32
「ううう……」
ジーグは呻きながら顔に掛かっていたものを手で払いのけた。
「頭痛い……」
寝ていたソファから身体を起こし、腰を掛けながら頭を手で押さえる。
「弱いのに調子に乗るからですよ」
壁際に備え付けられた机の前でパソコンのキーボードを叩くグネットがそっけなく言う。
「うるざい。みずー」
すぐに隣のキッチンから小さな影が小走りで入ってきて、水の入ったグラスを差し出した。
「ありがとうガキン。 いい子だねぇ」
優しい声で褒めながら青いイガグリ頭を撫でてやる。
「なんだか顔が赤いねぇ」
と言いながら、ガキンの視線の先で、自分の大きな胸が丸出しであることに気が付いた。
「ごめんごめん。あれぇ、ブラはどこだ」
ジーグは周囲を見回し、さっきまで顔にかかっていたのがブラジャーであったことに気が付いた。
片方が自分の顔ぐらいの大きさがあるブラジャーを付けながら、ブラインドから差し込んでくる光の様子で昼頃だろうとあたりを付ける。
ごちゃごちゃとして、あまり片付いていないリビングルームに三人はいた。窓際にはジーグが横になっていたソファが置かれている。グネットが向かうデスクの前には三台のモニターが並んでおり、多くのウィンドウが開かれている。デスクの反対側の壁には大型テレビが設置されており、無音でニュースを流している。その間には ダイニングテーブルがあり、空き缶やペットボトル、ノートパソコンや用途不明な機材が置かれている。床にはガキンのトレーニング用のダンベルなども転がっている。
ガイテキル軍地球調査部隊北米支部の前線基地は惨憺たる有様だが、支部長であるジーグを筆頭に、片付けようという意識はあまりない。
昨夜の海兵隊とのストームネスト対戦はジーグの圧勝だった。しつこく絡んできたリーダー格の男を秒殺した。しかし海兵隊の者たちは次から次へとジーグに挑戦を挑んできた。
ジーグが勝つたびに店内の全員に酒が振舞われた。
その結果、ジーグはゲームでは勝ったが、酒には負けてしまった。
ちなみにグネットは飲むふりをしていただけ。ガキンはどれだけ飲んでも酔ったことがない。酔わないので普段は飲まない。
酔っ払って動けなくなったジーグを、三人が根城にしているサン・ディエゴの中心部から少し離れた場所にある住宅地の一軒家にガキンが担ぎ込んだのだった。
痛む頭と散らかった部屋に、気分が滅入る。
「あー、先輩結婚して」
思わず願望が口から洩れる。
「この光景を見て結婚しようって言ってくれると思うんですか?それとも先輩様は片づけが趣味なんですか?」
「うるさいわね」
グネットの正論に毒づきながらグラスの水を飲み干し、物が溢れているダイニングテーブルの隅っこに置く。
「なんかあったかい?」
「特に変化はありませんね」
グネットはモニターから目を離さずに答える。ここでは北米で起こっている様々な事象をモニタリングしている。
「平和なものです」
なにかを嘲っているかのような笑みが口端に浮かぶ。
「ああ、そういえば」
明るい話題を思い出したと、純粋に笑う。
「ストームネストの日本代表チームが決まりましたよ」
「ランブル・パブだろう」
日本チャンピオンである華庵テリアが所属しているランブル・パブは、世界でも知られている強豪チームだ。
「いえ、 大番狂わせがあったんです。 優勝はディープ・ギムレットです」
「ディープ・ギムレットだって?荒っぽい雑なプレイをするチームじゃなかったかい?あれじゃ、テリアには勝てないと思ったけどね」
「最近入った新メンバーが優秀だったんですよ。決勝戦はほぼそいつ一人で勝ったようなもんです。テリアを倒して、MVPも獲得しました」
「へぇ、名前はなんていうんだい?」
「サトーです」
聞き覚えのない名前だった。
「そんなに凄腕なら対戦してみたいもんだね」
