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 姉よ。

 お前にバレンタインディなどというイベントが関係あるとは微塵も思っていなかった。


 本日、二月十一日、時刻1710(ヒトナナヒトマル)、私の姉はエプロンを装備してキッチンに立っていた。

 私はそのあまりにも異様な光景に驚きを隠せず、部活用のスポーツバッグと通学鞄をどさりとフローリングの床に落としてしまう。


「……ん? なんだ、直美かよ。 帰ってたのか。 今日早いじゃん。」

「顧問の先生が用事があるとかで、部活が早上がりだったのよ。 それよりも姉さん、貴女は一体何をしているの?」

「見てわかんねーの?」

「見たまんまの事をしているの?」

「どゆこと?」

「その……チョコを作っている様に見えるのだけれど。」

「ああ……まあな。 ちょっと富永達に友チョコせがまれてさ。」


 姉よ。

 異性にあげるチョコは友チョコとは言わないと思う。


「よくお小遣い残ってたわね……。 いつもなら財布に小銭しか入ってない時期じゃないの?」


 姉の小遣いは月五千円。 月の最初の日にその小遣いを貰うと、雑誌を買ったり小物を買ったり買い食いをしたりと、大体一週間で小銭しか残らない程に無駄遣いをする。


「おま……良くあたしの事見てんのな。」

「姉さんがいつもお金を貸してと月の半ば頃になると私にせがむからでしょ。」

「そりゃ仕方ねぇ。」


 江戸っ子風な口調で言った後、へへん、と、人差し指で鼻の下を擦る姉さん。

 ……なんだこの姉。 めっちゃ殴りたい。


「まあ、今回は富永達から資金貰ってっからな。」

「はぁ!? ……友達から、お金を貰ったの?」

「うん。」

「姉さんからチョコを貰う為に?」

「……うん。 って、何かおかしいか?」


 姉よ。

 お前は何から何まで全て間違っていると思う。

 だが、ここで指摘すると何故か負けた気がする私はツッコんであげない。


「にしても……手が込んでるわね。 マシュマロの上にチョコで絵を描いたの?」


 板状のマシュマロの上に綺麗に○まかぜのデフォルメキャラクターをチョコで描いていた。

 ちなみに姉だが、何故か下書きも無しに一発で描くという事が得意だ。

 逆に下書きをすると下手になるという不思議もあるが。


「……え?」

「え、って……何? チョコじゃないのそれ?」


 姉が手に持っているチューブ状の物体を指差す私。


「いや、これはチョコだけどさ。 マシュマロってこんなんだろ?」


 親指と人差し指で3cmくらいの隙間を作り、彼女の知るマシュマロという物の大きさを表現する姉。


 ……姉よ。

 ならばその板状の白くてふわふわの物体は一体何だと言うのだ。


「あ、これ? これな。 聞いたら絶対びっくりするぞ。」

「……な、何なの?」

「これな。 はんぺん。」

「……はぁ!? はんぺん!? おでんとかに入ってるあのはんぺん!?」


 それは確かに驚きだわ。

 でも、料理的センスがまるで無い姉の事を思い出して納得してしまう私。


「はんぺんのしょっぱさとチョコの甘さが合わさって旨いんだろうな。 あたしって天才?」


 ええ、姉さん。 貴女はある意味天才よ。

 ミネストローネに一工夫と言って○のこの山を入れるくらいに、一般人には考える事が出来ない領域に居ますからね。


「……味見した?」

「えっ。 勿体ないじゃん。 折角上手く出来たのにさ。」


 富永さんたち、幾ら姉に払ったのかしら。

 お金を払ってこんなゲテモノを食わされる相手に憐憫の思いを抱く私。


「じゃ、匂い嗅いでみて。」

「匂い……? ……こうか?」


 くんくん、と、皿に乗ったはんぺんチョコの匂いを嗅ぐ姉さん。


「くっさ! 生ぐっさ!! これ無理!」


 慌ててはんぺんを鼻から離す姉さん。


「だから味見したのかって聞いたのよ……。」

「……よし。 これは蘭同(らんどう)のにすっか。」

「それでもまだあげる気なの!?」

「大丈夫だ。 食ったらきっと旨い……と、信じて渡せば良いんだよ。」


 何だその宗教的な言い回しは。 お前は教祖的な何かなのか。

 

「ああ。 でもさ、こっちはきっと絶対旨いぜ。」

「……ん?」


 冷蔵庫から、はんぺんチョコ、略してはんチョコの前に作っていた物体を取り出す姉さん。

 ……ん? これは……。


「巨大なポッ○ー? 自分で作ったのこれ?」

「ああ。 中に○ッキー詰めて、チョコでコーティングしたんだ。 旨そうだろ?」


 ほう……確かにこれはマシに見えるな。 

 ――っていうか、ちょっと待て。

 何の『中』にポッ○ーを詰めたのだ?


