第一章 5.お貴族様で遠慮がない
都市国家マカダは、惑星スメール第三大陸の東の端にある城郭都市だそうだ。街の東側は海に面しており、東門を出て斜面を下ると港に至る。
都市国家と言うのが今ひとつ良く解らないが、この街一つとその周辺地域だけで国を名乗ってるらしい。他にも似たような規模の城郭都市が幾つもあって、それぞれに都市国家と名乗ってお互いに交易をしたり、境界線を争って小競り合いをしたりしているそうだ。ゆるーい戦国時代みたいなものか?
このあたりの説明はソルさんから聞いたんだ。流石は歴女。宇宙人なのに良く知ってる。
街の中心にある丘の上には王宮があり、その周囲を街の一番外側の外壁を含めて、三重に石造りの城壁が取り巻いていた。街が発展するに連れて新しく外壁を作っていった結果らしい。
冒険者ギルドの建物は街の西門から目抜き通りをちょっと行ったところにある三階建ての立派な石造りの建物だった。
ざわ ざわ ざわ ざわ ざわ
「〈貴族〉だ!」
「また〈貴族〉が来たのか」
「目を合わせるんじゃねえぞ。魂を抜かれるかんな」
「こえーなー、〈貴族〉だよ。俺、今日は仕事休んで家で寝てようかなー」
なんだか周囲の視線が痛い。この女は何をやらかしてんだ? 〈貴族〉ってなんだよ?
ギルドの一階の入口を進むとホールになっていて奥には受付カウンターがあり、入って左手の壁には掲示版がある。掲示版には沢山の藁半紙みたいなのがベタベタと貼られてあり、大勢の冒険者たちが、文字列を眺めては、あーだこーだ言っていた。
依頼書みたいだな。俺はこの世界の文字は読めるのかな?
通路を挟んで反対の右手側には長テーブルとベンチがあり、数人の男たちが座っていて、中には持ち込みらしい軽食を取ってる者もいる。
テーブルの向こう側の右手の壁にもカウンターがある。どうやら素材の買い取りカウンターらしく、朝の早い今の時間には職員は見えないが、カウンターの向こう側にも広い部屋が見えていて、素材を整理して収納してるらしい棚が幾つも並んでいた。
ホールに入り、中央の通路を進み始めた途端に、左右両側から視線が飛んできた。依頼書の奪い合いの喧騒は止み、代わりに静かなざわめきがヒソヒソと沸き起こっている。
「なー、ソルさん。なんかすごい見られてる感じがするんだけど、あんた何したの? ソルさんは貴族なのか?」
雰囲気に呑まれて、ついこちらも小声になる。
「別に何もしてはおらん。ここに来たのも一昨日と合わせて二回目だ。それに私は帝国臣民で、しかも皇帝陛下と皇家一族に連なる貴種のみが住まう、帝国首都本星の市民だ。辺境の藩国の住民からすれば、立派な御貴族様だろうし、恐れ多くて身が竦むのであろう」
彼女は空気を読むことなど無く、いつも通りの声だ。
「藩国ってどういうこと? ここは帝国発祥の母星なんじゃないの?」
「帝国は約一万年前に外宇宙への進出を始め、六千年ほど前には帝国首都をこの星から遥か遠くの、銀河系中央部に近い星系へ遷都しておる。その際に、この惑星スメールは環境保護のため、五千年間の出入国禁止期間が置かれ、その管理もスメールに残留した一部の旧皇族に移譲されて、本国の管理からは外されたのだ。だから帝国直轄領ではない藩国だし、地表に残留し、科学技術のレベルを落として暮らしてきた現地民にとっては、我々は眩しい〈星貴族〉であろうな」
へー、一万年前だとか銀河系中央部だとかスケールが大き過ぎてクラクラしちゃうね。
ホール正面にある受付カウンターには窓口が五つあり、どこも行列が出来ているが、俺たちが一つの行列に近づくと、前に並んでた奴らが皆逃げて行ってしまった。おかげで待たずに一番前まで行けたが、やっぱり周囲の視線が痛い。
受付嬢は猫耳お姉さんだった。出たー、流石は異世界! ちゃんとケモ耳娘も標準装備だよ。でも白いブラウスを押し上げてる胸の膨らみが六つもあるよ。二個ずつ三段だよ!
あれ? 猫耳お姉さんは、ちょっと青い顔をして緊張してるみたいだね。
「あ、あの、レディ? 一昨日にご紹介させていただきました採集の依頼で、何か不都合でも御座いましたでしょうか?」
「うん? おお、其方はあの時の担当の者だったか。名前は何と言ったかな?」
「は、はい、マルシアと申します」
「おお、そうだ、マルシアだったな。実はな一昨日は結局、採集には行かなかったのだ。この者と一緒に出来る仕事を受けようと思ってな。報酬の良いものを見繕ってくれぬか?」
「は、はい。そうなりますとですね、一度受けた依頼をキャンセルなされるということですね。……その、依頼のキャンセル料と言うか、依頼失敗のペナルティと言うかですね……」
「わかっておる。先日に冒険者登録をした時に、規則など一通りの説明は聞いておったでな」
猫耳お姉さんがホッとした表情で小さく笑顔を零した。そこに不意打ちがかかった。
「キャンセル料は、新しく受ける依頼の報酬から引いておくが良い」
「えっ?」
猫耳お姉さんの可憐な笑顔にヒビが入った。
「それと、私の連れなのだが、このターサン・マトゥーラも冒険者登録をするので、その登録料も次回の報酬から引いて良いぞ。なに、安心しろ。この帝国臣民たる私が保証人なのだ。取り逸れることなどはない」
おい、無茶なことばかり言われて猫耳お姉さんが涙目になってるぞ。でも口出しはしない。だってお金無いもん。
「う、承りました、レディ。その、ちょっと上司に相談して参りますので、少々お時間を」
と言うなりスカートの裾を翻し、カウンター奥の階段を二段飛ばしで上階へと駆け上って行ってしまった。
お読みいただきありがとうございますm(_ _)m
ちょっと予定より早めですが5話を投稿しちゃいます。
20時に6話も投稿しますのでお待ち下さい。