孤独
この作品を読むに当たり
・この作品は、「東方project」を元とした二次創作小説です。
東方及び、二次創作が苦手と言う方は、この小説を読むことはお控え下さい。気分を害される恐れがあります。
また、
・原作と設定が異なる
・作者のキャラクターの捉え方が、自分(読者様)の捉え方と違う
これらを容認される方のみ、本文をお読み下さい。
この作品は、「閑散」、「居場所」に継ぐ三作目となります。よろしければ、そちらの方をお読みになってから読まれることをお勧めします。
絶対「撮・影・禁・止」
「そんな、スペルカードみたく言わなくても……。それにそれは紫さんのスペルカードでは」
湯気の立つお茶を啜ってから、博麗霊夢は溜息を吐いた。私の前にもお茶は出されているが、どうにも熱そうなので私は手を付けないでいる。その代わりにカメラを構えていたのだが、面倒臭そうに手を振られたので、仕方なくカメラを卓の端に置いて、湯飲みを持った。
今しがた淹れられたばかりのお茶は、いつもの如く緑茶であり、やはり茶柱は浮かんでいない。そんな頻繁に立っていたら茶柱にありがたみも湧かないが、幾度となくこの神社でお茶をご馳走にはなっている中で茶柱どころか、茶葉の欠片すら浮かんでいない所をみると、茶葉を漉す金網が細かすぎるのか、はたまた霊夢が几帳面なのか。几帳面ではないだろうから、おそらく前者であろう。何を言おうとも、霊夢は霊夢なのだから。
だが、今日のお茶はどこかが違っていた気がした。それは湯飲みを口元に近付けた時に感じたのだが、今まで感じたことのなかった物。……香りである。緑茶の香りが湯飲みから立ち上ってくる。ふわりとした、そして旨みとと苦みを思い起こさせる鮮やかな香り。それは緑茶にとって当たり前であるようで、この神社の緑茶では有り得ないことであった。色が付いているだけの白湯。それがいつも出されるお茶であったからだ。
「霊夢さん、なんというか……」
お茶の香りがしますね。とは、口が裂けても言えなかった。裏を返せばいつものお茶が不味いというようなものである。逡巡し、言葉を選ぶ。
「お茶の種類、変えました?」
「いえ? いつものお茶だけど。そうねぇ。違う所と言ったら、今日は一番茶だからかしら」
「一番茶? それってお茶の木から初めて収穫した茶葉のことですよね?」
「違うわよ。うちでの一番茶は、袋から出したばかりのお茶っ葉で淹れたのが一番茶。その茶葉を乾燥させて淹れたのが二番茶。それから順に三番茶、四番茶……」
「え、ということは、私が今まで飲んでいたのは、一体何番茶だったんですか?」
「覚えてないけど……。確かあんたには六番茶くらいだった気がするわね」
「六って……。白湯じゃないですか……」
「失礼ね。白湯は私が一人の時に飲んでいるだけで、どんな奴であろうと客が来た時には、茶葉を入れているわ。何番茶かは、そいつの貢献度次第」
「なら私は六番茶程度なんですね……」
「まぁ、五回くらい淹れたら掃き掃除に使うから、あんたは、うん」
「捨てる以下の茶葉で淹れたお茶って、一体どれくらいの順位なんでしょうか……」
苦笑いをするしかなかった。霊夢は誰にでも公平であるから、こうして何かしら相手はしてくれるものの、貢献度の順位で最下位争いしていようとは、夢にも思わなかった。まぁ、職業柄嫌われることは慣れている為、さして何も思うことはないのだが。そうか、六番茶か。
「でも、どうして今日は一番茶なんですか? お茶っ葉全部捨てたんですか?」
先程の話からすれば、一番茶は特別な人に淹れる物であろう。勿論、六番茶を作る為には一番茶を経ることが必要な訳で。私がそれを飲んだことがない以上、それは誰が飲んでいたのか。記者魂揺さぶられる疑問ではあるがそれはぐっと飲み込んで、一歩踏み込んだ質問に切り替えてみた。
霊夢は案外口が堅い為、誰が飲んだかという事実は教えてくれないだろう。また、撮影禁止ならば基本的に取材も駄目なので、個人的な疑問をぶつけたのである。何故六番が一番になったか。位が上がるならば、一階級ずつ上がるのが常である。死んでも二階級特進であって、五階級飛ばしたとあらば、私は何の偉業を成し遂げたのだろうか。妖怪の山の権利書なんかをお賽銭箱に入れればそうなるのだろうか。権利書なんてないけれど。
「そうね。……そうね」
予想に反して、霊夢は考え込んでしまった。ただ、悩んでいる、考えているというよりは、私に話すかを決めかねていると言った具合だが、それにしても妙に切れが悪い。いつもの霊夢らしくない。
「そうだ、文」
「どうしました? 突然」
「特ネタ、欲しくない?」
私は笑顔こそ崩さなかったものの、思いっきり首を傾げた。その頭上には大きな疑問符が浮かんでいる。
「特ネタは欲しいですが……弾幕は嫌ですよ? 人気高いですけど、あれやったら大概痛い目見るんですから。私が」
「スペルカードなんかじゃないわよ。もっとずっと、大きなネタよ。……こんな言い方したらすぐに飛びつくかと思っていたけれど、あんたもなかなか疑い深いのね」
「記者は何より疑って見る癖がありますから。……いえ、どちらかと言えば、今まで私に否定的だった霊夢さんから特ダネの垂れ込みだなんて、らしくないなぁ、というか」
「垂れ込みなんかじゃないわよ。私自身を取材しないか、と言っているの。そして絶対に一面を飾る自信があるネタを私は持っている」
ますます怪しい。パパラッチ何とかというスペルカードを作っているくらい、新聞に対して理解の薄い霊夢が、こんな美味しい話を持ちかけてくるはずがない。それも他人のことではなく、自分を取材ということなのだから、つまりは自身のネタを提供する、ということなのだろうが。しかし神事が予定されていると聞いてもいなければ、むしろ先月行われるはずだった儀式を延期した件もあり、どうにも理解に苦しむ。
疑心が顔に出たのか、霊夢はむっとした表情に変わった。
「いいのよ、引き受けてくれなくても」
「そんな怒った様に言わなくても……」
「でもね」
言葉を切った霊夢であるが、改めて私を注視して、おもむろに口を開いた。
「この特ダネを断ったら、あんたは絶対に後悔する。そして、恨まれる」
ぞくりと、背筋が震えた。天狗が身震いする程の何かが、霊夢から発せられていた。それは殺気ではなく、もっと柔らかい何かである。しかし私が拒否出来るようなものではなく、絶対的な決定権は霊夢が握っていた。
「……そうですね。では折角ですので、この取材、引き受けさせて頂きます」
「……そう」
「ですが、幾つか質問を良いですか?」
「良いわよ。取材を受けるんだし」
「まず、私を今日ここに呼んだのは、取材させることが目的ですか?」
「えぇ。その通りよ」
「それと、この取材で得た物は、文々。新聞に掲載してもよろしいですか?」
「出来るならば一面が良いわね。もしくは三面くらいの端っこに小さく。どちらかで」
「では最後に。この取材を断ったら、何故私は恨まれるのでしょうか」
「それはきっと、記事を書きながら実感することが出来ると思うわ。なら、最初に顔写真の撮影と行きましょうか」
そう言いながら、霊夢は手櫛で髪を整え始めた。どうにもペースが乱されていることを感じながらも、霊夢といる時はいつもこんな感じかと思い直す。そして、端に置いていたカメラを手に取ると、こちらを向き直った霊夢にピントを合わす。
「はーい、撮りますよー」
かけ声はかけず、何枚かシャッターを切った。
「霊夢さん、笑いましょうよ。そんなぶすっとした顔じゃ、可愛くないですよ」
「良いのよ。この表情で。……でも、笑顔も一枚くらい、あってもいいのかもね」
そう言ってはにかんだ表情を見逃すはずもなく、霊夢が達観したような微笑みを浮かべる前に、ベストショットが確定した。ただ、その達観の笑みも惹かれるものがあり、これも記録に残しておく。
「さ、顔写真が終わったなら、出掛けましょうかね」
マフラーを取り出した霊夢は、それを不意に私へと投げてよこした。ぽかんとしていると、それを付けろと言った手振りをしている。
「……霊夢さん?」
「何よ」
「明日は天変地異ですか? 特ダネはその天変地異のことですか?」
「煩い」
少しむすっとした表情で、障子を開けて霊夢は飛び立った。慌ててカメラを肩にかけ、マフラーをくるくると巻いてから、小さくなりつつある霊夢を追いかける。
小雪の舞う、日の照らない冬日であった。
「無縁塚……ですか」
言葉もなく、北風を潜りながら行き着いた場所は、何とも不吉な場所だった。簡素な石碑と、葉の散った桜がある草原といった場所だが、その地には身寄りのない遺体が幾つとなく埋められている。結界が緩んでいることもあり、存在自体があまりはっきりしない場所。さらには、冥界、顕界が混ざる場所でもあり、非常に危険な場所である。正直、私も好き好んで近付いたことはない。はっきり言うと、嫌いな場所だった。
「そう、無縁塚。幾つか仕事をしようと思ってるけど。まずは、ね」
桜の木の下にぽつりと建てられた石碑。文字は掘られていない。見ればただの岩にも見えるが、それからは明らかな妖気が発せられている。埋められているのは人間。だが、長い年月と恨みから、妖怪に近いそれを発している。
