子だ」
トライスが隣で言った。
俺はなんだか面白くない気分になった。
アルフレッドたちに対する称賛の気持ちが、一気に引っ込んじまった。
まあ、あれだな。要するに、恥ずかしい話、嫉妬したんだな。
この頃の俺にとって、トライスは特別なやつでさ。こいつは、すげえやつだって、仲間でいることが誇らしかった。
そんな特別なやつが、アルフレッドを嬉しそうに褒めるもんだから、イガイガとした気分になっちまったんだ。
「雑魚相手に苦戦してんじゃねえよ」
なんて吐き捨てる。
「ホント、それよ。ティナなんて、相変わらず力任せにぶんぶん振り回しちゃって。ぜんぜん、成長してないじゃない」
ポリーが俺の尻馬に乗る。
トライスはアルフレッドになにやら助言だか、激励だかをしに行ってて、俺たちの悪態を聞いちゃいなかった。
聞いてたら、また説教が始まってたかもな。
最初の『試練』から、しばらくまっすぐの通路を進むと、また行き止まりが見えてきた。
銀色の扉。次の『試練』だ。
「今度は私たち『ハイデン』が引き受ける。『太陽の剣』にばかりいい格好はさせられないからな。そうだろう、みんな」
トライスが言った。
これに、おう、と答えたのは俺だけだった。
えっ、なんでノッてこないの?
「まあ、トライスが言うなら」とポリー。
いつもトライスに調子を合わせてるくせに、今回はしぶしぶという感じだ。
「アルフレッドには理由があったんだがな」とエルディン。
お前は子どもか、というような目をトライスに向ける。
バズルガは面倒くさそうだった。
こいつは労働をいとう野郎だからな。聖職者のくせに。
トライスと俺は意気揚々と扉を開けて、さっきと同じようなホールを進んだ。
違うところといえば、壁に並んでいた石像は兵士で12体だったものが、今回は、下半身が獅子になった兵士像が、6体。
俺たちがホールの中心に行くと、『裁定者』の声がした。
「ここより先に進みたくば、大地母神の住まう地の国アースガルドを守りし、兵士たちを倒すがよい」
『獅子兵士』が一斉に動き出した。前方の3体が向かってきた。
「ポリー、下半身の獅子を狙え」
トライスが弓に矢をつがえながら叫んだ。
トライスとポリーの矢が、『獅子兵士』の頭部に2本突き刺さる。
だが、やっぱり石像。怯みもしない。
「迎え討つぞ、デンバー」
「おうよ」
俺たちは後衛をかばうように並んで立った。
獅子頭に矢を2つくっつけた『獅子兵士』が、トライスにメイスを振り下ろす。
トライスはそれをかわして、すれ違いざま、獅子の足を斬った。
転倒する『獅子兵士』。
俺はすかさず、そいつにおどりかかって、獅子の首に剣を突き刺した。
『獅子兵士』が爆発した。
痛くはなかったが、衝撃がすごくて、ビビった。
そんな様を見せないように、威勢のいい声をあげる。
後続の2体を相手取っていたトライスの加勢に向かう。
ポリーの矢がそのうち1体をしとめた。
残り1対がトライスから離れて、ポリーに向かう。
速い。
俺もトライスも一気に引き離された。
ポリーをかばうようにエルディンが立った。石板を前にかざして、叫ぶ。
「『魔法板』」
石板が青くフラッシュした。
石板の前に小さな青い半透明の板が浮かぶ。
「設置」
エルディンの声で石板前の小さな板が消えて、代わりにでっかい半透明の板が現れた。
勢いよく駆けてきた『獅子兵士』がそれにぶつかって、吹っ飛ぶ。
ちょうど俺のそばに転がってきたもんだから、さっきと同じように飛び乗って、止めをさした。
『獅子兵士』が爆発した。
今度は覚悟してたから、ビビらなかった。むしろ、超気持ち良かった。これぞ敵を倒したって感じ。
魔物もみんな爆発したら楽しいんだけどな。
「やっぱ俺はつええぜ」とテンションが上がって叫んだ。
ビックリするぐらい調子に乗る俺であった。
だが、戦いはまだ終わらない。
ホール後方の3体が動き出した。
今度はフォーメーションを組まず、それぞれが縦横無尽に走り回る。
「エルディン、魔法だ」
トライスが叫んだ。
「やつらを怯ませろ」
