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MISSION COMPLETED
前面モニターに文字が表示され、派手なグラフィックで埋め尽くされる。
それと同時に、今まで全く耳に入ってこなかった会場の音が聞こえてきた。
『ついに決着がつきました。熱闘を制し、栄えある初代日本チャンピオンに輝いたのは、チーム ディープ・ギムレット』
公式サポーターである女性声優のアナウンスの後に、大きな歓声と、割れんばかりの拍手が続く。
サトーは荒い息をつきながらボックスの外の熱狂を聞いていた。自分たちの健闘を讃えている声ではないような、どこか遠い世界の話のような気がした。放心状態でいたサトーをボックスの外から叩く音が現実に引き戻した。
「大丈夫ですか?」
大会スタッフが声をかけてくれていた。
「あ、だ、大丈夫です。すみません」
サトーは慌ててシートベルトを外すとシートから降りた。ヘッドセットを外して首にかけ、癖の強い前髪をぐしゃぐしゃっと崩して下し、目を隠すようにしてからボックスの外に出た。
大会スポンサーの商品であるエナジードリンクを渡してくれたスタッフに礼を言うと、ライトの眩しさに目を細めた。観客席からはまだ大きな歓声が聞こえてきている。
ステージ上には洗練されたデザインが施された長方形型のボックスが左右に五台ずつ並んでいる。一台がかなりの大きさがあるため、それだけでステージ上のかなりのスペースを取っている。ステージの中央辺りに決勝戦を戦った二つのチームの選手たちが集まっている。
優勝したチーム ディープ・ギムレットのメンバーが派手に喜びあっていたが、その横にサトーがひっそりと立っても健闘を讃えてくるメンバーは誰もいなかった。
ステージ中央に設置された巨大モニターが真っ暗になり、同時にステージ上のライトも全て消された。
「嵐を恐れるな!!激流へ飛び込め!」
渋い男性の声が会場に響く。
「楽園世紀1067。未曽有の危機に陥った地球を脱出し、新天地を目指す漂流艦隊は長い旅路の末、ついに居住可能な地球型惑星を発見する。しかし行く手には、暴風荒れ狂う宇宙嵐とそこを根城にする宇宙蟲が立ちはだかった。苦難を乗り越え、楽園に到達せよ!」
スクリーンにストーリーが映された後、ゲームタイトル「ストームネスト」と記され、最後に「第一回ジャパンチャンピオンシップ表彰式」の文字が映し出されると、会場から大きな声が沸いた。
約一年前に発表された体感式ゲーム「ストームネスト」はすぐに大人気になった。ゲーム方式は戦闘機に変形するロボットを操縦して宇宙蟲を撃破していくFPSゲームだ。宇宙蟲と闘うだけではなく、ロボット同士で闘うモードもある。今回の大会のように、五対五のチーム戦が特に人気がある。
大きな特徴はパソコンでプレイするゲームではなく、ボックスと呼ばれるスクリーンドーム型の大型筐体を用いることだった。実際にロボットの操縦席に座っているかのような感覚を楽しめるのだ。これまでにも似たような筐体はあったが、本物っぽさが全然違った。機器の質感や操作のユーザーインターフェイスが一般のゲームのそれとは一線を画していたのだ。
ゲームに出てくるロボットは現実に開発されており、その実際のシミュレーターをゲームに使用しているのだと本気で語る者もいたが、大型の二足歩行型ロボットが実現されていない現代で、そんな妄言を真面目に取り合うものはいなかった。
本物っぽいだけではなく、単純にゲームだとして評価しても、グラフィックの美麗さ、音楽の重厚さ、効果音の迫力は群を抜いており、ゲームバランスも良く、面白かった。
それだけの大型筐体にもかかわらず、世界各地のゲームセンターに設置され、専用の施設もあちらこちらにできた。そしてプレイ金額も安価に、例えば日本では百円に設定されていた。
しかし何よりも人々を熱狂させたのは、ゲームの発表と同時に発表された大会の開催と、その賞金額の高さだった。それまでのeスポーツ最高金額のゲームの百倍の賞金が設定されたのだ。誰も彼もが「ストームネスト」に飛びつき、名前の通りの嵐のような熱狂が巻き起こった。
そしてゲームが発表されてから十一ヶ月が経った今日、日本チャンピオンチームが決定した。チャンピオンチームは三週間後に開催される世界大会に出場し、一ヶ月後には初の世界チャンピオンが決定する。
ステージが明るくなると、中央には司会の男が立っていた。お笑い芸人などではなく、ゲーム好きで有名な大御所俳優だ。晴れやかな場に慣れた感じの子気味良いトークで表彰式が始まった。
まずは準優勝チームであるランブル・パプのメンバー全員にメダルが授与された。リーダーの華庵テリアの首にメダルがかけられた時にはひときわ大きな拍手が送られた。テリアは以前からプロeスポーツプレイヤーとして活躍しており、整った顔立ちと、優しい人柄、そしてゲームが強いだけではなく魅せるプレイをすることで、絶大な人気を集めている。
多くの人が、テリアが率いるランブル・パプが優勝すると思っていたし、それを望んでもいた。
だから優勝チームとしてディープ・ギムレットが紹介されたときの拍手は準優勝チームに向けられたものよりは小さかったし、あまつさえブーイングまで聞こえてきた。しかし桐山ショウゴはブーイングなど意に介さず、むしろそれを喜んでいる素振りすら見せながら、意気揚々とメダルを受け取った。決勝戦では最初に撃墜されたカネミツが派手なガッツポーズを見せている後ろで、サトーはひっそりとメダルをかけてもらった。
