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そらのそこのくに せかいのおわり 〈 vol,08 / Chapter 07 〉

 学校に到着した僕は、いつもと同じ教室で、いつもと同じ挨拶を交わす。

「おはよ~、坂口~」

「おせえよ二階堂。九時集合だって言ったろー?」

 そう言われて黒板の上の時計を見れば、時刻はまだ午前八時五十五分。九時にはなっていないのだが――。

「本当に気が早い奴だよなー、お前って」

「馬鹿野郎、十分前集合は基本中の基本だ!」

「せめて五分で勘弁してよ~。学校だって五分前集合じゃ~ん」

「じゃあ、間とって七分三十秒?」

「うわ、なにその微妙な数字!」

 いつもの友達と、いつもの会話。僕らはいつものように笑い合い、いつものように、問題のノートを取り出す。

「じゃあ、はじめようか」

「遅れてきたくせに仕切るのかよー」

「だったら坂口仕切りでやりなおす?」

「よしわかった! えぇ~、では、たぁだいまよりぃ~? ぜぇんこうしゅうぅ~かいをぉ~……」

「教頭じゃん!」

 普段はまともな大人なのに、マイクを握ると妙なテンションになるMC教頭・韮沢田。地元のカラオケ大会では七回連続ブービー賞という噂もある。彼はわが校が誇る三大珍教師の一人だ。

「MCはいいから! はい! 昨日の続きから!」

 僕はそう言いながらノートを開く。付箋を貼ったページのびっしりと書かれた文字列に目を落とす僕らだが、これは夏の自主勉強会ではない。


 予言書の検証。


 一言で表せば、そういうことになるのだろう。

「……この、『電車が止まってしまったが、サイト君は困ってはいないようだ。女子高生に逆ナンされて、そのままデートすることになったらしい』……っていうのが……」

 今日の日付のあと、いきなりそんな文章から記述が始まる。僕と坂口はスマホでいくつかのニュースサイトをチェックし、JR中央・総武線が運転見合わせ中であることを確認する。

「すっげ。また当たってんぜ。二階堂、このノート、本当になんなの? なんでこんなモンがお前んちにあるわけ?」

「え~と、これは大伯父さんの遺品……というか、私物らしいんだけど。このカイジさんって、僕が生まれる前に行方不明になって、それっきりなんだって。今は生きてるのかどうかも分からないんだけど……」

「どんな人だったか、誰か覚えてねえの? この人、確実に超能力者じゃん!」

「それが、おばあちゃんもお母さんも、この人について何も覚えてないって言うんだよ。あっちこっちの記録を見ると、確かにそういう人がいた。それは確認できるんだけど、親戚一同誰一人、声も顔も覚えてないみたいだし……」

「は? 何それ? だってお前のばあちゃん、この人の妹なんだろ? 一緒に育ったお兄ちゃん覚えてないって、おかしくねえか?」

「だろ? そう思うよな? 僕もそう思って、一応は食い下がってみたんだけどさ……」

 祖母の反応は変わらなかった。というより、記憶にない人間が自分の兄として記録に残っていることが、心底気味悪かったのだろう。半泣きのような顔で「その話はもうやめて」と言われてしまい、僕は罪悪感を覚えた。そしてそれ以上は、もう何も訊けなかった。

