異世界召喚されました。7
『君、異世界人?』
その一言で二人の間に明確な温度差が生まれた。
クリスティーナに嵌められ、意識を失う寸前まで封じられていた魔力。それが戻っているのを確認し、魔法を発動する。
(【ウィンドバレット】)
初級魔法のウィンドバレットは小さな風の弾丸で狙った箇所を確実に当てる魔法だった。しかし当たった所で相手の体勢を崩す程度の威力しかなかった。
【風を集め敵を撃ち抜け、ウィンドバレット】
宮廷魔術師が手本として詠唱し、発動するのを見た時あまりの威力の弱さに驚いたハジメはショットガンをイメージしながら改良に取り掛かった。
圧縮した空気の中に組み込んだ無数の極小の真空の礫。ショットガンとは違い、着弾後に身体の内部で礫を拡散させる。そして散らばった真空の礫は内部から水分を奪い沸騰させ、凍らせる。
魔法の知識を持たない故に『風魔法=気体の分子操作OK』という思い込みと、真空なら水は沸騰するという曖昧な記憶で、強力な殺傷力を持つ新たな複合魔法を編み出した。
その一方で、勇者として参加した訓練では教えられたウィンドバレットを詠唱し、教えられた魔法しか使えないと思い込ませていた。
半端な科学知識と与えられたスキルにより編み出した改良版ウィンドバレットは逃げ出す時の切り札にするために無詠唱で撃ち出せるようにひたすらイメージを練り上げ、密に訓練を重ねた。
ハジメが一度にコントロール出来る最大数は15発。
指先に3発ずつ弾を載せ、指毎に狙う場所をイメージする。
そして撃ちもらした場合のために左手にも同じものを用意し、やっと心に余裕が出来た。
ハジメは顔だけミハエルへ向け確認をする。
「あんた、俺が何なのか知っている人間だな」
「・・・判っています。クリスティーナ王女が召喚した異世界の方ですね」
辛そうに目を伏せる30を越えたかどうかの優しげな男を注意深く観察しながらウィンドバレットを撃ち出すタイミングを計る。
「クソ女に呼び出され、ハズレの勇者だからって殺されかけた。なぁ、オレが何をしたっていうんだ」
「・・・・・・」
「あんたはクソ女がオレを召喚した理由を知ってるのか?」
「申し訳ない。私に力が無かったせいで・・・本当に申し訳ない」
ハジメがさらに言葉を重ねるとミハエルはとうとう跪くと震える声で謝罪を繰り返す。
「力が無かった、だと?
あんた、全部知ってるんだな。召喚の関係者だよな」
「はい。私が召喚の魔術書の封印を解き・・・」
ミハエルが罪を告白しはじめると、対峙していたハジメから殺気と濃密な魔力が漏れ出した。
「堅固なる盾で我が身を守れ、マジックシールド」
身体を起こすこともまだ出来ないハジメの殺気に曝されたミハエルは無意識に詠唱した。
ズシュッズシュッズシュッズシュッ
マジックシールドの防壁で威力を削がれたウィンドバレットは、身体の浅い位置で着弾した。
それでもハジメの狙い通り無数の真空の礫が腹部の血液を一気に沸騰させ、凍結させた。
「チッ、防がれたか。
お前らみんな死ね。
絶望して死ね、のたうち回って死ね。
こんな国、いらねぇんだよ」
「グフッ、、マジックシールド」
憎悪を込めた呟きと共に左手に込めたウィンドバレットを発動する。
ハジメの魔力の発露を感じる前にミハエルは魔術師としての本能で防御していた。
しかし詠唱を省略し展開したシールドは弱く、ほとんどの弾が内臓近くで拡散し、臓器から血液を奪い、凍りつかせていた。
体内の燃えるような痛みに意識を手放しそうになったが、その後に襲ってきた急激な体温の低下がミハエルの意識を辛うじて繋いだ。
「慈悲の、女神よっ、あな、たの、愛し子に加護を」
全ての魔力で女神の祝福を願ったミハエルを閃光が包み込む。
(ヤバイ、まだ生きてる)
(綿貫ハジメ。おまえは救いようのな阿呆だろ。このミハエルはおまえの命を救った男だ)
(はぁ?こいつは召喚に関わった奴だろ。それにこの国の人間だ)
(召喚で年齢だけでなく知性まで幼くなったんだな、綿貫ハジメ。本当に憐れだ)
(何、寝惚けたこと言ってるんだ、糞クマ)
脳に直接語りかけてくるオッサン声のクマにハジメは八つ当たりをする。
しかしクマに指摘され気付いた。
自分が攻撃した男は召喚の罪を認めて、謝罪していたこと。
意識を取り戻したハジメに驚きながらも、生きていることを心底喜んでいたこと。
魔術師でありながらハジメに攻撃魔法を撃ち込まず、防御に徹していたこと。
(なぁクマ、あいつ死んだ?)
(まだ生きてる。
お前がえげつない魔法で殺そうとした男が瀕死のお前を女神の祝福で治癒していたな)
(・・・ウソ、だろ)
(お前が意識を失っていた間も私は聞いていた。しかし事情を知っているわけではない。
自分で話を聞く位は出来るだろ、阿呆の綿貫ハジメ。
ちなみにミハエルは自分を殺そうとした相手の謝罪を受け取る度量はある男だ。だから慈悲を女神が祝福を与えている)
クマの低いオッサン声を聞きながらハジメは少しずつ冷静さを取り戻した。
今、自分が居る場所が屋外で周囲に騎士達がいないこと。
耳に届く音に人々の喧騒があり、空気も食べ物の匂いや、何かすえた臭いや、廃水のような異臭が混じった庶民的な生活感を感じるものであること。
城やその周辺で無いことだけは理解した。
しかしそれ以上の事は何も解らなかった。
「どこだ、ここ」
ハジメは呟き、自分が殺しかけた男を見つめる。