PARTIAL TALE TOKISAME
「いつから僕が犯人だと気づいたんですか」
時雨が放課後、静まり返った図書館でひとり本を探しているときのことだった。「今の学生さんは偉いねぇ」と自分の倍ほどの年齢である、鯰に後ろから声をかけられた。
「鯰さんじゃないですか。どうです、犯人分かりましたか」
突然、鯰に声をかけられ戸惑ったものの、何とか時雨は平静をよそおい切れた。
「俺が、学生のころなんて図書館自体が無かったからなぁ。いや、さすがにあったか。それにしても、いきなり後ろから話しかけられるってのはどんな気分なんだ」
「ハハ、鯰さんの声は特徴ありすぎですからね。すぐ分かっちゃいましたよ」
当たり障り無く切り返しつつ、もう一度「分かったんですか」と鯰に尋ねた。
「分かったよ。当たり前じゃねぇか、楽勝すぎ」
その言葉に、まさかとは思いながらも時雨は黙って次の言葉を待った。
「犯人はお前。凶器は、ええと、あれだ、ほらあの丸くて先っちょがさ、」
言葉に詰まる鯰に時雨はあきれつつも答えを明かした。
「そう、その通り。それだ、それ」さも満足げになっているこの男を見ると、時雨はこの人は何をしたいんだとさらにあきれた。あきれの連鎖。あきれの二乗だ。
「で、何が根拠で僕が見事、犯人に選ばれたんですか」
「何だっていいだろ。分かってるヤツに説明するのは、時間の無駄だぞ」
「ハァ、くだらないなぁ。ろくな根拠もなしで、いたいけな中学生を連続殺人犯にしてしまうんですか、あなたは」
「なら、あれだ。あれが根拠だ」
それの次はあれですか。時雨は鯰との会話に若干の苛立ちを感じる。
「あれって何ですか」
「俺がさっき凶器が何かって説明しようとしたときにさ。お前、すぐに当てちまったじゃないか。凶器が何か。これででいいだろ、な」
あきれと苛立ちが徐々に募りつつも、こみ上げる感情を抑え会話を続けた。
「言い分けないでしょう」いつのまにか握り拳になっていた手を、さらにきつく握った。
「しょうがねえな。じゃ、一回だけ説明してるよ」
「いつから僕が犯人だと気づいたんですか」
鯰の推理を聞き終わったとたん、時雨はそうつぶやいていた。きつく握っていた拳を開く。うっすらと、手には汗がにじんでいた。
「で、僕をどうします」
自信の壁が、鯰の起こした地震によって打ち砕かれた。そんな感じだった。鯰って地震を予知するだけじゃなっかたっけ、と心の隅に幼稚な疑問が浮かび上がる。
「どーしよっかなぁ」
鯰の小ばかにしたような言い方に腹が立つ。と、同時にある種の失望を感じる。
あきれ×苛立ち×失望=殺意の式が出来上がる。
ポケットの中の凶器に触れる。後は、少しのきっかけで頭の内部で爆発が起こるだろう。それが、連鎖反応して広まっていく。収まるころには、苛立ちの原因はもう存在しない。残骸が残る程度だ。
「ふん。どーもしねぇよ」
鯰の言い方に、時雨への恐れから来る怯えや媚びが感じ取れなかった。ましてや、時雨を馬鹿にしているわけでも、同情しているわけでもない。良く言えば、達観している。悪く言えば、鈍感なのか。どちらであれ、時雨はただ驚くだけだった。
「俺は、警察でもなけりゃ裁判官でもない。それに、弁護人じゃないってことも言える」
そこで一呼吸おき、鯰は続けた。
「俺は、探偵だ。探偵の役割は事件の真相を語ることであって解決することじゃない。ショーク・ジーテイルも言っていただろうが」
「誰ですか、その人」信じるのかい。鯰の言うこと。否。ただ、苛立ちと失望は消えた。自信満々に語る鯰を眺めていたら、本物の鯰を連想した。本物も偽者もどこか物事を、大げさに言えば世界そのものを達観している。鈍感のような気もするが、地震を予知できるぐらいなのだ。実際は鋭い感覚を持っているのかもしれないな、と時雨は思う。そんな自分に少しあきれた。
膨らんだ風船を割ろうと、いきおい良く針を刺した。すると、割れるどころか、開いた穴から少しずつ空気が抜け出していって小さく、しぼんでしまった。そんなところだ。
推理小説と言いながらも、全体の事件と使われた凶器、それらを解き明かす推理も、そしてその後どうなったのかも分からないようにさせていただきました。社会問題を投げかけるのが目的の小説でも、特には無いです。足りないピースを読者の方が勝手に作り出して好きなようにはめ込み、楽しんでほしいと思います。