「姉さん。 ちなみに何に○ッキーを詰めたの?」

「ちくわだよ。」

「なんで尽く魚の練り物なのよ! もっと優しい味にしなさいよ!」

「あたしに普通を求められてもな……。」


 苦笑いを浮かべる姉さん。 その点だけは的を射ていて怖いわ。


「富永にはこれやろうっと。 さて、最後は島田のか。 何にしようかな。」


 はんチョコ、ちくポキから続く更なる至高ならぬ地獄のグルメ商品を産み出そうと、喜々として冷蔵庫の中を漁る姉さん。 冷蔵庫の残り物を漁っている時点でもう最悪の事態しか想像出来ない私。

 せめて校内で食べないで家に持って帰ってから食べるのよ……皆さん。

 校内でリバースしたら変なあだ名が付くと思うわ。


「チョコバナナがあるくらいだからな。 チョコきゅうり行っとくか。」


 割り箸をぶすりときゅうりに刺して得意顔の姉さん。

 そして鼻歌交じりに溶かしておいたチョコをスプーンで掛けてきゅうりをコーティング。

 何故だろう。 このチョコきゅうが今までの三つの地獄のグルメの中では一番美味しそうに感じてしまう自分が怖い。


「……そう言えば岩田君にはあげないの?」

「あいつからは資金貰って無いけど?」


 まるで当然の様に言う姉。 まあ、こんな物を貰っても嬉しくは無いだろうが、姉はクラスメイトが居る中で堂々と三人に渡すつもりなのだろう。

 ……まあ、味はどうであれ、男として、女からチョコを貰ったという事実に変わりは無い訳か……。

 血の涙を流してその光景を見ていそうだわね……岩田君……。


 そう言えば、岩田君のコスプレ衣装を年末に売った後、彼からアマ○ンのギフト券を沢山貰った事があったわね……。

 ペドオタの彼に特に興味は無いけれど、姉さんがあげないのならせめて私から何かあげようかしら。


 ◇


 さて、それで私が向かった先は1.5km先にあるコンビニ。

 冬なので自転車は使えないので歩きになり、早歩きでも約10分程掛かったが、凍えた身体に適度に温められた店内がとても心地良く、ほんわかとした空気に一瞬酔いしれる私。

 その店内のレジの前に、特設コーナーが設けられており、そこに何種類かのチョコが並んでいて、私はそのチョコを見比べる。

 かく言う私は男性にチョコレートなど渡した事など無いので、何を渡せば良いものか悩んで居たのだが、コンビニはその選択の幅を狭めてくれているらしく、相場は600円から1000円程で、まあ、ぶっちゃけどれを選んでも美味しいよという雰囲気が漂っていた。

