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殺伐系よくわからないカノジョ

作者: 山浪 遥

「ブッ殺すぞ」


放課後、後者裏、午後四時三十分。飯田優希、十六歳、高校一年生は自身を呼び出した少女にそう言われた。


「……ごめんもう一回言って貰える?」


「あ?人の話聞いてないとかふざけてんのか?……いいぜ、仕方ねえな。もういっぺんだけ言ってやるから耳かっぽじってよく聞けよ?」


「わかったそうする」


「好きだっつってんだろブッ殺すぞ」


「……ごめんもう一回いい?」


「恥ずかしいだろうがボケ。ちょっとした羞恥プレイ好きなのかよテメーの性癖。受け入れてやっから覚悟しろ」


「いや違くて。ちょっと前後の文脈が僕の中で繋がってなくて。一旦半分ずつで区切って貰っていい?」


「半分?」


「半分」


「好きだっつってんだろ?」


「うん」


「ブッ殺すぞ?」


「それだ。そこがわからないよ。告白されてるってことでいいの?」


「だから何度もそう言ってんだろボケ。てめえ見かけによらず割とサドだな?」




一説によると金井京子16歳女子高校生は人を五人ほど半殺にしたことがあるらしい。


鷹のように鋭い眼差し。一睨みすれば柔道三段の生活指導担当体育教師、筋骨粒々の熊谷(三十九歳独身)さえ気圧される。


身長は女子の平均を9センチほど上回り、優希のような小柄な男子では偶に目が合う。


何時も不機嫌そうに、そして身震いするほど殺伐とした空気を身に纏っている。


出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるグラビアアイドルのような体型に思わず視線を向ける者もいるが、ドスの効いた声で「ああ?」と凄まれると静かに視線を逸らしてしまう。


実際に京子が人を半殺しにしたという明確なソースはない。だが、そのような噂は確かに存在する。


曰く、彼女が常に持ち歩いている学生カバンの底には鉄板が入っており、殴打した人間の血で赤く染まっているとか。


曰く、彼女が何時も噛んでいるガム、その正体は実は引き千切った喧嘩相手の耳であるとか。


少々赤み掛かった彼女の長髪、その染料は毎朝家に押しかけて京子の首を取らんとする町の不良どもの血の雨であるとか。


最早京子のことを人とも思っていないような噂さえあるが、それだけのことを「彼女ならばひょっとしたら」と思わせる凄みがあった。


優希の同級生である京子の評価は大凡そんなものだった。


故に、優希はその日「あっ、今日僕死ぬんだ」と思ったのは無理からぬことだろう。


朝、登校してきた京子が脇目も振らず優希の元に真っ直ぐ近付き、肩を叩いて、「放課後、ツラ貸せや」と言われたのだから。


休み時間の度に「逃げんなよ?」「四時半だからな?」「校舎裏な」と追加注文がどんどんと入ってくるのだから。


友人は十字を切り、親しくない人間は触らぬ神に祟りなしといわんばかり。潮を引くように優希の席からさっと距離を取り出した。


なるほど今日が命日かと覚悟した優希は不思議と穏やかな気分で一日を過ごし、「なるたけ痛くないといいなぁ」とだけ思いながら放課後を迎えた、のだが。




「……なんで僕なのか聞いてもいい?」


「あ?そういうこと聞くかフツー。まあいいや教えてやるよ」


「うん」


「しいて言うなら」


「うん」


「顔」


「うわぁ」


俗。


優希の脳内をその一文字で埋まった。


内面性に一切触れられないという喜んでいいのか悪いのか判断に困る解答に、思わず苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


「……まあ、ありがとう?」


「……で?答えはどうなんだおい」


「答え?答えって……」


「なんて言えばいいかくらい分かってんだろうな?一択だぞ?」


そう言うと京子は右手を強く握りしめた。指の第一関節から第二関節一つ一つが鈍い音を立てた。


ごきごきごきっ。


オノマトペで非常に表しやすい、そして簡潔に脅威を与えるその音に、優希は成る程これは一択だなと内心で冷や汗を流す。


「おら、早く答えろよ。こっちはもうダイスキが溢れそうだっつってんだろ?」


肉食獣が血滴る肉を前にしたような笑みを浮かべ、京子は言う。


その「ダイスキ」にはなんとルビを振っているのか尋ねたい優希。


金井京子は人を五人半殺しにしたことがあるらしい。


これはあくまで噂である。


まさか実際そんなことをやっていてはマトモに学生生活を送れるはずもない。しかるべき場所に収監されているだろう。


だからそう、噂である。目の前にいるのはちょっと口と目つきが悪い、だけど美人でグラマラスな、どこにでもいる普通の女の子だ。


いや、いっそのことビジュアルだけで言えば学園のアイドル扱いでもおかしくはない。しかも頭にグラビア、と付くアイドルだ。そんな女子から愛を謳われて気が悪いはずもない。


何も考えず首を縦に振ればいいのだ。彼女もそれを求めている。……それくらい優希自身だって分かっている。


「な?万が一があるかもって考えたら、こっちはもう気が気じゃねえよ」


そういって京子は己が身を抱きしめて、声を震わせた。


優希はそれを見て、ちょっと怖くて身を震わせた。


文意だけを捉えれば惚れた男に一途な女子なのだろうが、そこに彼女がとったリアクションを加味すると、大分マッドなマンガのキャラクターが破壊と殺戮に酔ってでもいるような有様。


いいじゃないか。彼女は顔が好みなだけだそうだから。多分そのうち中身に幻滅されて自然消滅するさ。優希はそう考えて。


ーー幻滅させて無事でいられるのかな?


気付いてしまった。


引くも引かぬも行く先は同じでは?


優希の背中を粘っこい汗がじわりと覆う。


「焦らすなよ。こっちはもう色々キてるんだぜ?」


何がキてるの?


そう問いかけさえ出来ずに、優希が出した答えはーー。






出先で時間を持て余したのでスマホでポチポチしました(iPhone3GS)

全角スペースやら文頭スペースやらガン無視しております

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