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そらのそこのくに せかいのおわり 〈 vol,08 / Chapter 04 〉

 ピーコックらがスカイツリー展望台から東京の街を眺めているころ、ネーディルランドでは不思議な対戦が行われていた。

 ところは王立騎士団旧本部庁舎エントランスホール、顔ぶれはマルコとチョコ、エリックとアスターである。

「きゃ~、いやぁ~ん、何なのよこの展開ぃ~っ! アタシ、なんかずっと姫ポジションじゃなぁ~い⁉ 王子さまぁ~ん♡ 早くた・す・け・てぇ~ん♡」

 魔法で作られた鳥籠に閉じ込められているのは、特務部隊が誇る最強のオカマ、グレナシン副隊長だった。彼はサラの『心の世界』から戻ったと同時に、メリルラント兄弟に身柄を押さえられてしまった。彼を人質に取ったメリルラント兄弟の要求はただ一つ。『二対二の無制限勝負を受けろ』ということだった。

「《雷火》!」

「《雷拝》!」

 ボールのように投げつけられる雷と、鞭そのものの挙動で迫る雷。二種類の雷系呪文に翻弄され、メリルラント兄弟の間合いに入れない。それどころか、チョコとマルコは連携して動くことも出来ずにいる。

「オラオラオラァーッ! そんなもんかよ? ああっ⁉ ケルベロスと互角に渡り合ったっつーのは、やっぱり単なる噂話か⁉」

「全然たいしたことないジャーン?」

 吹き抜けのエントランスホールの中二階では、その他のジルチメンバーが総出で防御結界を構築している。この結界のおかげでどれだけ大暴れしても建物自体を損壊させる心配はないのだが、困ったことに、煙幕を使って逃げ出すという選択肢も封じられている。

 全員の中で一番体の大きな男、ジルチのリーダーであるアル=マハは、うんざりしたような顔で言う。

「悪いな、王子。こいつらの気が済むまで付き合ってやってくれ。こうなると誰にも止められない」

「君たちが死にそうになったら助けに入る。それまで、まあ頑張ってくれたまえ」

 アル=マハに続いてそう言うのはジルチの参謀、バルタザール・レノである。

 その他の隊員もアル=マハと同じような表情で頷いている。こういう状況は一度や二度ではないらしい。

「頑張れったって……うわっひゃあーっ⁉」

 チョコの近くをアスターの鞭が通り過ぎる。間一髪というには遠すぎる距離ではあるが、これは実体のない雷の鞭。五十センチ程度の距離であれば、十分に相手を感電させられる。この攻撃を回避するには、物理攻撃を避ける場合の数倍の距離を飛び退く必要がある。

(クッソ! 思うように位置取りが決まらねえ!)

 今もチョコの体にはマルコの防御魔法、《銀の鎧》が掛けられている。しかし、これで防げるのはせいぜい十数発まで。それはつい先ほど、身をもって確かめている。

 メリルラント兄弟から宣戦布告された直後、チョコは《銀の鎧》の性能を信じて特攻を仕掛けた。しかし、メリルラント兄弟の連携は完璧だった。エリックの《雷火》を避けた瞬間、足元にアスターの《雷拝》が伸ばされていた。その攻撃自体は辛うじて防御できたが、その瞬間にエリックが《雷火乱撃》を放った。雷の鞭を食らった直後に、雷のボールが数十発乱れ打ちされる上位呪文を食らったのだ。《銀の鎧》で防御しきれる限界値など軽く突破されてしまった。そのときはマルコが咄嗟に放った《火炎弾》で相殺できたからよかったものの、マルコの援護射撃がほんの一瞬でも遅れていたら、チョコはあっけなく感電死していただろう。

 迂闊に近づくことは出来ない。今は二人とも、距離を取って《火炎弾》を撃っている。

 そんな二人の様子を見て、メリルラント兄弟は目配せだけで標的を決めたようだ。

 エリックが動いた。

「オラァーッ! 食らえぇぇぇーっ! 《雷装》!」

 両手足に雷を纏っての肉弾戦。狙われたのはマルコだ。

「うっ……!」

 全力で防御魔法を使用するのだが、何度追加発動しても破られてしまう。エリックの攻撃は物理攻撃と魔法攻撃の合わせ技。彼は魔法無しでも向かうところ敵なしの格闘技の達人なのだ。その戦闘力に雷系魔法を追加しているだけで、魔法による身体強化や攻撃速度のアップを図っているわけではない。