そんな場所に、霊夢はすたすたと歩いて行く。霊夢が近付くにつれて、石碑からの妖気は強くなる。……まるで拒絶するかのように。来るな。来るな。そんな声までも聞こえた気がした。だがその声に気付いた所で、思い出してカメラを構えた。あくまで取材をする。それを忘れてはいけない。
霊夢が石碑の前に立ち止まる。レンズ越しに見れば霊夢、石碑、桜と順に映っていて、まるで桜の花弁のように雪がちらついている。巫女服の紅白と、黒、白。それは何か引き込まれるような美しさと、それに劣らぬ不吉さが混在していた。
そして、霊夢は一礼した。
妖気が激しく奔出する。その流れは霊夢を囲むように広がるが、どうやら囲むことしか出来ないらしく、ぐるぐると渦巻くばかりだ。それを知っているであろう霊夢は気にしていないのか、頭を下げたまま、動こうとしない。その妖気はどんどん多くなり、気付けば瘴気となって、私をも飲み込まんとしていた。
扇子を取り出す。何かあれば瘴気ごと妖気を吹き飛ばす気であった。それは出来るはずだし、早い方が良いとは思ったが、如何せん霊夢は動こうとせず、固まったままだ。私は取材する身。余程の大事が起こらない限り、動く訳にはいかない。
ついには、私の目と鼻の先まで瘴気は近付いていた。その濃さ故に霊夢は朧気にしか見えなくなり、流石に不安に駆られる。霊夢のことだから何かしら切り抜けることは出来るだろうが、あまりにこれは危険である。扇子を構えた。その時。
突風が吹き荒れた。左から右へ、私ですらよろめく程の突風。それは一方方向に流れているのでなく、どうやら桜や石碑を中心に渦を巻くようにして流れているようだった。いわば竜巻のような感覚である。
その風は瘴気を押し流し、霞んでいた景色はみるみるうちに鮮明になった。そして風に乗って中央に集まっていく瘴気は、霊夢からも離れて、そして一つの大きな黒い塊になる。その塊は石碑の上、桜の木の間に佇むと、ふわりふわりと浮かんでいる。
瘴気がなくなった為、霊夢へと近付くことにした。特に近付いてもいけないと言われた訳でもないし、何より、瘴気に囲まれた霊夢が無事であるかを確認したかった。霊夢は未だお辞儀したままの格好でいるが、側面に近付いても、それは変わらなかった。
よく見ると、霊夢は何やらぶつぶつと呟いているようで、唇が僅かに動いている。目を瞑り、何事もないかのようではあるが、何故かその表情に、仏を重ねてしまった私がいた。神に仕える巫女に仏を合わせるのは不謹慎かもしれないが、そう思った。邪魔をしないよう、一枚だけ、写真に残した。
ふと、先程の黒い塊を見ると、やや色が抜けてきたのかそれは灰色になり、桜の木の枝が透けるようになっていた。明らかに存在しうる物質ではなく、儚い想いの塊のような、そんな朧気なもの。それはその場に止まっていたが、気付けば上へ上へと昇っていっているようだった。方向としては、冥界の向き。それを裏付けるように、結界に空いた隙間へと、それは近付いていく。そして、消えた。
「霊夢さん……」
「さて。これで一応の弔いは終わったから。後はあの結界のひびを直しましょうか」
懐から幾枚かのお札を取り出すと、おもむろに空に向かって投げる。お札は僅か重力に流れるように動くが、霊夢が腕を横に振るうと意思を持ってそれぞれに動き、隙間を囲うようにして結界に張り付いた。すると、見てわかる程の隙間は段々と埋まっていき、狭まり、そして何ら遜色ない一枚の壁となった。一枚の硝子が透明であるように、それはひびという諍いなくしては見ることすら叶わず、ただ低い雲が立ちこめる冬の空へと変わった。ただ、そこから流れ込んでいた何かは止まったようで、また辺りに渦巻く怨念も息を潜めて、無縁塚は何事もなかったかのように静寂に包まれている。
「この桜、来年は綺麗に咲けないかもしれないわね」
「そう……ですね」
「でも枯れることはない。それがこの木の役割だから。私はただ、その罪を認めてあげただけ」
カメラを桜と石碑に向けて、一枚程残した。レンズ越しに見るその空間はまるで、喜んでいるように見えた。
「次は人里ですか?」
「そうね。他にも行きたい所は一杯あるんだけど、これくらいが限界だろうから、ここが最後よ。後は神社に帰るだけ」
そう言うが、霊夢は人里に入ろうとはしなかった。門を潜らずに、外壁を沿うようにして歩く。そして、その所々にお札を貼ると、ただただそれを繰り返した。無縁塚程緊張しなかったせいか、私は背景が良さそうな箇所を選んで写真を撮った。
一周して門まで戻ってきた所で、霊夢は宙に舞う。そして、里の中央、全体を容易に眺められる高さとなった時に、やはり懐から今度は大量のお札を取り出す。それをまるで、子供が紙を放って遊ぶかのように投げると、ばらばらになりながらも一枚一枚が別々の箇所へと流れた。あっという間に里を覆い隠したお札からは霊力が溢れ、それぞれがその霊力で結ばれて、強固な結界を築いていった。その結界の頂点に立つように見える霊夢を、横から、上から、撮影する。結界と、霊夢。ごく当たり前の組み合わせにも関わらず、それはあまりに綺麗だった。
それにしても、この行動は何かが引っかかる。私が見るに、これは妖怪を避ける為の結界である。それも、進入を防ぐようなものではなくて、何かの切っ掛けで攻撃を行うような、罠のような結界だ。果たしてこの結界は必要なのだろうか。
人間の里は、そこに住む人間が思う以上に保護されている。なんと言っても、幻想郷を保つ為に必要な一角を担っている場所である。妖怪もこの里を壊滅させては、己の存在に関わるからだ。博麗大結界を張る以前から、周囲に集落が存在しないこの付近には、この里を襲わないという暗黙の了解があった。勿論、下等な妖怪や新しく誕生した妖怪、新参者などはそれを知らずに破ることもあったが、それは博麗の巫女であったりこの地の賢者によって、阻止されてきた。阻止された妖怪は、概ねそれを理解して、新たな無法者を諭してきた。
つまり、人間の里は表立って守る必要のない場所なのだ。人間の里自体にも防衛する力はあるし、それを応援する妖怪もいる。里に在駐する妖怪もいるし、博麗の巫女も、多少雑ではあるが見回りをしている。却って結界など張ってしまうと、何かを隠しているようで訝しむ者も出てくるだろう。
「霊夢さん、何故人間の里に結界を張ったんですか?」
もう、素直に質問としてぶつけてみることにした。重要なことは伏せたりはぐらかすことの多い彼女だが、それでも回り諄く聞くよりは、もう取材という名目の元聞いてしまった方が教えてくれる気がした。
「そんなの決まっているじゃない。妖怪からこの里を守る為よ」
「しかし。妖怪はこの里を襲いません。里から出た人間は神隠しに遭うこともありますが、妖怪という観点からすれば、神社と並ぶ、幻想郷の安息地ではないですか」
「……そうね。確かに妖怪はこの里を襲わない。でもね」
霊夢はじっと、眼下に広がる集落を眺めた。
「取って食べる以外にも、妖怪が人間を襲うことって、あるでしょう?」
悲しそうな笑みを浮かべ、霊夢はこちらを振り向いた。その表情があまりに感傷的で、思わずシャッターを切る。
「確かに妖怪は暇潰しとか、己の存在意義とかで人間にちょっかいを出すことがありますが。何かそれは、仰る言葉とは雰囲気が違いますね」
「そうね。それも回答としては間違っていないけれど、私の求める回答じゃない」
霊夢は溜息を吐いて、今度は空を眺めた。
「……恨みよ」
「恨み? 妖怪が人間に、ですか?」
「そう。よくあることじゃない。例えば怨念を持った状態の幽霊なんかが人間に復讐するように。個人にも、不特定多数にも、攻撃する可能性なんていくらでも考えられる。……それはあんたにも、言えることかもしれないし」
「私ですか? 私が恨みに身を任せて人里で暴れる可能性がある、と?」
「えぇ。そうなるわね。ま、理由次第という所かしら」
霊夢は寂しそうにそう言うと、自分の張った結界をすり抜けて人里へと近付く。
「あ、あんたも通る分には問題ないわよ。攻撃的な妖力に反応して攻撃するだけだから」
密かに逡巡して警戒していたことをさらっと否定され、私は肩を竦めた。どうにも、この人には敵わない。そう思った。
「霊夢、この結界はどういうことだ?」
「え、妖怪に対しての結界だから、気にしなくていいわよ」
「そういうことじゃなくてだな。今までこんなことはした試しがないじゃないか。必要性を感じない」
寺子屋の前に降り立った霊夢に詰め寄ったのは、慧音だった。彼女は妖怪であるが、同時に里を統率し守る妖怪の筆頭である。知識人でもあり、能力としても、条件付きとはいえ強大な力を持つ彼女がここまで霊夢に食って掛かるのを、私は今まで見たことがない。彼女は霊夢に対して、賛成派というか、応援する立場を取っていた。だが今の状況を見るに、この里を包む結界は霊夢の独断で行ったものなのだろう。
「……慧音」
質問を重ねる慧音に対して、霊夢は一度だけ、呟くように名を呼んだ。その表情はどこまでも悲しそうで、ともすれば今にも泣き出しそうに見えた。それから何かを感じ取ったのか、慧音は押し黙る。
「今はわからないかもしれない。でも、結界は必要になるわ。今は冬だから、上手に結界を使える奴がいないから。だから、せめて春までは。この結界を頼っていいから」
未だ理解が出来ないという表情を浮かべる慧音を残して、霊夢は浮き上がった。じゃあね、という一言を置いて、霊夢は東へと向かう。
