1 REAL/GAME
嵐を恐れるな!
激流へ飛び込め!
サトーは自らの操る機体を竜巻と竜巻の隙間に突っ込ませた。竜巻に触れれば一瞬で機体がバラバラになるほどの激しい風が吹いている。周囲にはそのような風の渦の柱が無数に蠢いている。サトーが飛び込んだのは、その中でもとびきり狭い竜巻の隙間、誰もが絶対に潜り抜けることはできないだろうと考えるほど狭い隙間だった。
突き刺すものの戦闘機形態はその名が示す通り、細長く尖った形状をしている。
しかしいくら細長くなってもその隙間は狭すぎた。機体形状から飛び出している翼が竜巻の端っこに触れて一瞬でもぎ取られた。機体はそのまま激流の中に引きずり込まれそうになる。
機体は暴れまくるが、サトーは巧みに押さえつけて、更に加速させた。
「行け」
短く告げる声とともに、機体は激流の渦の中から脱した。
竜巻の影響で感度が下がっていたレーダーが回復して周囲の状況を表示する。
味方を示す光点が二、敵が三。
まだ生き残っていた!
しかし味方は敵に追い詰められており、撃墜される寸前だった。
サトーはボロボロになった機体を人型ロボット形態に変形させると、背中を見せている一機に向かって手に持ったマシンガンを斉射した。正確に急所を撃ち抜き、爆発が起こった。竜巻を背にしていた敵のプレイヤーはサトーの突然の出現に気が付いていなかっただろう。
しかし爆発で残りの二機はサトーに気が付いた。
そして味方の二機も援軍の到着に気が付いた。
『てめー今までなにをし、がっ!』
チームリーダー、桐山ショウゴの怒鳴り声は途中で途絶えた。援軍の到着に気を取られて敵への注意が疎かになったところを狙われたのだ。その一方で、敵はサトーの突然の出現に慌てた様子を見せず、すぐに態勢を立て直している。
さすがだ。
特にショウゴを攻撃している敵は強い。乗っているのはおそらく敵チームのリーダーであり国内ランキング一位の華庵テリアだろう。優勝候補筆頭である彼のチームと戦えるところまで、決勝まで上がってこられるとは思っていなかった。サトーにとっても憧れの人であり、彼と戦えることを誇らしく思う一方で、それ以上に恐怖の方が大きかった。
自分なんかが戦っても良いような人じゃない。
『くそがぁ』
ショウゴの罵声が卑屈な気持ちを消し飛ばした。
今は恐怖を打ち払ってでも味方を助けなくてはならない。勇気を振り絞って接近しようとしたところで、横からもう一機の味方が笑いながら突っ込んできた。
『ハハハハハハハハハハハ』
エリカは可愛い顔を持つ女性だがトリガーハッピーだ。とにかく銃を撃ちたがる。遮蔽物に隠れながら撃ったりしない。敵に突進しながら撃つ。そして贔屓目に見ても狙いは正確でない。それなのに味方がいてもためらわずに引き金を引くので、同士討ちになることも少なくない。
弾を撃ち尽くすと逃げ回り、リロードで弾数が復活すると、再び突撃して撃ちまくる、という行動を繰り返す。銃が撃てればそれで良いのだ。そんな無茶苦茶なプレイは上級者からしてみれば良いカモになりそうなものだが、そこを生き残る強運が彼女の長所と言える。
そしてこの場面でも、エリカの強運は発揮された。
放たれた弾丸はショウゴの機体には当たることなく、テリアの機体に向かった。テリアは驚異的な操縦技術でそれらを回避したが、戦闘エリアから少し離れることになってしまった。それと交代するようにエリカの機体を追って戦闘エリアに入ってきた敵機をサトーは冷静に攻撃した。爆発が起こるが致命傷ではない。
『死ぃねえ』
ショウゴはサトーの攻撃で動きが鈍った敵機を撃破して歓声をあげた。
『キャアアア』
今度はそこにエリカの悲鳴が被せられた。再び逃走モードに入ったところを、テリアに狙い撃たれたのだ。サトーは軸線に弾をばらまいてそれ以上の追撃を阻止したが、エリカはかなり被弾した様子だった。
