上を見たらサド。隣を見れば大魔王。
先輩は超多忙な人だというのは知ってはいた。
ただ、付き合い始めて3カ月経過したが、
会えたのはあの卒業式の日を含めて3回。
水泳はかなり体力を消費するので、
私は時間が空くと睡眠に時間を費やす。
先輩も同様にオフの日は爆睡するらしい。
スポーツマンは休息も大切。
先輩と私のオフの日が重なるのはそう無かった。
ましてや、寮に住んで日々詰め込むようなトレーニングスケジュールの先輩に会うことはほとんど難しい。
卒業式が終わった日から暫くは、告白とか、付き合うとか、デートとか、そういった類のものは初めてで、どうしたらいいのかわからず、家に居てもお風呂に入っていても、泳いでいても、頭でお湯を沸かせそうなほどあたふたしていた為、正直、先輩と会わずにいる事が助かっていた。
―ただ、あまりに挙動が可笑しかったのだろう。―
母親から風邪かしら?と言われたその日は、
大学の寮にいるお兄ちゃんがちょうど帰って来た日で、出会い頭に兄から「彼氏出来たんだって〜?」とにこりと微笑まれた瞬間に頭のどこからか、ぼふん!!と破裂音がし意識が吹っ飛んだ。
気が付いた時は自室のベッドで横になっていたし、
兄がにこにこしながらおでこに乗ってるタオルを冷たい水に浸して取り替えてくれていた。
「...ぉにぃ..ちゃ。」
「みゃーちゃん起きたの?
さっき熱で意識なかったから覚えてないだろうけど、
病院に担いで行ったら風邪だって言われたよ。」
「.......ぉにいちゃ..。」
「なーに?」
「.........。...なんで、..ぉ..。
..おこってるの?」
驚いたように糸目を開けたお兄ちゃんは、すぐに微笑んで糸目になると、私の頭を撫でてくる。
「んー?
なんででしょうねぇ。
月に一度帰れるか帰れないかのお兄ちゃんなのに、
みゃーちゃんは彼氏が出来たって教えてくれないし。
第一、そいつに振り回されてあたふたして、
熱出しちゃったんだなあって思ったらねぇ。
みゃーちゃんをあたふたさせるのは、
俺の特権なのにねぇ。」
......。
にこにこと微笑んで言われるとね。
うん。知ってる。
知ってたよ。
お兄ちゃんはそうなの。
羽多野 陽。
私の2つ上のお兄ちゃん。
優男の皮を被った糸目ドS野郎なの。
常に、にこにこ微笑んで、
妹に対しどす黒いことを言う鬼畜野郎なんです。
「熱出して可哀想なみゃーちゃん。
今日はみゃーちゃん可哀想だから何もしないよ。
みゃーちゃん、早く良くなってね。」
眉をハの字にして"早く熱下がると良いね"と言いながら、慈しむように私の前髪を横に流す手つきだが..、
私は知っている。
この言葉も変換すると、
"男の事で頭パンクして熱出してるみゃーちゃんなんてつまんないから、早く良くなって、お兄ちゃんがいっぱい遊んであげるね。ニヤリ。"
的なオチなんですよね。
勉強も出来て、運動もできて、
社交性の塊のお兄ちゃんは、ご近所でも学校でも評判らしい。
真実はいつも闇の中。
はぁ。とため息を吐いて目を瞑る。
お兄ちゃんは、そんな私の脇腹あたりをぽすぽすと叩いて眠りへと誘う。熱も相まって、また直ぐに深い眠りについた。
翌日には熱は大分下がっていて、
家にお兄ちゃんは居なかった。
お母さん曰く1日中看病してくれてたらしい。
おでこに貼る冷却シートがあるのにも関わらず、
タオルを濡らしていちいち取り替えてくれていたらしい。
...それも、にこにこと微笑んで。
.........。
優しいお兄ちゃんで本当に良かったわねぇ。
なんてのほほんと言っている母を尻目に、
何それ怖いと震えたのはいい思い出だ。
全快してからは、あんなに悩んでいたのが嘘のように、スッキリと思考がまとまっていた。
別に私がどうしようとか悩む必要は無いし、会える時に会って、その都度先輩の事をちゃんと考えて向き合っていけばいいだけの事だったのだ。
うん。そうだそうだ。
思考がスッキリした事で、変に緊張したりもせず、
暫く先輩とはたわいも無い内容のメールや電話のやりとりをして日々を過ごした。
―――――――――――――――
そして、本日は先輩と会う4回目の日。
高校の水泳同期会で遊ぶ日に、
偶然にも先輩のオフの日が重なった。
先約が同期会だったのでそちらを優先しようとしたら同期達からの多大なるバッシングを受け、先輩も同行すると言う事で話は落ち着いた。
彼氏優先しなよ!と言わないあたりお察しだが、
所謂地元水泳部民からしたら、
スターと話せる機会を潰すわけにはいかないらしい。
なかなかどうして皆、強かなんでしょう。
「みーやーちゃーん。」
ハッとして前を見ると、心配そうな先輩の姿。
「すみません、ボーッとしてました。」
「おー。良い度胸だねぇ。
体育会系の先輩の恐ろしさを知らないなぁー?」
ニヤニヤと笑って、ギラついた目の奥は結構マジだ。
「!!」
あの時の愛おしさはどこ行ったのか!!