 以前彼から貰ったギフト券は20000円分。

 ……無難に一番高い1000円のにしておこうかしら。


 ◇


「で、姉さん。 これ、岩田君に渡してくれる? 一応私からって事で。」

「へぇ。 お前から? どんな風のふきふきだよ。」


 どんな風の吹き回しとでも言いたいのだろうか。 相変わらず頭のネジが数本飛んでるわね。


「彼だけ何も貰わないなんて可哀想でしょ。」

「ふーん。 そっか。 わーった。 明日渡しておくよ。」

「ちゃんと義理だって言っておいてね。 勘違いされると困るから。」


 私の顔も知らない筈だが、変態が暴走すると怖いから念を押して言っておいた。


「おっけーおっけー。」


 そう言いながら紙袋に入ったチョコを受け取る姉さん。


「……なんかこれ高そうだな。」

「えっ……まあ、一応ね。」

「っていうか、本当に岩田と何かあんの?」

「な、無いわよ。」


 AMAZ○Nのギフト券の話は誰にも話して居ない。 無論姉さんにもである。


「何にも無いのに、あのロリオタにチョコあげんの?」

「ロリオタって……。」


 ストレート過ぎるわ姉さん。


「直美が前に自分で言ってたんじゃん。」


 ……そうだったかしら。 ……まあ、そう思っているのは事実なので、どこかで口を滑らせたのかもしれないわね。


「何か怪しいな……。 本当に何も隠してないのか?」


 姉よ。 何故そんな時にだけ鋭くなるのだ。


「彼だけ貰えないのは可哀想だから。 哀れみみたいなものよ。」

「……ふーん。 ま、良いけどさ。」


 ◇


 そして翌日、金曜日。

 事態は思いがけない方向に動き出した。


「あの……先輩、先輩の事を待っているっていう高校生が校門の前で立っているらしいんですが……。」


 体育館の準備室で部活の用意をしていた私に、多少怯えた様子で私に声を掛けて来た後輩。


「え? ……姉さんかしら。」


 スニーカーの紐を結び直しながらそんな事を言う私。


「い、いえ。 男の人……みたいですけど……。 あ、あの。 彼氏とか……居たりするんですか?」

「……はぁ? 私に? 彼氏?」


 そんなフラグを異性と立てた覚えは無いのだけれど。


「今日、バレンタインですし……それかなって。」


 赤い顔をして口元に手を当てるポニーテールが似合う後輩。 良い乙女してるわねぇ……。


「あ、あの、伝えましたんで、私は先に練習行ってますね!」


 そして駆けていく後輩。

 ……ああ。 青春って良いわね……。

 って、何で私はこんなにババ臭い考えを抱いているのだろうか。

 私も乙女なのだし正に今異性とのファーストコンタクトを控えて居るのだが、心当たりが無さ過ぎて脳が逃避しているのだろうか。

 ……何にせよ、中学校の校門の前に来るとは良い度胸だ。

 その顔を拝ませてもらおうじゃないの。


 ◇


 結論から言おう。

 その男の外見は悪くは無かった。 いや、むしろイケメンと言えるかもしれない。


「贈り物は受け取ったぞ、リビングデッド直美。」


 だが、その口調ですぐにその男の中身が誰なのか分かった。

 っていうか、私をハンドルネームで呼ばないで欲しい。


「イワイワ……じゃなかった、岩田さん。 なんでここに……。 って、贈り物?」

「これだが……。 違うのか?」


 私のチョコが入った紙袋を見せて来るロリオタ岩田君。


「確かに姉さんに渡してと伝えたけれど……。」

「お、俺の事が……気になるそうではないか。」


 あんのクソ姉!! ――何て事を!! 何て事を言ったのだ!?


「いや、私なんかよりも姉さんの事が好きなのでは無くて?」

「外見がいかに可愛かろうが、自分に興味があるリアル中学生の方が良いに決まっているだろうがっ!!」


 ……うわ。 なんて自分に正直な人なのだろうか。

 でもリアル中学生って言い方は生々しいと思うわよ。


「そ、それに異性に好意を持たれるのは初めてなのでな。 ……悪い気などする訳が無い。」


 相変わらずシ○ジ君のお父さんみたいな喋り方をする人ねぇ……。

 しかも眼鏡の形とタートルネックのシャツの色が○ンジ君のお父さんと一緒とか、何だか胸が痛いわ。

 っていうか、これってどう収拾を付けたら良いのかしら。


「ふむ……。 これからお茶でもどうかね。」


 しかもロリオタの癖に妙に押しが強い。 何かのキャラになりきってるから強気なのかしら。


「部活の途中なので、流石に今からはちょっと……。」

「では、ここで待たせて貰おう。 何、寒いのは得意でな。 問題無い。」


 眼鏡をくいと上げながら言う岩田。 それの台詞と仕草だけならカッコいいと言えるのかもしれないが、中身を知っている私としては悪寒がどうにも止まらない。

 2月の前半。 まあ、時期としては一番寒い時期かもしれないその時期に、ロングコートに白いマフラーと白い手袋。 長身でイケメンぎみの彼が校門の角に背をもたげながらという好シチュ。

 中身が岩田君で無ければと考えてしまう失礼な私だった。


 ◇


「セーラー服にコートっ!! 良いな!! 凄く良い!!」


 お巡りさん。 これ通報した方が良い感じじゃないですか?

