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秘密

【序】  

 天皇陛下が譲位宣言をし、平成最後になると騒がれた年の瀬。私の家は炎に包まれた。

犯人は、近くのコンビニでたむろしていた不良グループ。何でも 『平成最後を記念して』と、酒盛りをしている最中に盛り上がり、ノリで火を着けたらしい。


幸か不幸か、私はその日 友人達と年越しとニューイヤーパーティーを催すべく、家にはいなかった。

だから、犠牲となったのは両親と足の悪い祖母、そして妹の四人となる。

妹は祖母を連れて逃げようとした際に有毒ガスを吸ったせいで意識不明。妹の背にいた祖母が、崩れ落ちてきた天井から妹を庇う形となったのは、皮肉もいいところだった。

祖母は、背中に大火傷を負ったまま病院に運ばれたが、生死の淵を三日間さ迷った後死亡。両親も、全焼した家の焼け跡から遺体で見つかった。


幸い、私は隣町に住んでいた親戚の家に居候させて貰えることとなり、衣食住に事欠く生活はしていない。

白衣姿の青年に出会ったのは、妹の見舞いのために病院通いを続ける日々の中だった。


研修医】

 その医者らしき人物に気づいたのは、妹の見舞いに訪れるようになって約二週間程経った頃だった。

その頃には祖母の葬儀も終わって、やっと一息つけていたと思う。

妹の病室の前に立っている白衣姿の青年を、頻繁に見るようになった。


・・・



1日2日は偶然でも、3日立て続けに見れば、怪しさにも拍車がかかる。4日目、意を決して声をかけてみることにした。



「妹の知人ですか?」



そう訊ねた私に、彼は「ご家族の方ですか?」と聞いてきた。

『是』と答えると、彼は穏やかに微笑む。



「そうだったんですか。

僕は、研修医の日下部(くさかべ)といいます。実は、小学校の時の同級生に同じ名前の子がいたので、気になって」



「そう、なんですか」



肩透かしした気分になるも、とりあえずその話に相槌を打つ。



「因みに、どこの小学校ですか?」



「K市立高柳東小学校です」



確かに、その小学校は自分達姉妹の母校だ。



「ああ」



「僕は、親が転勤族で卒業前に引っ越したんですが、梨花(りか)さんには色々と面倒を見てもらいました」



そう言えば、高学年になった頃、転校してきた男の子がカッコいい、とあの子が言っていた時期があったか。



「そうだったんですね。私は姉の美里(みのり)といいます。よろしくお願いします」




そう言って頭を下げると、青年は嬉しそうに「こちらこそ」と頭を下げる。



「!あ、すみません。もう休憩の時間が終わるので、これで失礼します」



彼は、そう言って去っていく。

見習いも大変ね、と他人事ながら溜め息を吐くと、私も病室に入った。



【第2章 探し物】

 あの後無事妹の顔を覗き、私は家に帰った。


「戻りました」



「おかえり、美里ちゃん。今、お客様が来てるんだけど、美里ちゃんもちょっといいかしら」



「はぁ」



一体なんなんだ、と生返事をして家に入る。

急かされて居間に行くと、初老の男がそこにいた。スーツ姿のところを見ると、保険屋か何かだろうか。



「こんにちは」



「こ、こんにちは」



そう言って頭を下げると、男は名刺を差し出す。



「私、順九堂(じゅんくどう)大学で日本文学を教えています、早崎(はやさき)淳也(じゅんや)と申します」



「はぁ」



もらった名刺を見ると、そこには確かに『教授』の文字があった。その、お偉い教授様が何の用でしょう その意図を以て首を傾げると、彼は人好きのする笑みを以て私を見た。



「実は、君のおばあさんと私は旧知の仲でね。昔、好きな作家をもとに仲良くなったんだ。

お互い、志賀直哉が好きで、作品に出てきた場所に出かけたりしてね」



「・・・は、はぁ」



そんな、祖母の恋物語を聞かせられても、どうしたらいいのか分からない。

大体、それはいつの話だ?そう訝しげな顔を向けていると、早崎教授は察したかのように小さく笑う。



「今から、五十年以上前の話だよ。僕はまだ、駆け出しの大学講師でね。

君のおばあさんとはお互い好意を持っていたけど、一緒になることはないまま別れた。

ただ、最後の時に、箱をもらったんだ」



そう言うと、早崎教授は外国製のアンティークボックスを机の上に置く。見事な細工の模様に、私は一瞬見とれた。



「綺麗ですね。でも、これがどうしたんですか?

