花の名
「お前は何でそんな不機嫌そうな顔なんだ。目出度い席なんだから、もうちょっと良い顔しろ。相手様もいるんだぞ」
小声で話しかけてくるじいさんに私も小声で対抗する。
「できるわけないだろ。あの子は花の子なんだぞ」
「そこは何度も話して今日があるんじゃあないか」
何度言われたって納得できるもんじゃあない。あまりにもしつこいから根負けしただけだ。
「ほら、牡丹ちゃんたちが来たぞ。ちっとはまともな顔になれ、七竈は父親なんだからな」
ドレスに身を包んで朝日を浴びた花のように笑う牡丹。眩しさに思わず顔をそむける。
「おとうさん、ちゃんと来てくれてよかった。おじいちゃんが引っ張ってきてくれたの?」
「いいや、ちゃんと自分で歩いてきたよ。ずっとこんな顔だがな」
「おとうさんらしいねえ」
「あの、本日はよろしくお願いします」
素っ頓狂な声が上がる。がちがちに緊張しきって唇が引きつっている。
「そんな緊張なさるな、幸樹さん。こいつは寂しくていじけているだけだから」
「おとうさん、寂しいの?」
楽しそうに笑う牡丹の声にさらに顔をそむける。首が吊りそうだ。
同じように相手からの親とも和やかに言葉を交わすのが、目の端に映る。小人のようなあの子がよくもこんなに大きくなったものだ。こんな日が来るなんて夢にも思わなかった。
じいさんにわき腹をつつかれ、牡丹から目を離すと相手方の父親が何やらこっちを見ている。目が合うとこほん、と咳払いした。
「本日は誠におめでとうございます。これよりご両家の方々をご紹介させていただきます。新郎父の新海昭でございます。隣におりますのが……」
唐突に実感が沸いた。私と牡丹は同じ七宮の姓を持つ関係ではなくなるのだと。促されるまま挨拶をするが、上の空だ。促されるまま動いていると、牡丹が隣にいた。牡丹のひんやりとした手が私の同じくひんやりした手を握る。
「わたし、大丈夫だよ。おとうさんがすごく心配してくれているのは知っているし、それは当然だと思う。でもわたし、幸せだから」
傍らでそういういう声は決意に満ちていた。
「本当に幸せなんだな」
「うん」
この子は強い。もう私の手の中で守る必要はないのだ。。そう気づいて握られている手をそっと離す。
*
噎せ返る煙と襲ってくる真っ赤な炎。大きな木。熱い、見えない、痛い……、逃げて、守って……、
はっと目を開けると見慣れた天井が広がっていた。
「夢か」
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して飲む。水分が全身に染み渡る感覚で目が覚める。それでも夢の気持ち悪さは晴れない。
シャワーも浴びるが気持ち悪さは晴れないどころか、切羽詰まった女の声がリフレインする。普段は夢なんて一瞬で忘れていくにどういうことだろう。
仕事にとりかかっても全く手につかず、体調さえも悪くなってきた。幾らミネラルウォーターを摂取しても日光を浴びても寝ても体調が回復しない。仕方なく脚の遠のいていたあの店に向かう。
昼の緩やかな日差しの中、菜の花を横目に見ながらゆらゆらと電車に乗り40分。誰も下りないローカルな駅に降り立ち改札をくぐる。踏切を渡り、3つ目の細い路地を抜け左に曲がる。家と家の間の細い猫の通り道を突き進んでいくと、ぽつねんと佇む2階建ての小さな食堂がある。立てかけてある看板は年季が入り「食堂」以外の文字は消えている。窓辺にある蝋燭に火が灯っていれば店主がいる印。ドアを押すとギイ、きしみながら扉が開く。
「いらっしゃい、出身星と種族を……って七竈か。どうした?」
柔らかに日の光が入っている店内でカウンター席に座っている小柄な老人は店主であり、俺の養父。いつものしゃがれ声でそう言い、久しぶりに会った私を一瞥すると、すぐに雑誌に目を戻した。カウンター6席と小さなテーブル席しかない狭い店内には、ゆるやかな時が流れている。
「ちょっとじいさんに聞きたいことがあって。今朝妙な夢を見てから気分が悪いんだ。原因に全く心当たりがなくて、じいさん何か分かることないか」
「知らん。儂が花の子について知っていることは全部教えた。隠していることなんてない」
「本当に気分が悪いんだ」
思わずテーブル席に椅子に座り込む私を見て、雑誌から目を離し私を見た。ようやく顔色の悪さに気付いたのか近づいてきて手を触る。