「それが、日本大会が終わった直後にチームからの脱退が発表されました。そもそもメンバーの一人が反則で出場停止になって、助っ人でチームに加入していたらしいです」
「なんだいそりゃ。じゃあ、アメリカには来ないのかい」
「でしょうね」
「つまらないね」
ジーグは唇を突き出す。マーヴェリックパブではオンライン対戦はしていないが、アメリカに来るなら実際に手合わせをする機会を作ることはできる。世界大会開催中は会場のあるラスベガスに行って、世界中の猛者と闘うつもりだ。
「テリアとも闘ってみたいし、世界大会が終わったら一度ジャパンに行こうか」
ガキンがぶんぶんとイガグリ頭を振って賛成する。
「極東の支部長に嫌味を言われますよ」
グネットは嫌そうな顔をする。
「休暇で行くんだよ。だったら縄張りを荒らさないだろ」
「だから嫌味ですよ。持ち場を離れて休んでいる暇があるのかって」
「ホネガネなら言いそうだねぇ。つまらないね。辛い、辛いよ。先輩結婚してー」
情けない声を上げる。
「先輩様は結婚なんかしている暇ないでしょ」
「それはつまり、暇ができたらしてくれるってことかい?」
テーブルに突っ伏していた顔を勢いよく上げる。
「ワンチャンあるんじゃないですか?」
「あっはっはー。そうかいそうかい。あんたもたまには良いこと言うじゃないか。やる気が出てきたよ」
「それは良かったです」
元気そうな上司の姿にグネットは口元を緩める。ガキンも嬉しそうに笑っている。
警告音が幸せなひと時を瞬時にぶち壊した。
グネットが見ているモニターも赤く点滅している。
「なんなんだい」
「待ってください」
グネットは警告音を切って凄まじい勢いでキーボードを叩く。
「なんてこった」
原因はすぐに判明した。
「ギッテルの光学迷彩が切れています」
サン・ディエゴ湾を太平洋から覆い隠すようにポイントロマ半島が伸びている。緑に覆われた小高い丘の上には異質な物が乗っかっていた。ちょっとしたビルディングぐらいの大きさがあるが建築物としては異形だ。全体が曲面で構成されており、ところどころに用途不明なでっぱりや凹みがある。オレンジ色のそれは異彩を放ちながら鎮座していた。
その巨大なモノはつい先ほどまで存在していなかった。
突然、現れたのだ。
「なんで見えているの!」
ジーグはモニターを指さしながら悲鳴を上げた。
「知りませんよ」
グネットは怒鳴りながら再び猛烈な勢いでキーボードを叩いた。ガキンはおろおろと部屋の中を歩き回る。
「くそ。もう警察や軍が動いている」
「オーオーオー」ガキンがテレビでも報じられていると知らせてくる。
「だから私はあんなところに雑に置いておくのには反対したんです」
「言っている場合かい」
ジーグは言い訳を蹴り飛ばす。
「とりあえず海の中に隠しな」
「それが、遠隔操縦が効かないんです。迷彩の再起動もできません」
「じゃあ行くしかないね。準備しな」
ジーグは椅子に引っかけてあったジャケットをはおりながら足早に部屋から出ていき、ガキンが素早くその後に続く。グネットがノートパソコンなどをメッセンジャーバッグに放り込んでいると、外の駐車場からジーグの悲鳴が聞こえてきた。
「今度はなんですか」
問いながら外に出たグネットは目の前の光景に頭を抱えたくなった。
九十年代の角ばった赤いキャデラックが止まっているはずの場所には、大きさは同じぐらいであるが外見は全く似ていない、白い流線型のものがあった。古いレーシングカーのような形をしている。
「ギッテルの迷彩が切れているんだから、こっちだって切れていて当たり前か」
すぐにその可能性に思い至らなかった頭の回転の鈍さを呪う。
が、呪っている時間もない。
「早く乗って下さい」
