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選ばれるべき未来

 午前三時、俺の部屋に六人の俺が居る。何を言ってるか分からないかとは思うが、俺にも分からないから我慢して話を聞いて欲しい。

 六人のうちの一人はこうしてあなた方に語っている俺である。では、あと五人は何なのか。曰く、一週間後に定められる新しい元号、あるいはその候補になっていた先の未来から来たと言う。何のドッキリかと思ったが、俺は平凡な会社員であり芸能人ではないし、面白いリアクションを求められてそれに応えられるような笑いのセンスも持っていない。今もこの五人が本当に俺であるという証明を散々させて彼らを辟易させているところだ。

「耳を塞ぎたくなるような記憶を蘇らせられたことに若干の不服は残るが……信じよう」

 まだこれが夢だという可能性が大いに残っている。これ以上自分――それも五人――が自分の過去の失態などを語り疲弊していく姿は見ていたくなかったので、とりあえず今はその話を終わらせることにした。

「それで、お前らは何のためにここに来たんだ」

「お前は、どの元号の未来へ行きたいかを聞きに来た」

 さて、また意味の分からない言葉が出てきたので再度この“六番目の俺”が簡潔にまとめることにしよう。

 彼らは先に述べたように、なり得るはずだった元号を持つ未来から来たと言う。今後は、彼らをその元号で呼ぶことにしようか。

「俺の未来に来ると、俺は交通事故で死ぬ」

 と述べたのは、久化元年から来た俺である。

 恋人の沙織と会うために待ち合わせ場所へ向かう途中、大通りを走っていたトラックがぶつかってくるらしい。ドラマで車に轢かれる場面を見ると、「今、確実に避ける時間があっただろう」と突っ込みを入れていたが、どうやらいざその時になると本当に頭が真っ白になって動けないらしい。

「こっちは、逆に沙織が事故で死ぬ」

 これは英弘。いやにあっさりと述べるなと思ったが、そういえば部屋に来た時から最も顔面蒼白で時々手が震えているのはコイツだった。俺だって沙織が居なくなる未来なんて想像しただけで目眩がする。

 あとは、女友達と居るところを見られて浮気を疑われ別れることになる広至と、それを弁解しようと後を追いかけたら歩道橋から足を踏み外してやっぱり俺が死ぬ万和。買い物中に店が火事になって二人とも死ぬ万保。

 聞けば聞くほど信じられないし、この中から一つを選べと言われてもどれも選びたくなかった。

「新しい元号が発表されるまでに一週間ある。それまでに決めておけよ」

 久化がそう言って立ち上がると、他の四人もそれに続いて部屋を出ていった。

 一体何が起きているのか、なぜ俺が自分の未来を選べるのか、彼奴等はどうしてここへ来られたのか、考え始めたら終わりが見えないので、ひとまず今はこれを長い夢として考えることにする。


 沙織と会う約束をしていたのはその夢を見た四日後だった。

 駅前に新しくできたカフェで待ち合わせをしていたので、少し早めに行って珈琲を飲みながら待っていた。

 カラン、と軽いドアベルの音がして顔を上げると、こちらの口許が緩んでしまうような綺麗な笑顔を向けながら沙織が手を振って歩み寄ってきた。

「待たせてごめん」

 言いながらベージュのスプリングコートを椅子に掛ける。肩口の開いたレモンイエローのブラウスは袖口がふんわりとしたパフスリーブ。ネイビーのロングスカートは裾がレースになっていて涼しげだ。セミロングの栗色の髪は、毛先を緩くカーブさせてからひとつにまとめ上げられている。

