13
『モワプン・ヘマ』は太平洋の赤道付近に浮かぶ島の名前であり、基地の名前であり、組織の名前でもある。
約五百平方キロメートルの島の全土が基地であり、現在島にいる約三万人は全員組織に所属している。
その上位組織は地球に来訪している宇宙人の観測と対応を実施するために非公式に結成された秘密結社「対宇宙人管理機関《Anti-Alien Supervise Society》、略称AASS」である。非公式な秘密結社であるからどの国にも所属していないし、国連との関係もない。
とはいえ完全なる民間団体ではなく、いくつかの国が裏から出資し、人員を派遣している。主には米国、カナダ、欧州の西側諸国、日本、オーストラリア、インドである。パワーバランスは表の世界と同様に米国の力が強く、人員の多くも米国の政府機関及び軍隊から出向してきている者である。
「会議中だぞ、ジーナ」
苦々しく言ったこの基地の副司令官であるアシュクロフト・エリオットも米軍からの出向である。腹回りにたっぷりと脂肪のついた白人の中年男だ。
「ディーとセイがストームネストで闘うみたいなんだ。これは見逃せないだろ」
ジーノ・ジーナは悪びれずに手元のタブレット端末を操作し、会議室のメインモニターにゲーム画面を映した。
ジーナは水着を脱いで制服に着替えており、長い耳も外している。
「全く……、少し休憩を取ろう」
イタリア女の奔放な行動を止めるのを諦めた副指令の言葉に、会議室を満たしていた緊張感が緩んだ。
宇宙人のロボットが東京湾に出現してから三日が経っていた。宇宙人だけならまだしも、モワプン・ヘマ所属のロボット『ヴァウピリ―』も衆目に晒されてしまい、報道によって世界中の人に知られることになった。
テレビ、新聞、ネットなどでは繰り返し謎のロボットの戦闘が報じられ、盛んに考察や議論が繰り広げられている。
モワプン・ヘマはこの三日間、その後始末に忙殺されてきた。司令長官は各国や国連との調整で世界中を飛び回っており、ほとんど連絡のつかない状態だ。
ここにいるのは各国から集められた様々な分野のエキスパートであるが、会議に次ぐ会議でメンバーの疲労の色は濃くなってきていた。息抜きや娯楽を挟むことも少しは必要だ。
メインモニターに映るゲーム画面を見ながら、アシュクロフト副指令は深く椅子に沈み込んだ。
「サトウ・セイランか。彼は使い物になりそうか?」
「見事に撃退したじゃないか」
ジーナは少し喧嘩気味に言い返す。
「貴重なヴァウピリ―をボロボロにしたうえに、帰投せずに気絶したがな」
東京湾で動きを停止したヴァウピリ―の回収は非常に困難なミッションであった。日本政府の中でも、モワプン・ヘマの存在を知っている者は稀であり、政治的な交渉にかなりの労力を割かれることになった。
「訓練もせずに実機に乗って闘ったんだ。まともに動かせただけでも奇跡だと褒めるべきだぞ」
ジーナの口調はエルフコスプレ時のキレイで少しミステリアスなお姉さんというものでは全くなく、ガサツで乱暴な姉御っぽいものになっている。
「その訓練を省くためのゲームだろうが」
「違うって何度も言っているだろ。ゲームはあくまでもパイロット特性の有無を観るためのものだ。ロボットの挙動も動かしやすいように補正してあるし、実機ではGだってかかる。全然違う。ああうっかりしていた。パイロットじゃなかった副指令にこんなことを言っても分かりませんか」
「パイロットはやってないが三十年戦場を駆けずり回ってきたんだ。実戦がゲームと違うことをバレーボールのコーチにレクチャーしてもらう必要はない」
「だったら……」
「面白いことをやっているじゃないか」
ジーナが勢いよく立ち上がったところで、会議室に入ってきた男が口を挟んだ。