 ニカイドウカイジという人物は、一族の腫物や、忌み嫌われる異端者ではない。ただ、誰の記憶にもないのだ。それ故に、この人物に関する話題はタブー視されている。

 不可解すぎる存在、ニカイドウカイジ。僕はもう何年も前から、彼の消息を調べているのだが――。

「おばあちゃんも、他のみんなも、隠してるわけじゃないんだ。本当に何も思い出せないらしくて……」

「じゃあ、写真とかは? いまどき、写真が一枚もない人間なんかいないだろ?」

「うん。僕もそう思って、探したんだ。うちには無くても、卒業した学校のアルバムとかなら、公立図書館に収蔵されてるし……」

 僕はスマホに保存された画像ファイルを開き、坂口に見せる。

「……え? なにこれ? 顔写真の部分だけ切り取られて……?」

「ここだけじゃなくて、他のページも。ニカイドウカイジに関わる写真は、全部切り取られてた。もしもこの人が自分の意思で姿を消したのなら、たぶん、これも……」

「……探されたくないのか……?」

 自らの意思で失踪する人間の気持ちなど、僕らには分からない。けれども、『探されたくない』という意志だけは感じ取れた。手掛かりになるような写真や映像は、可能な限り、自分の手で消して回ったのだろう。

 しばらく考え込むようなそぶりを見せていた坂口は、唐突に言った。

「他の卒業生にアルバム見せてもらうのは?」

「え?」

「図書館のアルバムは閲覧するふりして切り取れるだろうけど、他の人が自宅に仕舞い込んでるのなら、写真は無事なはずだろ?」

「でも、この人の同級生探すって難しくない?」

「いや、たぶん、結構簡単かも。ほら、この隣の人」

「え?」

 顔写真が切り取られた、高校の卒業アルバム。二階堂の左隣には、名簿順でその次に当たる名前、『韮沢田』があり――。

「……教頭の親戚かな?」

「韮沢でも沢田でもなく『韮沢田』って……俺、教頭以外一人も知らないんだけど?」

「教頭って……野球部の監督だよね?」

 僕らは立ち上がり、窓の外を見る。グラウンドでは真夏の日差しのもと、今日も野球部員が練習に励んでいた。

「あ、教頭いた!」

「ダメもとで聞いてこようぜ」

「そうだね!」

 僕らは教室を出て、グラウンドに向かった。




 失踪中の大伯父の写真が一枚もない。調べていたら、『韮沢田』という珍しい苗字の同窓生がいた。そう事情を説明すると、教頭は僕のスマホ画面を凝視し、大きく頷いた。

「間違いない。これは私の父だよ。いや、こんな偶然もあるものなんだねぇ……」

 教頭は快く協力を申し出てくれた。問題のアルバムは教頭の自宅書斎にあるということなので、今日の練習が終わって帰宅したら、このページの画像を送ってもらおうと思ったのだが――。