「……天狗。いや、射命丸。わかる範囲でいいから、説明してくれないか」
「申し訳ありませんが、それは出来ません」
「何故だ」
「一つは、私が今取材中であり、最後まで見ない限りにはあまりに不確定な事実ばかりであること。そしてもう一つは、私にも霊夢が何がしたいのかさっぱりわからないという理由ですね。ただ……」
「ただ?」
「霊夢は無縁塚の霊の怒りを静めました。そしてどうやら、不安定であった結界を補修したみたいです。これらが何を示すのか、いまいち繋がっては来ませんが。色々と博識である貴女には、何か映るものがありますか?」
慧音は幾許か悩んでいたが、ふっと息を吐いて肩を竦めた。
「私も、霊夢が博麗の巫女になってからそれなりに付き合っているが、今回ばかりはさっぱりだよ。それに霊夢がお前に取材させているというのも気掛かりだし、少しばかり、様子見するしかないのかもしれないな」
「そうですね。私もこの取材が終わったら、記事に纏めて発表しようと思いますので。またその時にお話ししましょう」
そう言うと、私はいつの間にやら見えなくなった霊夢を追うことにした。これですることは終わりと言っていたし、飛んでいった方角から考えても、博麗神社に戻ったのだろう。翼を羽ばたかせて宙に浮くと、慧音に一つ手を振って、東へと飛んだ。
霊夢の速度に合わせずに済む分、速度を上げた。記者が取材対象を見失うなんて、洒落にもならない。だが、私の速度、視力を持ってしても前を飛ぶであろう霊夢を見つけることが出来ず、内心で少し焦っていた。取材が出来なくなることよりも、何か心に引っかかるような居心地の悪さを感じていた。僅かな時間とはいえ今日という一日を一緒に過ごし、浮かび上がった違和感は、疑うに十分なものだった。
それにしても、霊夢はこれ程までに飛ぶのが速かっただろうか。私が慧音と話していたとはいえ、それも僅かなことである。天狗の私が追いつくなんて、いとも容易いはず。
しかし霊夢を見つけられないまま、博麗神社の鳥居が見え始めた。近付くにつれて石段も見え始め、そして。鳥居の前の石段に、周囲と馴染まない紅白があった。霊夢である。
見つけたことに安堵して、近付くものの、どこか様子がおかしい。そう気付いた時には私は全力で飛行していて、石段に着地した時も、勢い余ってつんのめりそうになった。そんなことも気にせず、霊夢に近寄る。
霊夢は石段にうずくまるようにして倒れていた。息は荒く、顔面は蒼白で、何よりも吐血していて服は赤に染まっている。声をかけようとした瞬間に霊夢は咽せ込み、また大量の血を吐いた。石段から血が滴り、腐臭が辺りに漂う。
「永遠亭っ!」
きっと、私が導き出した解は間違ってはいなかった。しかし、それは霊夢に否定された。
「駄目。永遠亭は……。いや、どこも駄目。私を神社に。……お願い」
霊夢に意識があったこと、そして話せたことに驚くが、そんなことを気にする暇もなくて、とりあえず霊夢を抱きかかえる。そして持ち上げた私に、新たな疑問が浮かんだ。霊夢の軽さである。
あまりに軽い。まるで人間の子供……いや、それ以下かもしれない。霊夢は女性にしては背の高い方であるが、それがまたこの軽さの異常を証明していた。
「おかしいですよ! やっぱり永遠亭で診て貰った方が」
「駄目、だから……。文、お願い」
息も絶え絶え、それでも霊夢は腕を動かして、私の袖を引いた。それはあまりに弱々しい。どうすることも出来ず、私は一足飛びに階段を駆け上った。
母屋に着いたものの、霊夢は咳き込みながら、吐血を繰り返している。私にも血がかかり、胃酸と血液の混ざった臭いが上がってくる。それでも何とか部屋へと入り、横に寝かせた。布団を出す余裕もなく、その場にあった座布団を折って、枕代わりにした。
嘔吐である為横に寝かせていたが、霊夢は仰向けになった。呼吸が苦しいのか、巫女装束を結んでいる紐を解こうとしているようだった。それに見かねて、私が代わりに巫女装束に手をかけると、留め紐を外していく。血で染まる服がはだけ、下からさらしが現れたが、それをみて私は言葉を失った。
さらしには、漢字が延々と書いてあった。何かの封印だろうか……いや、私の経験上、これは呪術の類い。神とは程遠い、禁忌の呪文だろう。これが霊夢を苦しめている。
急いでさらしを外す。胴に巻いてある為に順当に外すのは無理と判断し、力任せに思いっきり引きちぎった。呪いなのか指先の感覚が全くなくなったがそんなことは気にせず、霊夢の表情を見る。しかし先程とは微塵も変わっておらず、依然霊夢は苦しそうな表情のままだ。
「霊夢!」
「だい……じょうぶ」
「そんなことないでしょう!」
「お願い、文。聞いて」
「永遠亭には行きませんか?」
「行かない。それに、時間がないから……」
霊夢が長くないことは、薄々感じていた。生命力が、目に見えて削れていくのがわかる。永遠亭に行っても、行くまでに事切れてしまうかもしれないし、呼びに行くのも無理だ。妙薬は常備していないし、残念ながら、もう出来ることは残されていない。
「……何でしょう。聞きましょう」
霊夢は微笑んで、小さく頷いた。
「私は、死ぬわ」
「……はい」
「私は何もしなかった。怖くて、怖くて。それを理由に本当に何もしなかった」
「そんな」
「だけど。色んな人はいると思うけれど。人間を恨まないで頂戴。妖怪と人間は価値観が違う。そしてあなた達はそれを知っている。だから、我慢して。紫が春に起きてきたらきっと。全てを丸く収めてくれるから」
「霊夢、しっかり……」
「あぁ……。春にまたお花見しながら、お酒飲みたかったな。魔理沙にも挨拶出来なかったし。紫は寝てるし。でも……」
霊夢は瞼を閉じた。
「看取られるだけ。私は幸せ者だわ」
すぅっと、力が抜けた。緊張が解けたのかかくりと首が傾き、ざらざらと鳴っていた呼吸の音が途絶えた。
「……霊夢?」
その言葉に、返事はなかった。
「霊夢……?」
その言葉にも、身体を幾ら揺さぶってみても、霊夢は全く反応しなかった。首は赤子のようにぐらつき、それでいて紫色の唇から垂れる血は、生々しく顎から滴っている。霊気などの類いは完全に失われ、生物的にも、妖から見ても、霊夢は間違いなく死んでいた。
そう、死んだのだ。私の腕の中で。私に看取られながら。幸せだったと言いながら、霊夢は死んだ。死んでしまった。実感は全くない。
……霊夢の顔を見て、ふと思う。
私は霊夢について取材をしていた。それも霊夢から依頼されるような形での取材だった。そして、霊夢がもたらすタネは一面を飾る程大きい、とも。
つまり、一面を飾る記事とは、このことなのだろうか。霊夢が死んだこと。すなわち博麗の巫女が没するということは、この地に置いては天皇の崩御にも等しい事柄だ。そしてその事実は、私だけが知っている。例えば私がこのまま霊夢を食べてしまえば神隠しになるし、ありのまま起こったことを明日の朝刊、いや、夕方に号外を撒き散らすのもまた可能である。何をするにしても、私はあまりにも大きな『事実』と向き合っているということであり、同時に私を悩ませた。
一つは、天皇の崩御にも近しいことを、あまりにも簡単にばらまいて良いかということ。そしてもう一つは、どんな形であれ他人に知らしめた時に、私が疑われるということ。
博麗の巫女殺し。それは、人間の里を襲う以上の大罪である。詳しいことは結界の専門ではない為にわからないが、極々簡単に受けた博麗大結界の説明は、つまり博麗の巫女こそが結界そのものであり、これを殺すことは、幻想郷の破滅を意味する、というものだ。勿論、歴代の博麗の巫女も継いでは没するということを繰り返す当たり前の人間であったのだから、霊夢が死ぬこと自体は有り得ないことではないし、どうやら血筋はあまり重要視しない傾向に感じる為、跡継ぎがいない状態で死ぬことも、過去に何度もあった。ただ、それが自然の理なのかどうかが問題であって、死ぬことよりも死に方を気にするのは、思念から成る妖怪の性である。詰まる所、博麗の巫女を殺すことは、他の妖怪から殺されると言うことに他ならない。
それに加え、博麗霊夢は歴代の巫女と比べ、圧倒的に妖怪からの人気が高い。私にしてもそうだが、近付くことさえ危険と言われる妖怪ですら、彼女には一目置いている。それどころか神社に入り浸ことも珍しくないし、巫女を擁護する発言をする者もいる。取り分け、彼女は人気が高いのである。
そんな彼女が、私しか知り得ない状況で、不可解にも血を吐いて死ぬ。私は見ていたのだから殺していないと主張は出来るが、果たして他の妖怪がそれを認めてくれるだろうか。霊夢は死ぬ前に、今までは殆どしていなかった結界等を修復し、そして、慧音に会っている。その時はどこもおかしな所はなかったし、妖怪からもある程度の信頼のある慧音の発言力は大きい。霊夢が死んだことが周知され、慧音が『霊夢は元気だった』などと発言しようものなら。私は天狗、もとい妖怪の山の関係からは切り離され、きっと、三日と生きることは出来ないだろう。最悪、存在が残るかすら危うい。
霊夢の顔を見下ろした。苦悶の表情は変わらず、それでいて、血は固まりつつあって、赤色はどす黒く変わりつつある。
人間を恨むなとは言われたが、それ以上に、今の私を証明することすら難しいのに、どうして他を恨むなんてことが出来ようか。