 無駄な動きを排した達人の攻撃動作は、素人のそれとは消費する体力が違う。最少のエネルギー消費で長時間に渡る連続攻撃を可能とする。

 マルコは内心焦っていた。同じ『攻撃型』の戦闘法ながら、エリックの攻撃はトニーとは根本的に異なる。トニーは犬の姿で多方向から攻撃を仕掛けてくるが、物理攻撃は牙による噛みつきに限られる。あらかじめ《銀の鎧》を使っておけば、いくら噛みつかれようと物理的に傷をつけられることはない。警戒すべきは火炎系魔法のみ。《魔法障壁》だけを使い続ければ防ぎきれる攻撃だった。

 しかし、エリックは違う。常に《魔法障壁》と《物理防壁》の二種類を同時展開し続けなければ、確実に致命傷を負う。攻撃速度も手数もトニーの倍以上。今のマルコは、トニーと対戦したときの四倍から五倍の魔力を消耗し続けている。

(なんだこの攻撃力は……⁉ しかし、相手の表情を見る限り、これはまだ……)

 本気の『ほ』の字も出してはいない。

 エリックはニヤリと笑い、攻撃パターンを変えた。

「《雷装・二式》!」

 エリックの背後に雷の呪陣が出現した。エリックが攻撃動作を取るたび、その呪陣から雷の矢が放たれる。

(追従攻撃呪陣⁉ こんな魔法、戦争でもない限り使わないはずでは……⁉)

 殺傷能力が高すぎる呪文は、現在では禁呪に指定されている。この攻撃力ならば、間違いなく禁呪扱いのはずだが――。

(いや……違う! これはまだ通常呪文だ! この人は、通常呪文しか使っていない!)

 戦いながら、必死に戦闘魔法の教科書の記述を思い出す。マルコは雷獣族ではないため、中級以上の雷属性魔法は使用できない。自分に関係ない項目は軽く読み流してしまったが、それでも確かに、《雷装》という魔法の発動方法の記載はあった。

 王立高校騎士団員養成科、三年生の選択制科目。種族ごとに自分に適した属性の魔法を習得するための授業で、一対多数の状況でも戦えるようにと、雷獣族はこの呪文を習うはずだ。マルコは大卒からのキャリア組なので、実際の授業の様子は分からない。入団後に参考資料として、通常入団者の受けたカリキュラムを確認した程度なのだが――。

(こんな威力の魔法ではなかったはず……⁉)

 通常呪文も、使い手の技量次第で強さは変わる。マスタークラスのウィザードの《火種》と一般騎士団員の《業火》が同程度の火力であることは、ネーディルランド人ならば誰もが知る『常識』である。

(《雷装》自体は、相手を軽く感電させて動きを鈍らせる呪文であったはず。おそらくこの人は、《雷装》の練度を極限まで高めて……)

 最少の労力で最大の効果を。これは戦闘における基本中の基本である。そのことに気付いた時、マルコは自分の戦い方が間違っていると悟った。

 今は完全に相手のペースに乗せられている。二対二の戦いだから仲間と連携せねばと考えたせいで、自分の得意な魔法が使えなくなっているのだ。

「チョコさん! 連携は諦めて、ここから先は一対一でやりましょう!」

 アスターと戦っていたチョコは、その声を聞いた瞬間、答えの代わりに得意技を使う。

「《火装》発動! 《バスタード・ドライヴ》!」

 《雷装》と同等の火焔呪文、《火装》。これは両手足に炎を纏って戦う肉弾戦用呪文である。それと同時に使用したのは、足元に魔法の車輪を出現させる呪文だった。

 チョコは両足にロケットエンジンでも装備したような急加速でアスターに迫り、雷の鞭の間合いに入り込む。

「ぐふっ⁉」

 腹に拳を一発。わずかに浮き上がったアスターの体に、踊るような軽やかさで超速連撃を食らわす。

 しかしアスターのほうも、兄同様に最強と恐れられる使い手である。すぐに体勢を立て直し、ガードからのカウンター、そのまま攻勢へと転じる。

 どちらも騎士団仕込みの格闘術、それも素早さを売りにした使い手同士。双方目にもとまらぬ速度で打ち合い、互角の戦いを繰り広げる。

「チッ! あっちはあっちでお楽しみかよ!」

 エリックは舌打ちし、攻撃の手数を増やす。

 その瞬間、マルコは防壁を解除して真正面から突っ込んだ。

「な……っ⁉」

 不意打ちで攻撃が決まるとしたらこの一発限り。マルコは自身の拳に魔法をかけ、エリックに殴りかかる。エリックは雷獣。そもそも攻撃を得意とする種族であるため、攻撃の最中に同時に防壁を使うことは出来ないと踏んでのことだ。