「あー、もしもし? うん、私だ。ちょっと頼みがあるんだが、いいかい?」

 ありがたいことに、教頭はその場で自宅に電話し、奥さんに問題のページを撮影するようお願いしてくれた。

 通話を終えてから、何気ない雑談をしつつ三分少々。教頭のスマホに問題の画像が表示され、僕らは揃って目を丸くした。

「おやおや!」

「マジで⁉」

「僕じゃん⁉」

 そう、『ニカイドウカイジ』なる人物の顔は、僕と瓜二つだった。

「お前、眼鏡さえかければ完璧に同じ顔じゃね?」

「二階堂君、ちょっと、私の眼鏡をかけてみてくれ。……うん! そっくりだ!」

「ちょっとそのまま。口閉じて真顔! ……オッケー、撮れた! 見てみ?」

 教頭に眼鏡を返し、坂口のスマホと教頭のスマホ、二つの画面を見比べる。

 眼鏡の形状と髪型が多少異なるだけで、僕自身、『あれ? こんな写真いつ撮ったかな?』と思ってしまうほど酷似している。

「あー、これってさ、あれじゃない? 孫と顔が似すぎてて、そのせいでお前のおばあちゃん、こっちの人の顔うろ覚えになっちゃったんじゃ……」

「ああ、それはあるかもしれないね。よく似た顔の人が何人かいると、一人一人の印象が薄れてしまうことはあるからねぇ」

「あっれ~? 教頭先生~? 教え子の顔、ちゃんと覚えてますぅ~?」

「少なくとも、坂口君と二階堂君の顔はこの先一生忘れないと思うよ」

「ホントですか~? じゃあ俺たち、卒業して十年くらいたったら、教頭先生んち突撃家庭訪問しますからね?」

「十年と言わず、いつでもおいで。卒業生が遊びに来てくれることなんて、ほとんどないからね」

 面倒見がよく生徒から慕われている教頭は、今日も爽やかに、何の嫌味もなく微笑んで見せる。僕もこんな朗らかなオジサンになれたらなあ、と思いかけて、慌ててその考えを振り払う。マイクを握った途端に性格が豹変する中年男性は、おそらく心に何らかの闇を抱えている。できる事なら僕は、裏表のない普通のオジサンになりたい。そう思い直しつつ、僕はできるだけ真面目な顔で教頭に礼を言った。

 僕らは野球部の面々にも頭を下げ、グラウンドを後にする。

「で? どうする二階堂。『予言者』の顔が分かっても、誰も覚えてないんじゃ、尋ね歩いても無駄っぽくねーか?」

「ん~……でもあのノート、気になるよね? 具体的に、どこからどう調べればいいのか分からないけど……『調べることをやめる』って選択肢だけは、絶対に選びたくないし……」

「それは俺も同感。文芸部の活動ってことで教室の使用許可まで取ったんだから、夏休みの間に、手掛かりくらいは掴んでやろうぜ」

「うん! ……って、あれ? なんだろ、三河島君が超アピってる気がするんだけど?」

「あ? ……メッチャ手ぇ振ってんな……?」

 昇降口にいる僕らを見つけて、クラスメイトの三河島君が何かを叫んでいる。彼は軽音部に所属しているのだが、音楽室は吹奏楽部、多目的室はコーラス部、視聴覚室は演劇部に使用されていて練習場所が無い。何の大会にも参加しない軽音部は、今日も階段横のちょっとしたホールで自主活動中だったようだ。

 彼はアコースティックギターを抱えたまま、踵を潰した上履きでペタペタと駆け寄ってくる。

「おい二階堂! お前がこの前見せてくれたノート! 『サイト・ベイカー』って書いてあったよな? それってこいつじゃね⁉」

 そう言って見せられたスマホには、Twitterのプロフィールページが表示されている。


 サイト・ベイカー。旅行と音楽が好きな大学生。


 たったそれだけの自己紹介である。フォロー数もフォロワー数も、リア友との交流用としては標準的な百件少々。アイコンに使われている自撮り写真はコスプレか何かだろうか。真っ白な髪とショッキングピンクの瞳なんて、ウィッグとカラコンを使用しているとしか思えないのだが――。

「え……この人って……」

 駅で出会ったあの外国人だ。ヘッドフォンからのわずかな音漏れでもしっかり曲を聴き分けていた、あの、妙に耳の良い――。

「マジかよ三河島! 良く見つけたなオイ! 二階堂! ノート出せ!」

「二階堂! 早く!」

「え、あ、ちょ、ちょっと待って!」

 僕は慌てて鞄をまさぐる。自分で言うのもなんだが、僕はかなりのアガリ症である。注目されたり急かされたりすると、手元が狂ってうまく動かせなくなってしまう。

「え、え~と、えぇ~と……ノートは……ノートは……」

「ここに見えてんじゃん! いいから貸せって!」

「あ、うん、お願い、坂口……」

 坂口がノートのページをぺらぺらとめくり、七ページ目にその記述を見つけた。

「あった! 『これがアルビノの人間というものなのだろうか? 髪も肌も、本当に真っ白だ。人間も色素が抜ければ赤い目になるものと思っていたが、彼の瞳は濃い桃色に見える。青色か灰色の色素がわずかに残っているのだろうか? とても不思議な色合いをしている』……って、ことは、これコスプレじゃなくて……」