「続きまして、今大会のMVPを発表します」
司会は張りのある声で告げた後、手元のカードを開いた。
優勝チームのリーダーであり、撃墜数がもっとも多いショウゴが選ばれるだろう。大会運営としては話題性のあるテリアを選びたいだろうが、そんなことをすればショウゴが荒れるだろうな。
目立たないように立ちながら、サトーはそんな風に思っていた。
「私も納得のプレイヤーです。最後の電光石火の動きには痺れました」
司会はにやりと笑ってから大きな声で告げた。
「チーム ディープ・ギムレット、サトー」
その後のことはあまり覚えていない。驚きのあまり体が動かなかったところを蹴り出されてトロフィーを受け取った。その後はチームとしての賞金やトロフィーを受け取り、ショウゴがトロフィーを掲げ、盛大に紙吹雪が舞った。
そんなことが起こるのをぼんやりと、夢うつつのように見ていた。
自分のことではないかのようだった。
気が付いたら、「どういうことだっ!」とショウゴに怒鳴られていた。
表彰式は終わり、チームの控室に戻っていた。室内にいるのはチームのメンバーだけだ。先ほどまでの祝福のムードは全くなく、険悪なムードが充満していた。
「なんでお前がMVPを取るんだよ!」
鬼の形相のショウゴは簡易テーブルの上のものを払い落とした。MVPのトロフィーが巻き込まれ、床に落ちて壊れた音が聞こえてきたが、サトーはそれを見ることはできなかった。床に正座をして、膝と膝の間の空間だけを見ていた。
なぜ自分がMVPを取れたのか?そんなことは自分が一番分からなかった。メンバーの邪魔にならないように、メンバーの助けになるように立ち回ってきた。できる限り自分では撃墜せず、メンバーが撃墜できるようにお膳立てをしてきた。総撃墜数はチーム内で最下位のはずだ。
ここまでうまくやってきたはずだった。
最後の最後でテリアを撃墜するというミスを犯しただけだ。
「お前が邪魔しなかったら、俺がテリアをやったんだ!」
それはないと思った。サトーがテリアを撃墜しなければ、サトーは逆にテリアに撃墜されていただろう。そうなれば、残ったショウゴとエリカではテリアに勝てなかったはずだ。しかしサトーはその思いを口にすることなく、項垂れたまま「すみません」と小さく言った。
「まぁまぁ許してあげてよ」
軽い感じでエリカが口を挟んできた。チームの紅一点は明るい色に染めた髪をツインテールにし、かわいく見えるメイクをしている。チームで揃えている黒のTシャツにはフリルを付けてふわっと裾の広がったミニスカートを履いている。不良っぽいイメージのチームの中にアイドルっぽい女の子がいるギャップでけっこうな人気がある。
黒人とのハーフで体の大きいカネミツは、ひっきりなしにかかってくる祝福の電話の相手を陽気にしている。
インテリを装った眼鏡を掛けているギンジは、にやにや笑いながらショウゴたちのやり取りを黙って見ている。彼は作戦参謀を自称していたが、その作戦が実行されたことはなかった。ショウゴは試合前にギンジの作戦を聞き「分かった」と了承するのだが、その通りに動いたことはない。
「決勝戦の前に私が言ったのよ。頑張ったら良いことしてあげるって。だから、ちょっと頑張りすぎちゃったのよね」
下げられたままのサトーの頭をエリカが撫でた。
「ふざけんじゃねぇ」
ショウゴが簡易テーブルを蹴り上げると派手な音が響いた。
「俺の女に手ぇ出すつもりか」
「そんなつもりは―――」
顔を上げて弁解するサトーにショウゴが問答無用で殴りかかろうとした時、ドアが軽くノックされてスタッフが顔を出した。
「大丈夫ですか?」
「すみません。ちょっとはしゃぎすぎちゃって」
ギンジがにこやかに言うと、スタッフは部屋の様子をちらりと見た後で「ほどほどにして下さいね」と言い残してドアを閉めた。
「ちっ」
舌打ちをしながら勢いよく椅子に座ったショウゴは、サトーに宣告した。
「お前は首だ。さっさと出ていけ」
「首?」
ギンジが口を挟む。
「世界大会はどうするんだ?」
「ユキマサが帰ってくる。もうこんな卑怯者の手を借りる必要はない」
「まじで?まじでユキマサが帰ってくるの?楽しくなるな」
電話を切ったカネミツが嬉しそうに会話に入ってきた。
「ああ。俺たちのパーティーはこれからだ」
少し機嫌を直したショウゴが応じる。
ここだ。
タイミングを掴んだサトーはゆっくりと、誰も刺激しないように立ち上がった。
「分かりました。帰ります」
バックパックと上着を手に取ると、流れるようにドアへ向かった。
「今までありがとうございました」
頭を下げると壊れたトロフィーの破片が転がっているのが見えた。
ドアを開け、廊下に出て、ドアを閉める。ドアに背中を預けて少し息をついた。エリカがひらひらと振った手の、白い指先のネイルの蛍光色だけが、少し心に残った。それも一瞬のことだ。
上着を着てバックパックを背負うと、多くの人が行きかう廊下を速足で歩きだした。
誰にも気づかれないように、気配を殺しながら出口へ急ぐ。しかし初めて来た場所だったために道を間違えてしまい、その結果、一番会いたくない人に見つかってしまった。