「はい。
尊敬する偉大な先輩のお話をスルーして、
ずっと意識飛んでた美矢ちゃん。
なにか言いたい事でも?」
「...アリマセン。」
「え?なんて?」
わざわざ耳の横に手を当て、さも聞こえませんでしたっていう様子はちょっと、うん。あの時の先輩は幻だったのかと思う程よね。
「......。」
「んー?なんて?」
そう言って微笑んだ先輩にガシッと頭部を掴まれた。
おっふ..
あかん。あかんやつや。コレ。
「......ゴメンナサイ。」
「はい。よく出来ました。」
満足そうに笑って、やっぱり、子どもみたいに笑うなあって思ったら、掴まれている頭部を優しくぽんぽんして来た先輩。
「飴とムチですね。」
そう呟いたらもれなく再度掴まれる頭部。
先輩を恨めがましく見ると「躾だよ。」と悪戯っぽく笑っていた。
犬か!!
と突っ込みたかったが、内心だけに留めといた。
そうなのだ、普段の先輩はこうなのだ。
明るくて気さくで、決して水泳の事を鼻にかけたりせずに、誰にでも優しい先輩。
と、周りは思っているが、私は違う!!声高らかに言える!断じてそんな扱いを受けた覚えはない!!
お兄ちゃんはドSで、先輩は大魔王様...。
自分の男運の悪さが悲しいいいいいよおおおおおおお!!!
そもそも出会いだって、最悪だった様なものだ。
忘れもしない高校1年の時。
女子水泳部全員で、男子水泳部の大会の応援をしたあの日。
ソコで!たったその日1日だけで!
複数の女の子が先輩に告白している場面に何度も鉢合わせたのだ。
まあ、ぶっちゃけ小学校の時からこの人の事は知っていた。
なんでかって?
地元の有名人だったんですよ。
そもそも、先輩が当時通っていた学校は中高一貫の男子校。
進学校としてかなりの有名校で、部活動は二の次だったのが、ある時突然中学の部の団体で県大会出場。
地元では、誰もが学校名を何度も聞き直し確認する程話題になった。
お兄ちゃんから聞いた話では、その年、入学したばかりの1年生が団体のリレーメンバーに選ばれ、個人種目では全国大会に出場したという。
お兄ちゃんは『笑えないくらい、猛者(笑)』と笑っていたので、すかさず笑ってるやん。と突っ込んだが。
なんで詳しいかって?
兄がその学校に通っていたからですよ。
ちなみに兄も水泳をしていましてね、専門は背泳ぎ。妹の私ですらビビるくらい速いんですが、クロールは何故かあの人沈むんですよ。くっそ笑えますよね。小学生の時に一度大爆笑したら、にこにこと楽しそうに微笑みながらプールサイドに上がってきたお兄ちゃんに深い方のプールにぶん投げられました。若干トラウマです。それ以来笑わないようにしてます。
って、話が脱線しました。すみません。
まあ、現にその学校は新聞にも載ったし、
スポーツ雑誌には特集まで組まれていたらしい。
猛者先輩の中学最後の年には、
団体は全国出場。
個人種目は全国ベスト8。
という輝かしい結果を残した。
まあ、高校では中学同様に1年生の段階で、
3年生を差し置きリレーメンバーとして選ばれていたし...。
進学校として有名だった学校が、地元のスーパーでは垂れ幕や応援幕が掲げられる程の水泳強豪校になり、先輩は一躍有名人になった。
あの時は、地元が一丸となって賑わっていて、
地域活性化に大いに役立っているわ。と、他人事のようにボンヤリと思っていたが..。
私自身は中学時代水泳部に所属していたにもかかわらず、女子と男子で大会の日が違った事もあり、猛者先輩の事は名前しか知らなかったし、お兄ちゃんの猛者発言や、勝手に"猛者先輩"と心の中で呼んでいたこともあって、筋肉ムッキムキのゴリラを想像していた。
だからね、水泳大会で告白場面に鉢合わせた時..、
正直ね、びっくりしたんですよ。
おまけ
お兄ちゃんは糸目。
優男の皮を被ったドS鬼畜野郎。
いつもにこにこ笑っており、頭が良く容量も良い。全てをそつなくこなすので、後輩からの人望厚いらしいですが、妹からの信頼は、ほぼゼロに近しいです。
「みゃーちゃん、ちょっとここにおいで〜。」
いやああああああああ!!!!!
先輩はぱっちりおめめ。
爽やかイケメン。イケメンのくせに母性本能をくすぐるのが得意らしく、大概の女性は先輩の見た目で落ち、内面でノックアウトすると友人が言っていたけれど、先輩の裏側を知っている為、震えしか出てこない。
世の女性よ、騙されてはならぬ!!
「美矢ちゃん。ちょっといっかいお話ししよっか。」
むりいいいいいいいいいいい!!!!!