小柄な老人で白衣を着ている。頭頂部まで禿げ上がっており、額には大きな傷が横に走っている。黒い眼鏡を掛けているがサングラスではなく、ウェアラブルデバイスだ。移動中も、会話中も、食事中も常にデバイス上で研究を続けるためのものだ。
モワプン・ヘマの頭脳、本多真人博士である。
ヴァウピリ―を始めとするモワプン・ヘマの現代科学を超越した装備や設備、システムは全て博士の発明である。
「博士、会議には遅れずに出席していただきたい」
「儂が必要とする会議になら出席しよう。それよりも若者がやってくれるショーを楽しもうじゃないか」
アシュクロフト副指令の苦言を軽く流したホンダ博士がドカッと椅子に座って左手を差し出すと、博士の後ろについてきていた小型ロボットが、何かを空中に打ち出した。狙いたがわず、博士の左手に渡されたのは栄養ゼリーが入ったパウチである。
キャップを捻って中身を一気に吸い込むと、ポイっと捨てる。ロボットはすぐに転がって行ってそれを回収した。ホンダ博士は食事のほとんどをこの栄養ゼリーで済ませており、そのために栄養ゼリー補給ロボットが常に付いて回っているのだ。
メインモニターでは準備を整えた二人の機体が出撃するところだった。
「イルファン、どっちが勝つ?」
ホンダ博士は背後に立つ助手に訊ねた。褐色の肌の青年で、黒い髭を蓄えている。
「えーいきなりですね。初めての対戦ですよ。予想不可能です」
「いいから答えろ」
「サトウ君ですね」
イルファンは迷っていたとは思えないほどはっきりとそう答えた。
「さきほどジーナさんが言われていた通り、実戦とゲームは違います。ディーは実機の訓練しかしていませんから、ゲームに慣れているサトウ君の方が有利です」
「ほう。わが妹も舐められたものだな」
異論を唱えたのはテーブルの端に座っていた若い男だった。輝くばかりの金髪、吸い込まれそうな青い瞳、整った顔は自信に溢れており、その自信は張りのある声にも表れている。制服を着た長身は鍛え上げられている。
ミューラー・レオポルド。ディートリンデの兄であり、ヴァウピリ―1号機のパイロットだ。皆には「レオ」と呼ばれている。
「確かにディーはゲームには慣れていない。しかし、ヘア・サトウはゲームをプレイしていただけでヴァウピリ―を操縦したことがなかった。しかし見事に敵ロボットを破壊した。なら、その逆がディーにできないとなぜ言える?」
「君の妹さんの実力に疑いの余地はないよ」
「それでも撤回しないのだな」
「もう一つ付け加えるのなら、ジーナさんがゲームのエキスパートとして連れてきたからだよ。君たちの作戦指揮官の目を疑うのかい」
「これは痛いところを突く」
「言っておくけど、」
ジーナが面倒くさそうに男の意地の張り合いに口を挟む。
「私はどっちが勝つかには興味ないからね。面白そうな対戦だってだけ」
「面白くなってくれなくては困るな」
「……確かに」
ホンダ博士の言葉に、ジーナは頭を掻いた。一方的な戦いであっけなく決着がつくことになれば、色々とケチが付く。
会議室で舌戦が繰り広げられている間に、セイの灰色の機体とディーの白い機体はすでに闘いを開始していた。
ロボット形態のディーが撃つマシンガンの弾をヒラヒラと交わしていた戦闘機形態のセイが方向を急転換してディーに向かった。マシンガンの弾をギリギリで避けていたセイの機体が光に包まれる。特殊攻撃を発動した際の特別なエフェクトである。
「ここで衝角突貫ですか。特殊攻撃技は後に取っておくタイプだと思っていましたが、先手必勝タイプなんですね」
イルファンが意外そうに感想を述べる。
戦闘機形態で体当たり攻撃をするライトニングラムアタックには自動追尾機能があり、近距離で発動された場合には回避不可能だ。まともに食らえばそのままゲームオーバーになるぐらいの大ダメージを受ける。