 頭に雪を積もらせながら、女子中学生の制服に着替えた私にその雪も溶けそうな熱い視線を燃やしてる高校生が居るんですけど。


「あまり騒がないで下さい。 目立ちますので。」

「……姉の彼女に比べて、君はクールなのだな。 海未ちゃんタイプか。」

「いきなりラブラ○ブのキャラで性格分析しないで下さい。」

「何だ。 そっちにも興味があるのか。 益々興味深い。」


 しまった! ついツッコんでしまった! リビングのテレビで姉さんが延々と見るものだから、つい私も夢中になって見てしまったのだ。


「べ、別に好きで見ていた訳ではありません。 見せられて居ただけです。」


 最後はちょっと面白くなって来てミュー○の皆を応援したくなったのだが、それを今言ってはいけない。

 それにしても、部活帰りまで本当に待つとか、見上げた根性である。


「さて。 では、マッ○にでも行こうでは無いか。 丁度お腹が空いている時間帯だろう?」

「い、いや……流石にそれは……。」

「何、心配するな。 君の自宅には連絡してあるからな。」


 なっ!? じ、自宅に連絡しただと!?

 ……中二の女子の自宅に連絡するとは……何という行動力だ……。

 顎を人差し指と親指ですりすりと誇らし気に擦っている様から、彼の言っている事の信憑性が伺える。

 ……というか、母よ。

 姉の同級生である男子から妹の私が夕食に誘われる事に関して不自然さを覚えないのですか。

 いや。 それよりも男子からの電話という時点で、にやついていそうな母の顔が想像出来る。 ……姉さんのあの顔って絶対母さん譲りよね。

 ちなみに姉も絶対に自室で漫画でも読みながら母と同じ顔でにやついている筈だ。

 しかし……ここまで根回しされたら流石に断り切れないな……。 


「重そうだな。 スポーツバックの方を渡したまえ。」


 そう言って無理矢理私の肩からバッグを奪って自分の肩に掛ける岩田。

 ぐ……微妙に紳士的な行動が悔しい。


 ◇


 そして○ック内部に到着。

 肩や頭に付いた雪を払いながら入店する私と岩田。


「好きな物を頼みたまえ。 ここは俺が全部持つ。」


 ポケットからカードを1枚出して言う岩田。 電子マネーを使いこなすとは……結構な猛者だな。

 あれは現金よりもポイントが貯まってお得なのだ。


「良いの? 私、結構食べるのだけれど。」

「なぁに、プライズフィギュアの一つか二つを我慢すれば良いだけだ。 何の問題も無い。」


 この人――お金の単位をプライズフィギュアに換算する人種か!

 もうこの人本当に結構行くところまで行ってるわ!

