プロローグ
長編は初めてなので、実質初投稿です。
「私とあなたで同盟を組みましょう」
彼女は僕に向かって手を伸ばしながらそう言った。逆光に包まれた少女に手を差し伸べられる、その光景は少し神々しさすら感じた。そのときに彼女が浮かべていたいたずらっぽい表情を僕は忘れることはないだろう。
「同盟って言ったって、具体的に何をするんだい」
「そうねえ、名前は図書館同盟がいいわ。図書館で結んだ同盟だから図書館同盟。単純でわかりやすいわ」
僕の話など聞いていないかのように彼女は楽しげに続けた。
「名前なんてどうでもいいんだ、何を目的とした同盟なのかな」
名前に賛同しなかったからだろうか、彼女は少しムッとした表情をしながら僕にこう言った。
「何って、私とあなたの『特別』についてよ」
不知火千治は超能力者である。
僕も高校二年生にもなってこんなことを皆に言いたくはない。絶対に変な顔をされるからだ。
けれどもどうやらこれは事実で、変えることのできない現実らしい。
僕は安比奈高校に通う高校二年生だ。自他ともに認める平凡な学生生活を送っていた。
そう、過去形だ。今朝から今にかけての奇妙な出来事によって僕の平凡で、平安で、平坦な日常は壊れようとしている。これは現在進行形だ。
今朝、学校に着くまではいつもと変わらない朝だった。朝起きて、朝食のパンを食べながら一時間目の古典の小テストにすこし憂鬱になっていたぐらいだ。
学校に着いて、教室に入ろうとすると不知火が窓辺で何かをしているのが目に入った。
彼女は僕にとってクラスメートではあるが、それだけの関係であり、僕はいままで会話をした記憶すらなかった。
顔は知っているが特段親しくない人と、どう接したらいいか悩むことはないだろうか。敬語で接するには距離を置きすぎだし、かといってあまりに馴れ馴れしすぎるのもどうだろう。無視なんかは論外だし。
加えて、この時僕らが教室に二人きりだったことも災いした。僕は誰もいない教室が好きだった。だから誰もまだ来ないような時間から登校するのが習慣になっていた。
(誰か来るまで教室には入らないでおこう)
僕は彼女と二人きりになるのを避け、入り口で隠れて誰かが来るのを待つことにしてしまったのだ。今思えば、この選択こそがこれから先の運命を決定づけたといってもいい。もちろん、そのときの僕にはわからないことではあるけれども。
(こんな朝早くから何をしてるんだろう)
窓辺で何をしているのか気になった僕は彼女に覗きこんだ。
どうやら、羽が折れた小鳥を手のひらに抱えているらしい。
彼女は優しい性格のようだった。学校に来るときにでも見つけたのだろう。
(可哀想に思えるけれども、そんなものを抱えてどうするのだろう。僕には絶対に触ることが出来ないな)
そこから先の数分こそが日常から非日常への転換だった。
次の瞬間、彼女の手が輝いた。それと同時に元気になった小鳥が開けられた窓から空に飛び立ったのだ。
その光景は物語などで見る心優しい聖女さまのようだった。
そのとき、感動していた僕はぼけーっとしていて自分が鞄を床に落としたことに気づかなかった。
「誰っ!」
音に気づき突然振り向いた彼女の声の鋭さに、僕は思わずその場から逃げ出した。
古典の小テストは散々だった。これは朝の出来事に気がそぞろになっていたからだ。別に僕が古典が苦手なわけじゃない。断じて違う。
あの光は何なのだろう。確かに小鳥はあの光を受けて怪我が治っているようだった。
午前中の授業をまるまる使ってこのことについて考えていたがうまく思考がまとまらなかった。
僕は真面目な生徒だ。普段からこうやって授業を聞かないわけじゃない。
午前中の授業を終え(あまり聞いていなかったわけだけど)、お昼ごはんを食べようとお弁当を片手にいつも一緒に食べる友人の元へ向かおうとしたそのとき、不知火がすれ違った。
「放課後、図書館で」
彼女は確かにそう囁いた。
(朝のあの出来事を僕が見ていたことに彼女は気づいていたんだ!)
そう思うと午後の授業も身が入らなかった。そうしてその思考のまま静かに睡眠へと落ちていった。僕は決して不真面目な生徒ではない。断じて違う。
この安比奈高校には大きな図書館がある。自由な学びを実現するとして、この高校の大きなウリの一つだ。
けれども、往々にして若人は学び舎に集わないものであり、その大きさに反して利用者はほとんど見られなかった。
図書館に限らないのだけれど、本とは人の思いが込められている。
そして、僕はそうした思いに触れることが苦手だ。だからこそ、図書館に足を運ぶこともなかった。
初めて、図書館に向かうと不知火が入り口で待っているのが見えた。
「中に入りましょうか」
こうして、僕の初めての図書館来館は本来の用途とは異なる形で行われた。
不知火は一番奥の百科事典の棚を目指しているらしい。日本十進分類法でいうと000。他のどの分野にも分類されない、もっとも多くの事柄について書かれながらも利用者の少ない分厚い本。
「この辺りは利用者も特に少なくて何か人に聞かれたくない話をするには最適なんだ」
「前にも使ったことがあるのかい」
その質問に彼女は答えなかった。
奥の棚の方に向かうにつれて照明が少なくなっていく。
「利用者が少ないからか、ここら辺は照明が自動で消えるようになっててね。棚にあるボタンを押さない限り明かりがつかないの」
まさに私の秘密の場所ってわけ。
そう語る彼女の顔は薄暗い明かりの中では妖しくみえた。
「さて、ここまで来ればもう誰にも話は聞かれないでしょう。あなた、私に聞きたいことがあるんじゃないの?」
「それは……」
朝の出来事が頭によみがえる。
「あなたの考えている通り、私には他の人にはない《特別》があるわ」
折れた小鳥の羽。
小鳥を包む彼女の光。
元気に飛び去る小鳥の姿。
「でも、あなたにも同じように《特別》があるでしょう?」
私、あなたのことをずっと見ていたの。
初めてそんなことを女の子に言われた。胸の高鳴りが抑えられない。でも、この高鳴りはきっと――。
「私とあなたで同盟を組みましょう」
現実への反撃の狼煙だ。