祖母はもう亡くなっていますので、そちらで持っていただいて構わないのですが」



第一、返されても困る。まぁ、最悪祖母の墓前にでも備えればいいか。

そんなことを思っていると、教授は「そうじゃないんだ」と首を振った。



「その箱に、鍵がかかっているのは分かるかい?」



言われて初めて、小さな鍵穴に気付く。



「もしかして、この鍵を祖母が持っているとかですか?」



早崎教授は、何も言わずに頷いた。



【第3章 鍵の行方】

 あの後、早崎教授から箱を預かった私は否応なしに鍵を探すことになった。

焼け跡から出てきた鍵を試したのは勿論、焼け跡にも出向いて探したが、見つからない。

そんなことをしているうちに休みは終わり、あっという間に仕事に忙殺される日々が始まった。

 疲れ果てた体を引きずり、何とか仕事の合間に妹の病室に訪れる。何とか、今日は面会時間に間に合った。



「あ、こんばんは」



「・・・ドーモ」



 あれから何回か日下部とは妹の病室で鉢合わせする機会があった。彼はマメに妹の病室に足を運んでくれる。



「お仕事お疲れ様です。忙しいんですね」



「あー・・・、まぁ。後輩がまだ育ってないからいろいろフォローがあってね」



「その言葉、ヒヨコ未満の身としては堪えるなぁ」



「・・・私だって、そうやって一人前にしてもらったんだから仕方ないわよ」



「ナルホド。持ちつ持たれつ、ってヤツですね」



 そう言って彼は笑う。笑った顔が意外に可愛いこの青年と過ごす時間は、最近の私にとっては唯一の癒やしの時間だった。

 だが、彼にとってはどうだろう?ふともたげた不安の種を笑顔の中に埋めてごまかす。



「そ、そういえばさ」



「はい?」



「日下部君って、ウチの妹と仲が良かったの?」



 そこまで言って、意外に緊張している自分に驚く。私は、彼に何を期待しているのだろう。

 彼から返ってくる視線が不思議と痛かった。



「?まぁ、そうですね。人並みには」



「そ、そっかぁ」

 やばい、声が変に上ずる。そんな自分を悟られまいと、平静を取り繕おうと必死になっている私に気づいているのかいないのか、彼は小さく笑った。


 ・・・何、その悪辣な顔


 意外な彼の一面に少々ムッとしていると、彼はすぐにその表情を崩す。



「もしかして、お姉さんは俺が梨花さんを好きだからここに来てる、とか思っているんですか?」



「違うの?」



「期待させたなら、スミマセン。駆け出しの身の研修医としては、どうも医局に居づらくて・・・」



 つまりは、ここを逃げ場にしているらしい。

 っていうか・・・



「何よ。そのいじめられてる中学生がトイレにこもる、みたいな理由」



「いいじゃないですか。それに、梨花さんに用があるのは本当ですよ」



「『用』って。告白でもするつもり?」



 思わず口をついて出た言葉に自身の胸が疼いた。が、一度出た言葉は取り消せない。



「違いますよ」



 だから、その言葉を聞いたときは心底安堵した。



「昔、同じ班になったときに誰が一番テストでいい点を取れるか、って競争したんですよね。お互い、自分がその時大事にしているものを賭けて。で、トップの人が最下位の人から大事なものをもらう。