「先に飲んでたから」

 メニューを相手の向きに合わせて開くと、ありがとう、と微笑んで文字を目でなぞり始めた。

 夢だとは言え、彼女と離れなければいけない未来が在ると突き付けられるのは気分が悪かった。まるで何か良くないことの前兆のようで。

「変な夢を見たんだ」

 沙織が温かいダージリンを頼むのを見てから、話を切り出した。

「未来から来たっていう俺が部屋に五人現れて、そのどれもが俺と沙織が別れる世界から来てるんだよ」

 夢の話だと軽い気持ちで口にしたが、聞く側はあまりいい気持ちにはならないだろう。彼女の眉が顰められるのを見て、話したことを後悔した。

「夢の話だけど。俺が死ぬとか、お前が死ぬとか、そういう。ほら、悪い夢って人に話すと夢で終わるって言うだろ」

 沙織と離れたくないと改めて思ったんだ、などと言うのはとてもじゃないができなくて、何かを誤魔化すような辿々しい言葉選びをしてしまった。

「まぁ、一人で抱えていたい話ではないね。それは」

 運ばれてきた紅茶のカップで両手を暖めながら頷くのを見て、俺はほっと胸を撫で下ろした。

「例えば、だけど。どっちかが死ぬなら、俺はお前が死ぬのは見たくないんだよ」

「それは私だってそうだよ」

 もしも本当にどれか一つの未来を選ばないとしたら。そう思って続けた言葉は、間髪入れずに跳ね返された。カチャ、と音を立てて彼女の手に包まれたティーカップが揺れる。

「じゃあ、お互いが生きてるなら別れることになっても構わない?」

 俺の言葉に、いよいよ不信感を抱いたらしい。不快の青に怒りの赤色が混ざっていくのが分かった。

「遠回しに別れ話でもしようとしてる?」

「ごめん。そういうことじゃなくて」

 必死に首を振る俺の姿を見て、どうやらその疑いは晴れたらしい。深い溜息を一つ吐いてから、紅茶を一口含む。

「どっちかが死んだら、なんて想像はしたくないし、もしも別れたら、なんてことも今は考える気にならないよ。どっちもありえないもん」

 ありえない、と言い切ることに百パーセントの肯定はできなかったが、このタイミングでそんな事を口にしたらどうなるかは分かっていたので飲み込むことにした。

 それじゃあ最後の一つ、二人ともが死ぬ未来を選ぶとしたら。買い物中の火事だと言っていたが、俺達はどこまで生き延びようともがくのだろう。炎に包まれ、呼吸が苦しくなって、体がジワジワと焼けていく痛みなど想像もつかない。そんな思いをするのも、させるのも御免だ。

 結局、その日のデートはぼんやりと膜が張ったような空気のまま終わることになった。



 私が元と出会ったのは、三年前の冬だった。

 恋人と別れてから初めて訪れたクリスマスで、どうしようかと悩んでいるところへ友達が働くバーのクリスマスパーティに招待されたのだ。

「倉木元。平成元年に生まれたから、(はじめ)。安直だろ」

 そう言って笑った彼の笑顔はとても柔らかくて、知らない人ばかりが居るその場所で、彼に心を開くのには時間がかからなかった。

 何人かと連絡先の交換をしたけれど、ディスプレイに並ぶ新しい連絡先の名前はどこか冷ややかで、形だけのように感じられた。

 周りの高揚についていけなくて予定よりも早く店を出た私を追いかけて来たのが元で、自宅の最寄り駅まで送ってもらう途中で初めてのデートの約束をした。

 初めてのデートは、カフェでお茶をしてから映画を観て、パンフレットを見ながら感想を述べつつ夕食、という無難なものだった。

 実はあの映画は大して面白くなかったとお互いに思っていたことが分かったのは、このあいだ元の家で映画のパンフレットを見つけた時だ。

 倉木さん、吉川さん、とお互いを名字で呼び合っていたのは数十分程度で、カフェで話している途中にはもうすっかり意気投合して名前を呼び捨て合うようになっていた。

 彼との時間は息をつく間もなく進んでいって、だからもしかすると、別れもそんなふうに突然訪れるのかもしれない。

 ベッドへうつ伏せになりながらあの時見た映画の半券を見つめていると、玄関のチャイムが鳴り響いた。時刻は、午前零時を回っている。



 新しい元号が発表されるまで、あと十二時間。沙織と会う約束をしているのは来週の土曜日で、その時にはもう俺らの未来が決まっていることになる。

 そんなことを考えさせられているのは、またしてもこの部屋に俺らが集合しているせいである。

「決まったのか」

 答えを急かしてきたのがどの元号の俺なのかは分からない。

 狭いアパートの居間に、同じ顔をした男が五人輪を描いて座りながら、神妙な面持ちで向き合っている。外から見ればコメディのような状況も、俺にはただ不気味で吐き気のする画でしかなかった。

