8 Brother/Sister
佐藤青蘭はトラックに轢かれて死んだ。
目を覚ますと水天一碧な、天国と見間違うような美しい風景が広がっていた。
隣にいたエルフのお姉さんが、世界を救ってもらうためにあなたを異世界召喚した、と言った。
そしてすぐに闘いに送り込まれた。
エルフがいるのだから剣と魔法の世界だと思ってしまったけれど、実際にはロボットに乗って触手を伸ばして攻撃してくる異形のメカと宇宙で闘った。大気圏突入までやった。
望まれたとおりに敵は倒した。
しかし自分も大きなダメージを受けて気を失ってしまったから、その後がどうなったのかは知らない。
世界を救えたのだろうか?
自分は、また死んでしまったのだろうか?
目を覚ますと、また美しい砂浜にいた。
隣のビーチベッドにはエルフのお姉さんがいて、とても長い耳をぴょこぴょこさせながら見たことのある笑顔を浮かべている。
「はぁい。気が付いたみたいね」
状況が把握できなくて、思考が止まってしまった。
「大丈夫?まだ意識がはっきりしないの?どこを見ているの?」
エルフのお姉さんはセイの視線の先を追っていき、にっこりと笑った。
「ああ、ここね」
そう言ってビキニから溢れそうになっている乳房の隙間を掌で隠した。
「す、すみません」
慌てて目を逸らしたセイを、エルフのお姉さんは笑う。
「良いのよ。見ても」
「いえ、見てません。見てませんから」
「見てないって言われるのもちょっとショックなんだけど」
「とにかく結構ですから」
セイはビーチベッドから跳ね起きて、パラソルの影の外から飛び出した。
「あっつ」
砂浜は火傷しそうなほどに熱かった。
エルフのお姉さんはけらけらと笑いながら、ビーチベッドの横に置いてあるサンダルを指さした。
全く同じだ。
トラックに轢かれた後で目を覚ました時と全く同じ展開だ。
足の裏から伝わってくる痛みのおかげで意識がはっきりした。
止まっていた思考をフル回転させる。
同じ時間を繰り返している!
それが短時間の思考の末に辿り着いた答えだった。
ゲームでは、死ぬと定められたセーブポイントに戻される。それと同じような状況なのではないだろうか。自分は死んだ。だからセーブポイントに戻された。そのセーブポイントがこの砂浜のビーチベッドの上なのだろう。ゲームだと、死ぬと所持金が半分になったりする。この世界での死ぬことによるペナルティがあるのかどうかは今のところ分からないが、はっきりしていることがあった。
記憶は継続されるらしい。
トラックに轢かれる前の世界での記憶も、前回ビーチベッドで目覚めた後の記憶もはっきりと残っている。それはセイにとって朗報だった。
だったら、もう間違わない。
死んでセーブポイントに戻ってきたということは、前回の自分は間違ったということだ。
敵は倒した。しかしそれだけではダメだったのだ。
エルフのお姉さんは世界を救うための勇者として異世界召喚したと言っていた。それが死んでセーブポイントに戻されたということは、世界を救えなかったということだ。
また、人の役にたてなかったのだ。
迷惑をかけたのだ。
申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになる。
救いがあるとすれば戻ってこられたということだ。やり直せるということだ。だったら、今度は間違えずにやり切る。
「その様子だと、意識ははっきりしているようね」
厳しい日差しの中に立ち尽くしているセイにエルフのお姉さんは声をかける。それもまた、前回と同じセリフだ。
「はい……」
ここから先も前回と同じ質問をするべきだろうか?質問を変えることによって未来が変わってしまうかもしれない。そこまで考えて愚鈍な自分が嫌になる。
何を言っている!未来は変えなければならないのだ!
