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「お帰り青蘭せいらん


「……ただいま」


 少年はぶっきらぼうに答えた。

「サトー」はゲームプレイ時に使っている名前であり、本名は佐藤青蘭(せいらん)と言う。あまり好きな名前ではないので、できるだけ「セイ」と呼ぶようにお願いしており、両親でさえそう呼んでいるのだが、小学校に入った時から十二年間続く幼馴染である少女だけはしつこく「せいらん」と呼び続けている。


 ゆったりとしたシルエットのダウンコートの下から、カラータイツを履いた細くて長い脚がにょっきりと伸びている。両手はコートのポケットに突っ込まれている。

 勝気な性格が目力の強さにあらわれている少女の名前は、猿渡さわたり真白ましろという。


「こんなところでなにしてるの」


「もちろん君を迎えに来たんだよ」

 目を細め、形の良い唇がやさしく微笑んだ。


「なんでこの時間に帰ってくるって分かったの」

 今日試合があった八チームは大会後の祝勝パーティーに招かれていた。セイも首にならなければ参加していたし、パーティーはまだ続いている時間だ。親には帰りが遅くなると言って出かけたが、その予定がキャンセルになったことは連絡していない。SNSはROM専(見るだけ)なので、そんな個人情報を書き込んだりもしていない。それ以前に、決勝戦が終わってからスマホの画面を見ていない。


「君のことならなんでも分かるに決まっているだろう」

 勉強もスポーツも平均点レベルのセイと違い、真白は文武両道に優れていて芸術方面でも才能を発揮するスーパーガールだ。その才能は多方面に発揮されるらしく、セイの行動はいつも見透かされている。


 セイが黙って歩き始めたのは、真白に何を言っても無駄なのを知っていることもあるが、通行人の視線が気になってきたからである方が大きい。ゲームセンターの常連はセイのことを知っている。彼らが自分にどんな感情を抱いているにせよ、見つかりたくなかった。


 そんな態度のセイを気にする素振りは見せずに、軽やかに真白はついてくる。家が隣なので、ついてくるなとも言えない。


 駅前通りは三分も歩けば店の明かりは消え、商業地から住宅地に変わる。その先に川があり、二人の家は川向うにある。川まで来ると、人通りはかなりまばらだ。

 階段を登り、川に掛けられた橋を渡り出した時、後ろから声をかけられた。


「優勝おめでとう」


 それは本当になんの混じりけもない祝福の気持ちだと分かったから、無視することはできず、セイは立ち止まって答えた。


「ありがとう」

 その言葉を口にすると同時に、今まで押さえつけてきた感情が一気に溢れ出してきそうになる。


「世界大会はラスベガスだったよね。羨ましいな。私も一緒に行きたいよ。お願いしたら付き添いでついていけないかな」

 セイの胸の内を知らずに、真白は呑気な口調で言う。


「……世界大会には出られなくなったんだ」

「どうしてだい?」

「首になったんだ」

「そう」真白はその理由を尋ねたりはしなかった。


「ラスベガスに行けないのは残念だけど、向こうから手を切ってくれたなら良かったじゃないか。あんな柄の悪い連中と付き合うのは止めた方が良いと思っていたんだ」


「そんなこと言うなよ」

 思わず大きな声を出していた。


「そんなこと言うなよ。確かに良い人たちではなかったよ。悪いことをしているのも見てきた。でも、僕の力を認めてくれたんだ。初めて僕の力を認めてくれて、必要としてくれたんだ。その人たちのことを、悪く言わないでよ」


 背中を向けたまま訴えるセイに、真白は短く謝った。

「ごめんなさい」


「悪いのは僕なんだ」

 謝罪の言葉だけでは、一度(ほとばし)り出した感情の高ぶりを止めることができなかった。


「チームに入れてくれたから、頑張ったんだ。チームが勝つように、みんなが気持ちよくなれるように、僕を必要としてくれるように頑張ったんだ。それで決勝まで行けた。みんなも僕のことを認めてくれていたんだ。でも、最後の最後で失敗した。僕は自分が撃墜されるのが嫌で、テリアさんを撃墜してしまったんだ。チームのため、みんなのためって思っていたのに、最後で自分を優先してしまったんだ。僕は最低だ」


「君は最低なんかじゃないよ」


「何も知らないくせに勝手なことを言うなよ。テリアさんにまで、チーターじゃないかって疑われたんだ。僕が最低な奴だからだよ。首になって当然なんだ」


「そんな風に思える君は、絶対に最低じゃないよ」


 八つ当たり同然の言葉に、真白はあくまでもやさしく答えてくれる。

 そのいつも通りのやさしさに、恥ずかしくなって、情けなくなって、セイは走り出した。


 橋を一気に駆け抜け、飛ぶように階段を降りる。角を右に曲がったところで、眩しい光に目を刺された。


 トラックが眼前に迫っていた。


 けたたましいブレーキ音が響く。

 目を瞑り、その場に立ち尽くしてしまったセイだったが、いつまで経っても何の痛みも衝撃も伝わってこなかった。


 轢かれなかったのだろうか?


 恐々と目を開こうとしたところで、急激に意識が失われていった。トラックのものであろう眩しいヘッドライトの前を人が行き交っているのがぼんやりと見える。ざわざわと話す人の声がする。体はやけにふわふわとして浮いているような感覚だった。


 あまりにも強い衝撃を一瞬で受けると、痛みを感じる間もなく死ぬと聞いたことがあった。


 僕はトラックに轢かれて死んだ。


 そのことを何の悔いもなく受け入れた。


 ずっと前からこの時が来るのを待っていたような気さえした。


 ただ、真白との別れ方が最低な形だったのが残念だった。


「ごめんなさい」


 もう動かなくなった口の中で呟いて、完全に気を失った。




<<< >>>




 ふわふわと浮いているような感覚が続いていた。


 ここが死後の世界という奴だろうか?


 単調な音が聞こえてくる。

 波の音に似ている。

 どこか生臭い匂いを感じる。

 その内に、足がじりじりと熱せられているような感覚が襲ってきた。

 熱い、地獄で熱せられた鉄板の上にでも立たされているのだろうか?


 どうもこのまま寝ていることは許されないらしい。

 セイは恐々と目を薄く開いた。

 飛び込んできたのは、青と蒼だった。

 雲一つない青空と、澄み切った海が目の前にあった。


「え?」


 目をパチパチさせながら体を起こしてその光景を見る。


 テレビなんかで見る、南の島のリゾート地そのままの景色だった。

 吸い込んだ空気がキレイで気持ち良かった。

 自分は砂浜の上のビーチベッドの上に寝かされていて、足のつま先がパラソルの陰から出ているのが見えた。


「天国でも熱いとか思うんだ」そんなことを考えながら左を向くと、水着のお姉さんがこちらを見ていた。金髪で、肌が白い。サングラスを少し下げ、青い瞳を見せて微笑む。


「はぁい。気が付いたみたいね」


 長い、とても長い耳をぴょこぴょこさせながら、お姉さんはそう言った。




ようやくエルフのお姉さん登場です。

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