急かされて、立ちすくんでいたジークとガキンはドアを開き、流線形のモノの中に乗り込んだ。
「運転は任せます」
後部座席に乗り込んだグネットはすぐにノートパソコンを開く。
「迷彩はできますか?」
「ちょっと待っておくれよ」
ジーグが前部座席前のボタンを幾つか押すと、白い流線型のモノは赤いキャデラックへと姿を変えた。車内の内装も、それに合わせたものに変わった。
「戻ったね。どうしたんだい」
「分かりません。ネットワークシステムに不備があったのか、それとも何か妨害電波のようなものが発せられたのか……」
「妨害電波なんて誰が出すんだい」
「ウー」
ガキンの声に、ジーグは質問を止める。
「そうだったね」
キャデラックを急発進させる。駐車場を覗き込んで来ていた通行人が慌てて飛びのく。
「見られたかね?」
ジーグはため息交じりに訊ねる。
「そうでしょうね」
グネットも残念そうに答える。
「仕方ない。処分しな」
「ムー」ガキンが抗議の声を上げる。
「ごめんよ。私だってやりたくないんだよ。でも、仕方がないんだ」
ジーグは優しく慰める。
車の数ブロック後方、アジトで爆発が起こった。
「マーヴェリックパブにももう行けないね、……ってくそ」
余韻に浸る間もなく、前方に現れた渋滞にハンドルを叩く。
謎の構造物への対策のために軍や警察が動き、その影響で町では渋滞が発生していたのだ。
「アジトも処分してしまったし、もう良いんじゃないですか?」
グネットが投げやりに提案する。
「あんたにしては珍しいじゃないか」
「ギッテルの確保が優先でしょう」
「違いないね。行くよ」
ジーグがぐいとハンドルを引くと、赤いキャデラックは空へ舞い上がった。
渋滞する車列の上を飛んでいく四角く赤いキャデラック。
左手でオープンカーのクラクションを鳴らしながら右手でフライドポテトを食べていた白人男のボブはその姿を見て、「アメリカの夢が現実になったぜ」とご機嫌にビール瓶を空に掲げた。
赤いキャデラックはあっという間に海上に出た。空には軍、警察、報道、民間のヘリコプターが飛び交っていた。突然の闖入者はあっという間にそれらの間をすり抜けていく。
「被害を与えないでくださいよ」
ノートパソコンを操作しながらグネットが口を挟む。
「地球人との接触はまだ許可されていないんですから」
「誰に言っているんだい」
ジーグは笑い飛ばす。
「ガイテキル軍第二位のパイロットだよ」
「あ、一位は譲るんですね」
「私は旦那を立てるタイプなんだよ」
空飛ぶキャデラックはコロナド島の上を通過し、再び海上に出ようとしていた。不可思議な建造物、その正体は彼らの宇宙戦闘機であるギッテルはもう目の前に見えていた。
その時、ガクンとキャデラックの高度が下がった。それに合わせて外装も白い流線型に戻った。ジーグはかわいらしい悲鳴を上げる。
「また妨害電波だ」
パソコンの画面に踊る波形を睨みながらグネットが叫ぶ。
「先輩助けて」
叫びながらジーグは体勢を戻そうと必死に操作する。
コントロールの効かない小型飛行物体はギッテルの周りでホバリングしていた軍のヘリコプターに接触した。ヘリコプターのローターの何本かがへし折れるが、小型飛行物体には傷一つない。それどころか接触の衝撃を利用して態勢を立て直した。
「良し!」
「良しじゃないですよ。被害を与えるなって言っているのに……」
グネットの小言もむなしく、ヘリコプターはふらふらと高度を下げていき、墜落した。
墜落した場所には燃料貯蔵タンクが並んでいた。大きな爆発が次々と起こり、火柱が立ち上がり、黒煙が沸き上がった。
「折角なんだから派手に行こうじゃないか」
割り切ったジーグに、グネットはもう何も言わなかった。ガキンは嬉しそうにニコニコと笑っている。