 早くなんとかしないと、これからも付き纏われる事になると考えたら頭が痛いわ……。


「ハンバーガーにチキンクリスプ、シャカチキにマッ○シェイクのバニラ下さい。」

「ならば俺はコーヒーで。」

「コーヒーだけで良いんですか?」

「うむ。 君から貰ったチョコレートがあるからな。」


 うわぁ。 あまーい。 っていう雰囲気で私達を見るマッ○の店員さん。

 っていうか、余計な事を言うなよ岩田君。 これじゃ私達が自分達の仲の良さを自慢してる感じになっちゃってるじゃないの。


「雰囲気が甘すぎるのでナゲット12ピースも下さい。」

「は、はい。 かしこまりました。 ナゲット12ピースですね。」


 冷たい口調で注文すると、焦ってレジを打ち始める店員のお姉さん。


「リビングデッド直美さんはやはりクールだな。」

「リビングデッドは無理矢理付けなくて結構よ。」


 しかもそれ死霊って意味よ。 私も最初知らないで名前を付けたのだけれど。


「な……呼び捨て……上等、だと!?」


 そこに対して一々オーバーリアクションで答える岩田。

 なんだろ。 もう食事とかどうでも良いから思い出と共に海に全部捨てて来たい気分だわ。


「すいません。 ちょっと席取っておいて貰えますか? 私ちょっとお手洗いに……。」

「う、うむ。 そうか。 では、あちらの角で待っているぞ。」


 眼鏡をくいと上げつつ、頬を若干赤らめて言う岩田。

 ……本当に……どうしてこうなった……。


 ◇


「姉さん。 どういう事? 岩田君が私に会いに来たんだけど?」

「ぶっ!! ぷっははははっ!! マジかよ!! 本当に行ったのかよ!! で、今夕食デート? やるねぇ。」


 めぎ! っと、私の怒りで携帯が軋む音がする。

 女子トイレに入った後速攻で家に電話したのだが、その家の電話に1コールで出た姉。

 絶対私からの電話だと知っていてその電話を取ったのだろう。


「本当に……なんとかして頂戴。 岩田君は何か本当にやばいわ。」


 あの眼鏡の奥から私のスカートの裾を必死に追う目。 もう完全にハンターの目だったわ。


「大丈夫だって。 本当に嫌がったらすぐに悪霊退散出来るから。」


 岩田は憑き物なのか。 姉さんが巫女の恰好をしたらある意味ご褒美になりそうで怖いが。


「まあ、嫌じゃなかったらスペシャルな思い出を作って来いよ。」

「作らないわよ!! 死ね! 鼻に唐辛子刺して死ね!」


 ぷつん、と、電話を切る私。


「はぁはぁはぁはぁ……。」


 怒りで息が荒くなっているようで、胸を擦りながら自分を落ち着かせる私。

 ……まあ、ここは公共の場だ。 いきなりここで何かが起こるとは思えないし、姉の口ぶりからすれば、ここではっきりと貴方の様なロリは嫌いですと言えば、きっと簡単に除霊出来るに違いない。


 ◇


「お待たせしま……。 って、何してんですかそれ。」

「ん? あ、いや……もしかしたら君に逃げられたのかもしれんと思って、少し落ち込んでいたのだよ。」


 シン○君のお父さんの様にテーブルに両肘を付いて落ち込んで居た岩田君。

 そして、眼鏡の下で手を合わせながら上目遣いで私を見ながら少し安堵の表情を見せる。

 姉さんの言うように案外打たれ弱い人なのかもしれないな。


「す、すいません。 一応私からも自宅に電話して確認してましたので。」

「ん? そ、そうか。 そうだな。 確認は大事だな。 うむ……気にしないでくれたまえ。 俺が逆に周りの視線を気にし過ぎただけだろう。」


 貴方に対する周りの視線が結構厳しいのは間違い無くその恰好のせいよ。

 サウンドオンリーとか書かれた黒いモノリスが周りに沢山立ってそうだもの。


「じゃあ、遠慮無く頂きますね。」

「あ……ああ。 じゃあ、俺も早速食べるとするか。 実は結構腹は減っていてな。」


 がさごそと音を立てて私が姉さんに昨日渡した紙袋から――物体Xが飛び出した。

 丸い、黄色い色のタッパに入った、謎の物体。

 勿論、私はそんな物を見た事も触った事も……いや。 ある。 あるぞ。

 あれはうちの……いつも漬物を入れている……タッパーだ……。


「ま、待って。 岩田さん。 多分びっくりすると思うから……ここでは開けない方が良いと思うわ。」

「び、吃驚、か? そんなに凄い物が出来たと言うのか?」


 そりゃ、ある意味凄い物だと予想は出来るのだけれど、悪い意味で凄いと思うのだ、私は。

 っていうか、あのクソ姉……私が買ったチョコは一体どこにやったのだ?

 まさか……あの姉……私のお高めのチョコは自分で食いやがりましてからのあのはんぺんチョコ並の手製の謎チョコを作って渡したと言うのかっ!?