ディーはそれに特殊防御技で対応した。力場反転防御は、機体の動力源であるエネルギーを放出することによって特殊な力場を構築し、それによって相手の防御を防ぐ技である。
二つの特殊技が激突し、派手なスパークが撒き散らされる。
技の発動がわずかに遅れたディーの機体が押し負ける。
普通であればそのまま弾き飛ばされるところであるが、ディーは機体を捻らせることによってその勢いを逃がし、さらにはその勢いを上乗せしてセイに肉薄し、蹴りを放った。
セイは蹴りをまともに食らって錐もみ状態になったが、ロボット形態に変形することで回転を止めた。そして突っ込んできたディーの攻撃を受け止め、すぐに反撃に転じた。
二機のロボットが凄まじい格闘戦でぶつかった。
「サトウ・セイラン。ネットに上がっている彼のストームネストのプレイ動画にはほとんど目を通した。私の分析では、彼には戦闘パターンのようなものは存在しない。少しは癖のようなものがあるが、ありとあらゆる戦術に対応することができる」
レオが視線をモニターに向けたまま口を開いた。
「イルファンは先ほど、彼は様子見をするタイプだと思ったのだろう。それはある意味で当たっている。彼はどちらかと言えば受け側の人間だ。相手の様子を見て、それに合わせた戦い方をする。しかし正確には様子見ではなくて、見極めと言うのが正しいだろう。相手の力量を、闘い方を見極めているんだ。そして見極めが驚くほど速く、相手がどんなタイプであろうともそれに対応する」
二機は激しい格闘戦の後に戦闘機形態に変形し、追いつ追われつの闘いに移った。
「ディーが猪突猛進なタイプであることはあっさりと見抜かれたようだ。彼の選考理由はそんなところではありませんか?」
「まぁ、それもあるな」
話の矛先を向けられたジーナはあっさり首肯する。
「それだけではないということですか」
「そうだな」
ジーナはまたしても簡単に認めたが、それ以外の理由については話さないという意思を感じさせた。
まだ一年ほどの付き合いであるが、このおおざっぱに見えるコーチが、重要な時にはしっかりと締める人間であることをレオは知っていた。無理に聞き出そうとしても無駄だ。
「わが妹はそんな強敵と互角に闘っている。さすがだ」
レオは妹を称賛し、応援することにした。
二機は変形を繰り返しながら、目まぐるしい闘いを継続している。残っているヒットポイントはほぼ互角、わずかにセイの方が多い。
「まさか時間切れを狙ったりしないだろうな」
苛立つホンダ博士に、ジーナは自信満々の顔で言って笑った。
「そんなやつじゃない」
「意外じゃな。あの小僧にそんなに入れ込んでおるのか」
「そんなんじゃない。……信じているだけだ」
ジーナは「何を信じている」かは言わなかった。
闘いはタイムリミットが迫っていた。お互い序盤に特殊技を使用したために、特殊技用のゲージは再び溜まっていて、いつでも使用することができる状態だった。特殊技を決めれば勝利が確定する。どこで使用するかの勝負になっているが、使用すると見せかけて通常攻撃で削り切るという戦法も考えられる。
戦闘機形態のセイを撃つディーのマシンガンの弾が切れる。その刹那、セイは急速転換してディーに迫った。マシンガンの弾数を数えていたかのような絶妙なタイミングだった。
セイが発射したミサイルが尾を引いて飛んでいき、ディーの近くで爆発した。
しかし致命傷ではなかった。
爆風を切り裂いて白い戦闘機が飛び出してきて、そのまま灰色の戦闘機に向かって全速力で飛翔した。
このまま飛び続ければ、二機は正面衝突する。お互いに衝角突貫を狙っているのは明白だったが、同じ技を発動した場合、後から発動させた方が大きなダメージを与えられるゲームシステムになっている。相手の技を見てから技を発動すれば良いのだが、ギリギリまで接近して発動した場合には、技が発動する前に相手のライトニングラムアタックを食らってしまう可能性がある。