私も霊夢が好きだった。だから、きちんと弔ってあげたいし、こんな穢れた服装を着替えさせて、綺麗な状態にしてあげたい。しかし、何をするにしても危険が潜む。博麗の巫女が没したことも大きな問題だが、仮にそれを殺した者が妖怪の山から出たとなることも避けたい。天狗は良くも悪くも縦社会であり、連帯責任は当然である。これは最早、私だけの問題ではない。いや、幻想郷を巻き込んだ大異変である。
どうするかを逡巡はしていたが、時間が経つこともまた訝しまれることに繋がると思い、とりあえず霊夢を抱きかかえたまま立ち上がった。縁側から鳥居越しに幻想郷を眺め、そして決意する。
私は、人間の里に向かった。
霊夢は、いくら妖怪に慕われていたとはいえ人間であるし、博麗の巫女という位にしても、人間側に近い。人と妖は相容れてはいけない関係でもあることから、最初に妖怪側に接触するのは難しい。それを妖怪である私が思うのもおかしな話だが、これも長く記者を務めてきたからこそわかることで、例え危険であっても人間側に引き渡すのが得策だと思った。
およそ、慧音に相談するのが妥当だろう。村の長に相談するのも手だが、私は彼とはあまり親しくはないし、博麗の巫女について快く思っていないという情報も幾つか持っている。邪な対応はないだろうが、それでも一抹の不安を抱えるくらいなら、慧音に相談するしかないだろう。もう一つの方法として、人里の道具屋から出た魔理沙の存在があり、彼女に相談するということも考えたが、如何せん魔理沙は実家を勘当されており、また感情的な性格も考えると、適任ではない気がする。
あれやこれやと纏まらない思考を重ねる内に、人間の里が見えた。先程霊夢が張った結界が人里をすっぽりと覆い、見慣れない風景にどこか不安を覚える。しかし引き返す訳にもいかず、私はひたすらに表門を目指した。
そして、門番すら居らず解放されている門の前に降り立ち、一歩歩を進めた刹那。霊夢の身体が後方へと弾かれるのを感じた。
それは強い力ではない。拒絶しているような、いうなれば霊夢のみを拒絶しているような、そんな感覚だった。改めて門を潜ると、やはり霊夢は通ることが出来ず、引っ張ろうとも押そうとも、門より先に入ることは出来なかった。しかし、私は入ることが出来て、それでも霊夢を置いていく訳にはいかず、仕方なし大声を出して人間を呼ぶことにした。
幸い、門の近くに住んでいる青年が気付き、こちらに近付いてくる。私はその間に霊夢を抱え直し、きちんと横抱きにした。死後硬直か身体は硬かったが、どうしようも出来ず無理矢理抱きしめた。
「天狗……それに、巫女?」
訝しげに近付いてくる青年は、門を潜る辺りで異変に気付いたらしく、一歩下がってたじろぐと、私の顔を注視した。
「済みません。どうか、上白沢慧音殿をお呼び下さいませ」
「巫女が……死んでる」
「そうです。幻想郷の一大事なのです。どうか、急ぎ慧音殿を」
そう言い終わるまでに青年は半ば逃げ出すように里の中へと消えていった。動揺しているようではあったが、きっと呼んできてはくれるだろうと自分に言い聞かせ、その場で待つ。霊夢の頭に少しばかり積もった雪を、撫でて落とした。
その内に、門から繋がる大通りの奥から、白い長髪を靡かせて近付く陰がある。緑色の服といい、慧音であると察するが、それにしても慌てている。それに比べて、どこか落ち着いている自分が冷淡に感じて、少し嫌な気分になった。
「射命丸! 霊夢は」
「霊夢さんは……死にました」
私がそう言うと、慧音は霊夢を覗き込んで、文字通り目を丸くした。すると一瞬で悔しそうな表情になったかと思えば、土気色になりつつある頬を僅か痙攣させながら、私を睨み付けた。どうやら、言葉は出てこないようだった。
「落ち着いて聞いて下さい。霊夢さんは死にました。原因は私にもわかりません。ただ、私が殺した訳でもありません。先程、慧音さんと別れた後、博麗神社の前の石段で、血を吐いて倒れていました。それ以上は、私にも……」
「……いや、あまりにも唐突すぎて、私もあまりわからないが。とりあえず、里に入ろう。冗談にしても何にしても、こんな所で立ち話をせずとも」
「いえ、入れないんです。いえ、私は入ることが出来ます。ただ、霊夢さんが入れないのです。どうやら先程霊夢さんが張った結界が邪魔をしているのか、一歩たりとも進むことが出来ません」
慧音はやや考えるような素振りを見せたが、ふと気付いたように、霊夢の胸元に手を入れた。そして、さらしの残骸を引き抜き、眺める。
「これは?」
「それは霊夢さんがしていたさらしです。あまりに苦しそうで、とはいえ脱がす事も難しかったので、破りました」
「そうか……」
慧音はさらしを握りしめると、一筋の涙をこぼした。
正直、私は段々と怖くなっていた。想像すらしていなかったことが唐突に起きて、更にはそれが原因で自分の身が安全かすらわからない。慧音に睨まれたことから私は疑われているのだろうし、考えてみれば、このさらしに書いてある呪符を私が捏造した、もしくは無理矢理霊夢に身に着けさせて殺した、とも解釈出来る。濡れ衣ではないが、冤罪は免れないかもしれない。
「そのさらしから……、何かわかったんですか?」
「……このさらし、いや、この呪文はな。痛み止めというか、腐敗を防ぐような、そんな効果があるんだ。痛覚を鈍化させ、しかし回復もせず、気付かないようにするような、そんな呪符だ。昔、特攻兵に施して、死を恐れない兵隊をこれで作った歴史がある」
勿論、神力ではない。慧音はそう付け加えた。
「射命丸、霊夢が倒れていた時等、何か腐ったような臭いがしなかったか?」
「え、えぇ。血液と胃酸とあと……。何か腐ったような臭いがしましたが」
「おそらくだが、その霊夢の遺体の内臓は、腐りきっている。もしかしたら何も残ってないかもしれない」
「腐って……。それだと、何故彼女はあんなに元気に」
「それが呪符の効果だよ。あの呪符で、全ての痛みや不快感を無かったことにしていたんだ。そして、その呪符をお前は破った」
慧音は涙を流したまま、とても悲しげな目をしている。
「つまりな、呪符が破られたと言うことは、そもそも呪符があっても吐血するまで、倒れるまでの損傷を受けていたと言うことなのだから、その効果が無効化されたとなればその痛みは……」
慧音はおもむろに私に近付くと、躊躇いなく霊夢へと手を伸ばした。そして、未だ苦悶に歪む眉間や眉、頬などを捻ると、どことなく不自然ではあるが、安らかな表情へと変わった。
「……辛かったな。こんな物まで使って。誰にも相談出来ずに」
その言葉と共に、慧音が両手を合わせた瞬間。今まで微塵も感じなかった悲しみや喪失感が一気に押し寄せてきて、堰を切ったように涙が流れた。嗚咽も我慢出来ず、霊夢を抱きしめたまま泣いた。
「それと、お前も辛かったな。人の最期、というよりも、下手をすれば自分自身が怪しまれただろうに。だが、この呪いは人間しか使うことは出来ないし、昨日今日でこんなに身体を乗っ取られる物でもない。つまり、お前は潔白だ。私が保証する。……よく、ここまで運んでくれた。礼を言う」
私にもかけられた優しい言葉に、また疑いが晴れたことで気が緩み、私はがくりと膝が折れて、その場に座り込んだ。霊夢を包むように覗き込む背中をさすってくれる慧音の手が、やたら暖かく感じた。
「だが、どうしたものか。きっと、霊夢はこの呪符のせいでこの里には入れないのだろう。生きていた時は霊夢自身の霊力で隠れていたのだろうが、今となっては、いわば呪いのかかった死体であって、この攻撃性のある妖気を絶つ結界を越えられないのだろう」
「さらしを全部取っても駄目ですか?」
「おそらく駄目だろう。症状から見るに、もう呪いは骨の髄にまで達している。焼いて灰になっても、それが里に入ることは出来ないだろう」
「そんな……」
「それだけ強い呪符ということだ。この呪いの本当の恐ろしさは、痛みとかではなくて、その痛みを失う代価が孤独であると言うことだ。呪われているが故、成仏も出来ず、知らぬ者からは疎まれ、捨てられるように朽ちていく。それが本当の恐ろしさだよ。呪いを被ってまでして成し遂げたのに、その守った者からは弾き出され、朽ちるは知らぬ土地。本当に救われない」
「でも、霊夢さんはそんなことはありませんよね? だって、こんなに慕われていた訳だし」
「本人が亡くなっている以上正解は闇の中だが、果たして霊夢は妖怪に慕われることを望んでいたのだろうか。人間に捨てられても妖怪がいるからいい、なんて思考をしていたのだろうか。人間から見れば妖怪は畏怖の対象。その中で死ぬことが、本当に幸せなのだろうか」
言葉が出ない。
「それに、呪いはけして消えることはない。そして、呪いの類いは、ともすれば人間以上に妖怪の方が影響を受けやすい。死ぬことはないかもしれないが、それでも一定の余波を貰うことは有り得るだろう。そんな危険を冒してでも、霊夢を弔う妖怪がどれだけいるか」
「……どうしてですか」
「……射命丸?」
「どうして。霊夢さんは何も悪いことしていないのに。それどころか、色々としてきたことを私は知っています。それなのに何故。そんな救いようのないことになるんですか」
「言いにくいことだが……。これは霊夢が勝手に行ったことであって、結果が如何に良くとも、なかなか理解され難いんだ」
