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セイが知っている異世界転生の話は概ね中世ヨーロッパ風の世界で、剣と魔法でドラゴンなどのモンスターや魔族と闘うものであった。
しかしこの世界は、エルフという異世界っぽい種族はいたが、耳が短いヒューマン族は多種多様な人種が入り混じってはいたものの現代社会と変わりがないように見えた。先ほど乗ってきた自動車も現代社会のものに似通っていたし、窓から見える住居も、日本のものとは作りが違ったが、大きな差がないように見えた。
今着ているスーツを見れば、非常に科学技術が発達した世界のようだった。元の世界と同等、いやそれ以上に思える。
元の世界では空飛ぶ座席なんて見たことがない。
シートが飛び上がった場所は、大きな格納庫か倉庫のような場所だった。ゆっくりと観察している余裕はないままに、目の前に巨大な機械の塊が迫ってきた。
「うわあぁ」
減速する様子がないので、無駄だとは思いつつも両腕で顔をカバーする。しかし、シートは機械に激突することはなく、シートと同程度の大きさの穴に突っ込んだ。制止する衝動で体が一瞬前に倒れる。シートの下面が、穴の中に設置されているレールに接続されたようだ。
今度はレールに従ってシートは細長い穴の中をするすると進んでいく。ところどころに設置された緑色の照明がどんどん後ろに流れていく。
レールの終点はすぐに来た。行く手で扉が自動的に開き、その中に入ると止まった。
明かりがともる。狭い空間だったが、とても馴染んでいる場所であることに気が付いた。シートを中心にしてモニターが設置されており、そこに映し出されている映像で大きな建造物の中をゆっくりと上昇しているのが分かった。機械音がして、シートの周りに操縦桿とフットペダルがせり出してきた。
それらは、ストームネストのボックスのコントローラーにそっくりだった。
モニターに映し出されている様々な表示も同様である。
ストームネストのロボット、スタッバーの操縦席に座っている。
そう思うと、ぞわっと体中が震えた。高揚感が駆け巡る。
異世界とはストームネストのゲームの中のことなのだろうか?しかし、ストームネストにはエルフは出てこないし、南の島の光景もない。いや、ゲームは戦闘シーンがほとんどで、漂流艦隊の中の生活についてはあまり描写されていない。もしかしたら艦の中はこんな感じなのかもしれない。
ヘッドセットを付けると『準備はできた?』とジーナの声が聞こえてきた。
状況ははっきりしない。不安がないわけではない。でも自分に期待してくれて、自分を必要としてくれている人がいる。しかも求められているのは自分が最も得意とするスタッバーの操縦だ。
だったら、やろう!
「はい」
セイは力強く答えた。
『ヴァウピリ―発射!』
ジーナの言葉とともに体がシートに押し付けられた。
目の前の光景が目まぐるしく変わっていく。
セイが乗った機体は急発進すると建物内の滑走路を走り抜けて外に飛び出した。滑り台のように急角度のスロープを逆向きに駆け上がり、打ち上げられた。
強烈なGに耐えながらモニターを確認する。そこに映されているインターフェイスはスタッバーのものと非常によく似ているが、ところどころ違う部分もある。物凄い勢いで数字が回転しているアイコンは高度計だと思うが、スタッバーには付いていなかった。
機体の被弾状況を確認するアイコンがあるのはスタッバーと同じであるが、そこに表示されている機体の形状は違うものだった。スタッバーの戦闘機形態は先端が尖った細長い形状だったが、この機体は流線形でイルカを想像させるものだった。搭載されている武器も完全に同じではない。
先ほどジーナは「ヴァウピリ―発射!」と言った。スタッバーではかった。今も宇宙戦艦の中から飛び出すのではなく、地表から宇宙へと打ち上げられているようだ。だとすると、世界は同じだが違う状況にあるのかもしれない。
ストームネストの漂流艦隊は地球を襲った未曽有の危機から脱出した艦隊だ。もしかしたらその未曽有の危機が今のこの状況なのかもしれない。
『大気圏離脱ブースターを分離します』
ヘッドセットから聞こえてきたのはジーナの声ではなく聞き覚えのない声だった。機体が小さく揺れて、モニターには機体の一部が分かれて後方に流れていくのが映っていた。
前面モニターは青い空と白い雲ではなく、星が瞬く世界が映し出されていた。
宇宙にやってきた。しかしその感動に浸る間はなかった。
『敵機との接触まで百二十秒』
『敵機って……』
モニターにこの機体の進路と、「エネミー」と書かれた物体の予測進路が表示された。
『九十秒で自動操縦を解除するわ。その後はお願いするわね』
今度はジーナの声が聞こえてきた。
「お願いって、なにをするのか教えてください」
『敵機なんだからやっつけるのよ』
ジーナは簡単なことのように言う。
「せめて、どんな敵なのかを教えてください」
『この星に敵が来ていることは分かっていたけど、今までその姿を見つけることはできなかったの。さっき初めて敵の姿が確認できたわ。見られるようなったのは勇者様が来てくれたおかげかしら?見られたことに気が付いた敵さんは慌てて宇宙に逃げ出したの。そんな状況だから敵さんの情報はないわ。空を飛べて、単独で大気圏を離脱できて、姿を消すことができる。でも姿を消すのは今は無効化できているはずよ。どう?お役に立てたかしら』
こんな時、冗談や皮肉を返せるほどセイは器用ではない。
「やってみます」
捨て鉢に答えて、機体のカメラがとらえた敵の姿をモニター上で拡大した。
ストームネストの敵は宇宙蟲と名付けられている通り、様々な虫の形をしている。
モニター上に拡大表示された敵機の姿は虫ではなかったが、セイが知る宇宙船のような形でもなく、異形だった。
正面から見ると正方形のそれぞれの角が円形に盛り上がっている。それに厚みがあり、全体的に角がなく丸みを帯びている。正方形の真ん中には丸い皿をひっくり返したような部品があり、表面に何らかの規則性をもって無数の刻みが入れられており、赤青黄と様々な色の光を発している。四隅の円の真ん中には花の蕾状の部品が付いている。裏側には半球上の大きな部品が付いており、その表面には多くの穴が開いている。あれが推進機関だろうか?
