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「はぁい。気が付いたみたいね」

 とても長い耳をぴょこぴょこさせながら、お姉さんはそう言った。

 耳は先端が横に長く伸びている。それ以外は人間と同じように見える。


 セイはその特徴を持つ種族を知っていたが、それは伝説上の種族であり、物語の中に出てくるものだ。


 ―――エルフ


 そうとしか考えられなかったが、だからと言って「お姉さんはエルフですか?」と確認して良いのか分からない。セイが固まっているとエルフのお姉さんは心配そうな顔で訊ねてきた。


「大丈夫?まだ意識がはっきりしないの?どこを見ているの?」

 エルフのお姉さんはセイの視線の先を追っていき、にっこりと笑った。

「ああ、ここね」

 そう言ってビキニから溢れそうになっている乳房の隙間を掌で隠した。


「す、すみません」

 慌てて目を逸らしたセイを、エルフお姉さんは笑う。

「良いのよ。見ても」

「いえ、見てません。見てませんから」

「見てないって言われるのもちょっとショックなんだけど」

「とにかく結構ですから」

 セイはビーチベッドから跳ね起きて、パラソルの影の外から飛び出した。


「あっつ」


 砂浜は火傷しそうなほどに熱かった。

 エルフお姉さんはけらけらと笑いながら、ビーチベッドの横に置いてあるサンダルを指さした。

 足の裏の痛みをこらえながらサンダルを履き、改めてパラソルの外に出た。見渡すと白い砂浜がずっと続いており、波が穏やかに打ち寄せている。水面をキラキラと光らせた海が広がり、グラデーションをつけて真っ青な空へと続いていく。


 頂上に輝く太陽からの日差しは強く、じりじりと皮膚を焼かれるようだった。

 ようやく気が付いたが、Tシャツに海パン姿だった。


「その様子だと、意識ははっきりしているようね」

「はい……」


 答えながらも、エルフが見える状態を意識がはっきりしていると言えるのだろうかと自問自答する。何より、自分はトラックに轢かれそうになっていたはずだが、どうしてこんなところにいるのだろうか。


「ここはどこなんですか?」

「モワプン・ヘマよ」


「モワプン・ヘマ……」聞いたことがない場所だ。


「天国ですか?」

 死んでいるのだとすれば、地獄というよりは天国と言われる方が納得できる風景だ。

「天国?そうね……」

 エルフお姉さんは唇に指をあてて少し考えてから答えた。


「天国の定義を決めるのは難しいけれど、多分あなたの考えている天国ではないと思う」

 少し難しい、煙に巻くような言い回しだ。

「どうして僕はここにいるんでしょうか?」


「私が召喚したからよ?」


 あっけらかんと返ってきた言葉は、予想していないものだった。

「召喚?」

「そんなところにずっと立っていたら熱中症になるわよ。影の中に入りなさい」

 いい加減熱くなってきていたので大人しく従ってパラソルの影に入った。手渡されたボトルを受け取って、水を飲んだ。冷たくて気持ちよかった。

 ボトルを置こうとして気が付いた。ボトルには蓋が付いていなかったし、水は少なくなっていた。加えて言えば、飲み口が少し赤くなっている。

 エルフお姉さんが赤い口紅を付けた唇で笑った。


「すみません」

「どうかしたの?」

「いえ、あの……、僕を召喚したってどういう意味ですか?」

「そのままの意味よ」

 エルフは真剣なまなざしを見せた。


「この世界には危険が迫っているの。でも、この世界の者の力だけではその危機を打ち破ることができない。だからこの世界の危機を救ってくれる勇者を、異世界から召喚したの」


「異世界召喚……」


 ラノベやアニメでそんな話があることは知っていた。それらの話の中では、主人公の多くがトラックに轢かれることをきっかけに異世界へ飛ばされることも思い出す。


 トラックのヘッドライトが急接近してくる光景を思い出して、急に息苦しくなった。


 先端がなまったナイフをゆっくりと突き立てられるような感覚……


「僕は……、死んだんですか?」

「生きてるじゃない」

 セイの心の苦しみに全く気が付いていないような軽さでエルフ姉さんは応えた。先ほどの真剣なまなざしはすでに消えている。


「あの……、確かにここでは生きているかもしれませんけど、元の世界の僕がどうなっているのかが気になって……」


「ごめんなさい。そういう細かいことは分からないの。異世界から勇者を召喚した経験者はいないし私も初めての経験だったし、古文書にも細かいことは書いていなかったし。付け加えると、どうしてあなたが召喚されたのかも分からないわ。私は異世界から勇者を召喚する呪文を唱えただけ。唱えたら、あなたが現れた」


