雨のち晴れ
「失敗した」さっきからそればかり考えている。
自分の好きなものを知ってもらおうとすることは悪いことではないはずだ。彼女もそれを望んでくれていた、と思う。おそらく。
じゃあなんでこんなことになったのかというと、ちょっと急ぎすぎたのかも知れないかな、とは思う。
いきなりマイナーなアニメを二人きりで観ることはなかったか...
初めて自宅に招いてそれはやり過ぎだったか...
いや、彼女の好みもろくに聞かずに実行したのがそもそもの間違いか...
平成末期に平成初期の名作アニメを観ようなんて誘い文句、冷静になると意味不明だな...
などとぐずぐず考えていたら、パソコンは自分の大好きなシーンを映していた。
『一人一人は小さな火だが、二人合わせて炎となる』
数日前に感動のあまり涙が滲んだ場面で、今は別の涙を堪えている。こんな気持ちでこの作品を観ることになるとは思わなかった。隣の彼女の顔を見るのが怖い。
「どうだった?」と僕が聞くと「自分ではロボットものってあまり観ないから...」と彼女は答えた。好感触とは程遠い返事に僕はまた落ちこむ。
会話もあまり弾まないまま出前のピザを食べ、彼女を最寄り駅に送って別れた。気まずさから、彼女の顔をまっすぐ見られなかった。
それからしばらく、その空気を引きずって過ごした。連絡は途切れなかったけれど、気持ちは離れている気がして怖くてたまらなかった。でも自分からは何もしなかった。僕はなんてダメなやつなんだろうと嫌になる。
あの日から1週間が経った日の午後、朝から降っていた雨も止み、さあ買い物に行こうかとのろのろと準備していた時、彼女から電話がきた。嫌な予感はしたが出ないわけにもいかない。
「もしもし」
受話器の向こうの彼女の声は思っていたよりも明るかった。もしもしと返し、恐る恐る用件を聞く。
「この前のアニメ、自分で借りてもう一度観てみたんだけどね」
予想外の言葉に、口から『え』とも『へ』ともつかない間抜けな音が漏れる。
「やっぱり、ちょっと苦手みたい... でもね、ラストシーンと炎の話?は良かったと思う。あそこは好きかも」
そうなんだ、としか言えずに黙ってしまった。
何か言わなければと思うのだが言葉が見つからない。彼女があの作品を見返してくれたのはとても嬉しいが、苦手だというのはやはりショックだった。
だが、好みについては仕方がないだろうし、時間を割いてまた観てくれた礼を言うべきだ、回らない頭でそこまで考えたところで彼女から、今度は自分の好きなものを見せたいと提案があった。
「私ね、アイドルが好きなんだ。男女問わず」
「えっ、あっ、俺...」
「知ってる。アイドル苦手なんでしょ?でもいいじゃない。DVD持って遊びに行くから一緒に観ようよ」
随分と強引だが、その強引さがむしろ心地よかった。まだ彼女との関係が終わっていないと思えるだけで力が抜けていくような安堵を感じる。
ゴールデンウィークは彼女が帰省するので、連休最後の日曜日に会う約束をした。
「次に会う時は令和なんだねぇ」と僕が言うと、妙にしみじみとした響きがおかしかったのか彼女はケラケラ笑いながら「そうだねぇ」と返し、それにつられて僕もケラケラと笑った。
少し前まで胸にわだかまっていた暗い思いが、ゆっくりと消えていく。不意に、彼女への強い感謝の気持ちが湧いてきた。
「あの、その...」
と、僕がしどろもどろになりながら切り出すと、彼女が「なに?」と応じた。
「今回のことさ、色々と、その、ありがとうね」
「うん」
「あと、なんか気まずくて変な感じになってごめん...」
「それは本当に困ってた」
「う、本当にすみません...」
「もういいよ。こっちこそ、ごめんね」
受話器の向こうから届く彼女の声はあくまで優しく、そのことに随分と救われた。
それから少し話して電話を切ったが、話の流れで2人で楽しめそうなアニメも探しておくように、という宿題をもらってしまった。
この探し物は大変だが、やり甲斐がありそうだ。
それと、またうちに来るのなら手料理のひとつも振舞おうか。いつも出前というわけにもいかないし、一人暮らしを始めたばかりの頃は自炊もしていた。二人分くらいなら、まあなんとかなるだろう。
そうだ、実家に帰った時に母から何か一品教えてもらうのも悪くないな。
そして、何よりも彼女の話を聞こう。食べ物やアニメの好みだけじゃなく、もっと深く彼女のことを知りたい、と素直にそう思えた。
部屋がいつの間にか薄暗くなってきていた。大きく伸びをして立ち上がり、照明のスイッチを入れる。
窓の外では今朝、雨を降らしていた雲たちが夕焼けに染まっていた。黒と赤の取り合わせが美しく、思わず感嘆のため息が漏れる。
この空を忘れないようにしようと思った。