そんなことを考えていたから、ついうっかり末尾に余計な一言を付け加えてしまった。
「……ジーナさん」
エルフのお姉さんは不思議そうな顔をした。
「私、名前を教えたかしら?」
「いえ……、なんとなくそんな感じがしたんです」
慌てて言いつくろった。
「そうなのね。それも勇者としての能力なのかしら。知っているなら自己紹介の必要はないかもしれないけれど、ジーノ・ジーナよ。よろしくね」
それが正しい選択だったのかは分からないが、うまくごまかせたようだ。
「佐藤青蘭です。セイと呼んでください」
「私はジーナでいいわ」
「ジーナさん、訊いても良いですか。ここはどこなんですか?」
「モワプン・ヘマよ」
少々経過は変わってしまったが、前回と同じ答えだった。
セイはそれから幾つかの質問をしたが、返ってきたのは前回と同じ答えだった。
「慌てて救いに行くほどじゃないわよ。私は召喚するのに疲れたから、今日はもう休みたいの。休ませてもらうの!あなたは海を楽しんで来て。そうそう、そこにあるフルーツは食べて良いわよ」
そして前回と同じように追い払われた。
隣のパラソルにあるフルーツが好みの味でないことは知っている。このまま待っていれば、背中にサンオイルを塗って欲しいと頼まれるだろう。嬉しいけれども心臓に悪いイベントだ。今度はためらわずに柔らかな曲線を描く背中に触れることができるだろうが、塗り終わる前に敵が来てしまうだろう。中途半端に塗るぐらいなら、塗らない方がましなはずだ。
だったら、前回とは違う行動をして少しでも新しい情報を入手しよう。そうすればもっとうまく立ち回れる。
そう考えたセイは、波打ち際に向かって歩き出した。
日本に比べると湿度がかなり低いらしく空気はカラッとしている。頭上の太陽からの日差しはかなり厳しく、じりじりと体が焼かれていくような気持ちになる。足元の白い砂もカンカンに熱せられており、上から下から両面焼きにされる。
少しでも涼を取ろうと、速足で波打ち際まで行った。
水は期待していたほど冷たくはなく、ぬるいと言えるぐらいだったが、それでも足を浸すとほっとした。
足元に目を向けると水は美しく澄んでいて、それがずっと沖合まで続いていた。昔、真白の親に海水浴で連れて行ってもらった海とは全然違った。
打ち寄せる波を感じていると、自分も海の一部になったような気がする。熱せられた空気を吸い込むと、空とも一体化した気分になれる。
こんな平和な場所でスローライフが過ごせたら本当に良いのに。
改めてそんなことを思う。
しかし現実が違うことを知っている。過酷な闘いが待ち受けているのだ。前回と同じであるならば、そろそろジーナに電話がかかってくるはずだ。
そう思いながら振り返ると。見知らぬ少女が立っていて驚いた。
少女の容姿にもう一度驚く。
その少女も耳が長かった。
見た目はジーナよりも若い。物語の中のエルフは長命な種族で、見た目からは本当の年齢は分からないことをこのタイミングで思い出した。
ジーナよりもさらに白く透き通るような肌、薄緑色のワンピース水着でしなやかな体を包んでいる。長い金髪がサラサラと風に揺れて陽の光を浴びてキラキラと輝く。大きく青い瞳がじっとセイを捉えている。
水晶のような瞳に吸い込まれてしまいそうだ。
呆然としているとエルフの少女が薄桃色の唇を開いた。
「あなたが勇者様?」
溌溂とした声だった。
「えーと。そうらしいです」
「はっきりしないの?」
エルフの少女は厳しい声で問う。
「僕もさっき言われたばかりなんです。異世界召喚って言われても、分からないんです」
セイは一生懸命弁解する。すでに一度、宇宙戦闘をしたことは黙っておくことにした。
「まぁ、そうよね」
あっさりと同意された。
「そうなんですか?」
「そうよ。異世界召喚を実際にやったことがある人がいなかったんだから、そんなことができるなんて誰も信じていなかったわ。成功したものだから、みんな驚いているの」
エルフの少女ははっきりと口にするタイプのようだ。しかし嫌な感じではない。
「それで、あなたはこの世界を守ってくれるの?」
瞳が瞬き、直接的な言葉がセイを縛る。
でも、セイはその答えはもう決めていたからすぐに答えた。
「僕にできることはやるつもりです」
「……ふうん」
エルフの少女は一度目を大きく見開いた後、海の方へ視線を戻した。
「あの、僕も質問してもいいですか」
「いいわよ」
「あなたも、エルフなんですか?」
それはこの世界のエルフは長命なのか、エルフの少女の年齢が見た目通りなのかどうかを確認したいための質問だった。
これまでの軽快な会話からは一変して、少女はすぐには答えず、海を見たまましばらく無言だった。
波が三度打ち寄せた。
「あー、もう無理」
エルフの少女は叫びながら唐突に両手で頭を掻くと、長い長い耳を取った。
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