 マルコの読み通り、エリックはマルコの拳を自分の左腕でガードした。そして同時に流れるような動作で襟首をつかみ、あっという間にマルコを組み敷く。マルコは首と利き手を極められ、少しも身動きが取れない状態となった。

 格闘技の試合であれば、ここで一本取られて試合終了であろう。だが、これは通常ルールの試合ではない。マルコが狙っていたのは、まさにこの形なのだ。

「……え……なん、だ……?」

 エリックの体がぐらつく。頭をゆらゆらと揺らし、次第に手足が震えはじめ――。

「く……そ……何しやがった……」

 組み敷いたマルコの上に倒れ込み、そのまま動けなくなってしまった。

 マルコは痙攣するエリックの体の下から這い出し、エリックが呼吸しやすいよう仰向けにしてやる。

「治癒魔法を最大出力で使用しました。あなたの体は今、各臓器がそれぞれ勝手にフル稼働している状態です。脳の興奮が収まるまではまともに動けないと思います。手足の筋肉への電気信号も、出鱈目に発せられているはずですからね」

「おい、この野郎、治癒魔法だとぉ? ……クソ。こんな使い方があんのかよ……」

「まあ、普通はやりませんが……ありがとうございます、エリックさん。あなたの戦い方がヒントになりました」

「は? マジか? 思い付きかよ!」

「はい。あなたの《雷装》で閃きました。通常呪文を最強レベルまで強化すれば、少ない消費で最大の効果が期待できますから」

「へっ! なるほどな! 防御と回復しかできねえくせに、どうして特務にいられるのかと思ったら……面白ぇな、お前! 気に入ったぜ! よし! 王子様にプレゼントをやろう! 戦利品だと思って取っておきな! 俺の胸ポケットに面白い呪符が入ってるぜ」

「プレゼント、ですか?」

 まだ手足が痙攣しているエリックに代わり、マルコがエリックの胸ポケットをまさぐると――。

「……これは……なんの呪符でしょう? ただならぬ力を感じますが……?」

 和紙に墨で手書きされた文字と、その上から押された『水波』の朱印。それは日本人が見れば一目で『御朱印』だと分かるものだったが、魔法の素養の無い人間にはこの『御朱印』の本当の希少性は理解できない。

 これは大和の水神・水波能女神本人が書き記した、正真正銘、直筆のサインなのである。

「こいつはベイカーの三代前、メイソン隊長の時代に地球から持ち込まれた呪符なんだってよ。詳しい謂れは誰にも分からねえ。とりあえず、水属性の何かだ」

「何か、ですか……?」

「おう。効果も使い方も、何にも分からねえんだ。で、ジルチには水属性がいねえから、なんとなく俺がもらっちまったんだけどよ。お前、水属性なんだろ? お前が持ってろ」

「よろしいのですか? これは非常に貴重なものだと思うのですが……」

「気にすんなよ。なんなら、もう一枚やろうか?」

「え?」

「反対のポケットも開けてみ?」

 今度は右胸のポケットをまさぐる。すると、やはりエリックとは属性違いの水神の朱印がある。『啼沢女命』と記されているのだが、エリックにもマルコにも日本の文字、それも印章特有の書体で彫られた女神の名は読み取れない。

「こちらも、私が頂いてしまってよろしいのでしょうか?」

「おう、やる。防御呪符でも攻撃呪符でもないらしいから、たぶん、水属性の能力強化か何かじゃねえか? 俺が持ってても本当に何の役にも立たねえ」

「そう……ですか。では、ありがたく頂戴いたします」

「お、あっちもそろそろ決着か?」

 エリックは目だけで弟の戦いを見る。

 マルコにとっては残念なことに、こちらは一発逆転の勝ち戦とはならなかったようだ。チョコは《バスタード・ドライヴ》によって速度を強化した状態で戦っているが、対するアスターは強化無しでその攻撃に対応し続けている。そしてその体には、防御魔法《銀の鎧》。

 素の状態でも驚異的な反射速度を持つ相手が、防御魔法でガードを固めて防戦に徹している。今のチョコは堅牢な城砦に単騎で攻め入るような、絶望にも似たプレッシャーを感じていた。

(なんだこの人……雷獣族なのに、防御型? いや、でも、攻撃の鋭さは確実に戦闘種族だし……? クソ! 分かんねえな! いったいどこから攻めれば……弱点はどこかにあるはずなのに!)