 なんてアホすぎる行動力なんだ……。 情けなくて涙が出るわ。


「すいません……そんな物しか作れない女なのです、私は。 どうぞ幻滅して頂戴。」

「君は不思議な人だな……? 俺に渡す為に作ったのでは無いのかね?」

「取り敢えずコメントは控えさせて貰うわ。」

「……では……開させて頂こう。」


 タッパを開くその岩田の行動を横目に、もつもつと食事を頂く私。


「……丸い……これはアーモンドチョコレートかね?」

「形は似ているわね。」


 すこし溶け気味のシェイクで喉を潤す私。 横目に入ったのは、確かにアーモンドチョコの様な大きさの粒が1ダース程タッパの中に入っていた。


「で、では……頂くぞ?」

「……は、はい、どうぞ。」

「……というか、何故不思議そうな顔でこちらを見るのだ?」

「えっ。」

「中身を知っている筈では無いのか?」


 ……やばい。 どう言い訳をしようかし……おっと、ここで閃きました。


「実はそれを作ったのは本当は姉さんなのよ。 恥ずかしくて渡せなかったから、私からって事にして流したかったみたいね。 多分激マズなのでコーヒーと一緒に召し上がれ。」


 そうよ。 下手に隠すから変に感じるのよ。 正直に話してしまえば良いのだわ。

 

「そ……そうか……そう……だったのか……。」


 えっ。 何か悪い事を言ったのかしら私。 何故かロリオタが通常の三倍以上凹んでいる気がするのだけれど。


「君から俺へのチョコレートなど、最初から存在しなかったという事か……。」


 ……いたたたたた。 そういう言い方は酷い。 良心が痛みまくるし事実とは違うわ。


「い、いや、本当に用意はしたのよ。 でも、姉さんが多分食べてしまったのよ。 ……ごめんなさい。」

「では……俺の事が気になるというのは!?」

「それは姉さんの嘘ね。」

「くぅぅぅぅぅぅ!!!」


 唇の下に梅干しを作って悔しがる岩田さん。

 あー、もういたたまれない。 頭痛い。 お腹痛い。 おうち帰りたい。


「ま、まあ、美少女とマッ○などまたと無いチャンスだ。 ここはネタを提供する為にもこの物体を食してみようでは無いか。」


 び、美少女と言われて気分が悪い人は居ない筈だが、この場面で言われても嫌な予感しかしない。


「んむ……ん……んんっ!? んむ!?」


 丸い物体を口に放り込むと、咀嚼しながら表情をコロコロと変える岩田君。


「こ、これ……これはなんだ? 結構……旨いんだが……。」

「え? そ、そんな筈は……。」

「外側は確かにチョコレートなのだが、内側は……ふわふわとしてそれでいてしっとりとした……黄色い甘い物体……。 この触感……卵!? という事はサイズ的に考えれば、これの中身はうずらの卵だと言うのかっ!?」

「はぁ!? ……はぁ!?」


 信じられなくてチョコの入ったタッパを二度見してしまった私。

 しかし、改めて岩田君の手で二つに割られたそれは、内側が黄色く、次の層は白く、そして外側がチョコで黒くコーティングしてあり、紛れも無いうずチョコである事が確認出来た。


