第一章 8.非科学的でも幽霊は怖い
城郭都市マカダには三重の城壁がある。一番中心には王宮があり、その一つ外側のニノ郭には武家階級の屋敷街がある。一番外側の三ノ郭には商人と職人たちが暮らしていて、冒険者ギルドや俺たちが泊まっていた宿もここにあった。農民たちは街の城壁の外の村住まいだ。
マルシアさんに連れて来られたのは武家階級が住まうニノ郭の中にある、大きいが寂れた古屋敷だった。
「百年くらい前まで権勢を誇った将軍様の御屋敷でしたが、その後、三代続けて家長や家人に不審死が何度もあって、今では誰も住んでないのだとか。取り壊そうとして人を入れても事故が起きて、皆逃げ出してしまったのだそうです」
「へー、幽霊が出るとか、呪われてるとかの噂があるのかな?」
「ゆ、幽霊だとか馬鹿なことを言うな! この科学万能の時代に、そ、そんなものいる訳がない」
「なんだ、ソルさん、随分と反対してたけど、もしかして幽霊が苦手だったの?」
「わ、私はただ、そんな非科学なものがいるはずが無い、と言ってるだけだ!」
「そうだよねー、超科学力で銀河の中心部まで進出して版図を広げている銀河帝国の御貴族様だものものねー。……でもね、世の中には理屈では割り切れない不思議なことってあるもんだよ。まあ、俺はこういう心霊スポット探検とか慣れてるからさ、任してよ!」
「では、こちらが御屋敷の鍵になります。依頼主の方には断っておきますので、一応、毎晩夜だけはここで過ごしてくださいね。毎朝、私が確認の為にこの御屋敷まで見に参ります。ギルドの立て替え金から支度金もお渡ししておきますので、これで今夜からここで過ごすための準備を整えてください。……それではレディ、ターサンさん、お二人とも宜しくお願いします」
そう言い残すとマルシアさんは、俺に小銀貨を二枚渡して、そそくさとギルドへ帰って行った。
「よし、それじゃあ、明るいうちに屋敷の中を一通り見ておいて、それから街まで食事がてら買い物に行こうぜ」
屋敷の南面の正面玄関の大扉を解錠し大きく開け放つと、そこは三階まで吹き抜けになった玄関ホールになっていた。大扉の上部には三階まで硝子の嵌った窓が縦に並んでいて、陽の光を玄関ホールに明るく注いでいた。
屋敷内の床には薄っすらと埃が積もり、来訪者の歩みに連れて巻き上げられた埃の粒が、陽の光にキラキラと光りの舞踊を見せていた。
「うわぁー、広い家だなぁ!」
「思った通り埃臭い家だな。咳が出そうだ」
ソルさんは手際よく口の周りにハンカチを巻き付けてるよ。ハンカチマスクをしていると、幾分いつものツンとした気取った感じが薄れて可愛く見えなくもない。
「何を人の顔をジッと見ておるのだ?」
「お、おう。……それじゃあ一階から順繰りに部屋を見ていこうか?」
ホール奥には二階、三階へと続く大階段があり、階段の両脇には古ぼけたプレートアーマーが飾られている。
ホールの左右の壁には三つずつ扉が並んでいた。階段の向こうの奥の壁にも左右に一つずつ扉がある。取りあえず、ホール右手の手前のドアを開けてみた。
扉の向こうは、玄関ホールの倍程の広さがある大広間だった。右手にあった三つの扉は全てここに通じている。奥の壁際には古い絵が飾られ、その脇にもフルプレートの甲冑が飾ってあった。
「かーっ、これまた広いなー!」
「こういった屋敷は大抵一階は来客との社交用に作られているものだ。ここはパーティーや会食などのための広間だな。おそらくホール反対側の左手にあった扉は来賓の応接室やその従者の待合室だろう。階段の奥は屋敷に仕える者たちの控室や家事部屋のはずだ」
ソルさんの言う通り、ホール左手の三つの部屋は応接セットなどが埃に塗れたまま置き去りにされている。一番手前側の一部屋は装飾の格が低かったため、従者の待合室で間違いないだろう。
階段の奥には二つの部屋があり、左側の扉が御手水場になっていた。広いトイレだね。
右手側の広間に近い扉の方は、家事室で地下への階段と二階に続く階段がある。地下へ降りて見ると広い厨房になっていた。地下厨房から直接裏庭に出られるように、地面を掘り下げた空堀に面していて明かりも差し込んでくる。換気もバッチリだ。
「怪しいとしたら地下かなと思ったけど、特に何もなさそうだな。二階も行ってみようか」
「そ、そうだな。明るいうちに一通り見ておかなければな……」
さあ行こう。どんどん行こう。足の遅れがちなソルさんの手を引いて、そのまま家事室から二階へと続く階段を上る。
家事室の上は北東の角まで広がっている二間続きの広い部屋だった。家族用の食堂と居間みたいだね。ここだけは埃もなく最近誰かが掃除したみたいで綺麗に片付いている。
この部屋にもニ領のフルプレートの鎧が飾られていた。そのうち一つは珍しい女性用のプレートアーマーだ。胸甲部分が、こう、ボインボインとしてるやつね。前の住人に甲冑ヲタクがいたのだろう。
扉から出てみると、吹き抜けの空間を囲むようにコの字型に部屋が並んでいた。扉の数は一階と同じだ。階段正面の左側の扉は一階と同じく手水場で、足を伸ばせる大きさの浴槽も設置してある。
二階の西側の三部屋は来客用寝室だけど部屋中埃塗れで、もう何十年も使われていなさそうだった。対して東側の三部屋はダイニング同様に綺麗に片付いている。
「ふむ、こちらの部屋も綺麗なのだな。元は家族用寝室のようだから、今の持ち主が手入れをさせたのだろう」
「マルシアさんが、今の持ち主も相続で手に入れた親戚みたいなことを言ってたもんな」
三階にも上がってみたが、古い家具が詰まった物置部屋と、ベッドを幾つも並べた使用人部屋があるだけだった。
ざっと屋敷中を見て回ったがこれといったものは見当たらず、取りあえず泊まり込みの準備の為に買い物に行くことにした。
玄関の鍵を掛け直して、ソルさんと二人で前庭を門へと続く石畳を歩く。馬車がぐるりと回れるような広さだが、石畳の敷かれてない部分は雑草が腰の高さまで生えている荒れた庭だった。
ふと振り返って家を眺めてみると、二階の寝室の窓硝子で何かの影が動いた。――ような気がした。
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次回は月曜日の夜に投稿します。