 兄のエリックがあまりにも攻撃に特化しているため、弟のアスターは注目されないことが多い。だがメリルラント兄弟の本当の恐ろしさは、この『地味な弟』によって作り出されている。アスターに苦手な攻撃法は存在しない。また、防御呪文が使えないわけでもない。彼は何でも一通りソツなくこなす、マルチタイプの人間である。それがたまたま戦闘種族『雷獣族』に生まれ付いただけ。つまり、アスターの長所・短所を分析して有効な攻撃法を割り出そうとした時点で、チョコの勝機は消えたも同然なのだ。なぜなら万能型の天才を叩き潰すには、複数の項目で相手を上回る必要があり――。

「!」

 捌き切れなかった拳が頬に当たる直前、チョコは咄嗟に防壁を張った。もちろん物理防壁である。一瞬のことで、反射的に使用してしまった。

 勝敗が決したのはこの瞬間である。

「しま……っ!」

 チョコには物理防壁と魔法障壁を同時展開するような才能はない。アスターが放った《雷火》が直撃し、感電。行動不能に陥る。

「ヒャッホーウッ! 俺の勝ちィ♪ 楽しかったよ、チョコ♪」

「うう……くそぉ……強えぇ~……」

「君もなかなかジャン? 気に入ったよ♪ 修行する気があるならいつでもおいで。組み手くらいならいくらでも付き合うよ♪」

「え、マジですか? いいんですか⁉」

「もちろん♪」

「よっしゃ~っ! 最高! アスターさんの強さの秘密、暴かせてもらいますよ!」

「あはははは! 出来るモンならやってみろって感じジャン?」

「油断してられるのも今の内ですからね⁉ あっという間に追いつきますから!」

「いいねいいね! こういうノリの後輩、滅茶苦茶好きジャ~ン?」

 アスター対チョコの対戦が終了したのを見届けると、ジルチメンバーは結界を解除し、特に何を言うでもなく、ぞろぞろと解散していった。

「あ! あの! 待ってください! 少しお話を……」

 マルコが呼び止めても無駄である。エリック、アスターと違い、彼らは後輩となれ合う気など欠片も無い。そもそもヘファイストスやハロエリスらの事が無ければ、マルコと顔を合わせることはなかったはずなのだ。出会ったこと自体が間違いだとでも言うように、アル=マハは一回だけ、ひらりと手を振った。

 それだけだった。

「へへ。ま、そんな顔すんなよ。あいつらは本来『存在しないはずの人間』なんだからよ。そうそう簡単に遊びに来られちゃ困るんだよ」

「それは分かっていますが……っと、あれ? ですが、今アスターさんは、チョコさんに『いつでもおいで』と……」

「ああ、あいつは『死んでない』からさ。俺とアスターとヒューは書類上、事故で重傷を負ってリハビリ中ってことになってんだ。一応、リハビリプログラムの一環としてここに出入りしてることにはなってる」