「相当熱を持っているな。とりあえず奥で横になりな。水と氷は持っていくから」
見慣れた階段を上がり、自分の部屋が物置化されたことを確認してじいさんの部屋に入る。煎餅布団に横たわると自分の具合の悪さに改めて気づくと同時に意識が遠のいていった。
ひんやりとした感覚と桜のような柔らかな日差しに導かれゆっくり目を開く。
「目が覚めたか」
声につられて横を向くとじいさんが座っていた。
「気分はどうだ」
「さっきよりはましだけど、まだ駄目だ」
「あれから考えてみたんだがな、妙な夢を見たと言っていただろう。お前の父さんが言っていたのだけれど、花の子は仲間や植物の声を夢見することがあるらしい。もしかしたら何かの声なのかもしれん」
「仲間になんてあったことない俺が? こんな妙な夢に翻弄されるのは初めてだ」
顔が引きつるのが分かる。それを見てじいさんは苦笑する。
「お前の父さんは花の子は大地を母と持つから誰とでも繋がっていると言っていた。どうせほかの原因はわからないのだろう。どんな夢を見たかはなしてみないか」
夢を思い出そうとすると、途端に気分が悪くなる。それを何とか飲み込んで思い出す。煙と炎、そして植物の燃える匂い。炎と割れる音、そして女の声だけがはっきり聞こえる。
「火事か……? とりあえず調べてみるか」
棚から本のようなものを一冊取り出すとパラパラめくり出した。地球と書かれたページを開き、そのページをさっと撫でると立体映像が現れた。
「火事火事……、あった、今日の今朝方、日本で山火事、かなり大きかったらしくいまだに全貌はわかってないらしい」
その写真を見ていると胸がざわつく。
「まず行ってみるか」
俺は頷いた。
「座標が分かるからトべる。久々だな」
「失敗するなよ」
「そんな下手こくか」
軽口をたたきながら店の地下に広がる酒蔵へと降りる。じいさんが溜め込んだありとあらゆる世界と宇宙の酒瓶が迷路のような道の壁一面に並んでいる。この地下に迷い込んだら最後、じいさん以外は戻って来られない。だから盗まれる心配ないのさと、じいさんはかかっと笑う。この地下には隠し部屋も多くあって製作者の趣味が詰め込まれている。魔法使いが作ってくれたのさ、とじいさんは言うが魔法でもなければ作れないほど広く細工が多い。じいさんも全貌は把握しきれていないらしい。
とあるくぼみをぐっと押すと現れるのは木の重厚で大人でも見上げなければ上まで見えない大きな扉。小柄なじいさんが慣れた手つきで鍵を開け入っていく姿は盗人にしか見えないと幼いころから思っている。扉の奥にあるのは赤くて丸い機体。じいさんは運転席に、俺は助手席に乗り込むと、じいさんは早速パネルに座標を打ち込む。
「行くぞ、掴まれ」
一瞬の浮遊感、次の瞬間には例の森が広がっていた。機体から降りると夢で見た光景と匂いが広がっていた。火は収まっているが、美しかったであろう木々は無残に焼け、凄惨な火事があったことを物語っている。
「ぴったりだ。ちょっとお休み」
じいさんが機体をさっと撫でると見えなくなる。同じことを俺がやっても消えないのだから、いつ見ても不思議である。
「何か見覚えのあるものはあるか?」
「うーん……、でも気持ち悪さの原因はここにある気がする」
「ま、歩いていれば思い出すかもしれない」
「あ、この木」
気持ち悪さを堪えながら、焼け焦げた森を歩いていると一本の大木が目に留まった。それは焦げているが夢で見た木にそっくりだった。俺は気分の悪さで座り込むが、じいさんは木の周りをうろうろとする。目を閉じると夢で見た風景が甦る。迫ってくる炎と熱。そしてあの女の声を今までよりもはっきりと感じる。
「あっ、この花……! 七竈来い」
かすれ声が響く。気力を出して立ち上がり、じいさんの元に行くと、そこにはチューリップのような花が一輪咲いていた。ほかの木や草は燃えているのに、その薄ピンクの可愛らしい花だけは生き残っていた。花の周りには大量の燃えカスが積もっている。
「これがどうした」
「ちゃんと中を見ろ」
上から花を覗くと何かがいる。虫……ではなく人。
「花の子だ」