形状からはどんな動きを、どんな攻撃をしてくるのか分からない。
『自動操縦を解除します』
「了解」
セイは操縦系統を受け取るとすぐにミサイルを発射した。
正体不明の敵に様子を見ても仕方がない。撃破できるのであれば、先手必勝で撃破するに限る。
ミサイルは回避行動を見せなかった敵機に命中し、爆発した。
簡単じゃないか!などとは思わない。
爆炎の中から何かが飛び出してきた。油断せずに身構えていたセイは慌てずに対応する。人型ロボット形態に変形し、左肩に取り付けられている盾でその攻撃を受けた。
攻撃してきたものの正体は、敵機の四隅に付いていた蕾だった。距離を取って右手に持ったマシンガンを撃ったが、蕾に器用に避けられた。
「有線なのか」
爆炎が晴れてきて、蕾と本体がケーブルで繋がれているのが見えた。残りの三つの蕾も分離されて迫ってくる。
四つの蕾が不規則に動きながら光線を発射してくる。その攻撃は厄介だが、撃つ前に必ず蕾の中心が発光するという法則を発見した。セイはその法則を発見することで、光線をことごとく回避できるようになった。セイからもマシンガンを撃ち返したが、蕾の動きに規則性を見つけられないため命中させることができずにいた。
だったら本体を攻撃するまでだ。
セイが戦闘機形態に変形して敵機本体の周りを旋回すると、蕾が接近を阻む動きをしてきた。
蕾の動きは不規則であるが、一つだけ法則があるはずだとセイは考えていた。蕾と本体はケーブルで繋がれている。四つの蕾が個別に出鱈目に動いていたら、ケーブルが絡まってしまうし、互いを攻撃する可能性も出てきてしまう。そんな不格好なことが起こらないように動きは制御されているはずだ。
セイは再びミサイルを発射した。ただし真っすぐ本体に向かうのではなく、出鱈目のコースを飛ぶように設定しておいた。蕾はミサイルを追うものとセイを追うものに分かれるが、邪魔し合わないようにするために動きに若干の遅れが生じた。
予想通りだ!
セイはその隙を見逃さずに敵機本体と蕾の間に入り込み、マシンガンを斉射した。敵機本体中心の発光部分から火花が起こる。
追撃しようとしたところで衝撃に襲われた。本体の危機に蕾がセイに体当たりしてきたのだ。蕾は一つだけでもヴァウピリ―の半分ほどの大きさがある。それだけの大きさのものに体当たりをされれば大きなダメージを受ける。
「くそっ」
セイは必死で回避しながらも蕾を二つ撃破した。不規則に動いている時は狙いを定めるのが難しかったが、体当たりしてくるのであれば動きは読みやすい。
しかしセイの持つマシンガンも敵機の光線に撃ち抜かれてしまった。
即座に戦闘機形態に変形すると、残っているミサイルを全弾発射しながら敵機本体に突撃した。
「ラナキラハープーン」
ロボット形態に戻るとミサイルの爆炎を目くらましに使って、手に持った銛を突き立てた。爆炎が消え去ると銛は狙い通りに敵機本体の発光体に突き刺さっていた。
思わず「よし」と歓声を上げてしまったがそれは早計だった。敵機はまだ死んでいなかった。
蕾が格納されていた場所から長い指が生えてきて、それに捕まえられてしまった。しかも指から電流が放たれた。
「あああああああああ」
体を電流が駆け巡る。味わったことがない激痛に悲鳴が飛び出る。
それでも、操縦桿を握るセイの手は動いて見せた。ヴァウピリーは銛をさらに深く突き入れた。
ドウッ
爆発が起こったのはセイのヴァウピリ―ではなく、敵機の背面にある推進機関と思われる個所だった。しかし今度も仕留めきれたわけではなく敵機は動きを止めるどころか、むしろ加速を始めた。
『セイ、早くそいつから離れて!大気圏突入コースに入ったわ』
突然ジーナから通信が入った。
見ると、背後にある惑星がどんどん大きくなってきている。
「ヴァウピリーは大気圏突入できないんですか?」
『できるけどロボット形態では無理なのよ』
「だったら!」
セイは銛から手を離した。支えをなくした体は後方へ飛ばされるが、敵機の指が絡みついてきているままだったので離れることはできなかった。
変形することで無理やりに引きちぎろうとしたが、先ほどの電流攻撃で回路が壊れたのか、変形できない。