俺、昔から勉強はできましたからね。毎回、班の人から色んなものをもらってまし、た・・・」



「・・・」



 日下部君は、得意げに話している最中で私の白い目に気づいたらしい。流石にやばいと思ったのかだんだん言葉は小さくなっていき、最後は咳払いでごまかした。



「で、梨花からも何かもらった、ってわけね。それを返しに来たの?」



 まったく呆れる。小学生のうちから賭博の真似事か。

 そういえば、一時期家から頻繁にものが消えることがあった。今考えると、妹は勉強が得意な方ではなかったから、これのせいということだろう。

 思わず溜め息を吐くと、彼は白衣のポケットから真鍮製の鍵を差し出す。



「ハ、ハイ・・・。えっとぉ、大体はなくしちゃったんですけど、これは手元にあったので、返すべきかなぁ、と・・・」



「!」



 渡された鍵をまじまじと見る。そう言えば、幼い頃祖母が大事にしていた鍵がこれだった。

 ひったくるようにしてそれを受け取ると、すぐさまそれをバッグにしまう。



「ど、どうかしましたか」



「何でもない!私、そろそろ行くわね。ありがとう、日下部君」



 いてもたってもいられず、そう言って病室を出る。



「はい!あ、気をつけて下さいね!」



 私の背に向かってかけられたこの言葉に、私は片手を掲げて返事をした。



【第4章 パンドラ】


―彼のその言葉に込められたその意図は何だったのか、私は今も考えている。


 私が見知らぬ男達の手によって襲われかけたのは、病院を出た直後だった。



「!?」



 いきなり後ろから髪をつかまれ後ろを振り返ると、サングラスとマスク、といういかにも怪しげな風体の男達がいた。



「キャ・・・」



 口から溢れかけた悲鳴は、すぐさま塞がれる。


 怖い


 その恐怖心から震える体を無理矢理動かし、私は無我夢中で抵抗した。



「クソッ、このアマッ」



「おいっ、そいつ抑えとけよ」



「見つかったか?」



 暴れる私をよそに、男達は私が持っていたバッグの中を漁っている。



「!何、やって・・・」



 だめだ。意識をそちらにとられると動きが鈍る。『仕方ない』と諦めて私は自分を抑える男の腕から抜け出すことに集中した。



「どうしたんですかっ?!」



 突如聞こえたその声に、私を抑える男の力が鈍る。その隙を狙って男の腕から逃げ出すと、私の体を受け止めたのが白衣姿の彼だと知る。



「く、日下部く・・・」



「大丈夫ですか?!君たち、何してるんだっ!」



 彼が男達を一括すると、奴らは舌打ちをしてちりぢりに逃げていく。

 漁られたバッグは中身がバラバラになっていたが、幸いスマホと定期、キャッシュカード類が入ったカードケースは無事だった。

 盗られたものは財布と・・・



「鍵がない・・・」



 その盗難のラインナップに意味が分からず頭を混乱させていると、彼は溜め息を吐く。



「そんなことより、あの男達には何もされていませんか?」



「あ、大丈夫。口を塞がれただけ」



「・・・手首、赤くなってますよ」



「ホント、だ・・・」


 大げさだと手を振ると、彼は私の手首を刺して言った。赤くなった手首を見た途端、先程の恐怖がぶり返してくる。

 続けて涙を流す私を抱き寄せると、彼は再び病院に向かって歩き出した。

 道中、彼は呟く。



「とりあえず、病院に一回戻りましょう。俺も指導医に事情を話して、家まで送っていきます。

 車を回すので、待っている間に実里さんは警察と職場に連絡して下さい」



 無言で頷くと、彼は救急外来用の入り口へと私を案内する。

 彼を待っている間、警察と職場に連絡し、職場からはそのまま帰宅していい、と上司の許可を得た。

 そうして、無事家の前まで来るとパトカーが止まっているのが見える。



「いろいろとありがとう。多分、日下部君もいた方がいいと思うんだけど・・・」



「俺はまだ仕事があるので、遠慮します。明日は一応休みなので、それで勘弁して下さい」



 それもそうか。少しだけ残念な気持ちになりながら車を降りた。



「・・・実里さん」



 扉を閉めると窓が開いて呼び止められる。



「何?」



 少しドキドキしながら問い返すと、彼は難しい顔をしていた。



「明日、梨花さんは目を覚まします」



「へ」



「それじゃあ、俺はこれで」



 言葉の真意を告げぬまま、彼の車は夜の闇へと消えてゆく。呆然としたまま、私はそれを見送った。


―そして、それが彼との最後になった。



【第5章 終焉】

 家に戻ると、何故か警察に囲まれ早崎教授が頭を下げていた。



「・・・どうしたんですか?」



「すまなかった!」



 事情を聞くと、私を襲って鍵を奪ったのは、学部長選挙で対立していた教授に雇われた学生達だったらしい。

 何でも、論文発表を控えた早崎教授が大事にしている小箱に、研究に関わる重大な何かがある、と踏んだ対立教授が、見当違いな予想を立てて開けるのを阻止しようと目論んだことから今回の騒動が起きたとか。

 まぁ、問題の教授が単位と引き換えに私を襲わせた学生達に「口止めするために、その女性を手籠めにしておけ」と伝えていた、と知ったときは思わず鳥肌が立ったが、何ともお粗末なやり方だ。