「こ、これを彼女が……作ったと言うのかね。」

「少なくとも私じゃないわ。 というか、良かったわね岩田さん。 それ多分姉さんの手作りチョコの中では一番の当たりだと思うわ。」

「……元の君のチョコは……手作りでは無かったのか?」

「ち、違うわね。 ○ーソンで買った普通のバレンタインのチョコよ。」

「俺は今、喜ぶべきなんだろうか。」

「私に聞かれても困るわ……。」


 笑えば良いと思うよと言いそうになる自分を堪える私。


「これを一つ一つ……あの小さい手でコーティングしたと言うのか……。」


 改めてうずチョコを手に取り、まじまじと眺める岩田君。

 ……良いわ。 どうぞその方向に曲がって行って頂戴。


「そう言えば姉さん……溶かしたチョコが手にかかってあっついあっつい言いながら指をしゅばぶって居たわよ。」


 もぐもぐとシャカチキを召し上がりながら言う私。


「指っ……しゅばっ……。」


 単語だけを二つ繋げて言う岩田君。

 何だか大きいお兄さん達が喜びそうなアニメのタイトルに聞こえるわね。


「何だ……姉さん、結局岩田さんに一番良い物を渡したかったのかもしれないわね。 他の人達からはお金を貰ったから作って居たそうよ。」

「あ、あいつらは……金を出したのかっ!? あざとい奴等め……。」


 私が一番あざとく感じるのは姉なのだが、ここは突っ込んではいけない場面だ。


「いつもいつもこれ見よがしに四人でゲームをしおって! 誰なのだ最大四人という制限を作ったのは!!」


 まあ、N社とかC社とかS社とか色々あるわね。

 最初の戦犯はC社だと個人的に思うけれど。

 あー。 溶けかけのシェイクはおいしいわぁ。


「直美っ!! 俺も君の姉さんと一緒にゲームをしたい!!」


 リビングデッドを付けるのを止めたら本当に呼び捨てにし始めがったよこのロリ野郎。

 さんを付けろよデコ助野郎と言いたくなる自分をぐっと堪える私。

 何故この人と居るとこんなにもネタを心が叫びたがって来るんだろうか。


「でも姉さん家だとあまりゲームしないわよ。 アニメを見てる時の方が多いかしら。 やっと一つアイドル物が終わったかと思ったら、先週はアイマスの通称デレマスって言うんでしたか? それを朝から晩まで見てましたよ。 働いたら負けっていうTシャツを着ながらパンツ一丁で。」

「杏のコスプレだと!? 似合いすぎるでは無いか!? 何を考えているんだ彼女は!!」

「夢見る印税生活少女ですかね。 いつ突然歌ってみたを録画し始めないか怖いです。 まあ、そこまでパソコン使えないから無理なんですけどね。 私としては個人的にはとっとと金持ちの男とでも結婚して欲しいんですが。」

「だ、大学とか、そういう専門学校には行かないのかね?」

「来年の12月には近くのコンビニに履歴書を持っていくつもりだそうよ。」


 あれはきっと冗談では無いだろう。 家に金も入れずに全て小遣いに回す腹な筈だ。

 ……そういえば、言い出せなかったのだが、今ならチャンスとさらっと聞いてみる事にするか。


「岩田さんのお家って、結構お金持ちだったりするんですか?」

「あ……ああ。 世間一般的には結構……ある方だと思う。 だが、俺は俺でオクで稼いだり、FXで稼いだりしているからな。 親のすねを齧ってばかりはしていない。」


 そう言えば姉さんのコスプレ衣装を作ったのだったな。 オークションIDで検索したら、一点物でもリクエストで作りますって言うのを返品可の工賃8000円で出して居たが……。


「FXの方は当分塩漬け状態だがな。 キゥイJPYのロングを高いところでポジってしまってな。 まあ、一日130円入って来ると言えば日本の銀行に預けるよりはよっぽど良いのだが、やはり金曜の夜の米国の雇用統計の発表で乱高下を連続で100pp取った時の方が遥かに面白いな。」


 言ってる事が半分理解出来ないが、岩田君……あなたまさか……世間一般で言えば……ロリオタな所を除けばかなり優良物件なのでは無いですか?


「でも、やはり就職も大事だな。 自分に何の仕事が出来るのかは分からんが、無職というのは人生という戦場に裸で挑むようなものだ。」


 しかも常識的な部分もある。

 うむ…………。


 うちの姉、この人に押し付けたら全て上手く行くんじゃないかしら。


「姉さんとの事は応援してるわ。 今日はご馳走さま。」

「お、応援してくれる……だとっ!?」

「そう言えば……がっこう○らしが一人だと怖くて見れないらしいのよね、姉さん。」

「さ、再来週最終話がBDで出るヤツだな!? 予約してあるぞ!」


 ……こう言う人種がBDを買ってアニメ業界に貢献してくれるのね……。


「そうね……さり気なく私と約束した体を装って、うちに遊びにき来ます?」

「さ、さり気無く?」

「BD全巻を持って来て下さい。 そして、これ見よがしにうちのリビングのTVを使って再生して下さい。」

「まさかそれで彼女を釣ろうと言うのかね……。」

「一話が終わって二話が始まり……そしていつの間にか私は消えるわ。 残された姉さんは……どうするかしらね。 あの怖がりな姉さんは……ふふ……うふふふふ。」

「何たる策士っ! オークションの時から只者では無いと思っては居たがまさかこれ程とは……。」

「お兄様と呼ぶ日が来るかもしれませんね。」

「な、直美っ!」

「――――様を付けろよデコ助野郎。」

「えっ!?」

「あっ!!」 


 しまった。 ついイラっとして口を滑らせてしまったわ。


「直美……様。」


 岩田君、律儀に様を付け始めてるし。 しかも顔を赤らめながら。


 …………まあいいわ。


 姉よ。


 貴女の恋物語を始めましょうか。

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