「えっ⁉ 全員死亡扱いなのでは……」

「面倒臭ぇ話はセレンとかその辺に聞いてくれよ。事故当日の人員配置のミスとか、色々あったんだよ」

 エリックの渋い顔に、マルコはこれが長く複雑な話だと察した。この場ですんなり終わる話でないのなら、後日改めて聞き出すことにしよう。そう考え、話題を変える。

「エリックさん、せっかくなのでこの場で確認しておきたいのですが、貴方の中にいる神は、ゴリラの神で間違いありませんよね?」

「ああ。ウホホさんだ」

「ウホホさん、ですか? え? そういうお名前……?」

「いや、分かんねえけど。でも、名前聞くと必ずそう言ってるし」

「そうですか……。あの、創造主によってペナルティが与えられたはずなのですが、以前と違う点はありますか?」

 エリックはこの問いに、数秒の間を置いてから答えた。

「喋れなくなってるとこかな? 俺と心語で会話はできても、他の神や人間に向かって直接話しかけることは出来ねえらしい」

「他には?」

「完全に俺に制御されてるな」

「完全に?」

「見せてやるよ」

 言うと同時に、エリックの後ろにゴリラが出現していた。

 思わず身構えるマルコに、エリックは笑ってみせる。

「大丈夫だ。こいつは俺の命令が無ければ何もできない。さっき創造主に言われたけどよ、実体化している間は完全に俺の操り人形になるんだってさ」

「……それが、彼に与えられた『罰』ですか……」

「これまでさんざん、俺の体を勝手に使ってくれてたんだ。創造主の野郎も、なかなか気の利いた意趣返しをしてくれるじゃねえか」

「他の皆さんも、貴方と同じような状態でしょうか?」

「たぶんな」

「……そう、ですか……」

 ということは、あの神々と話をしたくとも、もう会話できない可能性が高いということだ。ハロエリスだけは言葉を奪われることなくルキナと一緒にいる。それは玄武から心の声で教えてもらったのだが、マルコとしては直接戦った樹木の神、ボスウェリアと話がしたいと思っていた。シロアリを大量発生させたのは玄武でも、それを指示したのは自分である。ボスウェリアが正気を取り戻しているのなら、きちんと謝るべきだと考えたのだ。

 まだ動けないエリックは、残念そうな顔をするマルコの頭をゴリラの手で『よしよし』と撫でる。

「えーと……あの……?」

「ゴリラ語だからよく分からねえんだけども……なんとなく、こいつがこうしたがってるような気がするんだよ。『気にすんな』って言いたいんじゃねえかな? 元々、悪いのはこいつらなんだからよ」

「……ありがとうございます、ゴリラさん……」

 通常個体の倍以上はある巨大なゴリラの手に、マルコは自分の手を重ねる。

 気持ちが通じているのか、いないのか、ゴリラの顔色から窺い知ることは出来ないが、それでもなんとなく、通じ合ったような気はした。

 感電状態から回復したチョコが起き上がると、アスターが言った。

「それじゃ、ぼちぼち出発しようジャン?」

「え? 出発? どこにですか?」

「地球♪」

「……はい?」

「俺たち、創造主から命令されちゃったんだよねェ? 『救え、それが其方らの役割だ』って」

「ハッハァーッ! まさか、俺らみたいなのが王子様と同じポジションにご指名されるとはなぁっ!」

「俺はともかく、お兄チャンてば似合わなすぎジャ~ン?」

「はぁ? てめえも全然似合ってねえっての!」

「ま、何はともあれ、救いに行っちゃいましょうかァ? 今カミサマついてないチョコとセレンはお留守番してもらうとして……って、あれ? セレンいないジャン?」

「あ? おい、あいつどこ行った?」

 グレナシンが囚われていた鳥籠には、一枚のメモ用紙が残されていた。


〈せっかくなので僕の部屋に連れ帰ります。ロンより。〉

〈マルちゃん、チョコ、ごめんね~♡ アタシこのままお持ち帰りされちゃいま~す♡ セレンより。〉


 二人からのメッセージを読んだ瞬間、メリルラント兄弟はがくりと項垂れた。

「あいつ、いつの間に……」

「今カレには勝てないジャン……」

「所詮元カレだもんな、俺ら……」

 チョコとマルコも、想定外の事態に埴輪のような顔つきになっている。

 うちの副隊長は、いったいどこの誰とどの程度『深い関係』になってしまっているのか。というか、騎士団内部にあと何人『元カレ』がいるのだろうか。

 騎士団の暗部に触れたくないマルコとチョコは、半ばヤケクソのようなテンションで言った。

「チョコさーんっ! 私、ちょっと地球までお出かけしてきますねーっ!」

「はーい! みんなへの連絡とゲンちゃんのお世話は俺がやっときまーす!」

「さあエリックさん! アスターさん! 行きましょう!」

「お、そうだな」

「出発ジャ~ン♪」

 エリックとゴリラ、アスターとモリイノシシ、マルコとサラがそれぞれ一つになり、創造主によって魂に刻まれた言霊を口にする。


「我、混沌の宇宙(そら)を越えて行かん! かつて別たれた双星の片割れへ!」


 三人の姿は光の粒になり、天に昇るように消えてゆく。それを見送ったチョコは、ふと、どうでもいいことが気になった。

「……副隊長って、性格的にはネコじゃなくて、バリバリのタチなんじゃ……? いや、まさか……?」

 しかし、だとするとメリルラント兄弟がネコということになってしまう。ノーマル性癖のチョコにとってはゲイセックス自体が理解の範疇を超えているのに、その上マッチョのオジサン兄弟がネコだなんて、まったくもって理解不能な世界である。

 これ以上考えると心因性勃起障害を発症する気がして、チョコは自分の思考を強制終了した。世の中には知らないほうが良いこともある。自分にそう言い聞かせ、チョコは特務部隊宿舎へと戻っていった。


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