花の子。緑の民とも呼ばれる者たちは人型をしていながら、植物に似た体内構造を持つ。花の子は母親から種子として生まれ、土に埋められる。約1ヶ月土の中で眠り芽を出し、緑の茎と葉を持って約4か月かけ大人の膝くらいまで育ち、拳2個分くらいの蕾を付ける。チューリップのような形をしているが、花の中は八重桜のように小さな花びらが何重にも重なっている。そしてその中心に人型の子どもが眠っている。花から離れた時、目を覚ます。花から生まれる為、通称花の子と呼ばれている。
自然の中で生きる者は植物と同じよう、光合成をして水と養分を取りながら一生人型を取る。自然から離れた者も大きくは変わらないが、植物を食べ栄養を摂取するなどして生きていく。水は必須で肉や魚は食べられない。良い水が一番うまいと感じる。熱は持たない。虫は天敵なのでこまめに部屋を掃除する。以上じいさんからの情報と実体験。物心つく前に両親が死に緑の民を誰も知らない俺は自分のことも僅かしか知らない。
花の中ですやすや眠っている子は黄金虫くらいのサイズだった。どうしたら良いか分からず、見守ることしかできない。
「ここで二人あたふたしていても埒が明かん。儂は周囲を見てくるから七竈はここで見守っていろ」
そう言い残すとじいさんは去っていった。見守るとは何をすればよいのだろうか。そっと花を覗き込む。柔らかな花びらの中に居る子。とてもちっぽけで生きているかどうかも分からない。……もしかして死んでいるのだろうか。爪ほどの顔は安らかそうに見えるけれど。そっと指を顔に近づけると微かな風を感じる。生きている、それだけでほっとする。息苦しく気分も悪いが、その小さな顔を見ているとなぜが遠い昔聞いた子守唄を思い出し、少し安らいだ。
「戻った。帰るぞ」
「帰る?」
「あぁ、体の弱い子どもにとって特に乾燥や煙は毒だろう。親が戻ってくる気配もなかった。今は人っ子一人いないが、じきに人間がやってくれば状況は悪くなるだけだ。いったんうちに連れて帰ろう。店の名刺を置いていけば、もし親族が戻ってきたら連絡が来るだろう。儂の名刺は特別仕様だからな」
「でもどうやって連れて帰る?」
「根からそっと抜き、この水鉢に入れる。いいか、そっとだ。どこも傷つけるな」
じいさんが持ってきたスコップで根を気付つけないそっと、そっと花の周りを掘る。慎重に掘り進めていくと、想像していたよりずっと根が張っている。
「早くしろ」
焦る、手がもつれ根を切ってしまいそうになる。文句を言いたいのをぐっと堪え、手を動かす。ようやく根の全貌が見えてきた。そっと根から掘り出し、じいさんの持つ清らかな水の入った水鉢の中に入れた。澄み切っていた水に土が溶け出す。
「よし行くぞ」
その時例の女の穏やかな声を聴いた気がした。
翌日から一等日当たりの良い場所が水鉢の指定席となった。店にやってくる様々な星の、種族の客は花を愛でたり、物珍し気に覗いたりした。俺は、昼は花を見守り、夜は地下酒蔵迷路に涯にある図書室に籠って資料を探した。図書室は地下のさらに地下に在り、床の扉を開け潜る。扉を開けると底が見えないほど下に伸びていく螺旋階段が広がって居り、電気等の明かりは一切なく暗い。その螺旋階段に沿ってランダムに本が並んでいる。手に持った明かりを頼りに探し物をするため、調べ物をするのには最も適していない。じいさんに文句を言うと、これを作った魔法使いは「本との出会いは運命。愛を持って探せば必ず出会える」と真顔で言うような奴だから機能性なんて皆無だろうよ、笑うだけだった。
頭がくらくらするような本の森から目当ての文献を探すのは本当に困難だった。そもそも、花の子の存在などほぼ知られていないので資料がない。関連書籍を探すうち、植物についてずいぶん詳しくなった。
水鉢の花は枯れていった。最後の花びらが落ちた時、小さな子どもは水鉢に落ち、目を開けた。何かを探すようにきょろきょろする。俺と目が合うと、くりんとした目をさらに見開き微笑んだ。
「じいさん! 目が! あった!」
「おぉ! ついに時が来たんだな」
カブトムシくらいまで育ったその子をそっと水から掬い出し、じいさんが持ってきた布にくるむ。その子は片時も俺から目を離さない。まるでさがしものを見つけたように。目が合うとにこりと笑った。
「可愛いな」
「あぁ」