「勝手にしたことであっても! 呪符を使ったのもきっと、最期の力を振り絞って、博麗の巫女としての仕事を全うする為じゃないですか。それを、呪われているの一言で切り捨てるなんて」
「そういうものなのだよ」
慧音の声ではなかった。低く掠れたような、力のある男の声だった。慧音も存在に気付いていなかったのか、勢いよく振り返っている。
「長……」
「これは、博麗の巫女が勝手にしたこと。この結界だって我々が望んだ物ではないし、それに今までその巫女は里に対して何もしてこなかった。妖怪と戯れるばかりで、人間のことなどこれっぽっちも考えてはいなかったのだ」
あまりの言い草に、思考が止まる。ただ、ふつふつと怒りが込み上げているのだけは感じ取れた。
「そもそも、巫女であるにも関わらず呪符なんぞに手を出して。それに妖怪との関係は時代が過ぎるにつれて、改善される一方だ。博麗神社に里の人間が詣ることはもう無いし、博麗神社と人間の里はもう、縁がないと言っても過言ではない」
「……黙れ」
「巫女としての役割も果たさず里との繋がりもなく、なんら使い道もない。おまけに呪い憑きときた。私達が弔う理由は、何一つとしてない。……お引き取り願えるかな?」
ぷつりと、何かが切れる音がした。慧音が耳元かで何かを言っているようだが、どうでも良い。ただ、抱えている霊夢を落とす訳にもいかず、騒がしい慧音に押しつけた。
一歩ずつ、里の長へと近付いていく。余裕めいた笑みがまた、神経を逆撫でする。殺す、殺す。そうするしかもう方法はない。最近は人間の里の動きが嫌に怪しいとは思っていたが、こんな男が仕切っていたなんて。幻想郷の為なんて、立派なことは言わない。ただ、この土地に住む以上、こんな思想……いや、腐った思想を実行し、里を守ってきた存在を蔑ろにして、そんな奴をのうのうと生かしておく義理はない。
妖気を練る。ちらりと結界のことが頭に浮かぶが、それすら押し切らんと妖力を溜めた。そして、それを放出しようとした時。
視界が真っ白になった。感覚的には一瞬であったが、まるで万華鏡の中の紙切れが全て光になって、何かの模様を描きながら辺りを埋め尽くすようである。そこまで考えた刹那、爆音が鼓膜をつんざく。
真っ白に埋め尽くされた中、後方へと吹き飛ばされたのだろう。短い間隔で二度、三度と固い物に頭や腕をぶつける。ようやっと止まったと思ったのは、背中を嫌と言う程ぶつけてからだった。その頃には視界も幾許か回復していて、朧気に映る物が放射状に伸びる黒茶色のものであったことから、どうやら門の先にある大木で止まったのだと予測が出来た。節々から煙が上がっている。服も大半は破れてしまったようだ。頭が、ぼんやりする。
「ははっ! この度の博麗の巫女は力だけはあったようだな。御札だけの簡単な結界で、ここまでの威力を持たせるとは。結構結構」
何とか上半身だけを腕の力で起こして、長を睨み付ける。門から出てきていれば捻り殺してやろうと思ったが、それを見越してか門のあった場所からは出てきていなかった。また、御札は物理的な攻撃を行うのか、門は跡形もなく木っ端になっていた。ぶすぶすと燻る木片が、やけに焦げ臭い。
「どうだね。親しくしていた巫女が張った結界で退治される気分は。外からも攻撃出来ないだろうし、中に入ればただの何も出来ない妖怪だ。ただ、案外身体が頑丈なんだな。門が吹き飛んでも焦げる程度とは。いやはや」
ほくそ笑む長を見て、私に迷いはなくなった。
腕に力を込め、立ち上がる。高下駄もどこかに吹き飛んだのか見当たらないが、気にせず裸足のまま里の方へと近付いた。足下が覚束ないが、歩ける。勝てる。
「まだやるのかね。そんな身体じゃ、もう一回攻撃しようとすればたちまち肉体が消滅してしまうぞ!」
その言葉もどこか嬉しそうだ。まるで絶対的な安地から物を言っているような。それも、私が消滅してしまえばいいと言わんばかりに。
そう。私はきっと消滅する。確かにあの威力だと、天狗といえども肉体を維持することは出来ない。まぁ魂と思念ぐらいは残るだろうし、冤罪で消されてしまうよりはよっぽど良い。
「文、止めろ! ここで命散らせば、誰が皆に伝えるというのだ!」
「良いんです。誰でも伝えられますよ。これだけ大きくなれば、噂ですら一人歩きします」
それでも私の前に立ち塞がる慧音を、加減こそするものの吹き飛ぶように弾く。少し積もった雪が辺りに舞い、慧音は門を支えていた柱に激突した。気絶はしていないようだが、止めろと叫んでいるようだった。
「どうした? 門の外だからそんなことが出来たが、それから一歩でも近付けば、死地に踏み入るぞ?」
「そうですね。それはそうでしょう」
躊躇無く進む。それに気圧されたのか長は後退りしたが、結界があるからだろう、表情には笑みがある。そして逃げることはしなかった。立場からも、逃げることに抵抗があるのだろう。きっと奴の中ではこれは勝ち戦。是非とも敗者の断末魔を聞きたいといった所だろうか。
その余裕を感じ取り、私は一切の妖気を出さないようにして、かつ足に出来るだけの力を込めて間合いを詰めた。妖気さえ出さなければ、身体能力は今まで通り。長は踵を返すことも出来ず、ただ私に胸ぐらを捕まれていた。それでも余裕が感じられ、にやにやとしている。汚い。
「そうした所で、どうするんだ。殺すことは出来ないだろう。殺気が出てしまうからな」
「えぇ。私も隠密は好きですが、妖気を出さずに人を殺めるほど修練してはおりませんので」
妖怪に勝てることが余程嬉しいのか、長はいかにも見下した目でこちらを見る。隙だらけである。
「ですが、殺気を帯びた妖気を出すことは容易いですし、そうすれば、あの光が私を襲う」
「そうだろう。あの門すらも吹き飛ばした光がお前をおそ」
その瞬間、長の表情が恐怖で凍った。そう、気付いたのだ。むしろ今まで気付かなかったのが奇跡に等しい。人は勝利を確信すると、ここまで盲目する生き物なのだ。ここまで馬鹿なのはこいつだけなのかもしれないが、それにしても後の祭りだ。この勝負は既に、両者吹き飛んで引き分けという結論が出ている。
「妖気を出せば私を襲いますね。あの光が。物質すら破壊する光が。妖怪だから一度は耐えられた。ならば人間なら? 人は木材程固くないし、致命傷を受ければいずれ死ぬし、何より」
長は真っ青になって、冬にも関わらず汗が垂れていた。そして首を左右に小刻みに振って、止めてくれと呟き続けている。
「自分が見下していた巫女に殺されるなんて、さぞ悔しいことでしょう!」
今度はこちらがにやりと笑う。長は未だ未練が残るのか、手や足をばたつかせて私を殴り、蹴る。だがたかが人間の力なんて、致命傷を受けている天狗すら倒せない非力なものである。本当に情けない。これが果たして、長という役職に就く者の最期だろうか。
「……許してくれ。金なら幾らでも払う。子供でも女でも、好きなだけ連れて行っていい。酒だって、食料だって、どれだけ持って行っても良い。だから、どうか」
「そうですか。何でもして良いんですね。ならば貴方が今すぐに、己の心臓を私に差し出せば許してあげましょう。いえ、切腹でもいいですよ。詰まる所、貴方が死ねば何でも良いです」
いよいよ長の顔は縮み上がった。殴ることも止め、ぶるぶると震える手で私の手を引き離そうとしている。そう、この手が離れれば逃げることが出来る。だが、どうしてもその手をはね除けることが出来ない。それは死を意味する訳であって、どうやらこいつは死ぬことが余程怖いらしい。
「貴方が死んでくれれば、私が死なずに済むんですが……。どうか、死んで貰えませんか? それで全てが丸く収まるんですから」
「た、戯け! 人間を敵に回せば、幻想郷は立ちいかなくなるぞ! 人間の里で人を襲うのは禁忌じゃないか! 俺を殺してもお前は生きてはいけない。そして俺もお前も生きたい。そうだろう。殺さずとも子供も酒も手に入るんだ。殺す理由がないだろう」
まるで論破したかのような、主導権を握ったかのような。幾許かの余裕が出来たのか、長の目には少しの輝きが戻った。
「自分が生きる為に、他の者を差し出すのですか?」
「私は長だ! この里の中で一番偉いんだ! だから」
「屑が。死んで償え。お前ごときの為に差し出される命が惜しくてならん。それに、お前を殺す理由はきちんとあるぞ」
足下から水音が響く。どうやら長が失禁したようだ。
「霊夢の仇討ちだ。それ以上でも以下でもない。人間は仇討ちが美徳だろう? 親の仇、殿の仇、そう言って人を殺めてきただろう。だが、殺められた人間には同時に、慕う者もいるものだ。殿を守る近衛しかり、子を守る母親しかり。それがどうだ。お前は誰に守られているのだ。周りを見てみろ」
長はがくがくと震えながら、それでも左右をきょろきょろと見渡した。
これだけの騒ぎになっているだけあって、門周辺には人だかりが出来ていた。だが、誰しもが見ているだけである。私はこの押し問答をけして短くはない時間続けているつもりだが、誰一人として、助けに来ようとはしなかったのだ。そして、人間とは違う妖怪、上白沢慧音にしても、霊夢を抱えたままこちらを見ているだけだった。とても冷めた、下らないものを見るような目であった。
「何故だ! 何故助けにこない! 私が死んだら困るだろう? なぁ?」
長は必死だった。悪足掻きとばかりに聴衆に向かって喚くが、それに応える人は誰一人としていない。そして、その喚きが続く中、一人の女性が声を上げた。