三人が乗った小型飛行物体がギッテルに近づくと、壁の一角がスライドして空間ができた。小型飛行物体がその中に入ると、伸びてきた機械の腕に捕まれる。そのまま奥へと移動させられると、さらに伸びてきた腕によって強固に固定された。
「それじゃ、ここからは任せるよ」
ジーグはもぞもぞとシートを乗り越えて後部座席へ移動した。代わりにグネットが前へ移動し、グネットが前方左座席、ガキンが前方右座席に座り、ジーグは後部座席でふんぞり返った。
「ギッテル緊急発進します」
グネットはハンドルの代わりに座席の前に現れたコントロールパネルのボタンを押して巨大な宇宙戦闘機ギネットを発進させた。
「ミサイル接近」
アラーム音と同時にグネットが報告する。すぐに爆発の衝撃が伝わってくる。
「被害はありません」
レーダーにはヘリコプターだけではなく、戦闘機も飛んでいることが映っていた。
「めんどうくさいねぇ。とりあえず全部落としちゃいな」
ジーグは本当に面倒くさそうに命令する。
「良いんですか?」
「ここまで来たら派手にやらないとね。だろう?」
「ウラー」
グネットは呆れた顔を見せるだけで返事をしなかったが、ガキンは元気よく返事をしてボタンを押した。
機体上部の四隅に設置されたレーザー砲が起動し、そこから発せられたレーザー光線が周囲を飛び交うヘリコプターや戦闘機を薙ぎ払った。
残骸のいくつかはサン・ディエゴの町に落下し、新たな火の手が上がる。
「結構気に入っていたんだけどねぇ。残念なことだよ」
ジーグは二年間潜伏していた街を名残惜しそうに一瞥した後、すぐに新たな命令を出した。
「大気圏を離脱しな」
「隠れないんですか?」
「妨害電波の正体が分からないのに、地球に居続けるのは危険じゃないか」
「確かにそうですね。ギネット、大気圏を離脱します」
ふわりとした緩やかな挙動でギネットは上昇を開始した。
「ラスベガスにももう行けないね」
「そんなことを言っている場合じゃないでしょう。各支部から抗議と問い合わせが殺到しています」
「こんなに早く情報が伝わったのかい」
「……いえ、違いますね。どこの支部も光学迷彩が切れて慌てているみたいです。抗議の先は我々ではなくて、月の本部です」
グネットは報告しながら少し安堵の顔を見せる。
「そうだろうよ」
答えながらもジーグは眉根をひそめる。よろしくない状況だ。地球全土に展開しているガイテキル軍の光学迷彩が破られたのだ。偶然であるはずがない。地球人が何かをやった可能性が高い。
しかしそんなことができそうな組織の情報は上がってきていなかった。地球で一番科学力が発展しているのはジーグたちが担当していたアメリカ合衆国だ。もし、自分たちの目を欺いてそんな装置を開発していたのだとすれば……
ホネガネにネチネチと嫌味を言われている未来を想像して嫌な気分になる。
あーせめて先輩は見捨てないでください。
「こいつはなんだ」
感傷の時間はグネットの驚きの声で打ち切られた。
「何ものかが接近してきます。このまま行くと接触まで百五十秒」
「何ものかってなんだい」
「分からないから何ものかなんですよ!太平洋、ハワイ近辺からロケットで打ち上げられたようです」
「はっきりしないねぇ」
「はっきりしないんです」
グネットはそう断言する。分からないことは分からないとはっきり報告できる。だから信頼できる。
通常のロケットが発射されたのであれば、張り巡らしている衛星監視網によって特定できるはずだ。それができないということはなんらかの方法でそれを隠しているのだ。地球人がそんな科学力を持っているとは報告されていない。
だったら、これから上がってくる奴は、光学迷彩を打ち消す妨害電波か何かを放った奴と同じだろう。
「どうします?」
「どうするってなんだい?」
「逃げますか?」