「そんないい加減なことで召喚されたんですか」


「いい加減って言うけどね。結構、準備は大変だったのよ」


「すみません」

 エルフ姉さんは頭を下げるセイが手に持ったままのボトルを奪い取って残っていた水を飲み干すと、砂に刺した。


「あなたはすぐに謝るのね。それはあなたの世界の習慣なの?」

「いえ。僕の……癖、です」

「そうなのね。この世界ではあまりよく思われないから止めた方が良いわよ」


 その物言いは、少し真白を思い出させた。

 もう、彼女に会うこともないのだろうかと思う。


「そういえばまだ名乗ってもいなかったわね。ジーノ・ジーナよ。よろしくね」

「佐藤青蘭です。宜しくお願いします」

「せいらんって呼んで良いかしら」

「セイでお願いします」

「私はジーナで良いわ」

「ジーナさんはエルフなんですか?」

 会話が続いた勢いで訊いてみた。


「そうね。私はエルフよ」

 長い耳がぴょこぴょこと動かしながら、あっさりと認めた。


「この世界には、エルフは大勢いるんですか?」

「多くはないわね。多いのはあなたと同じヒューマン族よ。どうして?」

「僕の世界にはエルフはいなかったので」

「そうなのね。エルフがいないなんて、ちょっと不愉快な世界ね」

「すみません」

「止めなさいって言ったでしょう」

 ジーナはやさしく咎めた。


「す……、はい。それで、僕はなにをすれば良いんですか?」

「なにって?」

「世界の危機を救う勇者として呼ばれたんでしょう。具体的に何をすれば良いんですか?」

「もしかして働き者?」

 あきれた目で見てくる。


「良い天気で、海が広がっていて、砂浜で美女と二人よ。そんな状況で勇者としての務めを果たしたいだなんて、そんな生き方で楽しいの?」

「楽しいとかじゃなくて、世界に危機が迫っているんじゃないんですか?」

「慌てて救いに行くほどじゃないわよ。私は召喚するのに疲れたから、今日はもう休みたいの。休ませてもらうの!あなたは海を楽しんで来て。そうそう、そこにあるフルーツは食べて良いわよ」

 ジーナはそう言ってビーチベッドに横になった。


 非常に理不尽な扱いをされている気がするが、これ以上は相手をしてもらえない雰囲気を感じ取って隣のパラソルに移った。


 大会の昼休みに運営が用意した弁当を食べたきり、何も食べていないのでお腹は空いている気がした。

 テーブルの上のバットにはクラッシュアイスが敷き詰められ、その上に様々なフルーツが並べられている。メロン、スイカ、ぶどう、バナナと見慣れたものがある一方、とげのような突起物があるもの、中身が黄色くてドロドロしたものと、見たことがないものもあった。


 メロンを食べると風味は感じるがほとんど甘さを感じなかった。スイカも同様だ。品種改良を進めた結果、フルーツは昔に比べるとかなり甘くなったというニュースを思い出した。この世界では、品種改良技術が進んでいないのだろう。


 見たことがないフルーツに挑戦するほどの好奇心は持っていない。


 海は奇麗だが、一人で遊んで楽しめるほどアクティブではない。


 困った。やることがない。


 やることがないのでぼんやりと海を見る。


 美しい風景だ、とても平和な世界に見える。この世界に本当に危機が迫っているのだろうか。どんな危機なのだろう。そして自分は本当にその危機に打ち勝てる勇者なのだろうか。ついさっき、卑怯者と呼ばれてチームから追放された自分にそんな資格があるのだろうか?

 セイは視線を落として右の掌を見た。

 今度は間違えずに、誰かを守ることが、誰かの役に立つことができるのだろうか。


 ザザアと打ち寄せる波の音が届いてきた。波の音は人の心を落ち着かせる効果があると言う。セイも音を聞いて、少し気分が楽になったような気がした。


 世界の危機だというから身構えてしまったが、こんなに平和な世界だ。実は大したことない危機かもしれない。何をさせられるのか、期待されているのか分からないが、あっさり解決してしまうかもしれない。

 元の世界に帰れなかったらそれは残念だけど、ここでのんびりとスローライフを楽しむのも悪くない。

 そんなことを考えていると、ジーナが呼んでいる声が聞こえた。


「勇者様の仕事を思い出したわ。なかなかに難易度が高い仕事よ。あなたにできるかしら」


「頑張ります」


「背中にオイルを塗ってちょうだい」


 ジーナはそう言ってビーチベッドにうつぶせになり、ボトルを差し出してきた。

 セイが黙って立っていると、「早く」とボトルを振って促してきたので、仕方がなくボトルだけ受け取る。


「これが勇者の仕事なんですか?これで世界が救われるんですか?」


「そうよ。とっても大事な仕事をうっかり忘れていたわ。大変大変」


 しれっと言われると、そういうものかと信じてしまう。ここは異世界なのだから、そういうこともあるのだろう。

 白い肢体が目の前にあった。引き締まった体の上にほどよく脂肪が乗って丸みを帯びている。

女性にサンオイルを塗るのは初めてではない。真白に塗らされたことがある。しかしスレンダー体形の彼女とは全く違う大人の女性の肢体に、勇者の仕事だと分かっていても、手はためらっていた。


「ブラの紐は外してね」

 そこにジーナが追い打ちをかけてくる。

「はい」声が上ずらないように注意しながら答える。

 オイルが入ったボトルを下に置き、ジーナの背中で結ばれているブラトップの紐に、ゆっくりと、体に触れないように気を付けながら指を伸ばした。

 指先で紐を掴むと、注意深く引っ張っていく。ある程度引っ張ったところで、弾力に弾かれるように一気にほどけた。


 第一関門突破だ。


 オイルを手に取り、その手をジーナの背中に近づけていく。

 急がないとまたジーナから突っ込みが入るだろう。覚悟を決めて背中に触れようとした時、電話の読出し音のような音がした。


 突然の音に驚いたセイが固まっていると、ジーナはビーチベッドの下から四角い板、スマホのようなものを取り出して耳に当てた。


「今は連絡してこないように言ったでしょう」


 いきなり文句から始まったが、相手の言葉に耳を傾けるジーナの体がどんどん緊張していくのが分かった。


「敵襲ですって!」


 叫びながらいきなりジーナが上半身を起こした。


 背中に触れる直前で止まっていたセイは避けることができず、オイル塗れの手はジーナの身体の上を滑っていき、結果として抱き着く格好になった。




お姉さんにはやっぱり振り回されたいですよね。

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