「もう、いいですから。何とか私も無事だったわけですし」



 何度も平謝りしながら、その夜遅く、教授は帰っていった。



 そして次の日、いくら待っても日下部君は現れなかった。しびれを切らせて病院に乗り込むと、妹が意識を取り戻したことを担当医から告げられる。

 そして、彼の話によると、今現在この病院に研修医はいないそうだ。


 だとしたら、彼は一体


 追いつかない頭でそう思考を巡らすも、一向に答えは出ない。分かっているのは、彼が私に鍵をくれたこと、そして私を守ってくれたことだけだ。



 妹は驚異的な回復を見せ、一週間後には日常会話が可能なほどになっていた。



「そういえば梨花。アンタ、小学校の頃、テストで賭け事してたんだって?」



 仕事を中抜けして病室に見舞いに行った際、何気ない調子を装ってそう話を振ってみる。

その結果、梨花は食べていたプリンを不自然な音を立てて飲み込み、咳き込んだ。

 どうやら、本当だったらしい。やれやれ、だ。



「ちょ、いきなりっ、何・・・」



「アンタが寝てる間、見舞いに来てくれた男の子がその時もらった、とかで鍵を返しに来てくれたのよ。確かに、あの頃頻繁にモノがなくなるのはおかしいと思ってたけど、おばあちゃんが大事にしてた鍵まで賭けの景品にするなんて、何考えてるのよ」



「もう時効、ってことで許してよ~。ってあれ?鍵を持ってる男の子って、・・・日下部君?」



「そうだけど」



 やはり、彼は梨花の同級生で正しかったらしい。不可解な出来事の中で、確認した事実が本物であったことに安堵の息を溢すが、梨花はそんな姉の様子になど目もくれず、何か考え込んでいるようだった。



「どうかしたの?」



「あり得ない」



「へ。何で」



 断言する梨花に違和感を感じながらも、続きを促す。



「だって、日下部君は中学の卒業式の夜、火事で亡くなってる」



「え」



 言われて、梨花が中学校の卒業式の次の日、再び制服に身を包んで火事で亡くなったという同級生の葬儀に出たことを思い出した。あれが、彼だったのか。

 だとしたら



「何で・・・」



 うっかりそう呟いたとき、梨花が白い目でこちらを見ていることに気づく。一体何だというのか。



「うっわぁ、ホントに気づいてなかったの?このニブチン」



「は?」



 恨みがましい妹の視線に不快を露にすると、何故か彼女は不機嫌そうに口を尖らせた。



「一回さぁ、お姉がお弁当忘れた日下部君に、ケーキあげたことあったでしょ?その時からのファンなんだって!」



  ケーキ?そんなことがあっただろうか。首を捻っていると、苛立った梨花からヤジが飛ぶ。



「お姉が、家の鍵を渡しに来たとき!二月!調理実習の後だとかで、ケーキ持ってたじゃない!」



「ああ」



 言われて、ようやく思い出す。確かに、家の鍵を忘れたから貸してくれ、と梨花に泣きつかれ、一年の教室に出向いたことがあった。

 あのケーキは、本当はバレンタインの友チョコだったが、ごまかすために調理実習と言った覚えもある。そういえば、教室を出る際おなかの鳴る音を聞いてそちらを見たとき、『弁当を忘れてしまった』と慌てて弁明した少年にケーキを恵んであげた気がする。



「そういやあったわね、そんなこと。あの時の」



 しみじみ言うが、梨花はふくれっ面だ。


 ・・・


 嫌な予感がする、そう思ったときはもう遅かった。



「大体ずるいのよ、ノリ姉は!私だって、ずっと日下部君のこと好きだったんだから!」



 ああ、ハイハイ・・・


 激高した妹は、幼い頃からその不満をすべて吐き出すまでこちらの話を聞く耳を持たない。諦めて適当になだめると、相変わらず梨花は悲劇のヒロインよろしくベッドの上で膝を抱えた。



「何が悲しくって、毎日毎日自分の恋敵の情報を教えてあげなきゃいけないのよぉ。ノリ姉のバカ~!

 しかも今回、私は日下部君に会ってないのよ?!」



「・・・それは、不運としか言い様がないわね」



「何で、写メの一つも撮っておいてくれないのよ?!大人になった日下部君、私も見たかったぁ!」



 果ては、見当違いなところにまで八つ当たりをされる。そんな梨花をなだめながら、私も彼に惹かれていたことは内緒にしておこうと思った。





                                 END


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