誤算
二人一組の軍人を何十人倒したか数えるのを辞めた頃、急に周りが静かになった。今まで叫んでいた商売屋のおやじも、いつも歌っていた女も、逃げ回っていたはずの声も全部だ。
「おかしい。」
こういうときは、嫌なことばかり考えてしまう。
とりあえずなんとなくの思い付きで全力で屋根の上にジャンプしてみた。
すると、遠くの方で馬車に乗せられるスラムの奴らがみえる。だがおかしいのはここからだ。俺の方を見るなり誰かは大声をあげる素振りを、他の奴は口をパクパクとしていやがる。
「…。…。」
おかしい、俺自身の放ったはずの声も聞こえない。
「ごめんね。」
突然そう声が聞こえた。驚いたときには、腹にどでかい衝撃が走り、そのままかなりの距離を吹っ飛ばされた。
「っぷ、は、はぁ。今の声…、いや、そんなことよりも吹っ飛ばされすぎた。ここは、スラムの端か…。その先にはだだっ広い草原しかねーぞ。」
あれだけの衝撃を受けた俺の体が五体満足なのがおかしい。俺はそこまで人間を辞めたタイプではないはずだ。
「とりあえず、助けられたのか殺されかけたのか。はたまた俺がいるのが邪魔だったのか。よくわからないが、ひとまず生きてることに感謝するとしよう。」
肩でしていた呼吸もいつの間にか落ち着いている。腹をさすってみるが、軽く赤いだけでそれ以上の痛みはない。
状況を整理する時間はありそうだ。
まず、あの声は確かにステラだった。
言葉の意味から推測するに、多分国側の人間で、スラムに敵対行動をとったから謝ったというのが一番簡単な考えだろう。
だがあいつは俺が拾ってきた子どもの一人だ。ましてやスラムの中で拾ったに過ぎない。10歳にも満たなかったステラに任務を与えるとなると、よほど長い時間をかけてスラムを消し去りたいって国の意志なんだろう。
今まで騙されていたことはこの際おいておこう。スラムでは裏切りなんて日常茶飯事だ。たまたま、俺の知り合いに裏切られた、そう考えるのがここで育った俺の思考だ。良くも悪くもな。
「ステラの慈悲、なんだろうか。女の考えることはよく分からん。ただガキどもが逃げ切れたか心配だ。とりあえず、戻るか。」
誰に行ったのか分からないその言葉の後に、俺は元の居場所に戻ろうとした。
その瞬間だ。
スラムが一瞬で灰になった。
一瞬だ。長く燃えていたとか、大規模な魔法で燃やし尽くされたとかではない。
その場に合った物という物が灰になった。
まるで吸血鬼が太陽を浴びたかのように。
「帰る場所、無くなっちまった。」
見渡す限りの大荒野。
呆然と立ち尽くす俺。
隣でケーキを食べる幼女。
「はあっ?」
「美味いのう、美味いのう。これじゃからケーキは止められぬ。」
故郷が灰になって、隣に知らない幼女がいて、しかも貴族くらいしか食べることができないといわれているけーき、というものを食べていた。
「なんじゃお主じろじろ見て。そんなに見てもケーキはやらぬぞ。」
「お前、誰だ…というか目の前は大荒野、後ろは大草原。隠れる場所なんてないはずだ。」
「そこはほれ、秘密じゃ。良き女子は秘密が多いと決まっておる。」
全く意味が分からないが、とりあえず会話ができそうで安心した。目の前で故郷が灰になって、俺は幻覚でも見ているのかと思ったぞ。
「一つ聞きたい。お前、何者だ。」
「ん?先代魔王じゃ。今はせんちゃん、まーちゃんとかで呼んでくれ。」
先代魔王。俺の知識では魔王は存在すら怪しいものだし、俺が生きてて魔王に対して軍隊が動いたとか、勇者が討伐したなどの情報はない。
生憎と俺には相手の強さを見る能力やスキルもないし、魔力感知も出来ないから相手の力量が分からない。
だが、この幼女が嘘を上手につけるタイプには到底見えない。
「お前が元魔王だという証明とかできるか?」
「なんだお主見ておらんかったのか。今目の前の町1つ消えたじゃろうが。」
「…今、なんつったてめぇ。」
「お主耳が遠いのう。
今、目の前で、そこの町を灰に変えたのがわらわの力じゃ。恐れおののけ、わーはっはっはっはっ。」
その瞬間、俺は腰に差していた短刀を抜き放ち、一瞬にして隣でケーキを食べている幼女ののど元に差し込もうと踏み込んだ。
相手が強いかどうかなんざ関係ない。目の前に俺の故郷を消した張本人がいるのだから。
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次話は10日を予定しています。