「……その巫女は、私を助けて下さいました」
民衆は一斉に女性に振り向く。それに気圧されたのか女性はたじろぐが、一度首を振ると、決心したように口を開く。
「私だけではありません。助けて貰ってからというもの、悪い噂の中に、巫女の働きについて知っている者もいました。御札も売りに歩いて廻っていました。紅い霧、明けない冬。これについて、その天狗さんが書いた記事には、巫女の名も載っていたはずです」
明確な意見ではないのか、女性はそこで押し黙ってしまった。
しかし、どこからか同調の掛け声が上がった。それを皮切りに、あちらこちらから、そうだ、そうだと聞こえ始め、それはすぐに大きなどよめきに変わる。
静観するだけだった人間が、明らかに長を責めていた。直接的な声こそ上がらないが、誰しもが霊夢が悪いとは言っていなかった。先程の里の人間を売るような発言も悪かったのだろう。少なくとも、長を擁護する発言は聞こえない。
「そんな……」
長は、正しく四面楚歌であることに気付いて、さめざめと泣いていた。嗚咽もなく、ただ涙を流していた。諦めがついたのかもしれないし、助けて貰えると信じていた者から裏切られた悲しみがあるのかもしれない。
……正直、私は悩んでいた。
確かに長は悪い。百歩譲っても、殺すに値する。
だが、この状況に陥ってから、長は裏切られた。どういう形であれ妖怪に襲われているにも関わらず、目の前で見殺しにされる気分はさぞ、辛いことだろう。
これは霊夢が味わっていた辛さであろう。同じ人間で、人間を守り、厄介ごとを一手に引き受けていた。それで人間から尊ばれてもないどころか邪険に扱われる。それでも人間の為に動いていた霊夢は、なんと健気なことか。
その霊夢とこの長を比べるのも間違っているが、ここで感情のまま長を殺せば、私は長と同じ程度の存在に堕ちてしまう。しかし、ここまで盛り上げた手前このまま許すこともしたくない。条件付きで逃がすか、それとも民を説いて殺すか。どちらにせよ、あまり良い答えではない。
「文。それくらいにしておいてやれよ」
驚いて声のした方を見やれば、慧音のいる門の残骸の反対側に、へし折れた柱に縋るようにして立つ少女がいた。魔理沙だ。
「魔理沙さん。それはこの男を許せ、と言うことですか? この男はあまりにも自己の欲に溺れている。生かしておいても良いことはないのでは?」
こうは言ってみたが、内心は嬉しかった。自分ではどうにも打開出来なかった状況が、魔理沙という存在によって破られたからだ。それも殺すことを推す訳でなく、許すことを提案した。それはどちらも生き、あまり波風も立たない最善解ではあるが、私自身からは求められない解だった。普段であれば、口の悪い魔理沙に少々辟易することもあったが、今回ばかりは救われた思いである。
「そうだな。実際、この男も反省はしているだろうし。ここまで暴かれては長の位も続けられないだろうしな。それに、こんな男の為にお前が死ぬ理由がない。そしてそれを霊夢は望んでいない。霊夢であれば、いちゃもん付けてこの男を長から引きずり下ろすことは簡単に出来たさ。それに他にも色んな機会があった。でもそれをしてこなかった。それでも里の為に尽くしたことには、何か理由があるからじゃないのか?」
私の目から涙が零れているようだった。嬉しいのか悲しいのかはいまいちわからないが、それでもこの男を殺さなくて良い、そして自分も死ななくて良いということを感じられて、きっと安心したのだろう。
これ以上長を拘束していても仕方ないと思い、手を離す。どさりと腰から崩れ落ちた長だったが、自由になったことがわかると、じりじりと下がっていった。
「帰ろう、文。霊夢が似合うのは、博麗神社なんだから。あそこでお別れをしよう」
「……はい」
「慧音も来るか? ここにお前が残っても妖力はまず使えないだろうし、妖怪が暴れられないならあまりいる理由はないと思うが」
「いや、私は里に残ろう。霊夢との別れを惜しみたい気持ちはあるが、如何せん里がこんな状態では、纏まるものも纏まらない。もしも行けるようであれば、後に行かせて貰うよ」
魔理沙は慧音から霊夢の遺体を受け取ると、紐で自身の腹部に括り付けた。そして立て掛けてあった箒を手に取ろうとした時に、おもむろに帽子に手をかける。中から取りだしたのは八卦炉であった。そしてそれを里に向けると、腰が抜けているのか未だ立ち上がれない長の足下にレーザーを放つ。それは地面を抉り、焦がした。
「おい。お前を生かしてはやったが、これはお前を許した訳でも今まで通りにすれば良いと約束した訳でもない。私は魔法を使うが、あまり妖力には頼らないからな。やろうと思えば、結界なんて無視してこの里全てを一瞬で炭にすることも出来るんだからな。勘違いするなよ」
その言葉が長に伝わったかはわからない。何せ、気付いた時には気絶していたのだから。泡を吹いて倒れていたが、誰も手を差し伸べようとはしていない。それに魔理沙の言葉はどちらかと言えば民衆に向かって述べられているようで、その言葉は確実に効いているようだった。誰しもその場から動こうとせず、しんと静まり返っている。
「慧音。里のこと、頼んだぞ。結界があるとはいえ何があるのかはわからないし、紫がどうにかしてくれるだろうが、それもどうなるかは怪しい。ただ、霊夢が紡いだ平和だ。あまり崩さないで欲しい」
その言葉に慧音はただ一礼しただけだった。魔理沙は悲しそうに微笑むと、箒に跨がる。
「ほら、文。行こう」
その言葉に頷いて、私達は博麗神社を目指した。
慧音は未だ、御辞儀をしたままの姿だった。
博麗神社に帰る間、二人に会話はなかった。気まずいということもあまり感じなかったが、怒濤のように過ぎた時間がどこかゆっくりになったようで、起こったことを逡巡していた。少しずつではあるが霊夢が死んだことが理解出来てきて、更には彼女が呪いを使用して、人間の里……いや、長に否定されたと思い返す。ややあって気付いた時には博麗神社の鳥居が見えていて、石段を眺めながら鳥居を潜った。
しかし、何かがおかしい。何かを見落としていたような、そんな違和感。不自然な物はなかったし、隣を飛んでいた魔理沙も何も言わず、縁側へと向かっている。何かが違うのか、変わってしまったのか。こういった感情は、勘違いということもままあるが、時に第六感として機能しているからこそ馬鹿には出来ない。だが、その違和感の大本はわからなかった。
どうやら、博麗神社はどの輩が集まっても縁側から入るような躾がしてあるらしく、私自身もそうであったが、魔理沙も迷うことなくそうしていた。それに倣い、私も靴を不躾ながら足で脱ぎ、縁側へと上がる。
その奥にある部屋には、霊夢が先程まで枕にしていた座布団が、二つに折られたままの状態で置かれていた。それ以外に何も変わった所はなく、それなのに得も言えぬ焦燥感が私を襲う。
確かに、居間には座布団が置かれている。私が置いた。間違いない。そして、霊夢はそこに寝ていた。血を吐きながら。
その血痕が全く見当たらないのだ。私の服にもべったり付いたように、霊夢はかなりの量の血を吐いていた。慧音曰く、内臓が腐っているなどと言っていたからには、それに伴う吐血だろう。だが、座布団には一切の血痕はなく、畳も綺麗な状態のままだった。
慌てて、霊夢を抱いたままである魔理沙を見る。その際に自分の胸元が見えたが、私の服も綺麗な白であり、血が付いていたとはとても信じられない。
……消え始めていた。霊夢という者を作り上げていた物質が。
それは血だけではなく、魔理沙が抱えていた遺体にしてもその通りだった。綺麗な艶のある黒髪はぶつぶつと千切れ、ともすれば黴のように散るその黒色はややすれば見えなくなっていく。皮膚も、顔も、僅かに纏っていた衣服だけを残して、霊夢は消えていく。いや、その消え行く様を見ていれば、消えるという表現は相応しくない。……まるで分解されているようであった。
昔によく見た、路傍に捨てられた遊女が腐りゆく様を一時に見せられるようで、とても気持ちが悪い。異臭などは全くないが、どろどろと溶けるように崩れ落ちる身体はもうこの世の理に反し、骨すらも凹み穴が空き、畳に積もって消えていけば、その惨状に身体どころか声すら上げられない自分がいた。そしてあっという間に、霊夢は衣服だけを残して無くなってしまった。
「魔理沙さん……」
「……あぁ。もう、顔すら拝むことも出来ないんだな。棺桶に入れてやることも、罵りながら殴ることも出来ないんだな」
その言葉は、私以上に魔理沙自身が受け取ってしまったのだろう。もう二度と会えない、別れすらまともに出来ない。そんな感情が溢れたのだろう。
泣き崩れた魔理沙は、嗚咽を抑えることなく泣いた。遺された巫女装束を握り締め、畳を拳で叩きながら、なんで、なんでと繰り返し呟いていた。きっと、里で事実を知った辺りからずっと我慢をしていたのだろう。また私が長とやり合っているのを見て、自分が仲裁したことで、弱い姿は見せられなかった。
ただ魔理沙も、こうして霊夢が溶けて無くなることは想定していなかったのだろう。それこそ馬鹿野郎とでも叫びながら殴ることでも出来れば、気も晴れたのかもしれない。だがそれも出来なかった。何も出来なかった。呪符の効果であろう、身体が朽ちゆく様をただ見つめることしか出来なかった。更には魔理沙は人間だ。その光景は、それもそれが親友であったならば殊更、心に焼き付いたことだろう。泣かなければ、きっと自我が崩壊してしまうだろうから。