「えっ⁉ 本物のアルビノなの⁉ 僕もはじめて見た!」

「スッゲェ~! 化粧なしでこの顔って、全ヴィジュアル系お兄さんに死刑宣告してるようなモンじゃね?」

「ウィンク一つで女子高生が百人は釣れるな。まったく、なんてけしからんイケメン野郎だ……」

「いやいや、坂口だって、ちゃんとしてれば王子様系イケメンじゃね? 金髪ハーフなんだし」

「三河島くぅ~ん? あのね、俺だってね、それなりにちゃんとしてるつもりなの。これでも」

「マジか。ヤベエな。それでちゃんとしてたのかよ……」

「素材が王子様系でも、門前仲町の煎餅屋のじいちゃんが育てると言動のすべてが超江戸っ子になっちゃうの。もうこれ修正不可能。アンダスタン?」

「オー、イエース。アイシー」

「ン~、サンキュ~、サンキュ~」

 英語力ゼロのカタカナ発音で頷き合っている二人をよそに、僕はその後の記述を読む。


〈このノートの現在の所有者は、おそらく僕の妹の孫、二階堂シオンだろう。信じてもらえないとは思うが、僕はこれまでに何度も世界に挑んでいる。どうしても救いたい人がいて、僕はその人のために革命を試みたんだ。

 けれど、僕は一度諦めてしまった。もう無理だ、僕には救えない。そう思って何もせず、しばらくは彼らの行動を見守るのみになっていた。

 でも、可能性が見えた。彼らは僕の目の前で、本来ならば繋がらない世界を繋いでみせた。そして僕と同じく、この世界から隔絶された人々を救済してみせたんだ。

 今の彼らには、これまでには無かった最強の手駒がある。うまく使えば、これから起こる事態を完璧に攻略できるはずだ。

 もしも君が僕を信じてくれるなら、今すぐ自分のスマホのスケジュールアプリに入力してくれ。『Twitterでサイト・ベイカーを検索する! 超・重要!』と。日付は七月二十四日。朝一番に気が付くように、目覚ましのアラームと同じ時刻に表示されるよう設定すること。

 おそらくそれだけで、君たちは彼を思い出せるはずだ。〉


 僕は沈黙した。

 こんな記述、これまではなかった。

 いつの間にこんな文章が挿入されたのか。いや、これは手書きのノートなのだから、既にびっしりと文字が書き込まれた紙面上に、別の文章を挟み込むことなどできないはずで――。

「二階堂?」

「どうした?」

 僕の様子に気付いた坂口と三河島君も、ノートを見てフリーズした。

 約一か月前、僕は自宅の物置でこのノートを発見し、面白半分で学校に持ってきた。それからは毎日のように三人で一緒にノートを読んで、一緒に驚いて、一緒に盛り上がっていたのだ。こんな文章が存在しなかったことは、ハッキリと自分の目で見て確認している。

「……信じようぜ、二階堂。つーか、信じる以外に選択肢ってあるか? ねえよな、三河島?」

「ああ。ないよ。絶対にない。なあ、二階堂。これ、お前のことご指名だけどさ……」

「三人で読んだんだ。三人でやろうぜ?」

 坂口の提案に、僕と三河島君は頷く。

「何が起こるか分からないけど、きっと、明日の朝になったら……」

「この、『Twitterでサイト・ベイカーを検索する!』って文章の意味が分かるんじゃね……?」

「面白ぇ。まったくワケ分かんねえけどよ。これって、超鳥肌モンだよな?」

 僕らはスマホを取り出して、ニカイドウカイジの指示する文言を入力する。そしてそれを互いに確認し合った。

「明日の朝、何が起こるのか分からないけど……何かあったら、僕、真っ先に二人に連絡する」

「俺も」

「俺もだよ」

 僕も、坂口も、三河島君も、同時に『保存』のボタンをタップする。

 その瞬間、僕は妙な感覚に陥った。

 何かがカチリと噛み合って、大きな何かが動き出す。

 この感覚を味わうのは、これが初めてではないような気がしていた。


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