ということは、指を振りほどくことができたとしても大気圏突入に失敗して燃え尽きることになる。
ピピピピとアラーム音が鳴り響く。高度がどんどん下がり、代わって外壁温度がぐんぐん上昇していく。操縦席内の温度も上がり、汗が噴き出してくる。
「くそ」
額に張り付く前髪をかき上げる。
前世では人の役に立つ前にトラックに轢かれて死んでしまった。
せっかく世界を救う勇者として召喚されたのに、また何も成しえないまま死んでしまうのか。
そんなのは真っ平御免だ。
機体に絡みついていた敵機の指を握る。握ったまま体を大きく揺らした。勢いをつけて跳ね上がり、体勢を変えて敵機の上に脚を突き、馬の手綱を引いているような体勢を取る。
敵機を盾に大気圏突入をしようと言うのだ。敵機に大気圏突入能力があるのだとすれば、これでなんとかできるかもしれない。
激しい振動に体勢を崩さないように、滝のように流れる汗を拭くこともないまま操縦桿を細かく動かし続ける。
数分だろうか。
数十秒だろうか。
数秒だったのだろうか。
とにかく、セイとヴァウピリ―はその体勢で耐えきった。
熱気と振動が弱まったのを感じた。大気圏を突破したのだ。
しかしまだ安心はできない。敵機の推進機関が動き始めた。
「まだ死んでいないのか」
足裏に仕込まれた短剣を出し、半球状の推進機関に突き刺した。爆発が起きて推進機関は停止したが、ヴァウピリ―の足先も爆風で吹き飛ばされた。
二機はそのまま絡み合うようにして海に墜落した。
高い高い水柱が上がった。
操縦席ではアラームが鳴りまくっている。機体の損傷はかなりひどい。
疲労困憊のセイが顔を上げると、モニターの中央に海面上に浮遊している敵機の姿が見えた。ゆっくりではあるが、この場から去ろうとしている。
戦闘機形態に変形できない今、逃げられたらもう追いかけることはできない。
「動くのか?」
モニターの被弾状況は真っ赤に点灯していた。
ゲームの世界では、被弾状況が真っ赤でもヒットポイントがゼロでなければ動くことができる。しかし現実世界の機械にはヒットポイントなんてないことをセイも知っている。
知らないのは、この機体の限界がどこにあるかだ。
「動け!」
セイは最後の力を振り絞って突進した。
残っていた蕾が体当たりしてきて左肩の装甲が弾き飛ばされたが勢いを止めずに接敵した。敵機の中心に刺さったままの銛を引き抜いた。
「ラナキラカッター」
叫ぶと、銛は大剣に形を変えた。
逃げる間を与えずに、敵機を十字に切り裂いた。
大爆発が起こったが、セイにはそれを避ける余力はもうなかった。
爆発に巻き込まれたヴァウピリ―は空中高く打ち上げられ、また海面に叩きつけられた。
体中に激痛が走る。
息苦しい。
それはまだ生きている証拠だ。
しかし、そんな生きている証拠が、感覚が失われていく。
意識が急速に遠くなっていく。
ゴボゴボと海へ沈んでいく。
そんな中で海の向こうにぼんやりと見えた風景に目を見張った。
その特徴ある建物はストームネストの大会が開催されていた場所、東京ビッグサイトによく似ていた。レインボーブリッジや東京タワーに似た建造物も見える。
「……」
自分でも何を呟いているのか分からないまま、セイは気を失った。
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ふわふわと浮いているような感じがする。
自分はまた死んでしまったのだろうか?
単調な音、波の音が聞こえてくる。
潮の香りがする。
セイはゆっくりと目を薄く開いた。
飛び込んできたのは、青と蒼だった。
雲一つない青空と、澄み切った海が目の前にあった。
砂浜に刺されたパラソルの影の中、ビーチベッドの上に寝かされていた体を起こし、首を回した。
「はぁい。気が付いたみたいね」
長い、とても長い耳をぴょこぴょこさせながら、金髪エルフのお姉さんはそう言った。
1~7はコミティア137にエア参加するために書いた作品です。
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