時間を稼いだ間にサトーは素早く現状を分析する。先ほどまで一緒に戦っていた味方の残りの二機、ギンジとカネミツも竜巻を迂回してそろそろこちらに合流してくるだろう。そうなれば敵機一機に対して味方は五機になる。相手チームを全滅させれば勝ちとなるルールのこの試合では圧倒的に有利になったように見えるが、現実はそんなに甘くない。味方の機体はどれも損傷率が激しく、二三発食らえば撃墜されてしまうだろう。協力して包囲戦を仕掛けることができれば勝機も見えてくるが、残念ながらそんなチームプレイができるチームではない。リーダーのショウゴを筆頭に、単独のラフプレイが得意なメンバーが集まっているのだ。テリアに各個撃破されてしまう可能性が高い。
やはり自分がなんとかするしかない。
そう考えたサトーは機体を全速前進させてテリアの前に出た。一対一の勝負を挑むのが目的ではない。自分が囮になってできた隙を味方に攻撃してもらおうという作戦だった。
『邪魔なんだよ!』とショウゴが怒鳴ってくるところを見ると意図は伝わっていないらしい。しかし、サトーに当たるのもお構いなしにばらまかれた弾でテリアが被弾しているのを見ると、全くの無駄でもなかったと思える。
「すみません」と返事をしながらも作戦を伝えたりはしない。そんなことをすれば、「生意気だ」と怒鳴り返されるだけだ。
残念なことに、サトーの囮作戦を最初に理解したのは敵であるテリアだった。
そしてサトーの考えまでも見抜かれる。
サトーは撃墜しようとはしない。
できるだけ味方に撃墜させようとする。サトーはそのお膳立てをするのだ。
そうすることによって味方に良い気分になってもらう。
それがサトーのプレイスタイルだ。
生き方だ。
しかしそんな都合の良い考えがいつもうまくいくわけではないし、格上のプライヤーには、そんな甘い考えは通用しない。
それまで防御一辺倒になっていたテリアの動きが突然変わり、攻撃に転じた。但し、サトーに対してだけ、堂々と背中を見せる。
君は攻撃できるかな?
あからさまな挑発されても、サトーは引き金を引くことはできなかった。
浅知恵をあざ笑うかのように、テリアは合流したばかりのギンジとカネミツを瞬く間に撃墜した。
『やったなー』
エリカが乱射しながら突撃してくると、テリアは回避行動に移る。
『そのまま抑え込んでおけ』
好機と見たショウゴも突撃する。
「ダメだ、罠です」
『うるせえ!』制止の声は一喝された。
三人から少し離れた場所にいたサトーは、機体を竜巻に近づけた。竜巻の近くでは空気の流れが速くなっており、その流れに乗れば機体速度を上げることができる。しかし、機体が竜巻に触れれば大きなダメージを受け、最悪一発でバラバラになってしまう。乾坤一擲な手だ。
機体をギリギリまで柱に近づけて、速度をできるだけ上げる。ガタガタとした振動を押さえつけていると、あっという間にテリアとショウゴの間近に迫った。
テリアは弾を撃ち尽くして離脱したエリカは追うふりをした後、反転してショウゴに銃口を向けたところだった。思わぬ逆襲にショウゴは棒立ちになってしまう。その間にサトーは滑り込んだ。
先ほどまでは自分を敵とみなしていなかったテリアの銃口がショウゴから外れて自分を追ってくるのがゆっくりと見えた。
それを見て気が付いた。
罠に引っかかったのは自分だ。
撃墜を仲間に譲るなどとやっている余裕はない。
今撃たなければやられてしまう。
やられるのは嫌だ!
衝動で引き金を引いた。
テリアの銃に命中して小爆発が起こる。同時にサトーの右腕も吹き飛ばされた。しかし止まらなかった。止まれなかった。ここで止まればやられてしまうのは直観で理解した。
なら、やるしかない!
「おおおっ」
戦闘機形態に変形させて突撃した。
大量のミサイルが迫ってくる。
「まだこんなにも残していたのか」
正直、ミサイル攻撃をどうやって回避したのかは覚えていない。
死に物狂いの回避行動の先で、爆風の隙間にテリアの機体を見つけた。
それと同時に、特殊技ゲージが溜まるのを見た。
「衝角突貫」
躊躇わずに叫ぶと特殊攻撃技が発動した。戦闘機形態で敵機に特攻をかけて大ダメージを与える技だ。
画面を満たした閃光が晴れると、機体の先端が相手の胴体を貫いていた。
念のための説明ですけど、ここまでゲームプレイ中です。