「……ずっと、夢だと思いながら考えてたよ」

 答えを口にする前に、大きく深呼吸をする。五人の俺が、息を呑む音がした。

「俺は、どの未来も選ばない。お前らには申し訳ないけど、それはお前らの未来であって俺の未来じゃない」

 提示された全てを拒絶する。彼らがどんな表情をするのかを見るのが嫌で、頭を下げ床を見つめることでそれを回避した。

 誰も答えないまま、少しの時間が経った。しかし、気配はあるので彼らが消えたわけではないはずだ。

「そんな答えを選ぶとは思ってなかったけど、言われてみればそれもそうだな」

 一人が口火を切ると、他の声もそうだな、と重ねて肯定をした。それを聞いて、下げていた頭をゆっくりと上げる。

「道連れにするなんて気持ちは無かったけど、この結末を選んでくれたら、これでも良かったのかと思えるような気はしてたよ。ずるいよな」

 諦めたような、吹っ切れたような表情で笑いながら一人が言う。

「お前が幸せになってくれれば、どこかの俺は沙織と幸せになってるんだろうなって思えるような気もする」

「本当かよ」

「……巻き込んだところで、俺らの未来が変わるわけじゃないしな」

 最後に涙をこらえるような顔で笑ったのは、久化を始めその未来が死に行き着く俺達だった。

 最も近い他人であり、同時に最も遠い他人である自分自身が、そしてその大切な恋人が迎える死を分かっていながら、一人でそれに立ち向かう姿を見送らなければいけない。かけられる言葉は、一つも存在しなかった。

「じゃあ、俺らは帰るか」

「お前が選んだ未来、どうなるかは分からないけど幸せになれよ」

 部屋から出ていく彼らの背を見送り、再び静寂が戻った。そのまま床へ仰向けになり、目に刺さる照明の光を隠すように腕を覆わせた。

 分かっている未来を選ぶ方が容易かったのかもしれない。幸せになれないと分かっていても、もしかしたらこの先、それ以上の不幸が起こることだってあるかもしれないのに。自分の選択は正しかったのだろうか。

 そんな事を考えているうちに、俺は眠りに落ちていた。



 新しい元号は、令和。十一時半から十一時四十分までの間は、その何倍もの時間に感じられた。

「今夜、会えるかな」

 予定には無かった逢瀬を、沙織は快く受け入れてくれた。

 四月になっても肌寒く、夜は特に風が冷たくて肩が震える。

 夢の話をしたのと同じ喫茶店で待ち合わせをして、あの時と同じように沙織が遅れて入ってくる。

「待たせてごめん」

 手拭きと水を持って来た店員に、沙織はメニューを見ることなく温かい紅茶を頼んだ。今回はアッサムだ。

「このあいだ、夢の話をしただろ」

 冷えたらしい手を擦り合わせる沙織が、不思議そうに顔を上げた。

「何か話してたっけ?」

 忘れてしまったことを思い出そうとして右上の方へ視線を向けるのは、沙織の癖だった。忘れっぽい彼女のいつもと変わらない仕草を見て、つい笑みがこぼれる。

「いや、いいんだ。大したことじゃないし。今日はいきなり呼び出してごめんな。でも、会えて嬉しいよ」

 未来に何が起きるか分からない。もしかしたら、あの五人が経験した物よりも酷い未来が待っているかもしれない。それでも、いや、それだからこそ、俺は今の俺が最善だと思える答えをさがしていこうと思う。





**


***



 午前零時過ぎ、部屋に五人の私が居る。今こうして話している私を含めたら、六人になる。

 彼女達の話はとても信じられるものじゃなかったけれど、昼に元から聞いていた話と重なることばかりだったから、それがただの夢だとは思えなかった。

「新しい元号が発表される前日までに、答えを決めておいてね」

 一通り話し終えた彼女達が立ち上がるのを制して、私は口を開いた。答えなら決まっている。元から話を聞いて、ずっと考えていたから。

 どんな形であれ、遅かれ早かれ、別れは訪れるものだ。それが私達にとってあまりに早すぎたというだけのこと。せめて、選べる未来があって良かった。終わりまでに時間はあるのだから、できる限り元と一緒に過ごそう。連休に入ると混むから、その前に休みを取ってどこかに行こうと言ったら彼は困るだろうか。それとも、仕方ないな、と呆れたように笑って受け入れてくれるだろうか。

 もしも、元も私と同じように未来を選ぶことができるのだとしたら。彼はどの未来を選ぶのだろう。聞きたいけれど、そうしたら気持ちが揺れてしまうような気がする。

「私が選ぶのは……」

 これが正解かどうかは分からない。例えさっきまで一緒に過ごしていた元が私と違う未来へ行くことになっても、私は今の私にとって最善だと思える答えをさがしていこう。


***


**



 午前三時、俺の部屋に七人の俺が居る。何を言ってるか分からないかとは思うが、俺にも分からないから我慢して話を聞いて欲しい。



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