召喚されました。8
ハジメは雲の流れを見ながら、今日一日を思い返していた。
騙され、剣で貫かれた。
死にたくない、けれど死ぬんだ、と諦めた。
だけど今、生きている。
単純で、重い一日。
そして。
まだ今日は終わっていない。
ハジメは首を傾け、チラリと横を見る。
「やっ・・・ちまった。どうするよ、これ」
沈み始めた空を見上げハジメはバツの悪さから独りごちた。
自分のすぐ脇で倒れて動かないミハエル。
うっすらと白金に輝く靄に包まれている様は神秘的だった。
その美しい光景がハジメの罪悪感を掻き立てる。
しかし、地面にいつまでも寝転がっているのは不用心だと身をおこそうとして思い出した。
瀕死になって、祝福で回復した、と。
ハジメはゆっくりと指先で身体をなぞり、刺された箇所を探す。
左肋骨の下をなぞっていると、指の先が一関節分ヌルっと温かいナカに入り込んだ。
慌てて指を引き抜き、血塗れの指先を確認したハジメは痛みのない傷口を庇いながら立ち上がり、ズボンの内ポケットに入れていたクマを取り出した。
血塗れの指先を見なが小さならクマのぬいぐるみを握りしめ、唸るようにクマに問い掛けた。
「お前、オレに言ったよな。生き延びるために力を貸すって。金と装備を準備して逃げろって、言ったよな」
「違う、そんな事は言っていない」
オッサン声が冷静にハジメの言葉を否定した。
日本から共に来たクマの一言にハジメは激昂する。
「言っただろ、言い訳すんのか、糞クマ」
「お前が生き延びられるように助ける、最低限の装備と金を手にいれろ、とは言った。だが、力を貸すとは言っていない」
表情のないぬいぐるみが淡々と告げる言葉に、ハジメの中で何かが壊れた。
「ふざけんな、一緒のことじゃないじかっ!」
手にしたクマを投げ捨て、踏みつける。
一人激昂し、クマのぬいぐるみ相手に噛み合わない会話を続けるハジメに躊躇いがちた声がかかる。
「あの、異世界の方、場所を変えませんか?」
いつの間にか横に立っていたミハエルの回復の早さに驚き、ハジメは後退さる。それでも言うべき言葉は口からするりとでた。
「あっ・・・と、さっきは悪かった。話も聞かずに殺しかけた。本当に悪かった」
「い、いえ。取り敢えず話しませんか?」
ミハエルはそう告げると、ハジメに背を向け歩いていく。