そっと近付いて、魔理沙の背中を撫でた。四つん這いのように泣き崩れる魔理沙はびくりと身体を震わせたが、ぐしゃぐしゃの顔を上げて一層の涙を溢れさせると、私に縋り付くように倒れ込んでくる。それを受け止めて、抱きしめる。霊夢も軽さもあったが、その華奢な体付きが、まだ年端もいかぬことを表していた。
……私達は一体、こんな少女達にどこまでの圧力をかけていたのだろう。人間だから。博麗の巫女だから。その友達だから。妖怪退治を出来る力を持っているから。決められた、運命だから。
勿論それは主に人間が取り決めたことであって、妖怪はほぼ関係がない。しかし、その人間の取り決めを知った後でも、そういうものだと割り切って扱っていたのは、他でもない私達妖怪ではなかろうか。人妖の噂も七十五年とも聞いたことがあるが、それが正しいならば七十五年すれば何かしら、取り決めも緩くなる。人間は世代を連ねて生きる者。口伝であっても書物に書き記しても、それは劣化する。変化することは免れない。
しかし妖怪は違う。種によっては永遠を生き、思考も殆ど変わらない。それが存在意義であり、それは変えられない理である。しかし、そんな妖怪も知識は増える訳で、人間が取り決めた約束事、いつかは消える儚き物を確固たる運命に変えたのは、他でもない妖怪であったのだ。
妖怪が支配し、それでいて人間の権利が認められ、巫女が妖怪を退治する世界、幻想郷。それは理想郷であって、ともすれば生まれて未だ還暦を迎えた程度の脆弱なものである。安定なんてしていないし、不具合も起こっているのだろう。それを知ってか知らずか妖怪は跋扈し、人間は傲り高ぶり、仲が良くなったことを理由にお互いの利を推し量る。
幻想郷とは、どんな世界なのだろう。理想郷なのか、はたまた
絵に描いた餅なのか。まだそれを判断するには時間が足らない。だが、確実に問題は起こっている。それを見逃したり抑え込んできたのだとするならば、いつとはわからないが、崩壊する日も来ない訳ではない。そしてそれは、誰しもが願っていないことであると、私は信じている。
妖怪だって、人間だって、自ずと死にたがるものではない。勿論生死についての見解は両者それぞれだが、どちらにせよ死にたくないからこそ、こんな妖怪が跋扈しありふれる中でも人間が生きていけるのだ。妖怪は必要以上に退治されないのだ。妖怪同士で殺し合わないのだ。死にたがらない、すなわち生きるとは、お互いの暗黙の了解ですらなくて、思考を持つ者なら持たなくてはいけない思考である。生きたくなければ、生きていけないのだから。
だが、時にそんな当たり前の思考を、自分から覆さなければいけないと思ってしまう場面がある。死ななければならない。死んで詫びる、罪を償う、……逃げてしまう。霊魂が存在する幻想郷では、人間が死んだとしても絶対に逃げ切れる訳ではないのだが、確実に人間からは逃げられる訳で。妖怪も、死ねば何になるのかはわからないものの、そのものの思考は潰える訳で。何者も、そうなってしまってから助け出すことは出来ない。死ねば、戻らないのだから。同じ者とは会うことはない。永遠の、別れ。
私は人間の方がこういった別れは慣れているのだろうと思っていた。妖怪と人間、今まで関わりが無かった訳では無い。人間の死を妖怪は見ることがあったし、自分で殺して糧にすることもあった。また妖怪の長命さ故、人間は妖怪が消滅する所こそ見られないだろうが、退治すると言う形で、消滅を感じることは出来ただろう。加えて、寿命が短い人間の方が、死というものに対して対抗出来るというか、一種の慣れが生じるのではないかと思っていたのだ。
しかし、そんなことはなかった。現に魔理沙はそれを証明してくれた。例え親友であっても、多少なりの慣れがあれば、悲しみをかみ殺すことも出来ただろう。こうして、言ってしまえば新聞のネタにされかねない私に対して、泣くという弱みを見せることはなかっただろう。しかしそれは出来ない。だからこそ、未だ泣き続けているのだ。そうしないと、耐えられないのだ。
人間と妖怪。それは表裏一体のような、切っても切れない関係。そして幻想郷においては、歩み寄れない対極の存在ではない。この地においては、妖怪は人間ではなく幻想に帰依しているのだから。人間が妖怪を望むならば、また妖怪が人間を愛おしく思うなら。それは不可能ではない。そして霊夢が博麗の巫女になってから、そんな関係性は深くなっていった。それを毛嫌いする存在はいなかったと思うし、上手く共存出来るなら、という思考を持つ者も多かったはず。
それが何故、霊夢が嫌われる結果になったのか。両者の橋渡しをした彼女が嫌われる理由はない。守矢神社が出来たにしても、この地の博麗家を無に帰すことは出来ない。里の人間にも霊夢の働きを知る者もいた訳だし、何より里に住む慧音は知らないはずがないのだ。いや、彼女は努力をしていた。長は屑だったが、あんな態度では、信ずる人も少なかっただろう。
…………気付きたくはなかった。気付いたら、霊夢の存在を否定してしまいそうで。霊夢を信じていたいからこそ、見て見ぬふりをしていた。
しかし、それも通用しそうにない。……彼女自身が、嫌われたがっていただなんて。
故人の思想なんて、推し量ることしか出来ない。だが、霊夢はきっと、嫌われたかったのだ。
人は来ない。お金はない。生活が出来ない。ひもじい。寂しい。
することはある。それは簡単ではない。それでも解決する。でも理解されない。
妖怪が来る。話す。人間が離れていく。どうしようも出来ない。
妖怪を遠ざける。怖がられる。一人になる。人間は近寄らない。
一人。一人。ずっと一人。助けて貰えない。助けないといけない。
手を差し伸べる。その見返りはない。
見捨てる。見捨てられる。
要求はされるのに、要求は出来ない。
常識に勝てずに、自分を捨てる。
なまじ、この力無ければ。普通の巫女ならば。
殺されれば。死んでしまえば。終わるとわかれど良心と理性が邪魔をして。
尽くして、尽くして、尽くして、尽くして。
慈善を偽善とされ。偽善を当然とされ。
自分で作り上げてしまったその期待に、潰される。
こうしたら、もしかしたら。
そうしたら、もしかすれば。
期待は裏切られ。裏切られる期待に縋り。
諦めて達観した先の素っ気なさ。何者にも屈さない、唯一無二の力。
そんな力すら、誰の為かと言えば。
暖かみをくれなかった、弱き存在の為。
自分を切り捨てた、憎き存在の為。
……いつかまた、温もりをくれると、信じて。
「魔理沙さん」
いつの間にやら泣き止んでいたらしく、辺りは静寂に包まれていた。その中での私の声はどうにも大きかったらしく、魔理沙は私の腕の中でびくりと震える。
「……どうした?」
「見せたいものがあります」
そういうと、私は放り投げていたカメラを手繰り寄せる。そしてその中から、一枚の写真を選んで表示させた。そして、それを魔理沙が覗き込む。
「……あいつ、笑ってやがる。こんな優しい顔、見たことないぜ」
「えぇ。私も霊夢さんのこんな顔、見たことないです。今日は取材ということでしたから、この写真を撮らせて貰いました」
「それで? 何を考えてるんだ? 幻想郷にばらまくか?」
「いえ。確かに霊夢さんのこんな表情を皆さんに見て欲しいとは思います。そして、今日起きたことを記事にすれば、間違いなく他を出し抜いて妖怪の山でも有名になるかもしれません」
一つ、息をする。
「ですが、記事はもう少し落ち着いてから書こうと思います。号外を作った所で、出し抜いた所で、何も変わりません。こんな出来事、滅多と無いですから、噂として号外よりも早く広まることでしょう。もしかしたら、他の天狗がもう記事を殴り書きしていることでしょう。ですが、霊夢さんの最期について、正確に書けるのは私だけです。見出し、写真。それ以上に、彼女が最期まで生きていたと言うことを。遺してくれたものを。忘れられることのないよう、しっかりと纏めてから発表しようと思います。広めることは簡単です。ですが、正確であることは難しいですから」
「…………そうだな」
もう一度写真を見せてくれと言われ、魔理沙にカメラを手渡す。愛おしげに眺めた後、ぽつりと呟いた。
「……安らかに。よく休め」
真っ黒に染まった服を皆が纏い、喪に服さんとする列が博麗神社に出来ていた。妖怪、亡霊、妖獣、鬼、天人。更には三途の川の船頭と閻魔までもがその場には集まっていた。人間はいない。否、魔理沙が一人だけである。
博麗神社には、祀られる神はいない。だが、神のいる守矢神社での葬儀を誰も提案もせず、それでも神事ということで、守矢が仕切っての葬儀が続いている。
おかしな光景だ。いわばたった一人の人間の死に、喪服を着た妖怪が参列しているのだ。退治された側。相容れることのない側。そしてそんな関係の者のみが、霊夢の死を悲しんでいる。
壇上の写真は、あの微笑みを浮かべた写真を選んだ。霊夢は写真を撮ることをあまり好まなかったらしく、保存状態などからすれば、私が最期の日に取った写真しか無かったのである。