それからは試行錯誤の日々だった。俺がじいさんの元に預けられたのは物心のついた人間の子どもくらいの大きさになってからだったし、店に来る客達も花の子について何も知らない。似たような種族や植物の性質、図書室で見つけた資料を参考に育てた。そんな環境でもこの子はすくすくと育った。成長は著しく、くりんとしたみどりがかった純真で利発な瞳、すとんと落ちる黒髪、そしてくるくると変わる表情に俺もじいさんも片時も目を離せなかった。客からも看板娘として注目の的だった。
「名前は七竈がつけな」
「俺が? 良いのか」
「あぁ。これだけ時間が経っても誰もこの子を迎えに来ない。あの名刺さえあれば一瞬で来られるにも関わらず。いつまでもあの子、と呼ぶのは不便だ」
図書室に籠る日々が始まった。自分を指す唯一のもの。考えれば、考えるほど深みに嵌まり、文字が頭に溢れて溺れる。一息つくために店に上がり、カウンター席に座ると、あの子がててっと走ってきて、下に降ろしていた俺の手を握る。俺と同じようにひんやりしたちいさな手。
「本当にお前に懐いているな。決まったか」
「うーん……」
ひんやりした冷たさを指に感じていると、ふとひとつの単語が頭に浮かんだ。何度か繰り返す。唇を湿らせそっと吐き出す。
「牡丹」
「牡丹、良い名じゃないか」
「どうだ、牡丹」
逆の手の指でそっと頭を撫でるとくすぐったそうに頭を振り俺を見る。
「牡丹」
にこっと笑う。
「名前を付けたお前が父親だ。七竈と牡丹、良いじゃないか」
百花王とも称され、「風格」や「富貴」と表すと共に「恥じらい」の意味を持つ牡丹。そしてこの子が包まれていた花のような牡丹。七竈の名に恥じぬよう、この子を見守ろう。私は牡丹の父親になるのだ。
客から聞いたのか、牡丹は学校というものに強い憧れをもったらしい。きらきらした瞳で行きたいという牡丹を無下にできなかった。じいさんと散々話し合い、人間世界に馴染んでから学校に通わせることになった。牡丹と私、二人での人間世界での生活が始まった。私は久しぶりのこちら側、牡丹は初めてですべてが手探りだった。
1年後、牡丹は小学生に、私は会社員になる。人間と同じスピードで成長する時期を見計らってのことだった。人間の社会に入るため、私の名前から一字取って、七宮の姓を名乗ることにした。必要な書類や手続きはすべてじいさんが手回し、私たちは七宮牡丹6歳と、七宮竈34歳という同じ姓を持つ父子になった。
小学校はさらに未知の場所で訳の分からないルールの中もがいた。大体何であんな長時間室内の籠っていなければならないのだ。自然の中にはあんなに多くの学びがあるのに。不満は多かったが、牡丹はそれらに向き合い、「少し人と違うところがありますが、何事にも興味をもって取り組んでいく前向きな子です」と言われた。
授業参観で人間に交じり授業を受けたり、楽しそうに過ごしたりする姿を見た時は感無量だった。「おとうさんはいつもやさしくて、大きな手で、手をつなぐと安心します。」と作文を読み始めた時は涙が止まらなかった。
牡丹が花の子であるため狙われたときは生きた心地がしなかった。少しでも情報が入ってくるよう、看板娘としていたのが裏目に出た。あたふたする大人たち尻目に店の細工を最大限利用して自ら戻ってきたときはあっけにとられると共に、その賢さに脱帽した。秘蔵の本を狙う怪盗が現れた時も大人顔負けの活躍をしたものだ。
セーラー服に袖を通した姿を見た時はあの小さな子がこんなに大きくなったのかと感動した。反抗期が来たときは何よりも辛かった。家とじいさんの店と会社を行き来するのは、楽しくて大変でめくるめく日々であり風のように過ぎていく。梅が咲き、向日葵が咲き、秋桜が咲き、花たちは眠る。そしてまた新しい季節が始まる。
牡丹が人間世界に倣って成人式を行った時はじいさんが最高峰の水で作った酒を開けた。あまりに美味しく一瞬で消えていった。水を愛する花の子にとって水を生かして作った酒は大好物だ。牡丹も酒の美味しさに気付いたようでじいさんの地下酒蔵巡りを再開した。幼いころから地下迷路を遊び場にしている牡丹にとってここは庭であり、じいさんか知らない場所まで把握している。じいさんも忘れたような酒瓶をもってきては店の冷蔵庫で冷やし、帰ってきては飲むようになった。
「おとうさん、お付き合いしている人がいるの。連れてきても良い?」
オツキアイ。なんだそれ。