「チキンレースか。見せてくれるじゃないか」
ホンダ博士は嬉しそうに笑う。闘いの決着の雰囲気を感じて、会議室内には会議の時とは違う緊張感が走った。
先に動いたのはセイだった。機銃を放つと、正面から飛んできているディーの機体に直撃する。先ほどのミサイル攻撃でかなり減っていたヒットポイントがあっという間に削られてゼロに近づく。ライトニングラムアタックを出せば機銃攻撃を無効化できるが、まだセイがライトニングラムアタックを出し返すには十分な距離がある。
回避行動を取れば、自動追尾機能のあるライトニングラムアタックの餌食になってしまうだろう。
誰もがセイが勝つと思ったとき、ディーの機体が光に包まれ、そのままセイの機体に激突した。セイはライトニングラムアタックを出さなかった。
大きな爆発が起こった。爆発を背に白い機体が決めポーズを取ると、その上にWinnerという文字が被さる。
ディーが逆転勝利した。
「な、なにが起こったんです?今のシーンを再生できますか?」
「はいはい」
イルファンにリクエストされたジーナが画像を巻き戻し、ディーが突撃しているシーンから再生する。
機銃の直撃を食らっていたディーの機体が光に包まれる。ライトニングラムアタックの発動だ。これで機銃の攻撃は無効化されるが、セイがライトニングラムアタックを発動すれば彼の勝利が確定するはずであり、発動させる余裕は十分にあるはずだった。
十分にある、とはいえ、その時間は一秒にも満たないわずかな時間だ。しかしセイの腕ならば十分に可能だと誰もが思っていた。
しかしセイは必殺技を発動させることなく、正面から攻撃を受けて、敗れた。
「もしかして、彼はわざと負けたのか……」
そう呟くイルファンを、レオは高らかに嗤った。
「違うな。ディートリンデ、さすがは我が妹と褒め讃えよう」
レオは右手をモニターへと差し出し、恍惚の表情を浮かべる。
「どういうことじゃ?」
ホンダ博士が身を乗り出して訊ねる。
「一瞬、加速したのですよ。ディーはミサイルから逃れた後、一直線に彼へと向かった。全速力だと思っていましたが違ったのです。微妙に減速をしていたのです。だから最後の最後に加速する余力があった。ライトニングラムアタックを出す直前に突然加速されたために彼は対応できなかったのです」
「なるほどな。嬢ちゃんもやるじゃないか」
「博士に褒めていただけたと聞けば、妹も喜ぶでしょう。ジーナ、申し訳ない。あなたが連れてきた期待の星に勝ってしまいました」
「何を言ってるんだ。あんたたちを訓練しているのは私だぞ。私が訓練したディーが勝ったんだから、私が勝ったようなもんだろう」
「確かに、そういう見方もできる」
「くだらなん勝ち負けを決めるのは止めろ。会議を再開するぞ」
アシュクロフト副指令がパンパンと手を打つと、ゲームを観戦していたスタッフが所定の席へと急ぐが、一人だけ出口に向かって歩き出した者がいる。
「博士、来たばかりなのになんで帰るんです」
「ワシは敵兵器の解析で忙しい。逃げた奴の行方もまだ掴めてないしな」
セイが東京湾で敵のロボットを撃破した時、ロボットの一部が分離して空を飛んだあと海に飛び込んで、そのまま行方をくらませた。ホンダ博士はそれは爆発で飛んだ破片ではなく、脱出装置だと考えていた。つまり、宇宙人は今も地球のどこかに潜んでいるのだ。
「代わりにイルファンを置いていくから好きに使え」
「なんで僕が残らないといけないんですか。解析を手伝いますってば」
「予想を外したじゃろう」
言い返せないイルファンを残して、ホンダ博士はカラカラと笑いながら帰っていた。その後を栄養ゼリー補給ロボットが付いていく。
レオがポンと軽くイルファンの肩を叩いた。
ため息とともに、過酷な会議が再開された。