あの日の全てを知る私は、この写真が遺影の為であることを知っている。彼女は自分があの日に死ぬことを知っていて、かつ写真がないことをわかった上で、私に遺影を撮らせた。いつ終わるかわからない命故、一番始めにそれを準備させた。その表情に、集まる皆が涙する。優しい微笑みに、もう会えないことを感じている。
ふと何かの気配を感じて、振り返る。
鳥居の下には慧音と妹紅が立っていた。それぞれが鳥居の柱の元に立ち、その間からぞろぞろと、里の人間が入ってきた。境内はある程度妖怪で満ちていたが、人間に気付いたのか少し詰めるようにして場所を空ける。狭くはない境内ではあるが、瞬く間に一杯になった。どうやら、里の者全てを連れてきたようだった。
最後に一人遅れるようにして、男が鳥居を潜った。おろおろしているような、悩んでいるような。なんとも悩んでいる様な歩き方。その男の尻を慧音は叩いた。思いっきりでは無かったようだが、男は声も上げず、振り返ることもなく、今度は真っ直ぐに歩いてくる。
……里の長であった。私の視線に気付いたのか、少し神妙な表情を浮かべて下を向く。しかしそれも一瞬で、私の視線を気にせずに本殿に向き直ると、深く深く御辞儀をした。それもすぐには頭を上げない。延々と、下げ続けている。
果たして、長が自らの意思で頭を下げているのかはわからない。額に大きな紫色の痣があったことから、慧音に諭されての御辞儀かもしれない。どちらにせよ、この男が頭を下げられる男だということを知り、少しだけ見直すことにした。
本殿を見る。大きく引き延ばされた霊夢の微笑みは、ここからでも見ることが出来る。集まった全ての存在に向けての微笑み。どこまでも彼女には敵わないと、思った。
葬儀も終わりにさしかかり、早苗が何かを話し始めようとした時だった。ふわりと、本殿の奥から誰かが現れた。金色の長髪、服装は皆と同じで黒を基調としていたが、髪飾りに小さな黒いリボンを何個か付けている。……八雲紫だ。
冬眠している彼女が何故ここに、という疑問を余所に、紫は袖から何か紙を取り出した。そして、口を開く。
「各々、思いは様々ながら集まり、一人を憂うことはなんと美しきことでしょう。そして妖怪、人間が集まったこの場所で、一つ読ませて頂きたい。……霊夢の遺書を」
境内は僅かにざわついたが、それも紫が手紙を広げればすぐに静まった。
まず、これが読まれることはないことを願う。だが、読まれているならば、私という存在は残っていないのだろう。私を知る人がこれを読むことを願う。そして、知る人が読むことを前提してこれを書いている。
謝りたい。
私は弱い存在だった。力でねじ伏せることしか出来なかった。それ以外に、どうやって私を全うすれば良いのかがわからなかった。面倒を理由に何もしなかった。見限られるのも無理はない。
羨望があった。
私は羨ましかった。努力し、褒め、競い、切磋琢磨する姿が。永遠を生き、何事にも揺るがぬ自己を持っていることが。そのどちらにも私は居ない。
天邪鬼であった。
思い、想い、それを実現すれば良かったものを、その欲望を隠す為に暢気を装った。そうする内に、暢気にすることしか出来なくなった。暢気とは、何もしないというだけの、馬鹿者だ。
私は恨まれているだろう。人間も、妖怪も。救えなかった存在、退治された存在。不利益を被った場合もあるだろうし、神のいない神社に利益はない。利益がなければ、意味が無い。
ごめんなさい。私は何も出来なかった。
ごめんなさい。自分が生きる為に必死だった。
ごめんなさい。私への期待に、応えることが出来なかった。
でも、そんな私でも何かを望んで良いのなら。願うことが出来るのならば。
皆が笑い合える世界を。食べられるとか、退治されるとか、そんな相容れない関係であっても。何かしら手を取り合えるような、そんなお互いを考えられる世界になって欲しい。
妥協であっても構わない。この日だけとか、この時だけとか、そんな取り決めでも構わない。相手を考え、自分を生かし。自分が生きる為には相手を重んじることだと。否定するだけでは、何も生み出さないのだから。
貴方は貴方。私は私。それなら潰す必要はない。
貴方が貴方であることは、私が私で居られる証拠。
私が私で居れば、どんな貴方であっても、認めることが出来る。
認めれば。我慢出来なくても。共存することは出来るから。
とりあえず、自分を、相手を、野卑することは止めて欲しい。
最後に。一言だけ。
何人がこれを読んでいるかはわからないけれど。
ごめんなさい。そして、ありがとう。
博麗 霊夢
拙作を読了頂き、誠に有り難う御座いました。読者の皆様に、最大級の感謝を。
作品として、尻すぼみのような感覚があったかと思いますが、これ以上物語を続けると、却って読後感といいますか、想像を壊してしまう気がして、あえてこのような終わり方とさせて頂きました。
さて。
私にしては珍しく、遺書の中身が明らかになっています。冬に八雲紫が出てきて、更にはどこからか遺書を引っ張り出している。この辺りは非常に胡散臭い感じがしますが、しかたありません。紫なので。
しかし、その遺書の中身。基本的に謝罪の意しか書かれていません。また、幻想郷に住む者の幸せが祈られています。
果たして、霊夢はこの葬式の場で、人妖が集まる中、その謝罪を晒されることを望んでいたのか。そもそも呪いを持ち出してまで、寿命を延ばした末の無縁塚と里の結界は何だったのか。必要であったのか、無意味だったのか。それはきっと、幻想郷というものを見れば、いずれわかることなのかもしれません。わからないとしても、それは頭が悪いと言うことではなくて、まだ理解出来る段階ではないという方が正しいでしょう。
このお話は、幻想郷というものから外の世界、すなわち、これを読んでいるであろう貴方へ宛てた風刺のようなものだと思います。
勿論、科学で満たされたこのご時世に妖怪のお話を持ち出すのは、あまり信憑性にしても伝播性にしても、弱いものにはなるでしょう。しかし、それは幻想郷の中のお話であり、貴方に当て嵌めれば、また何か違うものが見えてくるでしょう。
そしてその答えに、私は霊夢が正しいとは断言しません。霊夢が行ったことは確かに美徳かもしれないし、それに気付けなかったこと、殺してしまったこと、黙っていたこと、後悔したこと。それらは当然の感情として、浮かんでくることでしょう。
しかし、果たしてそれが正しいのか。私の先程の、霊夢が正しいとは言わない、という言葉を素直に受け取るならば、それらの感情は間違いということになります。ならば何が正しいか。
この度の霊夢の対になる存在には、里の長があります。霊夢を拒絶する。その対応について、何かしらこの男にも考えがあったはずです。土地に根付いている博麗の信仰を潰してまで己が立てたかった理想とはなんなのか。これを考えることが、この作品の裏テーマともなっています。
外の世界に当て嵌めると、民衆を里の人間、長を政治家とでも表すことも出来ましょう。ならば、妖怪はなんなのか。
島国で、今でも差別的な見解もある日本において、それは外国人の方になるのかもしれません。日本という国を、どうにかしてやろうという、そういう思想を持った国外の方。それに対し、長は日本を守る為に、国外の方を悪く言って否定していたのかもしれません。
しかし、果たして外国の方は妖怪でしょうか。それも違うと断言します。
十人十色。思考こそ違いますが、方向性としては纏まっている人もいることと思います。それが人間です。対立もありますが、妥協も出来るでしょう。条件があっても、お互いにそれを交換することも出来ると思います。
ですが妖怪は、自分が存在する為には、根幹にある意見を曲げられないという条件を持っていると思うんです。それが如何に不徳でも、遺恨を買っても存在する為に貫き通さねばならない、一本槍があるはずなんです。殺されても、消滅させられても、最後までこれを貫き通したという想いこそが妖怪であると思っています。
つまり、相容れることがないもの。それが人間と妖怪。
思うに、これは人間と神の関係性と酷似すると考えます。妖怪とは、見方を変えれば神なのです。土着神話などを見れば、そういった例もあることでしょう。
本編に置き換えると、神と人間の対立。神の作った統治に、人間の統制を組み込んだとも取れるでしょう。それは、結果として何を招くのか。
文の言葉に、人妖の噂も七十五年という言葉がありました。これは原作にもあった言葉だと思いますが、それは人間であっても妖怪であっても、不変ではなく可変であるという言葉だと思います。それが小さい歯車か大きい歯車かという違いだけであって、何れ一周し、何れ歯がなくなって交換しなければならなくなる時期があります。歯があっても、動力を伝えられなくなる歯もあるでしょう。
その不要となった、動かなくなった歯車。それは、もう死んでいるのでしょうか。意味の無いものなのでしょうか。
博物館に飾られる歯車もありましょう。
道端に転がる歯車もありましょう。
禁忌とされる歯車もありましょう。
つまり、歯車は――――
ヒントを出し過ぎましたね。私らしくない。
あとは自分なりに、考えてみて下さい。その答えを教えて頂ければ、作者は泣いて喜びます。
さて、長くなりました。
本編より長くなったら怒られそうなので、この辺りで失礼したいと思います。
それでは皆様、また会う時が御座いましたら、よしなに。
平成二十八年 八月 二十四日
ピースブリッジ