「おとうさん、手が止まってる。おじいちゃんが早くお店閉めるためにもちゃんと動かして」
「ごめん。いや、まて。大事なとこはそこじゃない。オツキアイしてる人? 何だそれ、人間か?」
「そう、同じ大学だった人、人間よ」
「牡丹のことは知っているのか?」
「私が変わっていることは知っているけれど、人間じゃないってこと話していない」
「関係が深くなればなるほど奇妙な点にばかり目が行くものだ」
「そんなこと嫌というほど知っているわ。おとうさんは大人になってからだろうけれど、私はずうっと前からよ。子どもって妙なことには敏感なのだから」
普通の人間の言動に傷ついて俯く横顔を何度見たか。その度、下唇を噛んで必死に前を向く。強くありながらも痛々しいその姿をようやく見なくなってきたというのに。
「私は反対だ」
「まずは会ってもらうだけもいいの」
「反対だ」
「なにを言い争っているんだい」
「おじいちゃん、わたしお付き合いしている人を連れてくるから会ってほしいの」
話し合いは平行線をたどった。絶対反対の私と合わせたい牡丹、初めは反対していたじいさんも牡丹の熱意を聞いて簡単に意見を翻した。曰く、「牡丹ちゃんがここまで言う人が悪くはないだろう。牡丹ちゃんはものを見る目を持っている」。それは確かであるが、恋は盲目ともいう。
「だから盲目かどうか会ってみてよ」
根負けした私は意地悪く一つの条件を出した。「花の子であることを話すなら良い」と。
牡丹は俯き、下唇を噛んで私の目を見る。あぁ、こんな顔をさせたいわけではないのに。
紅葉が燃えるように色づいた頃、その男はやってきた。私とじいさんを前にして緊張しきっているのが手に取るようにわかる。ひょろりとした背の高い男だった。頼りない。
「新海幸樹と申します」
声もひっくり返り、緊張で唇が吊っている。じいさんが苦笑をこちら寄せるが、私は表情を崩さない。それを見て、じいさんと牡丹は苦笑しあう。決して和気あいあいとしていない食事会をして本題に入る。淡々と私は花の子のこと、牡丹のことを話す。男は目を見開き驚いているのが分かる。牡丹は俯いていて、きっと下唇を跡が付くほど強く噛んでいる。
「牡丹さんが人間ではない花の子であることは初めて知りました。信じられないところもあるけれど、今のお話で今まで不思議に感じていたところがすっきりします」
「君はこれからどうする」
「僕にとって牡丹さんは牡丹さんです。認めていただけないでしょうか」
まっすぐ目を合わせて言う男を見て、じいさんが私の肩をたたく。
「分かったよ」
付き合うことは百歩譲って許したが、結婚を許したわけではない。その筈なのに、結婚の話が進んでいく。なぜだ。疑問を投げかけてもいつも言いくるめられる。「だって分かってくれたんでしょう」、あの時の言葉を何度も後悔する。
式場から戻り、店のカウンターでじいさんと酒を開ける。
「いい加減認めろ。牡丹ちゃんが可愛くて心配なのはよくわかる。でもあの子なら大丈夫だ。儂らの不安なんぞ全部越えていっただろう」
「そうだ、私たちがおろおろしている間にあの子は私足りより先に行っていた。一歩先に踏み出せない私たちの手を引いてくれて。どっちが大人なのかわからない。牡丹には笑っていて欲しい。だから反対するのはただの私のエゴだ」
「お前が一番寂しいんだな」
そう言って隣に座っているじいさんが私のグラスに酒を注ぐ。私はぐっと流し込む。
「寂しいさ、堪らなく。牡丹が好きなやつの普通に傷つけられたらと思うともっと寂しいし、悲しい」
「きっとあの子らなら普通を共有できるさ。昔は同性愛なんてタブーだったが、平成ではそれも普通という考えも根付いてきている。きっと令和から先、種族を超えた愛が普通になる日が来る」
「そんな日なんて来るか?」
「最初はみんな異常さ。小さなものを積み重ねて普通になっていく。血の繋がりがない儂らが家族だなんて奇妙だろうが、毎日を積み重ねて今じゃ普通だ。店に来る人は儂らが家族であることを誰も疑問に思わない。だからきっといつか普通がやってくるよ」
酒を煽り、一息つく。普通、という言葉が今は胸にぐっと刺さる。
桜が散り牡丹が花開くころ、あの子は去っていく。芯の強さを持つ花よ、幸せに咲いていておくれ。
七竈の花言葉は「私はあなたを見守る」