ちょうどエルディンが側にいたもんだから、やつが舌打ちするのが聞こえた。
「もっと具体的に言え」とつぶやく。
それ、お前が、この間の『大掃除』でトライスとやりあったからだろ。
ちなみに『大掃除』っていうのは、冒険者やら警備隊やらが一斉に、魔物が大量にはびこっている場所に退治に行くイベント。
エルディンはトライスの指示と違う魔法を使ったことで険悪になったらしい。
俺は別行動してたから、見てないけどな。
エルディンがまた『魔法板』を前方に設置した。突進してきた一体がそれにぶつかって吹っ飛ぶ。
俺はまた止めをさして、爆発。そして、叫んだ。
これ、癖になるぜ。
今までサボっていたバズルガがやっと働いた。御力を使って、『獅子兵士』の肩をえぐる。
さらにポリーの矢が獅子の右目を射抜いた。
それでも『獅子兵士』は止まらない。
そのまま突進して、バズルガにハルバードを振り下ろす。
メイスでそれを受けるバズルガ。
バズルガが雄たけびを上げた。
普段、ボソボソとしゃべってるやっこさんとは思えないほどの大声。
ハルバードの二撃目をメイスで弾き、獅子頭に飛びついた。
バズルガの体が黄色く光る。次の瞬間、青い光が獅子頭を包んだ。
砕ける獅子頭。
すぐに、全体が爆発した。
残るは1体。
俺は『魔法板』に隠れてやつを挑発したが、石像には効果がなかった。
槍を構えてトライスに向かう。
『獅子兵士』が槍を振り下ろし、トライスが間一文字に剣を薙ぐ。
敵の槍はトライスの残像を斬った。
一方、トライスの斬撃は、『獅子兵士』の獅子頭から前足までを二つに割った。
すげえ、さすがトライスだぜ、と俺は自分のことみたいに誇らしくなった。
やっぱりトライスは、凄いんだよ。特別なやつなんだよ。
「どうだ? これが『ハイデン』最強パーティの実力だぜ」
俺は叫んだ。
拍手がおこった。
俺はものすごく調子に乗った。
「『太陽の剣』の連中より圧倒的だったろうが」
「いや、反省すべきところもたくさんあったぞ」とトライス。
「みんな、ちょっと集まってくれ。今の戦闘の反省会をしよう」
トライスってやつはとにかく作戦が好きだ。
そのくせ、直感に従って平然と作戦無視をする。
人が自分の指示に従わないと、ものすごく腹を立てるくせに、その逆はいいというワガママなところがある。
けど、当時の俺は、そういうところに目をつぶってたんだな。こいつは特別なやつだからいいんだって。
俺は、もうちょっとトライスとしっかり向き合うべきだった。
今にして、そう思うよ。
トライスのくどい説教を、俺は、おう、おう、と聞き。
ポリーは、でもでも、だって、と甘え。エルディンは不機嫌顔で、バズルガは眼鏡を拭きながら聞き流していた。
ところでさ。
ハイデン組なのに、バーンのおっさん、戦闘に加わらなかったよな。
そのくせ、渋い顔で腕を組んで、なんか俺たちのコーチみたいな立ち位置で、よく頑張ったな、みたいな雰囲気出してるよ。
おかしくね?
次の『試練』は『シルバードラゴン』の連中の番だった。
ええと、まあ、これは割愛するよ。
相手は天使みたいな背中に翼を生やした石像で、『シルバードラゴン』のやつらは、そいつら相手に手堅く勝った。
バーンなんかは感心してたが、俺にはつまんねえ戦いに見えた。
そのあとも『試練』は続いた。
だが、もう個々のパーティだけでやりあうような真似はしなかった。
全員で一気に当たった方が楽だからな。
そうなると、実にあっさりと攻略できちまう。
特に、サーベルの野郎の矢が強い。
ほとんど一撃で石像どもを屠っちまう。
どうせ金にあかせて買ったんだろうけど、とにかくものすごい。
ポリーが羨ましがってた。
六番目の『試練』を終えたところで、時間は午後五時。
この日は、ここで攻略をやめた。
そのまま『試練』のホールに居座り、夕食をとって、眠る。
野宿に比べれば快適だった。
『神々の試練』の中は暑くもなければ、寒くもない。
快適な環境。石の床が硬いのは難点だが、いろんな場所で眠るのに慣れた冒険者にしてみれば、どうってことはない。
俺はそうそうに眠っちまった。