「迎え撃つに決まっているだろ。探す手間が省けたってもんだよ。お前たち、気合を入れな」
「ウラー」ガンツは両手をあげて気合を入れた。
「敵はロケットを切り離しました。こちらとの接触ラインに入ったままです。接触まで四十三秒」
「向こうもやる気ってことだね」
モニターに敵機の姿が映し出された。
細長い流線型、丸みをおびた前部から小さな突起が突き出されている。幾つかの小さな羽を持ち、全体的に青い。
「なんだか見たことがあるような形だねぇ」
「イルカ」
「確かにイルカだ。えらいね」
ガンツはジーグに褒めてもらえて素直に喜ぶ。
「敵機、ミサイルを発射」
喜んで操縦桿から手を放していたガンツは回避行動を取るのが遅れた。ミサイルは命中し、衝撃が伝わってくる。
「被害状況は?」
「大したことありません」
「お返しだ。やっちまいな」
「ウラー」ガンツは目を見開き、二本の操縦桿を操作する。
ギッテルは丸みのある立方体のような形状をしている。その四隅は円形に盛り上がっており、それらの真ん中にはレーザー砲が備え付けられている。円形の部品の一つが本体から分離した。
ミサイルの爆炎はまだ周囲に漂っている。それが晴れきる前にレーザー光線を発射した。
「弾かれた!形状が変わっている?」
グネットが驚きの声を上げる。敵機はイルカ型から人型に変型していた。レーザー光線を盾で弾くと、右手に持ったマシンガンを発射してくる。
それを素早く避けたガンツは、残りのレーザー砲も分離させ、四方向からの攻撃を開始した。
「人型だとかふざけているね。容赦するんじゃないよ」
ジーグは激励の声を飛ばす。ガイテキルでも過去には人型兵器が開発されていることがあった。しかし戦闘においてはそれに特化した形状の方が有効であるとの論が優勢となり、人型兵器が広まることはなかったのだ。それが科学力で劣っているはずの地球で実現しているのは、許しがたいものがあった。
そして地球の人型兵器は四方向からのレーザー攻撃を回避した。さらに隙を見つけてはマシンガンで反撃してくる。
ジーグたちは二年間地球を観察していた。しかしこんな人型兵器があるとは聞いたことはない。つまり、このパイロットは人型兵器を使った実戦は初めてのはずだ。さらに、四方向からの同時攻撃が可能な敵の存在など知らないはずだし、宇宙での戦闘も初めてのはずだ。初めて尽くしの戦闘でこれだけの動きをして見せる。
こいつはいったい何者なのだ。
ジーグの背中に悪寒が走った。実戦経験豊富な彼女が、戦場で初めて感じた恐怖だった。
その恐怖を感じたかのように人型兵器が迫る。レーザー砲台の間をかいくぐり、本体に接近してマシンガンを放つ。
「マルチプルコアに被弾。センサー感度二十パーセント低下」
「ダッダダー」
雄たけびを上げたガキンは移動砲台を敵機にぶつけた。それまではレーザー攻撃を避けていた敵機も体当たり攻撃は想像していなかったらしく、見事にヒットしてくるくると飛んでいく。
すかさず追い打ちをかけようと、二機の移動砲台を飛ばしたが、それらは逆に撃ち落とされることになった。
「ウラー」
苦し紛れに撃ったレーザー光線が敵機のマシンガンに命中して爆発した。
しかしそれを喜ぶ時間はなかった。
敵機はマシンガンを捨てると即座に内蔵ミサイルを発射し、イルカ型に変型して、ミサイルの背後に隠れるように接近してきた。
このパイロット、切り替えが恐ろしく早い。
「拡散レーザーを撃つんだよ」
出力を弱めた細いレーザーを何本も撃つことによってミサイルを撃破した。
しかし激しい衝撃が襲ってくる。警告音も鳴り響く。
「マルチプルコアに重大な損傷を受けました」
ミサイルが爆発した煙が拡散し、人型の敵機の姿がモニターに映る。敵機はギッテルの上に立ち、機体中央のマルチプルコアに銛のようなものを突き刺していた。
