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ヒトの歴史が終わるまで  作者: スモアmore
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決死、夢

 『モンスター』は雄叫びとともに勢い良く飛びついてきた。

 それを横に転がって避ける。

 ―――一瞬の戦い。少しでも体の動きが鈍ればそこで終了のデスマッチ。

 ついさっきまで私の後ろにあった本棚が原型も分からないほどまで、一瞬で粉々になったのを見て、そう痛感した。

 周りを見ると、研究所らしくガスバーナーやフラスコなどが机の上に置いてあった。理科室の様な空気に懐かしんでいると、『モンスター』がもう一度飛びついてきた。

 机の上に退避する時、すれ違いざまにナイフを一閃、横腹に滑らした。


「っゴアァァァァ!!」


 鼓膜が破れそうな叫び声を上げる『モンスター』の腹部には、大きく袈裟斬りにされた傷があった。

 しかし、『モンスター』の頭にある角が怪しく光ると、みるみるうちに傷が塞がってしまった。

―――やっぱり、『角持ち』は傷が再生する。

 美空ちゃんと3ヶ月間、ただただ運転の練習しかしてこなかったわけではない。

 街にいた『モンスター』達を倒しては研究をしていた。

 そこで辿り着いたのが『角持ち』。

 『角持ち』は他のと違い、再生能力を持っていたり、知能を持っていたりと、普通のやつよりも強い。

 そしてこいつもその中の一体。再生持ちだ。

 正直言って勝てるかどうかは五分五分だ。いや、絶望的だ。いくら再生にも限界があるとはいえ、それまでの間、攻撃を避け続け、ナイフ一本だけで切り刻む。ハッキリ言って死ぬ。だけど―――


「だけど!ここで諦めるわけにはいかないのっ!」


 ナイフを握り直し、もう一度『モンスター』の突進を避けつつ、今度は背中にイレズミを入れる。

 またも雄叫びとともに角が光り、血の噴水が消えていく。

 ここにきて頭の痛みが再びやってきた。思考が鈍くなる。

 私がよろめいたタイミングで『モンスター』の巨体が近づいてくる。

 とっさに横に前転して避け―――


「っか、はっ!」


 ―――られず、『モンスター』の棍棒のような前足に薙ぎ払われた。

 実験台に背中からもろにぶつかり、台の上に置いてあったフラスコ達が割れ、炎が立ち上がった。

 しかし,今はそんなことはどうでもいいに等しかった。

 呼吸が、出来ない……。足の感覚が、ない……。

 脳みその中全てが死の香りを感じていた。

 目の前にはしてやったり顔の恍惚とした化け物。

 背後には数々の燃料を飲み込み肥大化していく炎。

 そして、もう動く気配のない自分の足。

 これが絶望と言わずしてなんと言おう。

 ―――また、美空ちゃんが助けに来てくれるだろうか。

 ―――本当は奇跡的に生きてて、あの日のように助けてくれるだろうか。


 ―――そんな甘い幻想を、私は、捨てた。


 何が呼吸が出来ないだ。だったらなんで今考えられてるの?

 何が死の香りがするだ。死ぬにも生きるにも匂いなんてあるわけないでしょ?

 何が奇跡的に生きてるだ。美空ちゃんを殺したのは自分でしょ?

 何が……何が絶望だ。今までに飽きるほど味わったでしょ……!

 

 立て。立つんだ、私。ついさっき生きると決めたでしょ。

 皆の分まで、生き抜くと決めたんでしょ―――!

 

 致死量と呼ばれるほどの血を垂れ流しにする頭を持ち上げ、目の前の怪物を見据える。

 思考は鈍って何も考えられない。けど、これだけははっきりしている。

 私は、お前なんかに―――


「負け、る。もんかぁぁぁ!!」


 体に残っている全ての力を込め、軋む右腕にナイフを握る。

 しかし、化け物も黙ってはいない。

 私の咆哮と同時に棍棒のような腕を振り上げ、私を潰しにかかる。


 ―――その時、一発の弾丸が『モンスター』の右目を貫いた。


 『モンスター』は予想だにしない攻撃に激しく動揺していた。


 ―――その脆弱な一瞬を私は見逃さなかった。

 

 ありったけの力を振り絞って、その長い刃を『モンスター』の喉仏に突き刺した。

 怪物の、最後の断末魔を聞き届け、私は意識を失った―――


「美空ちゃん……大好きだよ……」


     □ □ □


 目が覚めると、そこには青白く光る蛍光灯があった。

 そこは、先程までいた研究所ではなく、どこかの病院の一室だった。

 私は患者用の服を着せられ、体中にはガーゼや包帯が不器用に施されていた。

 誰かが助けてくれたのだろうか……?

 でも、もうこの世界には私しか―――

 そして、ふと視界に写ったものがあった。


 ―――べットに倒れるようにして眠っている美空ちゃんが、そこに、いた。


 「美空、ちゃんっ!」


 生きてた。死んでいなかった。美空ちゃんは、生きてた―――!

 あまりの喜びに飛び跳ねたくなってしまったけど、体中の激痛がそれをさしてはくれなかった。


「ん……あ!未来ちゃん!良かった……!起きたっ!ちゃんと起きた!」


 目を覚ました美空ちゃんは泣きながら私に抱きついてきた。

 

「美空ちゃんっ!私、私っ!あの時手を離してっ!そのこと、ずっと謝りたくてっ!」


「ううん、私も無茶しすぎたの。ごめんね。ごめんねっ!」


 私も号泣しながら美空ちゃんを抱きしめ、お互いに存在を証明し合った。

 あの時切り捨てた未来がそこには確かにあった。


「それで、感動の再開は無事に出来ましたか?そろそろ話をしてもいいでしょうか……?」


 突然、聞いたことのない声がした。私でも、美空ちゃんのものでもない、第三者の声。

 その声の主を見ると、年上だと一目でわかる身長、モデルでもやっていそうな整った顔、母性を感じさせる圧倒的なまでの大きな胸っ!!

 ―――そして、人類には存在し得ない、うさぎのような折れ曲がった白い耳。

人外の何かが、そこにはいた。

 

「ああ、ごめんなさいね。えっとね未来ちゃん。この人は……」


「私は人間と他生物を融合した実験体、その第一成功例。―――通称『キメラ』。名前は特にないので、「白兎はくと」ととでもお呼びくださいね」


 美空ちゃんの説明を引き継ぎ自己紹介をした人外生命体―――『キメラ』は白兎と名乗った。

 突如現れた人の言葉を話す3人目の生物に、どうしたら反応したらいいのか困っていると、美空ちゃんが補足説明をしてきた。


「えっとね、この人?人でいいのかな?とにかく、白兎さんは海に落ちた私を助けてくれて、未来ちゃんのことも火事の中、助け出してくれたんだよ」


「じゃあ、あのときの射撃は、もしかして白兎さん!?」


「ええ、少し間に合いそうになかったので美空さんに拳銃を借りたんですよ」


 それを聞いて、私はすっかり気を許した。


「それで、本題なのですが……。美空さん、未来さん。私の妹を助けてくれませんか……?」


 命を救ってくれた恩人のお願いを聞かないほど、私達は道徳心のない女子中学生ではない。

 二人で顔を見合い、同時に笑顔で頷いた。


 今思えば、とても浅はかだったんだろう。

 

 私達は、安らかに、美しいまでに―――油断していた。


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