「このままだと動力炉にも被害が出ます」
「握りつぶしておしまい」
「ウラー」
ギネットの機体側面にいくつもの亀裂が走ると、次の瞬間には巨大な手に変型した。
長い指を伸ばして敵機を掴み、電流攻撃をする。しかし人型は身体を震わせながらも、銛をさらに深く突き入れた。
再び大きな衝撃が走る。
「動力炉をやられました。出力四十パーセント低下」
「なんてやつだい」
ジーグは焦りながらも、覚悟を決めて指示を出す。
「進路変更だよ。大気圏に叩き落としな」
「この状況では、ギッテルも耐えられるかどうか分かりません」
「こいつはここで落とさなくちゃいけないんだよ」
「……了解です」
ギッテルは大気圏突入コースに入った。
「手は壊れても良いから、離すんじゃないよ」
しかし敵はジーグの声を聞いていたかのように拘束から抜け出すと、逆に長い指を利用してギッテルの下部に取りついた。
すでに大気圏突入は始まっている。ここで下手に動けばギッテルも空中分解してしまう。
「こうなったら地球で決着をつけるよ」
ジーグは舌打ちしたいのを抑えながら、部下たちを鼓舞した。
「出力六十パーセント低下。もうまともに闘えるような状態じゃないですけどね」
グネットはいつものように軽口を叩く。
「だったらどうするんだい。逃げるって言うのかい。向こうだって無傷じゃないんだ、私はそんなのごめんだよ」
「どこまでもお供しますよ……って良いことがあるんですけど聞きますか?」
「教えておくれよ」
「このままだと、落下地点はジャパンの東京湾です」
「こんな形で来ることになるとはね。サトーと闘う時間はあるかね」
「そのためにはまずは勝つことです」
「そういうことだね」
敵機、ヴァウピリーに乗っているのが、ストームネスト日本大会MVPのサトーこと佐藤青蘭であることは、この時のジーグたちには知る由もない。
先に仕掛けたのは敵機だった。ギッテルの下部中央には半円状の部品が付いており、それが推進機関になっている。その上に立っていた敵機は、足裏に仕込まれていたナイフを突き立てた。
大爆発が起き、敵機の脚も吹き飛ぶことになったが、ギッテル側の損害の方が大きかった。
「出力九十パーセント低下。ダメです、もう落ちます」
グネットは悲鳴を上げるが、ガキンはそれでも諦めなかった。
一度はギッテルの上から落ちたにも関わらず、再び接近してくる敵機に移動砲台をぶつけた。装甲の一部が弾き飛んだが、敵機は勢いを止めることなく、マルチプルコアに突き刺さったままであった銛に手を掛けた。銛は発光すると大剣に姿を変え、ギッテルを十字に切り裂いた。
東京湾上空で大爆発が起こった。
直前で脱出したジーグたちは水面に浮かぶ小型飛行物体であり、ギッテルの操縦席兼脱出装置であるテンボの中からそれを見ていた。
「敵機は活動を停止。海中に沈んでいきますけど、追いますか?」
「止めておこうよ」
ジーグはぱたぱたと手を振る。
「あれが一機だけとは限らないからね。あんたたちももう限界だろう。ガキンもよく頑張ったね」
疲労困憊で荒い息をついていたガキンは、ジーグに頭をなでられて満足な気持ちになって笑顔を見せる。
「後は極東支部の連中に任せるよ。ホネガネに見つかる前にさっさと退散だよ。アメリカでは私たちをビールが待っているんだからね」
「サン・ディエゴの家はもうなくなったんですよ。何を呑気なことを言っているんです」
「我々ガイテキルの民は五十年間も宇宙を彷徨っていたんだよ。またその時代に戻っただけだろ」
「はいはい。弱いんだから飲みすぎないでくださいよ」
「グフフフフ」
海中を進むテンボは、アメリカへと進路を向ける。
この二年間、帰る家のある生活は幸せだったのだな。モニターに流れる海中の様子を見ながらジーグはそう思った。




